YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson202 だれを想って行動しているか?


人の言動には、「想い」がある。
この「想い」が肝心だ。

ネガティブな想いから出た言動は、
人の心を動かさない。

だから、自分の根っこにある想い(=「根本思想」)を
時折チェックしてみることが大切だ。

だが、自分の「想い」をとらえることも、
コントロールして、いい方へ向けていくことも、
実は、なかなか難しい。

どうすれば、自分の雑多な想いの中の、
いい面を引き出していけるのだろうか?

ひとつの方法として、
「いま、だれを想って行動しているか?」
をチェックし、
そこで、対象を切りかえる、という手がある。

これに気づいたのは、
生まれて初めて、
1000人規模の講演をやったときだった。

1000人の持つ力は、とても強いので、
しっかりしていないと、
自分の芯をもっていかれそうになる。

逆に、自分と聞き手の間に、
なにかがうまく循環しはじめると、
自分としても、
ものすごく引き出してもらっている感じがある。

学生1000人は、
とても、静かに聞いてくれていたが、
途中から、たった2人が、話をはじめた。

私は、話しながらも、
つい、その2人の学生に気をとられた。

講演をつづけながらも、
心では、2人にこっちを向かせよう、
だまらせようと話していた。

だが、そうすれば、するほど、
その2人は、しゃべり、
にわかに場内の集中力まで落ちるのを感じた。

それまで、自分と1000人の間に
うまく流れていたものが、あきらかに散っていく。

「どうしよう、
 ここで、1000人の私語の波がきたら、
 自分の力では、もう、どうにもならない。」

一瞬、ひるんだら、
腹から、怒りが湧いてきた。
2週間がかりで、何回も絶望しながら、
自己ベストの原稿を書き上げた。
くそーっ、それを、たった2人のために
こわされてたまるか!

ええい!

と私は、その2人をふっきった。
いったん、そこにぐっと意識を向け、
「話したきゃ、話せ!」
「出て行きたきゃ、出て行け!」
と、心で言ったあとで、ふっきれた。

自分は、これ以上できないまでに準備をした。
自分は、
「これが必要な人」に話すために、ここへきた。
だれがどう騒いでも、「その人」にこの話をする!

腹の芯にしっかり力が入った。

すると、どうしたことか、
また、1000人の集中力が自分に戻ってくる。
最終的には、
とてもいい循環が1000人との間に流れて
講演は終わった。
これはほんとうにいい、
身体の教養として、いまも残っている。

だれを想って行動するか?

どんな道にも、いやな人はいるものだ。
でも、そのいやな人を想って、あれこれ画策することが、
なかなか通じないばかりか、
他との関係まで悪くする。なぜか?
いやな人を想うことで、「憎しみ」や「苛立ち」などの
根本思想が生まれやすく、
それが、人の心を動かさないからだ。

あの講演で、
落ち着いて考えれば、話をしていた人よりも、
黙って聞いてくれていた人の方が、
実は、はるかに多かった。
その人を想うことで、
私の言葉は、再び伝わりはじめた。
根に、あたたかいものが生まれたからだ。

だから、いやな人に、傷つけられて、
自信を失い、嫌気がさし、
やろうとしていたことを、
途中で放り出したくなってしまったようなとき、

「いま、だれを想って行動しているか?」
と考えてほしい。
そんなときこそ、目を転じてみてほしい。

あなたの道に、たとえ、どんなにいやな人がいようとも、
あなたをこれまで生かしてきた人、
いまも静かに生かしてくれている人の方が、
実は、はるかに多い。

何かをやめるにしても、やるにしても、
いやな人を想っての決断ではなく。
自分を育て、見守り、自分の仕事を待つ人のことを想い、
そっち側から、動機を立ててみるべきだろう。
同じ決断でも、根本思想はずいぶん変わる。

ただ想うだけで、
あなたが、温かくなれる人はだれだろうか?

つぶれそうなときは、その人を想って、
あなたに、がんばってほしい!




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-06-16-WED

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