YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson46 「引き」の伝達術
――2歩前提に戻ればあなたの話はグンと伝わる!


こんな光景をみた。

東京郊外のコーヒーショップ「ドトール」、
昼下がりのすいた店。
明らかに地方から来たようすの老夫婦が、
じっと客席で待っている。

いつまで待っても
ウェイトレスが注文をとりにくるはずはない。
セルフサービスの店だから。

東京ではあたり前になった、
スターバックスやドトールだけど、
私の実家のある田舎には1件もない。
喫茶店では、
注文は席にとりにきてくれるものだし、
お金は後で払うもの、
地元の人はそんな常識の中で暮らしている。

初めての人のためには、店の前に、
「はじめに注文し、飲み物を受け取ってから、
お席へどうぞ。」
と案内板があればいいのだろう。

でも、よくわかっていて、
それがあたりまえになっている人の間では、
「わからない人がいる」ってことが、
なかなか想像できないものである。

だから、前提のちょっとした勝手がわからないために、
おいてきぼりにされることって、
日々のサービスや、教育や、コミュニケーションに
たくさん起こっている。

あなたが伝えるとき、
こんな「おいてきぼり」をつくらないように、
2歩前提に引いて見る、というのが今日のレッスンです。
まず2歩戻って、自分があたり前と思っていることを、
わからない人もいるかも? と想像してみること。
そこから1歩進んで、その人にどんな案内板を用意すれば、
すんなり入ってこられるか? を工夫してみること。
これができるようになれば、しめたもの。
あなたの言葉は、グンと伝わりやすくなります。

まずは、こんな初歩的なケースから。

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会議によくある風景

今日は新人Aくんの、はじめての発表。
緊張したAくん、早口に話しはじめる、
「お手元の資料、3ページのグラフ2をご覧下さい、
今期の改良ポイントは…」
え? ちょっとまって3ページってどこの??
改良ポイントって何の??
机の上には、今日の発表者たちの資料がずらーり。
みんなキョロキョロ、とまどっている。
となりの人に聞いて、
やっとAくんの資料を探し、3ページを開いた。

Aくんの発表は終わっていた。

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あたりまえだけど、
会議の資料って、複数配られることが多い。
だから、「A4の、表紙に"営業報告"とあるレジュメの…」
というように、まず、どの冊子か明示して、
みんなを見渡し、該当個所を開いているのを確認してから、
話しはじめてね。
でも、ここで注目してほしいのは、それ以外にある。

●問題点を共有する

Aくん、いきなり「今期の改良ポイントは…」って
始めている。これじゃ、まわりの人は、わからない。
今期の改良ポイントって、「これから」のことだよね、
じゃ「これまで」は? 

ひとつ前のプロセスを共有しておく。

つまり、「今年」の話をするなら、「去年」のことを、
「今回の議題」に入るのなら、
「前回の会議までの流れ」を、
「提案」をするのなら「問題点」を、
はじめにメンバー全員で共有しておくとスムーズ。

会議は、タダじゃない。
一人あたりの時給 × 人数分 × 時間
場合によっては、2時間の会議で何十万もの出費が。
つまり、会社がそれだけの人件費を払って、
複数の目で、問題を考える場を用意してくれている
ということだ。これを利用しない手はない。

新人も含むメンバー全員が、まず、
あなたの意見以前の、
「そもそも、何が問題なのか?」
を共有することをめざし、わかりやすい説明を心がけて。
きっと、いい意見をいろいろもらえますよ。

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わかりにくいテキスト

今日から、通信教育で英会話のレッスン!
さっそくテキストが届いた。
うわ、何冊もある、テープもある。
そもそも、これ、どれから見るの?
とりあえず、一冊とってみる、いきなり。
「主語と述語と目的語」
え? ちょっとまって、 
これ、単に読んでいけばいいの?
それとも先に、問題解くの?
そもそも、忙しい私の生活の中、
一日、どれくらいやっていけばいいの?
そもそも、私これから、
どんな流れで、どんなふうに英語が話せるようになってくの??

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新人教育でもそうだけど、
人にものを教えるのって、大変ですよね。
教える方からすれば、
教えなきゃいけないことっていっぱいある。
でも、教えられる方は、
そもそも、この人についてって大丈夫なの? と不安になる。
そこで、前提に戻って、

●ゴールを共有する

教える方は、目標がわかっているから焦るけれど、
教えられる方は、そもそも何をめざすのかが
わからないから不安になる。

そこで、教える方と教えられる方が、
まず、ゴールを共有するといい。
この2時間の研修で…、
この1ヶ月で…、
3ヶ月先に…、1年先に…、
どうなっていくことを目指すのか。
できれば、そのゴールに、
どんな手順と方法で到達するか、というプロセスも。

前提を示して、安心させてあげて。
教えられる側もついてきやすいはずだ。

●あえて素人の目線をつくる

以前、私は、小論文の問題文にミヒャエル・エンデの『モモ』
(時間がテーマのファンタジー)をとりあげたことがある。
4人くらいのチームで編集にあたったと思う。
編集部にはまじめな人が多いので、
みんな『モモ』の本の熟読はもちろん、
ミヒャエル・エンデの他の作品も全部読んで、
ことにあたろうとした。

そのとき、私はとっさに、
「私だけは、最後まで『モモ』を読まないでおきます」
と言った。
問題文にとりあげられるのは、ながーい1冊のうちの、
せいぜい2ページ分くらい。
この本を読んでいない生徒、
前後の脈略がわからない人たちにも、
抜き取った2ページ分だけで、
問題がとけるようにしてもらわなければならない。
さらに、小論文に指導をくわえ、
『モモ』を読んでない人にもわかりやすい解説を
しなければならない。

編集チーム全員が『モモ』を熟知してしまったら、
読んでない人の目線がなくなってしまう。
私はそれを恐れたのだ。

専門家になってしまうと、
わからない人の、
わからないっていう気持ちがわからない、
なぜ? どこが? どうして?
わからないのか想像もつかなくなる。
これはものを伝える人間にとってマイナスだ。

だから、自分の中に、あえて死角をつくったり、
チームの中のだれかに引いた目線でいてもらったり、
あるいはプロセスのどこかに、
あえて素人の目線を入れるなど、
わからない状態を知る努力が必要になってくる。

それでも、自分ではなかなか「わからない人の目線」が
つかみにくい時、
わからない人と、よくわかっている自分の、
間をとりもつ人間(インター・メディア)を立てることもできる。

ほら、新人に仕事を教えるとき、
ベテランが3回言ってもわからなかったことを、
2年目社員があっさり教えてしまった、なんてことがあるでしょ。
2年目社員は、去年、自分がわからなかった記憶を
生々しくとどめているからだ。

専門すぎるというか、そこに入り込みすぎた人間の説明は、
わかりづらいものだ。

雑誌で「環境問題」の特集にタイトルをつけるにも、
あんまり入り込みすぎた時は、
「大量生産・大量消費・大量廃棄の罪」なんてつけてしまう。
これは、カメラでいうと寄り過ぎた状態。
大衆は入っていけない。

1歩引いて、
「環境問題、いま何が原因なのか?」
とすると、読者は、環境問題の原因をさぐる特集なのだな、
と入りやすい。

さらに、もう1歩引くと、
「ナナメ読み10分で身につく、環境問題の常識」
これは、この特集に読者がどう関わればいいのか、
行動指示が入っている。

こういう「引き」のテクニックも、
伝えるためには有効。

伝わらなかったあのこと、
今日は、ちょっと引いて考えてみよう、

相手は、何がわからなかったのだろうか?

2001-04-18-WED

YAMADA
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