YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson211 ぺしゃんこ体験
        ――勉強?それとも仕事?(8)


自分と他人はちがう。

それがはっきりとわかったのは、33歳のとき、
ぺしゃんこになるような衝撃だった。

それまでの私は、
井の中の蛙そのもので、
それでも、編集の仕事がデキルつもりでいたから
かっこわるい。

たとえば、当時の私が、
高校生向けに、「脳」について特集を組むとしたら、
どうしただろう?

きっと、養老孟司さんのような
「脳」の第一人者に原稿を書いていただくことに、
まずは、パワーの大半を使ったと思う。

その道の第一人者をつかまえられたとしたら、
巻頭のページをバーン!とさいて、
その人の写真をバーン!と大きく載せるだろう。

そのあとは、読者の高校生に
脳について、知ってほしいことを、
知ってほしい順番で、披露していったと思う。

そのまちがいに気づかされたのは、
読者の高校生を会社に呼んで、
ヒアリングをしていたときだった。

教材を机におき、
かげからじっと、高校生を観察していた。

いきなり、ガーン!と衝撃を受けた。

高校生たちが、教材を、
雑誌のようにパラパラとやりだしたからだ。

高校生は教材を、初めから順番に読んでくれはしない。
雑誌のようパラパラパラ…とめくり、
目にとまったところ、
興味を感じたところから読みはじめる。

しかも、いちばん力を入れた巻頭の、
テーマの第一人者による特集などは、
さっと通り過ぎてしまった。かとおもうと、
ちょっと面白いイラストがある小さなコーナーで
目を止めている。

「なんで? どうして?
 すごい先生が記事を書いてくれているじゃあないか、
 小論文入試にも出てくる先生だよ」
といわんばかりに、私は、読者にワケを問うてみた。

すると、
「こういうおじさんの写真がでてくると読む気がしない」
と一蹴された。2度目のガーン!だ。

おとなから見て威厳ある教授たちの写真も、
高校生からみると、とっつきにくかったり、
このページに書いてあることはなんだか難しそうだ、
という印象を与えてしまう場合もあるんだと、
はじめて気づかされた。

読者の目をとめるのに、大きく影響しているのは、
結局は、写真・イラストなどのビジュアルだった。

映画やマンガなどたくさん見て育った世代は、
ビジュアルには目が肥えていて、うるさい。
下手なものをつかうと逆効果になる。
たとえば、イラストで目を引いても、
そのタッチが古くさいと
その誌面自体が古くさいと判断されてしまう。

読者は、まず、ビジュアルに目が行き、
次に、タイトルなどの大きな文字をながめる。
そこで、自分に関係あるかないか。
面白いか面白くないか。
読むか読まないかを、ぱっと決めてしまう。

そこで、読む動機の起きないものは読まない。

そもそも17歳にとって、
「文化論」とか、「日本人論」とかいったテーマは、
考える動機がないのだ。

この日受けた衝撃は大きく、
それまでプライドがあった分、
ぺしゃんこになるような事件だった。

「だめだ、いまのやり方じゃ、読んでももらえない」

読者は自分とはちがうのだ。
動機の持ち方も、ものを見ていく手続きも、
大事なものの順番も、好き嫌いも。
コミュニケーションの仕組みを大きく変える必要がある。

自分とはちがう他人を、
これほど切実に感じたことはなかった。

自分とはちがう、とわかると、
「じゃあ、高校生からみてどうなのか」が、
いちいち気になりだした。
ひとつの特集をつくるにあたっても、
まず、たくさんの時間を、
高校生の理解にさくようになった。
実際、高校生に向かうと、わかっているようでも、
毎回、必ず、新しい発見があった。

調査、アンケート、ヒアリング、モニター。
会社の方でも、
「お客さんからものを見る」ということを、
徹底してやっていたので、
質、量ともに、読者の情報が充実してはいってきた。

毎日毎日、高校生のことを考えた。

実現はしなかったが、
高校生のお子さんがいるスタッフ宅に
しばらく住まわせてもらおうかとさえ考えていた。

自分ではない、他人にものを伝える。

その怖さを改めて受けとめ、つかんだ結論が、
「動機をつくる」ことだった。

たとえば、「脳」の特集だったら、
いきなりスペシャリストからの結論、というのではなく、
高校生が「脳」について考えたいという
動機をつくるところに
最もパワーを割いてみる。

テスト・部活・恋愛など、日々、高校生を直撃する問題が
数ある中で、どうしたら、あとまわしにされず、
高校生に、このテーマを、
「いま、考えたい」「考えずにはおられない」
と思ってもらえるのか?

だから、例えば巻頭には、
高校生が、今日も経験するような、日常のなかでの
ひっかかり、違和感を置いてみる。

高校生が、「自分もまさにそれが疑問だった」と
興味を示してくれたところで、
それが、「脳」に由来する問題だと告げ、
次々と、高校生が、他人事では通り過ぎられないような、
問題を提起していく。

高校生が、問題意識をかきたてられ、
もっと体系的な観点がほしい、知識がほしいという
欲求が高まったところで、
スペシャリストの記事は、
最後に提供でもいいかもしれない。

ビジュアルは、高校生の目を引き、
内容を印象付けるような
イラストか写真がよいかもしれない。

活字はなかなか読んでくれない世代だから、
パラパラパラ…と誌面をめくりながら、
ビジュアルと大文字のコピーを追っていくだけで、
流れがわかり、読む動機がおき、
問題意識がわくように1冊を構成しておく必要がある。

動機さえ、しっかりと引き出せていれば、
あとは、ほっといても内容を読んでくれる。

このようにしてつくった教材は、
活用率が大幅にはねあがり、
数字としても、高校生からよせられる実感としても、
はっきり「通じた!」という結果がでた。

考えてみれば、それまでの自分は、
他者をなんとなく自分の延長のようにとらえて
仕事をしていたと思う。
だから、自分の経験だけで他者を推し測ろうとしたり、
カンでやってしまったり、だからつきぬけなかった。

相手あってのことは、
「実のところ、私のやっている仕事は、
あなたから見てどうなのよ?」
と、相手にはっきり問うてみるしかない局面がある。
それはつらいけれど、必ず1度は越えねばならない局面だ。

考えたら、私は、それまでに何度も
アンケートや、ヒアリングを通して
高校生には会っていた。
それでも、あの日、ぺしゃんこになるほどに、
読者の存在に出会うことはできなかったのだ。
およそ10年も。

それは、なぜだろう?

そして、今も、
どんなにアンケートやヒアリングをしても、
あるいは、日々お客さんと顔をあわせていても、
いっこうに、お客さんの気持ちがわからない、
出会えていない人もいるように思う。

一方、お客さんから遠いと思える職場にいても、
お客さんの気持ちや思考をよくわかった人がいる。

その差は、いったい、なんなのだろうか?

人はどうすれば他者の目になってものごとを見、
他者と出会うことができるのだろうか?




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-08-18-WED

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