YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson 297  共同作業ができる人間


先日、友人のライブがあった。

それは、それは、爆発的なパワーをもったステージで、
当時わたしは、相次ぐ原稿の締め切りに
創作意欲がすっかりしょぼくれていたのだけれど、

「こうしてはいられない!
もういっぺん、熱のこもったものをつくりたい!
あたらしい、おもしろいものをつくりたい!」

という意欲が、むくむくムクムクわいてきた。

そのステージというのが、
それぞれ違うジャンル、グループから
その日のために編成されたミュージシャンのチームで。

その筋の音楽が好きな人なら、一発で名が通る、
ベテラン、大物の、夢の顔あわせだった。

それぞれ、異質な、色の濃いメンバーたち、
一見、個性がぶつかるかな、
と心配するくらい濃い面々が、

みごとに息をあわせ、
即興的に、調和し、かつ、爆発する、
ひとつのステージをつくりあげていく。

その見事さにうなった。

私の友人は、まだ20代で、
音楽をはじめて数年だ。
その中で、もっとも若手だ。

いったい、あんな、
大物ミュージシャンと同じステージに立ち、
音を合わせた感触はどうだったんだろう?

「かぶってない。だれも、少しも、かぶってない。」

友人は、そのことに打たれていた。

つまり、ステージ上に、何人ものミュージシャンがいて、
いろんな音を出しているにも関わらず、
だれも、やっていることが、かぶっていない。
めいめい自分がやってることが、
少しも、他人とかぶってない、というのだ。

「自分のグループをふりかえると、かぶりまくり!」

できてまだ年数の浅い自分のグループを
引っ張っていっている友人は、
そう言って笑った。

私の頭には、反射的に、サッカーの光景が浮かんだ。

1つのチームは、11人が一人ひとり、
自分のポジションをわきまえていて、
かぶってないし、穴がない。

ところがもうひとつのチームは、
11人が、かぶりまくり、
あるポジションには、何人もがかぶって押し寄せ、
あるポジションは穴だらけ……。

「かぶらないようにするには、どうしたらいいの?」

私の質問に、友人は、
んー、それはわからないよと言う顔をしながら、
でも、これだけはいえるというふうに、

右の手と左の手で、上下の幅をつくり、

「みんな、自分ができないことと、
できることがわかっている。
自分はどこまではできる、これ以上はできない、
ということが、ちゃんとわかっている。」
と言った。

自分の力を知っている、ということは「ふり幅」なんだ。

と妙に感慨があった。
「自分の力の限界」というときに、
多くの人が、自分の力の「上限」を指す。

自己最高で、ここまではできる、
ここまでは行ける、と。
でも私は、

それ以上に「立脚点」を知っている人間が強い、

と思っている。
小論文の指導をしていたときのことだ。

教育、しかも、入試となると、
指導する側は、どうしてもゴールをかざそうとする。

「入試で求められているのは、
こんな力で、ここまでのレベルが必要だから、
これから入試までの1年で、
こんな力をつけよう、ここまでのレベルをめざそう」と。

入試を分析し、出題側をきちんと取材すれば、
ゴールを明確にして生徒にかざすのは、
そんなに難しいことではない。
私もはじめのころは、
生徒にそうやってゴールをかざしてきた。

なのに、生徒は宇宙人のような文章を書いてくる。

良い文章の条件、
正しい目標をかざしているにも関わらず、なぜ?

何かが足りない、と私は、ずっとしっくりいかなかった。

そのころは、ちょうど、小論文合格に必要な能力を
構造化しようという動きが、会社であって、
私は、小論文構造化チームのメンバーだったゆかさんに、
その悩みを打ち明けた。

ゆかさんも、小論文で目指すゴールと、
そこにいくために必要な知識・技術を
書き出した企画書を見ながら、
ずっと何かが足りないと感じていたようだった。

足りないものはなにか、と2人で考えていたときに、
私の口をついてでてきたのが、
「自分……」と言う言葉だった。

ユカさんがピーン!ときたのがわかった。
ユカさんはちょうど出張で、高校現場の先生に、
生徒が文章を書くためにもっとも必要なのは、
自分を踏まえることだ、
というような話を聞いてきた直後だった。

スタート地点だ!

と私は思った。
この企画書には、ゴールもある、
そこにたどりつくノウハウもある、
だけど、生徒が今どこに立っているか、
スタート地点がない。

だから高校生は地に足のつかない文章を書いていたのだ。

そこで、一気にユカさんが、
小論文学習の「立脚点」である、
「他のだれでもない自分を知る」こと、
「ゴール」である大学側が求めるもの、
その間を埋めるための、
知識や技術を、図式化してくれた。

この企画書は、それまで何度と通らなかった会議を
一発で通り、指導もグンとしやすくなった。
何より、高校生が
地に足のついた文章をあげてくるようになった。

たとえ小論文のテーマが、どんなに抽象的な
どんなに専門知識が必要とされるものであっても、
いきなり、ない知識をどう補うか、
みたいなところから学習をはじめない。

そのテーマに添って、生徒が、生まれてからいままで、
どう生きてきて、どんな経験をし、
何を感じ、どう想っているかを
ていねいに洗い出し、つかむことから始める。
そのようにして、そのテーマについての、
自分の立脚点を知って、ゴールを目指すのだ。

「自分が面白いと思うものと、
 先輩たちがいいと言うものが違う。」

チームで仕事をしていくときに、
よく新人はそこで悩む。

新人が、自分の正直な想いと感覚だけであげた企画が、
先輩に「それは経験上あまい」とたたきつぶされたり、
「売れる企画はこうなんだ」と懇切丁寧に指導されたり。
そこで、痛い、苦しいと思っているうちは、まだ、いい。

やがて、そうしてたたかれているうちに、
自分でも、なにがいいのかわるいのか、
なにがおもしろいのか、おもしろくないのか、
わからなくなってくる人がいる。

そうするうちに、だんだん、先輩たちが求めるものを、
センサーで先読みできるようになってきて、
先回りして先輩たちに
受けそうなものを用意してくるようになる。

そうして、先輩たちに合わせて背伸びして、
ゴールという帳尻だけを性急にあわせていくことで、
自分は本来なにを面白いと感じ、どうしたいのか、
という「立脚点」を見失う、手放してしまう人がいる。

立脚点なく、
ゴールだけを性急に求め、帳尻合わせをする人の
ポジションが、しだいに他の人とかぶっていく。

自分は何を面白いと感じ、どうしたいのか?

たとえ、その立脚点が、人とは大きくズレ、
いわゆる売れ筋とはかけ離れていても、
それを知って、そこに孤独を感じ、
それでも、
自分とは違うものを面白いという他人に対し、
橋を架け、
仕事を仕掛けてつないでいこうとする人だけが、
即興の現場でも、人とかぶらない、
自分のポジションを獲得し、
共同作業ができる人ではないかと私は思う。

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『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
河出書房新社




『おとなの小論文教室。』河出書房新社


『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円



『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2006-04-26-WED
YAMADA
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