YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson140  おめでとう

おめでとう。

と、あからさまに言うことが
気に触る人がいたらごめんなさい。
それでも春から、
自分の立場に「新」がつく人を想うと、
やっぱり、腹からこの言葉がこみあげてくる。

新一年生、おめでとう。
新社会人、おめでとう。

春からポストが変わった人、
住む場所が変わった人も、
新しい環境で踏み出す人に、わたしはやっぱり、
おめでとうを言いたい。

新しい環境は、新しい自分の潜在力を引き出す。

就職浪人になった人、新人になれなかった人、
わたしも19年前の春、同じだった。
そこから企業に入るまで、
バイトと編集アシスタントをして3年かかった。

バイトとはいえ、
記念すべき初出勤の日、緊張して、
おかんに買ってもらったスーツで決めていった。

そしたら、ゴザをぽん!と渡され
花見の場所とりを言い渡された。
これがわたしの社会に出て最初の仕事だ。

ほかの社員の方々が来られるまで、
大きな大きな
青いビニールシートの真ん中にぽつんと座って、
4時間くらい、どんよりした空を見ていた。

「いったいこれから自分は、
どうやって社会に入っていけるのだろう?」

小さな身体が、春風にすくわれないよう、
じっと身を硬くしていた。

その3年間があってほんとうによかったと思う。
企業に勤めている間も、
辞めたいまも、
ずっと私を支えつづけてくれているのは、

成功体験に顔を輝かせている私、ではなくて、
どうしてか、あの満開の桜のもと、
どでかい青いシートの真ん中で、
リクルートスーツでふんばっていた小さな私なのだ。

もし、タイムマシンで帰って、
花見客を装って、ひと言だけ、
あのときの私に声をかけられるとしたら、
心をこめて言いたい。

「社会人スタート、おめでとう!」

あのときの私は、ちっともわかってないだろうから、
きみが社会に出てきてくれて、
どんなにうれしいか、私は言ってやりたい。

毎年この時期、新入生の気持ちを考える。

来月、新大学生に向けて講演をするから、
今は新大学生の気持ちを、
去年は、「もうすぐ中学生」になる人と親御さんへ
メッセージを送ったから、
「もうすぐ中学生」の気持ちを考えていた。
新入生の気持ちと言えば、
主催者や、マーケティングをした人から、
必ず言われるのが

「新入生の気持ちと言えば、とにかく不安ですから。」

ということだ。私もそうだろうな、と思う。
去年も、いろいろ切ない事件がいっぱいあったときで、
不安な時代だし、いじめとかあるし、
私だって、新社会人のスタートはビニールシートだったし、
「不安」という共通項から、
新入生へのメッセージを
起こしていくのはやりやすいはずだ。

ところが、やってみたら、なんか違う。

「もうすぐ中学生」って、実質小学生。
ヒアリングにも行って、何人もの声を聞いた。
でも、どうしても、新中学生の気持ちと、
新社会人を踏み出した、
あの時の私の気持ちがつながらない。
自分でも驚いたが、共感のキーは「不安」じゃないのだ。

じゃなんなんだろう?

期限がきてもいっこうに言葉がみつからないので、
ずっとネットサーフィンで、小学生の日記を読んでいた。
その果てに、
ある小学6年生の日記に、次の言葉をみつけたとき、
これだ…、と思った。

「もうすぐ中学一年生。
 ほんとは、すっごく楽しみにしてるんだ。」

新入生たちは、口に出して言わなかった。
わたしも青いシートの上、
不安ばかりに気をとられていたけれど、
身体の奥に、小さな灯がともっていた。
新一年生と、ビニールシートの私は、
その「灯」でつながった。

大事なのは不安にどう打ち勝つか、じゃない。
自分のこの灯を、自分でどう裏切らないかだ。

新一年生、心からおめでとう。

親も、先生も、社会も、
あなたが、心からほんっとうに
「面白い!」と想うことを、
想う瞬間を、つかんでくれと願っています。
それが学生の仕事だからです。正真正銘、立派な仕事です。
だれに遠慮も要らないし、だれも邪魔できません。

手を伸ばして存分に、
自分の「面白い」をつかんでください!

2003年 春 吉日 山田ズーニー





『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円

内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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2003-03-26-WED

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