YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson103 不安が訪れたら


不安は、いつまで続くのか?

答えはカンタン、
そのことに自信が持てるまでだ。

ということは、
自信ができるまでは、
どうジタバタしたって
不安と付き合いつづけなきゃいけない、
ということだ。

「そんなことわかってるよ」と言われそうだけど、
本当にそうだろうか?
最近、こんな風景をよく見る。

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証(あかし)−不安の風景1

最近、彼ができたA子、
私に会う度、のろけがすごい。

「ねーねー、彼がこんなのくれたの」
どうみても、そのプレゼントは高すぎる。しかも3つ目だ。

「ねーねー、夜中に泣いて電話したら
タクシー飛ばしてきてくれて、一晩中なぐさめてくれたの」
A子の家までタクシー2時間、
彼は次の日大事な仕事があったと言う。

「ねーねー、私たち結婚の約束をしたの」
私は、思わずお茶をふいた!
「だって、まだ、2か月でしょ、あなたたち」

A子の顔が急に曇った
「運命の出会いなのよ!喜んでくれないの!」
その恐さに押されて、
「あなたたち、絶対!うまくいくわ」
と、また、言わされてしまっていた。
A子は安心してお茶をすすった。

運命の出会いなら、どうして形を焦るんだろう?

今日も、A子はのろけてくる。
私はなんだかハンコを押さされている気分になる。

「ねーねー、彼は本気よね。」
私は、そうだ、とハンコをポン!
「ねーねー、私たち別れるなんてありえあないわよね」
そうだ、そうだ、とハンコをポン!
「ねーねー、これは本物の愛よね?」

だけど、本物の愛って、2ヶ月やそこらで育つんだろうか?
人にハンコを押してもらうものなんだろうか?

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ランキング ―不安の風景2


CDデビューして1年の彼は、
ランキングばかりを気にしすぎる。

テレビ、雑誌、インターネット、
ランキングが上がったと言っては大喜びし、
下がると、落ち込んでいる。

同期のミュージシャンの順位を気にして、
しょっちゅう順位を調べてる。

今日もネットをクリックして、
自分のランクを調べる彼、
そんな背中を見ていると、
どこからか、こんな声が聞こえてくる。

「鏡よ、鏡よ、鏡さん、
 世界で一番うつくしいのはだーれー?」

デビュー前は、何もなくても、
あんなに輝いていたのに。

「鏡よ、鏡よ、鏡さん……。」

白雪姫のまま母は、
なんで「鏡」に訊いたんだろう?
自分がうつくしいかどうか。
なんで、「自分」に聞かなかったんだろう?

「世界で1番うつくしいのはだれ…」
なんで、ランキングを気にしたんだろう?
なんで、1番じゃないといけなかったのだろうか?

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占う−不安の風景3

彼に突然の別れを告げられたB子、
最近、占いに凝っている。

私たちが誘っても、
「今日は日が悪い」とか、
「あの人は運気が下がっているから一緒にいたくない」
とか言い出した。

「あんまりはまるのよくないよ」
という友だちに、B子は言う。

「私は、悲しくて、悲しくて、
前後不覚というか、もう
何が正しくて、何が悪いかさえわからない。
そんな自分で自分が信じられないような状態で、
何をしたって危険でしょ。自分一人で決めるより、
客観的なアドバイスをもらったほうがいいの」と。

それでも、いぶかしげな私たちに、
B子は、その占い師が、いかにあたるか力説する。

でも、わたしたちが疑っているのは占いじゃない。
「判断する自分はいるか?」ってこと。

自分で自分がわからない状態で、
占いが今の自分にとってベストな方法かどうか、
どうやって判断したんだろう?
いい占い師と、悪い占い師は、
どうやって見極めたんだろう?
占いで出た結果を、取り入れる、取り入れないは、
だれが判断していくんだろう?

前後不覚な状態なのに?
自分で自分が信じられないのに???

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必要なもの、
あって欲しいものが、
「ない」とき不安は訪れる。

仕事をはじめて間もない人には、
実力もない、経験もない、実績もない、
だから、不安になるのは、
自然だと思う。

そう考えると、
恋愛の初期の段階ほど、
不安の中に、
まっさかさまに落ちていく行為はないような気がする。

人として、一人の人間をこれほど必要とし、
決定的で永遠の結びつきを欲しいと思うときはない。

でも2人は、まだ出逢って間がないのだから、
実際は、2人の間に、経験もない、歴史もない、絆もない。
実際あるのは、相手との距離と、巨大な欠乏。
これを、1年…2年…、いや10年と、
時間をかけて、じわじわ埋めていくしかない。

2、3ヶ月の恋人が、
何を、どんなふうに努力しても、
だまって寄り添って分かり合えている
老夫婦のような絆を手にすることは不可能だ。

確かな絆が、いちばん強く欲しいとき、
「ない」のだから、不安になるのはあたり前だ。

だから、「不安」は悪いものじゃないんだと思う。
問題なのは、不安の穴を埋めようとして、
コンビニエンスな方法に走ることではないだろうか?

恋愛の始めのころは、指輪とか、
相手が自分のためにどれだけリスクを負ってくれたとか、
言葉とか、約束とか、
何か、形を焦っていることが多いような気がする。

不安の穴を、
幻想で埋めたり、相手を試したり、人にハンコを求めたり。
でも、コンビニエンスに手に入る自信は、
コンビニエンスに消えてしまう。

不安の穴には、「疑い」がうまれやすい。
不安は不安を、疑いは疑いを、憶測は憶測を呼んで、
実際にはいない鬼までつくりだす結果になる。
もともと、疑うほどのものもまだ育っていないひよっこが、
疑うといっても、何を疑うというのか?
不安がるといっても、何をなくすというのか?

大きな願いを抱く人ほど、
不安の穴は、大きい。
それは、
コンビニエンスな方法では絶対埋めることができない。
手軽に手にはいるものに、
たいしたものなんてひとつもない。

大きな不安が訪れたら、
自分の願いは、大きく、深いのかもしれない。
そこに自信をもった方がいい。

時間をかけて本物を育てるまで、引き受ける覚悟をもつか?
根拠のない自信で埋めるか?
なにも心配なんかしなくても、
もともと不安がる必要なんてないことを知るのか?

不安が訪れたら、あなたはどうしてますか?





『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円

内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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2002-07-10-WED

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