YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson251 伝わると伝わらないの境界(2)−決める

いま、私が、公私にわたる、すべての時間のなかで、
もっともスリリング、エキサイティングで、面白い、
と想っていることは、

超大作と言われるような映画でも、
豪華絢爛の芝居でもなく、

ごく普通の人の、内面で起こっていることだ。

ワークショップで、
その人の内面を引き出すナビゲーションをしたあと、
本当に想っていることを言葉にしてもらう。

ただそれだけなのに、
胸にどきどきと緊張感が走り、
自分の中に、なんとも言えない生命力がみなぎってくる。

このところ、私は、
住むところを変え、人との関わりを変え、生き方を変え、
ますます、瞬間、瞬間に、
自分を「全懸け」するようになってきた。
このエネルギーが
どこから湧いてくるのか、不思議だったが、

たぶん、もっとも影響され、活力を与えられているのが、
ワークショップにこられる人の発言。
もっと言えば、私が、
ひそかに「スーパー素人」と呼んでいる、
ごく普通の人の、個人の内面の表現だ。

「スーパー素人」と呼ぶのにはワケがある。

最近のワークショップで、最も衝撃的だったのが、
東海大学の、主に新入生400人でやったものだ。

そもそも入学したてで、
大学というものに慣れていない学生が、
400人の前で、胸を打つスピーチをする、
という展開は、だれも予想していなかった。
私だって、そんなハードルの高いことをさせようなんて、
予定にも組み入れていなかった。

長年、そこの学生たちを知る教授陣も、
「学生は素朴で、自分の考えを表現する、
 主体的に動くことに慣れていない。
 そもそも、ワークショップ自体に
 ついてこられないかもしれない」
とおっしゃっていた。

「それでも、失敗を恐れず、
 経験させてみよう、学生を信じて」
と。学部長はじめ、係の先生が、総出で、
グループ分けや、番号はりをしてくださった。

心配をよそに、

学生は、すいすいと主体的に取り組んで、
教授たちを驚かせた。
あんまり雰囲気がよかったので、
ラストに、学生にマイクを渡してみると、

いきなり女子学生が、ものおじせず、
大教室の400人の気持ちに染み透る
ほんとうにりっぱなスピーチをした。

次の学生も、また、次の学生も、
結局、グループの代表に選ばれた学生、約10人が、
大教室の400人をぐっと自分に引き寄せ、
心にとどく話をした。
このテンションは、いっときもとぎれることはなかった。

5限、つまり夕方のスタートで、学生たちは、
本来ならくたくた、集中力は散漫のはずだ。
ところが、マイクを渡すため、
話し手の位置から見ていると。
ひとり話すたびに、400人の目が、きらきらと、
いきいきと、話し手にすいよせられ、
ひとり話すたびに、
聞いている学生たちに活力がみなぎってくる。

400人の前で話す、というのは、おとなでもむずかしい。

講義や、ガイダンスなどで、
前でおとながしゃべっていても、学生たちが私語をし、
いっこうに聞こうとしない、
「静かに」と注意してもまったく通じないという光景を
見た人は多いと思う。

いや、プロでも、むずかしい。

以前、NHKホールに、公開番組の収録を見にいった。
10組あまりのミュージシャンが出演した。
ところが、テレビ画面でなく、ライブで見ていると、
たとえプロであっても、あのNHKホールを
塗りつぶせる人と、塗りつぶせない人がいることがわかる。

その日、NHKホールの全部を、緊密に強烈に引き込み、
一瞬で自分色に塗りつぶしていたのは、
スガシカオさんと、清春さんだけだったと私には思えた。

あとのミュージシャンは、
舞台にたったとき、そのファンの人だけが盛り上がる。
ファンではない人の意識は、引きつけることができない。

そして、何組かは、前で、
どんなにアピールしても、かえって、
NHKホールの空気が、しらじらと、散漫になっていく。
いっこうに、その場の空気を自分にたぐりよせられない。
その差は、残酷なまでにはっきりしていた。

プロでも塗りつぶせない空間を、
まったくの素人、しかも、大学生になりたて、
表現もなにも、まだこれからだ、
という人が、塗りつぶしている。

「伝わると伝わらないの境界」は何?

この日の学生のスピーチがどうしてこんなに
質が高かったのか? 実は、いまもってわからない。
数々のワークショップをしていても、
そういうことはなかなかない。
そのあとで、学部長先生と、担当の教授と、ポカーンと、
キツネにつままれたように、会食をした。

何が起きているのだろうか?

ただひとつ、言えることは、
そこにいた400人の中の多くが、
18年の人生の中で、決して小さくはない、
もしかしたら、
もっとも大きな「決め」をした直後だった、
ということが関係しているかもしれない。

すなわち、大学に行くということを「決め」、
どの大学に行くかを「決め」、
どの学部にいくかを「決め」、
その自分の決断のもとに、動きだした直後だった。

私はいま、「就職活動」というシーンで、
面接官に
「伝わると伝わらない」表現の境界を追っている。

週末は、名古屋で、最初は、
まったく企業に受からなくて、
途中から、劇的に、
内定連発になったという24歳を取材した。

昨日は、人気トップといわれる企業の、
10年以上のベテラン人事担当を取材した。

そこで、新たに浮上してきたキーワードがある、
それが「決める」ということだ。もっと言えば、

「自分で決めて、対象にかかわったかどうか」である。

最初は、まったく企業に受からなくて、
途中から、劇的に内定連発になったという24歳に、
最後に、「伝わると伝わらないの境界」を聞いてみると、

「決める、ということですかね。」と言った。

くわしくは、後の回で紹介するが、
つまり、「俺はこれでいく」ということを決めて、
就職活動なり、面接官に臨んだ、ということだ。

お宅の企業はどうなんでしょう?
そこから見ると私ってどうなんでしょう?
採ってくれるかどうか、どうなんでしょう?

では、企業側も、共感するもなにも、
そもそも、何に共感していいかさえ、わからない。

「私は、こういう考えですが、
 それは、御社からみるとどうでしょうか?」
というスタンスだ。

人気企業の、ベテラン人事担当は、
面接で、学生時代の経験をアピールするシーンで、

学生が思う、「企業にアピールする学生時代の経験」と、
実際、面接官が聞いて面白い学生時代の経験には
ズレがあるという。

学生は、見栄えのする経験をピックアップしてくる。
やれ、大きな機関と働いたとか、
やれ、ビックネームと関わったとか、

しかし、規模の大きい、小さいはまったく関係なく、
成功したか、失敗したかも関係なく、
話のうまい、下手も、まったく関係なく、
「自分の意志で決めて、関わった経験かどうか」
が重要だという。

非常に小さな、とるに足りないことでも、
自分でこうしようと決めてやったことなら、
そこに葛藤が生まれ、もがいたり、工夫したりする。
そういう経験を採りあげていれば、
どの方向から攻められても
一貫していてブレがないと。

自分で決めて、現実と関わる。
成果も失敗もまったく関係なく、
伝わる境界はそこかもしれない。

自分で決めて、現実と関わる。
それが、今日、自分の出番に
確実に打って出るということかもしれない。

そう思ったとき、
唐突だが、あなたに打って出てほしい、と思った。
失敗したっていい。決めて、動く。

出番のベルはとうに鳴っている。
周囲もそれを待って、いる。

きょう、あなたの出番です!

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『考えるシート』講談社1300円

● 『考えるシート』刊行記念ワークショップ
  「自分の想いを表現する」
日時:2005年6月25日(土)18:30
場所:新宿・紀伊國屋ホール
「想っていることがなかなかうまく言葉にできない」と
お困りの方へ。自分の想いを引き出し、整理し、
人に伝える方法をつかむ、たのしいワークショップです。
初めての人、内気な人も安心して参加できます。
チケット:キノチケットカウンターにて1000円(税込)
予約・問い合わせ:03−3354−0141



『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
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2005-06-08-WED
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