YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson50 どうすれば人の心は動くのか?
―結果を出す!文章の書き方(3) 7つの要件

日常文の書き方の原則は、とてもシンプルです。

言いたいことをはっきりさせ、
その理由を示す。


仕事メールから、お礼状、
お小言、プレゼンテーションまで、
生活で機能するほとんどの文章は、
「意見と論拠」で、まかなえます。

ただし、
その文章が、読み手の心を動かすかどうか?
状況を動かすかどうか?
は、まだ先の問題。

今日は、
結果を出すために、
考えてみたい、7つの要件を押さえましょう。

「どうすれば、人の心は動くのか?」

ここにも、悩んでいる人がいます。
京子は、出版社の課長。
部下を励ます手紙を書いています。

部下の田中さんは、大きな失敗をし、
それがもとで人間関係もこじれ、
出社拒否ぎみに……。
もともと自尊心が高く、デキル人であっただけに、
はじめての挫折は大きいようです。

不況にあって、出版社も厳しい時代、
このところ、出社拒否になったり、
心身の不調を訴える人が増加し、
社内的にも問題になっているのです。

「上司として、できることはしないと。」
そこで、京子は、手紙を書きはじめましたが、
なかなかうまくいきません。
こんな調子です。

「田中さん
最近元気がないので、とても心配しています。
だいじょうぶ? ごはん食べてる?
そこで、うれしい知らせをひとつ。
新雑誌の表紙、
田中さんにおまかせしようと思います!
表紙は田中さんが得意で好きな分野でしょ。
この仕事で、もう一度自信を取り戻し、
いつもの明るい田中さんに戻ってほしいのです。
がんばって元気を出してください。
PS.今度、
   おいしいものでも食べに行きましょう!」

「元気を出せ」と言われて、元気は出るでしょうか?
ことは、そんなに単純じゃないようです。

で、こんなとき「表現力がない」というような、
あいまいな言葉に逃げないで、
なんで、この文章じゃ心が動かないのか?
どこがダメなのか?
セルフチェックするポイントを持つことにしましょう。

ポイントは7つ、これで手紙を点検してみます。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
論点
田中さんにどうなってほしいか?  

意見
田中さんに元気を出してほしい。(他力) 

論拠
田中さんの得意で好きな仕事をあげるから、

根本思想
同情。

相手はどんな人か
自尊心が高い。

自分の立場(関係性)
立場が上の人間から、
苦しんでる部下を励ましてあげるというスタンス。
(上→下)

望む結果
田中さんが元気になる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

問題がどこにあるか見ていきましょう。
まず「意見」からチェック。

一番言いたいことは何でしょうか?

「田中さんに、元気になってほしい」です。
「……してほしい」というのは他力を望むことです。
自分は変わらず、
田中さんに元気になれ(変われ)、
と期待することですね。

こういう他力文は、意外に効果が弱いのです。
例えば、「平和な世の中になってほしい」では弱い。
逆に、これを
「平和のために自分にできる……をしたい」
と、自力にすると、強くなります。

次のポイントに移りましょう。
目指す結果は、
「田中さんが元気になる」ことです。
???
元気になる?
会社に来られないほど落ち込んでいる人が? 
手紙1枚で??

最大の問題は、この結果設定ではないかと思います。
元気にする、というのは、とても高いハードルです。
だって、
表紙をやる気になる → 会社にくる →
表紙をつくる → 成果が出る →
自信をとり戻す → 元気になる
という、いくつかの段階をすっ飛ばしてるんですから。
それを望む京子も、
期待に沿おうとすれば田中さんも、
きゅうくつな気持ちになりかねない。
本当に京子は田中さんを
元気にしないといけないのでしょうか。
田中さんは、
今すぐ元気にならなきゃいけないのでしょうか。

望む結果は何でしょうか?

次に、「根本思想」をチェックしてみましょう。
何を書くか、より、どんな気持ちで書くか、
が雄弁に相手に伝わってしまうことがあります。

書き手の根っこにある想いは何でしょうか?

この手紙の根本にあるのは、同情です。
相手によっては、
心を沈ませるものになるかもしれません。

相手はどんな人でしょうか?

「プライドの高い田中さん……。」
京子はゆきづまってしまいました。
「そもそも、自分は何もせず、
手紙一本で、人を動かそうというのが無理な気がする。
でも、じゃあ、自分で動くとして、
何に向かって、どう努力すればいいのだろうか?」

京子はいったん、手紙から離れ、
とにかく新雑誌の表紙を、自分でできるところまで、
やってみることににしました。
社内のこれまでの表紙を並べて見たり、
書店で、装丁や、
パッケージデザインの本を見たりしているうちに、
どんどんアイデアが湧いてきて、
ワクワクし、夢中になっていました。

そして新しいブランドイメージをどう打ち出すか?
と考えたとき、あらためて、
それに詳しい田中さんのことが浮かびました。

「よし、手紙を書いてみよう!」
今度は一気に言葉が出てきました。
「自分は今、悩んだり、
 わくわくしながらアイデアを出している、
 ブランドイメージの出し方は、
 ぜひとも田中さんの力がほしい、
 集めた資料もとても面白いので、
 手紙と一緒に送るからよかったらみてほしい」
といった内容です。

改作した手紙のポイントはこうなります。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
論点
私は、新雑誌の表紙をどうしようと思っているか? 

意見
田中さんの力を借りて
かつてない表紙にしようと思っている。 (自力)

論拠
田中さんが今まで手がけたものや、
いろんな資料をあたって、自分なりに考えてみたところ、
新しい可能性が見えつつあるので、
(*資料を手紙といっしょに送る。)

根本思想
表紙のことが、心底、面白い。

相手はどんな人か
表紙の仕事が好きで得意

自分の立場(関係性)
表紙にはまだ経験の浅い自分から、
表紙にくわしい田中さんへ、報告・相談というスタンス。
(アマチュア→プロ)

望む結果
田中さんに「表紙、面白そうだな」と思ってもらう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

まず、「論点」がどう変わったか、から見ていきましょう。

問題意識はどこに向かっていますか?

「田中さんにどうしてほしいか?」
ではなく、「自分は表紙をどうしたいか?」
に変わっています。
これなら、田中さんに無理な負担をかけなくてすみます。

そしてゴールも変わりました。
元気を出させるという高いハードルから、
まず、表紙を
「面白そうだな…」と思ってもらう低いハードルへ。
でも、ほんとに面白いと思ってもらえるか、つまり、

この「論拠」で相手は納得するでしょうか?

これは可能性大です。
もともと表紙が好きな田中さんのこと。
資料を送っているのも効果的ですが、
何より、京子自身が心底面白がってやっているからです。
ある仕事の面白さを伝えるのに
まず、自分自身がやってみて、面白さをつかむこと、
その背中を見せることほど、強い論拠はありません。
夢中で仕事に取り組んだことが、
気がつけば、説得材料になっていました。

そして、2人の関係性。これは、逆転しています。
役職でいけば、上司と部下。でも、
表紙に関しては、ビギナーとプロ。
これなら田中さんの自尊心も傷つかなくてすみそうです。
上司というのは、権力も影響力もある立場です。
でも、常にその立場から
発信するのがいいとは限りません。
同じ挫折をもつ人間として語れば、
関係はフラットになるし、
相手の得意分野に突っ込んでいけば、
自分の立場は低くもなる。

あなたはどんな立場で発信していますか?

関係性は、ひとつではありません。
人間が多面的な存在だからです。
相手から見た自分の立場を知り、
自分と相手のさまざまな面に着目しながら、
新しい関係を発見していくことができるのです。

以上見てきた7つの要件を、
最後にもう一度あげておきましょう。

1.意見
  あなたが一番言いたいことは何ですか?
2.論拠
  その根拠で相手を説得できますか?
3.論点
  あなたの問題意識はどこに向かっていますか?
4.根本思想
  文章の根っこにあるあなたの想い・価値観は?
5.相手
  相手はどんな人ですか?
6.関係性
  相手から見たとき、自分はどんな立場でしょうか?
7.望む結果
  だれが、どうなることを目指すのでしょうか?

うまく書けない時は、このどれかを見てください。
きっと発見があると思います。

2001-06-27-WED

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