YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson180 2人称はだれか?

お笑いの先輩と、後輩がかけ合いをしている
あるテレビ番組を観て、友人が、

「つまらない」

ともらした。
どうも、後輩の芸人さんが、
先輩に気をつかって、
いつもの芸のキレを失っているというのだ。

そうか?

と観ると、確かに先輩に遠慮していた。
この芸人さんに限らず、
お笑い界の人たちが、
いかに厳しい上下関係を生き抜いているかは、
ときに画面を通じても、ビリビリと伝わってくるほどだ。

それは、だいたいにおいてすがすがしい。

でも、ときどき、
上下関係のしがらみは、
やっぱり、演じ手の都合であって、
観ている私には、
まったく関係のないことだと思える時もある。
「面白く」なければ、しょうがない。

2人称はだれか?

スタジオで、
後輩芸人さんは、
目の前の先輩に向かってしゃべっている。
だから、後輩芸人さんにとって、普通に考えれば、

1人称(私)   =後輩芸人さん
2人称-(あなた)=目の前の先輩芸人さん

である。
だが、この場合、「ほんとうの2人称」は別にいる。
「先輩、後輩のやりとりをじっと見つめている人物」。
そう、何十万、何百万という「視聴者」だ。

プロの芸人さんは、このことをよくわかっている。
お互いに向けて話しているようでいて、
テレビの前の「あなた」に向けて話している。

だが、目の前の、先輩とのしがらみに、
視聴者を忘れ、
2人称が、完全に
目の前の先輩にとってかわられたとき、
視聴者の心も引くのかな、と
お笑いの専門でもないのにエラそうに、私はそう思った。

2人称はだれか?

この揺れは、どんなところにも起こる。
例えば、職場で。

手におえない後輩を先輩社員が、叱りつけている。
後輩があまりにも「できない」ので、
くる日もくる日も、
フロアに先輩の小言が響き、仕事が滞る。

そんな日々の果てに、信頼を失ったのは、
手におえない後輩、ではなく、
「ひどい・恐い」とマイナスの評判をたてられた先輩だった
……なんて悲劇も起こる。

先輩社員は、目の前の「後輩」を叱るのだから、
2人称は、後輩だ。

ところが、そんな2人のやりとりをじっと見つめている
第三の存在がある。

仕事の2人称とはだれか?

仕事上のすべての表現において、最優先し、
最終的に信頼関係を築かなければいけないのはだれか?
日々、さまざまな言動を捧げていく最終的な人物とは、
だれだろう?

上記の先輩は、やはり2人称を、
「自分」にとっての「あなた」を、
見誤ったのではと私は思う。
私たちは、目の前の人間とのやりとりについ夢中になる。
だが、後輩の芸人さんにとって、
目の前の先輩ではなく、「視聴者」。
小論文入試の受験生にとって、
与えられた資料文の筆者ではなく、「採点官」のように、
本当の2人称は、その場には、「見えない」ことも多い。

目には見えないが、
最終的に自分の表現の結果を受け取り、
自分への最終的な評価を下す人物。
自分の表現を「待っている人」とも言える。

私も、フリーランスとして様々な仕事をしていく上で、
いつもいつも、
ベストな仕事の担当者に恵まれるわけではない。
最初の本が出てから、
いまはそんなこともなくなったが、
フリーランスになりたてのころは、
私のことを石ころみたいに扱う、
ある仕事先の担当者がいた。
ときに、脱力させられ、
ときに、憤慨させられ、
その不当な扱いに、
わずかに守っていた、
仕事への「やる気」さえ、ことごとく、
水をかけられたように、消沈してしまう場面もあった。

でも、そんなとき「あなた」を思う。

目の前の担当者とのしがらみに、「あなた」を忘れ、
表現のレベルを落としてよいということでは決してないし、
逆に言えば、
あの失礼にも、あんな悔しさにも、
「あなた」がいたから、耐えられたと思う。

仕事という表現が、つい目先の、
人間関係のなかで行われるだけなら、
それは、最高の担当者に恵まれようと、
最悪の担当者との間であろうと、同じことだ。
あまりにも虚しい。

2人称はだれか?
「私」にとっての「あなた」とはだれか?

自分の仕事を待っていてくれる人はだれだろうか?




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-01-14-WED

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