YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson258  
もっと抽象度の高いところで人は選ぶ

いらないものを
捨てるのか

いらないものに
捨てられるのか

――これは、ミュージシャンの
ふくだゆうたさんの唄の歌詞だ。

この歌詞に出会ったのが、
ちょうど、わたしが会社を辞める前後だったから、
キョーレツに焼きついた。

以来、「選択」のたびに、
わたしは、この歌詞を思い出す。
とくに、仕事を断わるようなときに。

いま、自分の心が
向かない仕事にしがみつき、守ろうとすれば、

それは、仕事の「やる気」に影響し、
やる気は「質」に影響し、

結局、自己ベストのアウトプットができなければ、
今度は、その仕事の方から、私自身が捨てられる、

そう考えて、いくじなしの私も、
これまで、どうにか、こうにか、
要らないものを潔く捨て、生きのびてこられた。

でも、なにが、自分にとっていらないものか、
何が、自分にとっているものか、
みんな、どうやって決めているんだろう?

私は、このところ、
就職活動で、成功体験をもつ人の
「選択」に注目している。

面接の場で、
何を言ったか、どう言ったか、というよりも、
その前の「決め」が、問題ではないか。

「決め」が、その人の表現に、
つよく影響すると私は思うからだ。

もっと言えば、その人が何を選択したかとか、
その選択が結果的に正しかったか、
まちがっていたかは、問題じゃない。
(だって、そんなの、後になってみなきゃ、
 だれにもわからないんだから。)

それよりも、その人が、
「何を考えて、どんなふうにそれを選んだか」
が、大切だと、私は思う。

先日、複数の企業から内定をもらい、
みごと第1志望に採用された若者に取材をした。

「なぜ、その企業を選んだのか?」

それは、企業のどんな社会的貢献からか?
自分のどんな、適性からか?
現代の、どんな社会背景からか?

私の質問に、ずっと、不具合を感じていた彼は、
「そういう次元じゃなくて……、」
と、その違和感を言葉にした。

「そういう次元じゃなくて、
 もっと、抽象度の高いところで、
 ぼくは、この企業を選んだんだ。

 言わば‥‥、

 美意識、みたいなところで、
 ぼくは、この企業に惹かれた。」

私はそれを聞いて、はっ、とした。
さらに、自分が教えていた学生たちのことを
考え合わせて、とても腑に落ちる思いだった。

幼いころから、豊かな情報を浴びて育ち、
本も、意外にたくさん読んでいる、
いまの若い人たちは、情報的に洗練され、
抽象的な思考にもたけていると私は思う。

彼らは、アウトプットの機会がなかったために、
感じ、考えたことを、
うまく言葉にして言えないだけで、
内面では、よく「わかって」いると、私は感じる。
何が面白いか、面白くないか、
何が美しいか、美しくないかを、秒殺するだけでなく、
「美しい」のさらにその中の、
微妙な差異までかぎ分ける。

美意識の洗練は、
私が学生の時分より強いのかもしれない。

でも、実際、就職活動のとき、
「なぜ、うちの企業を選んだんですか?」
「うつくしかったから」

では通じない。通じないと思うから、
採用する方も、受ける方も、
「抽象」で感じたものを、いったん、
「具体」に落とそうと努力する。

それで、「将来性」とか、「適性」とか、
「社会貢献」とか、「福利厚生」とか、
そんな風に、現実的な言葉に
置き換えれば、置き換えるほど、
どんどん本来の、選択理由から、
遠ざかって、そのうち、
選ぶものまで、変わってしまう、
ということもあるのかもしれない。

今の若い人には、もっと、抽象度の高いことを
抽象度の高いまま、伝えたり、
考えてもらったほうが、
いいのかもしれないと思った。
それで充分、通じるのではないか。

人は、現実的な理屈を、あとでつけるけれど、
実は、もっと、抽象度の高いところで、選んでいる。

たとえば、読者のBさんも、こんな選択をした。

=
<この仕事か、新しい仕事か、それが問題ではなく>

44歳、パートをしている女性です。

先週末、
新しい仕事に来ないかという話をいただきました。

正直言って、今の仕事はキツく、
他に行くところがないから行っているようなものでした。
仕事を変われば給料も増えるし、
私の得意分野の仕事です。

けれど、新しい仕事は8月からと、急な話で、
その上、8月には今の職場に必ず出勤すると
約束した日が一日ありました。

新しいところに行きたい、でも‥‥

はっきり決められないまま、土曜日の夜、
ふとテレビをつけると
ズーニーさんの番組の再放送をしていました。
悩みの真っ只中だったので、
ひと言も聞きのがさない勢いで、
一気に3時すぎまで見ました。

番組の最後の方で、
「人は本当の想いを言えた時、
 深い内的な喜びがある」とあり、

「私は本当はどう思っているのか?」、

自分に問いました。
いくつも答えが出てきました。

いままで「自分で考える」ということについては
やってきたつもりでしたし、
決めた結果を受け入れることも
分かっていたつもりでした。
けれど今回、できていなかったんですね。

「私はどうしたいのか?」
「今の仕事は辞めたい」「新しい仕事がしたい」
でもスッキリしません。

最後に「一番大事なことは何か?」
これを問うた時、答えがハッキリとわかりました。

「約束を守りたい」

自分でも意外でした。
私はパートなので、条件のいい仕事があればそちらに
行くのは普通のことです。

けれども、なにかモヤモヤしていたのは
普通に考えたら
‥‥というところとは別のところに
自分の本当の想いがあるからだったのですね。

本当の想いはわかった瞬間にものすごくすっきりする。

本当の想いがわかって、
初めてゆっくり眠ることができました。

今日、職場の上司に新しい仕事の話があったこと、
でも8月の約束は守ること、
次のチャンスが来年明けにあること、
そのときはそちらに行きたいということを言いました。

想像以上に上司も自分の想いを話してくれ、
私の気持ちも理解してもらえました。

今までちょっと厳しくて苦手だった上司ですが、
「腹を割った話」とはこういうものなのだ、と
思えるほど職場を出た後は清々しい気分でした。

今でも新しい仕事にはすごく行きたいです。
けれども私は自分の本当の想いを軸にして決めた
結果だから、あと半年、
今の職場で踏ん張っていくつもりです。
         (読者 Bさんからのメール)

Bさんにとっての、
どうしてもゆずれないものは、

この仕事をとるか、あの仕事をとるか、
という、目の前の二者択一とはちがう次元にありました。

なにが、いらないものか、
なにが、どうしても、ゆずれないものか。

あなたは、あなたの何を大事に決めますか?

…………………………………………………………………



『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2005-07-27-WED
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