YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson261 好きを掘りさげる力
       ――伝わると伝わらないの境界(4)

この就職難に、企業から
「この人といっしょに働きたい」
と思ってもらい、採用される人は、
いったいどんな文章を書いているのだろう?

私は、人気の高いマスコミに受かったIさんに、
“これで受かった”という
エントリーシートや作文を見せてもらった。

「実際に内定をもらった文章を、
手元にあるだけ見せてください」
とお願いしたら、4社分もある。
しかも学生たちの超あこがれの出版社ばかり。

なんだか、
私のほうがコンプレックスを感じてしまい
「この人はエリート、
 さぞうまくやったにちがいない」と、
読む前は、偏見たっぷりだった。

ところが、読みはじめてすぐ、警戒心がとける。
人を安心させる、人間くさい文章。
「こいつ、いいやつだなあ」と思わず、声がもれ、
読み終えて、
「この人なら、私も一緒に働きたい」とうなった。

この、文章の説得力はなに?

私は、逆に、就職で落ち続けていた人の、
これで落ち続けていたというエントリーシートや作文を
読ませてもらった。

すぐわかる違いがあった。「一貫性」だ。

落ち続けていたという人のエントリーシートは、
受ける先によって、言うことがちがう。
相手にあわせて
器用に言うことを使い分けているのではない。

聞かれたことに、
その場その場で、まじめに答えている。
結果的として、その人の印象が、
一貫性のない、
場あたり的な感じに見えてしまっている。

ところが、Iさんの文章は、
1まいのエントリーシートの中で首尾一貫している。
一次、二次と進んでいってもブレない。
だけでなく、4社分を見渡してもブレがない。
4社すべて、一貫した志で貫かれている。

エントリーシートには、
細かい質問がいくつもあるものがある。

落ち続けていたという人のエントリーシートは、
1まいの中でも、立ち位置がブレている。
この質問に、こう答え、
次の質問に、ああ答え、
相手の質問の角度がかわると、
それに合わせて自分の立ち位置も替わる。
それぞれの質問に、一生懸命こたえているのに、
1まいとおして読むと、
場あたり的な印象で、説得力がない。

ところが、Iさんの文章は、
立ち位置がまったくブレない。
個々の質問に答えることは「手段」だ。
個々の質問への小さな答えが積み重なって、
1まいとして、大きな自分の志を伝えている。
質問が多くても、質問の角度がとんでも、
むしろその方が、立体的に、
自分の志の堅さを示す、「根拠」になっている。

この差はなんだろう?

Iさんの文章の説得力、それは、
「好きを掘り下げる力」からきていると私は思う。

「好き」を感じるセンサーはだれにもある。
でも、それを就職にまでつなげる
「思考の粘り」を持つ人は少ない。

思考の粘りがないと、志望理由はこうなる。

「マンガで
 演劇の物語を読んで感動した。(事実)
 ↓
 だから私は俳優になりたい。(意見)」

「事実」から「意見」へいっそくとび。
これだと短絡的で、説得力がない。
ここには、「根拠」がないからだ。

それで、他人からいくらでも突っ込まれる。
「マンガを読んだくらいじゃ理由にならない」とか、
「いまどき俳優じゃ、食えない」とか、
「あんたは俳優に向いてない」とか。

短絡思考のこわいところは、
自分自身も、寄って立つ根拠がないから、
他人に言われて不安になると、
足もとまですくわれてしまうことだ。

不安になると、小さな改訂をする人が出てくる。

「やっぱり、きっかけは、芸術座で、
 ある舞台をみたことにしておこう」とか、
「やっぱり、生活のことを考えて、
 演劇学校の職員にしてみよう」とか、
「私は俳優に向いていないんでしょうか?」
と、他人に答えをゆだねたり。

小さなすり替えが、似て非なる進路になって、
情熱もうせて、
はて、私はなにがやりたかったんだっけ?
となってしまう人もいる。

これは、私の考えだけど、
自分が面白い!やりたい!
とおもった直感を手放してはいけない。

きっかけは、マンガでも、テレビでもいい。
もっと、もっともらしい理由であったらと
思う大人がいるのはわかるけれど、
自分が直感を受けたのがマンガというのが、
本当のことだったら、しかたがない。
本当のことから、正直に考えていったほうがいい。

それに、いまは成功しているプロでも、はじめは、
「あんたには向かない」「その才能がない」
と人からさんざん言われた経験のある人はいる。
他人にそんなにやすやすと、
自分の才能の判断をまかしてはいけない。

そうではなくて、
他人につっこまれて不安になるのは
しかたないけれど、
そこで、選択肢の方を刷り替えるのではなくて、
自分が直感した「好き」について、
もう少し粘って、掘り下げて、
根拠を言葉にしてみてはどうだろうか。

Iさんの「好き」は、小学校6年のときに訪れた。

小学校6年のとき、
お父さんが持ち帰る週刊誌を、
かくれ読み、こんな面白い世界があったのか!
と思ったそうだ。

Iさんは、このとき感じた「好き」に最後まで忠実に、
就職戦線を勝ち抜き、みごと夢をかなえた。

Iさんの志望理由を単純化するとこうなる。

「小6のとき
 父親の週刊誌を読んで面白いと思った。(事実)
 ↓
 だから私は週刊誌の編集者になりたい。(意見)」

このままでは、他人からも、自分からも
つっこみ可能な、まだまだ弱い志望理由である。

実際、女性のヌードから、スキャンダルまでを含む
男性週刊誌を下世話だと一蹴する人もいるし、
Iさん自身、新聞記者の方がいいんじゃないかと
ゆれた時期もあったそうだ。

しかし、Iさんが、
本来感じた「好き」をあけわたさなかったのは、
自分の感じた「好きを掘り下げる力」=「考える力」
があったからだ。

Iさんの文章には、
「事実」から「意見」までの間に、
幾重にも、粘り強い「考察」が挟まれている。
それが「説得力」になっている。

「小6のとき
 父親の週刊誌を読んで面白いと思った。(事実)」
 ↓
 だから私は週刊誌の編集者になりたい。(意見)」

と、いっそくとびではなくて、
まず、「なぜ、週刊誌か?」を掘り下げる。

新聞でなく、書籍でなく、スポーツ紙でなく、
小6のとき、自分が感じた週刊誌の面白さは
何だったのか?
それをIさんは、こう言葉にしている。

「人間の上半身の部分を生真面目に追うことよりも、
 ホンネの部分を好奇の一心で謎解く週刊誌。
 社会・政治・文化・風俗を
 事実の<ウラ>から分析していく仕事が
 あるのだと感激した。」(考察1)

さらに、「それは自分のどういう性質から来るか?」
Iさんは、こう掘り下げる。

「私は、人と話すのが好きだ。
 特に、表では権威ある人が、
 ふと人間らしい表情を見せる瞬間がなんとも好きだ。
 私は、社会の様々な側面に上半身から下半身まで
 興味を持つ性分である。」(考察2)

Iさんは、学生時代、
毎晩のように酒場に足をはこび、
異世代の友人が60人以上できたという。
酒場で出会い、
自分のアパートで朝まで語り合った相手が
自分の学部の教授だったことに
あとで気づいて、
びっくりしたこともあったそうだ。

そうした自分の行動、体験から、
自分の好きなことをよく分析している。

そこでIさんは、
「週刊誌の編集者になって何をやりたいのか?」
と考える。

「社会・政治・文化・風俗を全方位から追求して
 レポートしていきたい。
 人の上半身と下半身、
 昼の顔と夜の顔、タテマエとホンネ
 割り切れない二つの蝶番を地道に追い求め、
 一般的に、権威、事実とされていることを疑い、
 人間や組織の虚実を明らかにしていきたい。
 自分のスタンスで本質を追い、
 現実を自由に動き回りたい」(考察3)

このようにして掘り下げられ、
言葉にされてみると、
Iさんが、週刊誌編集を選んだことが
とても納得できる。
だけでなく、それは、読む人に
週刊誌の価値まで再発見させる力があった。

Iさんの文章が一貫しているのは、
自分の「好き」から出発して一歩も譲らず、
それを掘り下げて、掘り下げて
言葉にしていっているからだ。
常にもどるのは、自分が本来感じた面白さ、
ブレるはずがない。

一方で、「好き」を感じるセンサーがあっても、
想いを言葉化する億劫さを避けてか、
選択肢の方を、次々とすりかえてしまう人もいる。
これは、もったいない。

感じた「好き」が、
仕事になるか、ものになるか、どうなるか、
と結論を急ぐ前に、
もう少しだけ粘って、
自分の感じた「好き」の中身を
掘り下げてみてはどうだろうか?


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『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2005-08-17-WED

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