YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson484
   「働きたくない」というあなたへ 8



「なぜ働くか」以前に、
「とにかく親に、お金を払ったほうがいいぞ」
と私は思う。

私は大卒で社会に出たから、
それまで22年間の、

生まれたときの、
産着やおしめからはじまって、
食費、衣料代、家賃、光熱費、雑費、教育費、
風邪ひいた、虫歯ができたなどの医療費、
花見や海につれていってもらったなどの遊興費‥‥

とにかく親が自分にいちばん金を払っている。

実費だけ、どんぶり計算しても相当になる。
それにサービス料、

家事は、たとえば、掃除ひとつ外注しても、
数時間で数万円というように恐ろしく高い。

そう考えていくとたいていの人は親に払いきれない。

そこで自分のこどもに払う。

そこで困った。

私の姉は2人こどもがいるので、
兄と姉、2人で2人のこどもへ、
つまり、1人あたり、1人分の借金は払いきれる。

でも私にはこどもがいない。
このままじゃ、食い逃げだ。

だから私は、大学の学生や、
文章教室の生徒や、企業研修の社員や
講演・ワークショップの参加者や、本の読者や、

仕事を通して、ひろく社会に返していく。

こうして自分が22歳までに受けた愛と金を、
社会へ、次の世代へ、と「循環」させていく。

昭和の貧しい時代に親に受けた恩は大きく、
一生かかっても返せるかどうか自信が無い。

でも、返したいし、返せると信じるし、
1人1人分返して、それだけじゃいかんと
私は思うのだ。

自分が受けた恩を1人1人分きっちり返すだけでは、
引き算したら、1、ひく、1で「ゼロ」だ。

せっかく、ご先祖さんから親へ、自分へ、次の世代へ
壮大なリレーのバトンをもらったからには、
1円でも、2円でもいい。ささやかなことでも、
自分が生まれてきたことで、
「なにかそれ以上の価値」を支払って、
自分の区間を完走したい。

「楽しく生きたい、働きたくない」と、
私を就活セミナーで凍りつかせた学生も、

愛されて、たくさんお金を払われて、
21年間育ってきたはずだ。

愛・金ゼロだと、単純に、赤ん坊は死んでしまうわけで、
生きてこれたということが、何より愛された証拠だ。

親の恩だ、感謝だと、くどくど言われなくても、
私が上記で述べたようなことは、
その学生も、頭ではよーくわかっていると思う。

けれども、なぜか受けた愛を「実感」できていない。

むしろ「奪われた」ような感覚さえある。

先週までのキーワード
「早く死にたい」に象徴されるように、
とりたてて大きく何か失ったわけではないのに、
なぜか「喪失感」がある。

読者のちえさんのメール
(とても適確に若者の心理を代弁してくださり、
 ちえさんには心から感謝している)
も手がかりに推測すると、
「小さい頃から親や大人に、
 将来のためにいまを犠牲にしろと言われ、
 ずっと楽しみを先送りにしてきた。
 気がつけば、もう働かなきゃいけない。
 じゃあ、いったい、
 いつ? 自分は楽しく生きられるんだ。
 ひと区切りつけ、楽しく生きる、
 自分のための時間がほしい」と。

奪われた日々。

たとえば、はたから見て、同等の愛を受けているとして、

かたや、愛を実感できて、感謝して、
「もう充分、自分は愛を受けた。
 はやく、まわりの人に恩を返したい」と思っている人と。

まわりの愛に気づかず、さして感謝もしてないけれど
「自分はこれまで、けっこう好きに生きた。わりと満足だ。
 よし、働こう!」と思っている人と、

取り立てて、意地悪をしているとか、
恩知らずというわけではない、
頭では、感謝しなければと、よくわかっているし、
人を気遣う優しい心も持っているのだが、でも、
「いまひとつ愛を実感できていない」
「日が暮れてみんなが家に帰る時間になっても、
 自分はまだ、遊び足りない、遊んでない気がする、
 いつになったら楽しくなるんだろう?」
「なにか失っている気がする」
もっと言えば「奪われたような感覚さえある」人と、

この差はなんだろう?

私も人のことは言えない。
まわりに感謝できるようになったのは、ずっとずっと遅い。
だから、大学で、
すでに感謝や報恩の精神が芽生えている学生を見ると、
気が引けて、自分が恥ずかしくなるくらいだ。

気づかないのか? 気づけないのか?

先日、山梨の生涯学習の一貫としてやった
表現力のワークショップに、
ベテランの国語の先生が参加されていた。

彼女は、人生のある時期、
暗いトンネルをくぐるように、ひとり、苦しい想いを抱え、
内にひきこもったことがある。

そのとき、ずっと「文章を書いていた」というのだ。

不思議なことに、ただ自分の内面を文章に書き綴る、
それだけで、いろんなことが見えてきた。

自分がこれまで、いかに人の愛を受けてきたか。
いかに愛され、支えられてきたか。
決して、ひとりではなかったと、初めて気づいた。

書くことで、自分を「取り戻した」のだ。

このときの原体験、書く歓びが大きく、
それから、この先生は、
ご自身を「国語の伝道師」と名づけ、
こどもたちへの文章教育を使命とされている。

「アウトプットする」

つまり「出す」ということが、
自分のまわりにあるものに気づく道だと思う。
自分の想いを言葉や行動にして外に「出す」。

どんなに自分のまわりに、
いい食べ物があったとしても、
自らつかんで、口に入れ、噛んで、消化しなければ、
自分のものにはできない。

「出そう」とすれば、必ず、入る。
まわりのものを、取り込み、咀嚼し、消化しようとする。
一気に取り込める。

「なんとなく」怖くて自己表現せずにきてしまい、
なぜか「奪われた」感がある人も、
まわりからの愛も、自分らしく生きられる機会も
気づけばすぐそこにあった、ずっとあることに、
気づかない、気づけない、
噛めない、消化できない、取り込めない
状態なのではないだろうか?

つまり、なんらかの教育的支援があれば、

自分の言葉を取り戻すことができ、
自分の時間を取り戻すことができる人たちだ。

ワークショップに参加されたかたで、
とても印象深かった女性がいる。
仮名で「春姉さん(はるネェさん)」と呼ぼう。

春姉さんは、
「最も自分らしい時間は、
 どこで何をしている時間ですか?」
の問いに、じゃあ、自分らしくない時間っていつだろう?
と考え、そして、こう答えた。

「自分らしくない時間は、無い!
 自分は24時間、365日、春姉である。」

そして、その理由をこう言った。

「なぜなら私は、自分で考え、自分で決めてきたから」と。

春姉さんは「自由旅行」を提唱している。

みなさんどうだろう?
海外などはじめての町に行って、
意外と早く、どこに、なにがあるかがわかり、
自由に町を自分で動き回れる人か?

それとも、2日たっても、3日たっても、
右も左もわからず、結局、旅行が終わる日まで、
「いま同行者とはぐれたら、どうしていいかわからない」
「自分がどこに着いて、どう移動して、
 いまどこにいるのか説明できない」
「いつまでたっても、初めてきたときのまま
 よそよそしい町のまま、自分はよそもののまま」
であるか?

春姉さんは、初めての土地でも、早く土地勘ができ、
自由に動き回り、しばらく経っても、どこに何があるか、
よく覚えている。

それは、春姉さんが失敗覚悟で、
パッケージツアーに入らず、
ガイドに頼らず、自分で調べて、自分で考えて、
どういうルートにしようか、今日どこに泊まろうか、
この店とあの店、どっちに入ろうか、
自分の意志と直感で決めて旅をするからだ。

人生も同じだ。

人についていくから、
いつまでたっても自分のものにならない。

なんとなくまわりの、なんとなくメディアの
言うことにさからわず、
ただ、これといって自己主張しないことで、
知らずに、人生旅行の下駄を他人にあずけてしまっている。

たしかに初めての土地で、
自分で動き回るよりは効率がいい。
でも、ガイドにはぐれたら右も左もわからない、
まちはよそよそしいまま、
自分の足で自由に動き回れないまま、
どこかお客さんのまま、あいかわらず不自由なまま、
「わが旅」という実感が持てないまま、ではないか。

「自分で考えて決める。」

決めたら、言葉にして、行動に出して、「出す」。
周囲とぶつかってみる。失敗を引き受ける。

唯一それだけが、
勉強のために今を犠牲にしてきた生き方から、
仕事のために今を犠牲にしていく生き方への連鎖を断ち、
自分の時間を取り戻す道ではないか。

たったいま、この瞬間から。

働きたくないというあなたへ
あなたの就職活動が、「あなたらしく」あってほしい
と私は思う。

私にはどうしても、
「玉の輿に乗って、旦那さんの稼いだお金で
好きなことをしたい」というのが、
あなたらしい意見だとは思えない。

婚活ブームに便乗して、
一儲けしようとしている誰かの、
まやかしのパッケージツアーに
なんとなくのっかっておこうとしているだけじゃないか。

そんなものに下駄を預けちゃダメだ。

大企業に入れなくてもいい、
好きな仕事に就けなくてもいい、
自分で考えて、自分で決めた、
「自分らしい」就職活動をしてほしい。




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お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
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どうしたら誤解されずに想いを伝え、
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自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2010-03-24-WED
YAMADA
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