YAMADA
おとなの小論文教室。
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Lesson98 文章が書ける、ってどうなること?

「中・高・大学と10年勉強しても、
 英語がしゃべれるようにはならない」
ってよく言われるけれど、
それは、日本語も同じで、
大学まで、22年間勉強したって、
「文章が書ける」ようにはならない。

私が思うに、文章の常識力には、3つある。
うち2つは、才能でも、センスでもない。
「教育」を受けたかどうか、の差だと思う。

「私は、ちゃんとした
 文章教育を受けたから、文章は書けます!」
と、胸をはって言える人は、どのくらいいるだろうか?

私たちが受けてきた教育をふりかえると、
文章を書く指導に、手が厚いところ、薄いところ、
ほったらかしているところと、
学校や先生により、ばらばらだ。
だから、「ぜんぜん書くことができてない」という人は、
気の毒だが、自分でおぎなうよりしかたない。
自分が生きてくのに必要な教育は、
自分でする、ということだ。

じゃあ、どうやって自己教育したらいいんだろう?

本をたくさん読んだら、
書けるようになる、というのは迷信だ。
本をたくさん読んだら、「読む力」が伸びる。
易しいものから、より難しいものが読めるように、
具体的から、抽象度の高いものが読めるように、
単純なものから、複雑なものが読めるように、
読んだら、読んだだけ、
読解力は、ほぼ努力を裏切らずに伸びていくだろう。
でも、書けるようにはならない。

書くことは、水泳と同じ「実技」だからだ。
世界の水泳選手のビデオを何万回見ても、
自分で水に入らない限り、泳げるようにはならない。
反対に、どんな強力なカナヅチも、
いいスイミングスクールに、2週間も放り込んでおけば、
泳ぎはじめるだろう。
つまり、正しい方向に添って、書くという実技をする。
この2条件がないと、
いつまでたっても書けない、ということだ。

じゃあ、正しい方向って何だろう?

私は、いつも、ゴールから逆算して考える。
つまり、社会に出てちゃんと生きていくために
実のところ最低限、
どういう文章力が必要になっているのか?
逆に言うと、
どんな場面で、どんな文章が書けないために困っているか?
というところから逆算して、
自分への教育目標を立てたらいいんだと思う。

これは人によってさまざまなのだけど、
社会に出るために最低限、というなら私案はある。

先日、高校の先生の国語研究会で、
高校の文章表現力のゴールを、
私なりに3つの力で定義してみた。
18歳までにつけておきたい文章力は、
ほぼ、社会人になるまでに
最低限つけておきたい文章力と言えるだろう。
その3つとは、

1. 論理的にものを書く力
2. 関係性の中で人を動かす文章力
3. 芸術的な文章表現力

どんな分野に行くか、どんな仕事に行くか、に関係なく、
この3つを基礎レベルまで鍛えておくといいと思う。
このうち、教育を受けたかどうかで決まる、つまり、
やったらやっただけ力がつくのが、1と2だと思う。

1番目の論理的にものを書く力とは、
「なぜ?」を考え、表現する力のことだ。
自分の意見をはっきりさせ、
なぜ、それが正しいと言えるか、筋道立てて説明して、
相手を説得する。
これを鍛えるには、ふだんから
「意見」と「理由」でものを書くようにするといい。
意見と理由でものを書いて、
自分の信頼できる大人に読んでもらって、
10人のうち5人以上、
2人のうち1人以上、
「なるほど」と納得したら、
論理的にものを書く常識力はあると思っていい。
逆に、この5割を割り込むようなら、
論理性になにか問題があるということだ。
おおざっぱなようだけど、常識力とは、
自分が日常を生きていくために必要最低限のことだから、
自分が生きている現実生活に問い、
確かめるのが手っ取り早い。

論理的にものが書ける、ということは、
大学に進学して学問を目指す人には、
まっさきに求められるし、
ビジネスの現場でも、企画を立てたり、大活躍だろう。

2番目の、関係性の中で人を動かす文章力とは、
いわゆる、お願い、お詫び、
志望理由書、抗議文、感謝状など、実生活の中で、
はっきりした目的をもった文章を書く力のことだ。
先にあげた「論理性」もいるけど、
それだけではまかないきれないものがある。
日常の中で書くものの多くは、
関係の中で人の心に届くからだ。
相手と自分の関係や、
人が感情を持つということをわきまえて書かないと、
「あなたの言うことは正しい、
 でも、私はあなたを嫌いになった。」
ということになりかねない。

関係性の中で人を動かす文章力を鍛えるには、
こしらごとの練習課題をこなしていてはだめだ。
本物の相手がいるところで、
結果を出す、そういう緊張感の中で、
実戦できたえるのが一番いいと思う。
ちかごろ小学生でも、ちょっとした調べごとがあって、
人に話を聞きに行く機会などがあると思う。
おとなならなおさらだ。

その際、お願いの手紙を書くことに始まって、
当日の質問項目を文章にする、
終わった後、お礼の手紙を書く、
その間に失礼があったら、お詫びの手紙を書く、
ということをやっていくと、ずいぶん文章力はつく。
自分の書いたもので、相手は動いたか、
望む結果は出せたか? というところで、
これも、おおざっぱだけど、5割を目安に検証する。

うまくいったときも、いかなかったときも、
自分の文章は相手にどう受け止められ、どう働いたのか、
機会があれば、相手側の意見を聞くといい。

そういうことは面倒だし、具体的にやれそうにない、
と言う人は、その発想をもっと柔軟にしたらいいと思う。
なぜなら、これまでのやり方をしていたからこそ、
これまでは、実生活で必要な
「書く力」が鍛えられなかったわけで、
力をつけたいなら、
やり方そのものを変える必要があるのだ。
「依頼文書に、どこか失礼なところはなかったですか?」
と率直に聞いたり、率直に返したりが
あたりまえにできるようになるといいと思う。

さて3番目の、芸術的な文章表現力について。
文字通り、詩を書いたり、小説を書いたり、だけでなく、
美しさや、豊かさ、衝撃度など、
多面的な魅力で読まれるもの、
個性や感性、天性がかかわってくる表現力だ。

論理的な文章が「説得」を、
人を動かす文章が「共感」を、ねらうのに対して、
これには、どんな理屈も関係性も介在しない、
「感動」というような域が問題になる。

たとえば、「りんご」をテーマに文章を書くとして、
論理的に書く力とは、
「これは、このような産地で、このような成分だ。
だから、このりんごはおいしいんだ。」
ということを筋道立てて説明して、
りんごを食べていない人にも
「なるほど、これなら
 マズイはずがない、あなたの言うことは正しい」
と納得させる力だ。

人を動かす文章とは、関係の中で、
相手にどうなってほしいのか、
例えば、「りんごを買ってほしい」という
目的をもって文章を書いて、相手の心を動かし、
望む状況を切りひらいていく文章だ。

そして芸術的な文章は、
たとえるなら、
まだ一度もりんごをたべたことのない人の中に、
りんごをはじめて食べたときの歯ざわりやすっぱさ、
その感覚や衝撃を再現するような文章だ。

説得するでもなく、
目的を達成するためでもなく、
たとえば「すっぱい」を表してなんの役に立つのだ?
という人がいるかもしれないが、
私は、この力がいちばん人の根っこにあり、
いちばん大事だと思う。

作家や作詞家を目指さない人間にも、
芸術的な文章力が必要だと私は思う。
でも、それを説明するのは難しい。
でも、逆なら言える。
「すっぱい」を「すっぱい」と鮮やかに感じ、
そこからこみあげてくる何かがない人が、
論理性を鍛えて、いったい何を説明するのか?
関係性を駆使して、
いったいどんな状況を切りひらくのか?

目的や筋道を持ち、結果を検証しやすい、
先の二つの文章力と、
芸術的な文章力とは、ベクトルが違う。
鍛えるにしても、方法がまったく違うんだと思う。
要件を明らかにして、整理して、
効果を考えて…とやっていると、
かえってつぶしてしまうことがある。

目的意識とか、
論理をはっきりさせて書く、というのは、
これまで日本が弱かったし、
それだけに、方法を押さえれば
成果もでやすく、わかりやすいから、
教育現場でも、社会でも、今、すごく注目されていて、
それはいいことなんだろうと思う。

でも、教育現場で
芸術的な文章力との境界線があいまいなまま、
このままじゃあ、目的意識とか、論理性に、
文章表現の教育がのっとられそうな勢いを感じるとき、
何かいやな予感がする。

論理や関係性の中でものを書く力は、
芸術面と両輪で鍛えていくものということを、
自分の文章力を鍛える上でも、
念頭に置くといいのではないだろうか。

でも、芸術性をひらくって、どうすることなんだろう?
それも文章で? あなたの考えを聞かせてください。




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円

内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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2002-06-05-WED

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