YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson5 上司を説得する
--その2 説得力(せっとくりき)はどこから生まれる?--


あなたは経験ありませんか?
会議などで、一生懸命話しているのに、
ちっとも相手は納得しない。
ところが、ある人が話しはじめると、
みんな「うんうん」とうなずきはじめる。この差は何?

「説得力」をどうやって出すか?
今日は、あなたと考えてみたいと思います。


●前回のあらすじ(はじめて読む人のために)

理子さんは、新商品開発のため、
この3年間、基礎研究をがんばってきました。
ところが、この春、異動してきた部長が、
一緒に転部してきた男の子を
開発のリーダーにしてしまいそうなのです。
彼は、商品のキソ知識さえない。さあ、困った。

理子さんは、このような説得の手紙を書こうと思いました。

(構想メモ)
意見:プロジェクト成功には、基礎研究の背景と
   商品知識を踏まえたリーダーがぜひ必要です。
                 ↑
理由:過去の成功事例からも、トラブルの事例からも、
   開発に専門性が必要と証明できる(資料を添える)。
   専門性のあるリーダーがつくことで、
   開発のスピードもアップし、
   商品の質も高まるから。

いちおう「意見」と「理由」になってはいるのですが、
この文章なんか変です。
上司を説得できるように思えません。
いったい、何が足りないのでしょうか?


●「理由」なき反論?

おたがいの意見がわかれている時、
反論も、説得も、「理由」がポイントになります。
カンタンな例で考えてみましょう。

・息子「パソコン買って」
・母「パソコン買わない」

このままでは、「買う」「買わない」の平行線です。
息子が、自分に都合のいい理由を並べたててもダメです。
「パソコンあるとゲームもできる」
「友達とメールができる」
「みんな持っている」などなど。

母は、なぜ? 反対しているのか。
その理由によっては、説得の角度が違ってきます。

母の「理由」がもし「目が悪くなる」だったら、
息子は、定められた使用法を守り、
定期検診をうける約束をしたり、
パソコンを使っても目がいい友達を
紹介したりしなければなりません。

経済的な理由であれば、中古品にするなど、
親の経済負担を軽くすることも考えねばなりません。

説得は、相手の「理由」を知らなければ始まらない。

誤解しがちなのは、自分の意見にとって
都合のいい理由だけをたくさん集めて、
たたみかけること。これでは、説得力は生まれません。

例えば、「脳死者からの臓器移植」に賛成の人が、
賛成側の文献だけを読みあさって理由をならべたてても、
反対者の心は動きません。
視野が一方的だからです。
反対側の意見を聞き、
反対理由を整理してみることが必要です。

理子さんの手紙もそう。
資料や事例をたくさん用意したつもりでも
それらはすべて「開発には専門性が必要」という
一つの角度からのもの。
理由の「数が多い」、ということと
「多角的にものを考える」ことはちがいます。
理子さんには、まず、二つ求められます。

1・自分の論に自分で反論してみる。
2・部長が本倉氏をリーダーにしたい理由を知る。

自分の殻に閉じこもっていたり、一方的な考えでは、
説得どころか、相手と共通の言葉も持つことができません。


●自分の論へ反論する

自分の「意見」と「理由」に
自分でツッコミを入れましょう。
「それ、ほんまかいなー?」「ちゃうんちゃう?」、
漫才のツッコミ、あの要領。こわがらずにやりましょう。
自分で反論して自滅してしまう論なら、
最初からそれだけのものだったのです。

理子さんの意見:
プロジェクト成功には、基礎研究の背景と
商品知識を踏まえたリーダーがぜひ必要です。

↓とあるが…

理子さん自身の反論:
そもそも開発リーダーにはどんな能力が必要?
ほかに優先すべき能力があるんじゃないの?

理子さんの理由:
・過去の成功事例からも、トラブルの事例からも、
 開発に専門性が必要と証明できる。
・専門性のあるリーダーがつくことで、
 開発のスピードもアップし、商品の質も高まるから。

↓とあるが…

理子さん自身の反論:
・会社の状況や、時代は、過去と今とじゃ
 ちがうんじゃないの?
・早く、質のいい商品ができる。それだけが目的だっけ?
 会社だから利益が出ないとまずいんじゃないの?
 売れる商品かどうかの見極めはだれがする?

どう、ちょっと客観的になってきたではありませんか?

「新商品開発のリーダーに求められる能力とは?」

部長がもし、専門性のことを知らなくて、
本倉くんをリーダーにしたのなら、
理子さんの手紙は一石を投じるでしょう。
でも、専門性がいることは知っているが、
それよりも別の能力を重視する、
という立場だったらどうでしょうか?
「専門性」一辺倒で押し切った理子さんの意見では
説得しきれない、ということになりますね。


●部長の「理由」を知る

これは、もう本人に聞くしかない。
理子さんが聞いた部長の「理由」は次のとおり。
「人事をする側の本音として、
 自分のよく知らない人物は押せなかった。
 本倉くんは、前の部署で、
 売れ行きが伸び悩んでいた商品の
 単年度の売上を倍にした実績をもつ。
 彼は経営数字に強く、調査に基づいて、
 はずさない商品改訂をおこない、
 適正価格(値下げ)を設定することによって、
 飛躍的に売れ行きをのばした。
 システマティックに考え、短期間で、
 利益効率をあげられるリーダーが、今は必要だと思う。」

「専門性よりソロバンのはじける人間…」
つまりはそういう理由だった。

両者の違いを整理してみよう。

理子さん側
<意見>
商品知識や研究の背景を知る人にリーダーをやってほしい。
             ↑
<理由>
過去の事例から、開発に専門性は不可欠。
質の高い商品が開発できるから。

部長側
<意見>
利益効率をあげられる人にリーダーをやらせたい。
              ↑
<理由>
本倉氏の過去の実績から。
短期間で高い利益を実現できるから。

さて、この立場の違いをどうしたらいいのでしょうか?
理子さんの立場から、いかに商品知識が必要か、
という理由をとうとうと積み上げても、部長が、
「あなたはそう思うだろうが、私はそう思わない」
と言えばおしまい。あなたはあなた、私は私、
で平行線ということになりかねない。


●説得力は、どこから生まれる?

考え方は、人それぞれです。
会社は、ひいては、社会は、
いろんな考えの違う人で成り立っています。

自分の意見が通ればいいのか?
相手の意見を通してあげればいいのか?
長いものに巻かれるのがいいのか?

……どれも説得力とはちょっと違うような気がします。
 
自分にとっても、相手にとっても、
社会に生きてるいろんな人にとっても、
「よりイイぞ!」と思える答えを、
自分自身で発見することです。

この場合は、理子さんにとっても、
部長にとっても、会社にとっても、お客さんにとっても、
「よりいいぞ!」と思える答えを、
自分で発見しようと試みること。

自分の殻を破って、客観的な舞台へ飛び出しましょう。

そのために、視野をひろげて、
いろんな角度から問題を見てみることです。


●多角的に見る

「新商品開発のリーダーに求められる能力とは?」
この問いを持って、固定観念は置いて行きましょう。

1・時間軸をさかのぼってみる
2・現代社会に目を広げる
3・学問的な視野からも見てみる


限られた時間では、このように
意識的に角度を変えてみると効果的。
理子さんは、1〜3について、
自分のできる範囲のことをやってみました。

1・時間軸をさかのぼってみる
問題はいつごろから始まったのか、
背景や歴史をたどってみるという角度。

理子さんは会社の歴史をたどってみた。
入社以来、開発のリーダーは
専門性を備えた人物が常識だった。
ところが、3年くらい前から、効率が重視され、
仕事の標準化が進んでいる。これはなぜか?
そのころから会社の規模が急激に大きくなってきた。
今回のこともそうした会社の動きと無関係ではなさそうだ。


2・現代社会に目を広げる
問題をめぐって今社会で起こっている出来事や、
具体的事例などを見てみる。
(社内・社外への聞き込みや、
 新聞記事のキーワード検索などが効果的。)

他の会社はどうなのか? 特に進んでいる会社は?
異業種であっても、商品開発をしている会社であれば、
組織やリーダーのあり方については、
何か考えをもっているはず。
理子さんはユニークな商品開発で愛されている
メーカーA社の人に話しを聞きに行った。

他社の事例を知る−A社の話
A社は、創業者も技術畑であり、
以来、開発のリーダーには
技術色の強い人間がなってきた。
しかし、近年、ビジネス効率重視の人材が
リーダーになるケースが増えてきている。

合理化・効率化は、理子さんや当社だけでなく、
社会全体の止められない波のように思う。
当社の場合、製品は機械だから、どこが問題なのか、
原因をつきとめ改める、ということは合理的にできる。

その発想が、いつのまにか、
組織にも持ち込まれたのではないかと思う。
ところが、人間は機械ではない。
ただ当社は、合理化を経て、現段階では、
「合理・効率だけではいけない」
というところまでわかっている。

当社の場合では、合理・効率のアプローチは、
「改善」には効果があることがわかった。
だから、昨年より今年、というように
一定期間はうまくいくが、長期的に生きない。
なぜならそれは、新しいものを
「創出」することとは違うからだ。

では、新しいものを「創出」するには、
リーダーにどういう要件が必要か?
これは、長年やってきた私にもよくわからない。
この方向だ、ということはわかる。
でもそれは、実に理屈で説明しにくいことなのだ。
事前に形で示せとなると証明できない。
数字で証明できるものが強い。
そこで、現在は研究会を組織して、
創造的な仕事のための環境・方法を
形にすることを模索している。
フロンティアはこういう問題に直面する。

「どこも同じか…」と理子さんは思った。
そして、自分が今、直面しているのは、
社会動向と無関係ではないこと。
先進のA社が頭を悩ませても
まだ解決しない問題であることがわかった。
合理化の反省段階に入っているA社に比べ、
これから合理化に拍車をかけようとする
自社の位置関係もわかった。


3・学問的な視野からも見てみる
問題を少し、俯瞰(ふかん)して、
体系的にとらえてみる。
(テーマの専門家の大学教授に話を聞く・
 講演会・研究会参加などいろんな方法がある。
 手をつけやすいのは、テーマに関連した文献、
 特に新書のたぐいに手を伸ばしてみることだ。)

理子さんが書店にいくと、
組織論や共同体に関する本がたくさんあった。
時間がないので、よさそうなのを
1冊だけ読んでみることにした。
そこには、創造的活動のリーダーの要件として、
「高い志を示し、メンバーを鼓舞する力」とあった。
専門性か効率か以外にも、
人格・哲学・倫理観などの立場が
存在することがわかった。


●問題を整理する

集めてきた情報をもとに、問題の全体像を整理してみる。
問題の背景・現状・争点になりそうなところ。
こうした客観的な土台をつくることで、
相手と共通の言葉ができる。


●再び自分自身へ

さて、ここからどんな意見を出すか。
同じ事実を前にしても、考え方は
人によってずいぶん違います。
自分の育ってきた環境や体験、思想、世界観。
自分という人間はこの世でたった一人。
だからこそ、自分が考え・表現する価値があります。

理子さんの問題も、
効率化の波は止められないとあきらめるか、
会社がその方向だからこそ、
専門性の必要をうたっていくか、
結論は、ずいぶん違い、
そこに考える面白さがあります。


●そして筋道立てた説明

自分の考えに決着をつけたら、
「意見」と「理由」をはっきりさせて、
文章を構成しましょう。「理由」のところに、

・自分の意見への反対理由と、それをどうクリアするか。

を盛り込むとより説得力がちがいます。

理子さんは、「開発=創出」と「改善」の差、
改善は短期に利益をあげ、
創出は、将来的な利益を生み出すということに着目し、
やはり専門性の必要を、
利益面からも伝えていくという
突破口を見つけたようです。


●前回・今回のおさらい−説得するために●

1.まずイメージトレーニング
何のために書く? 最終的に相手とどうなっていたい?
どんな状況を紡ぎだしたいか? しっかり思い描く。

2.論点=問いをチェック
文章全体を貫いている「問い」をチェックする。
問いがズレていると、
1のイメージへはたどりつけない。
そういう時は新しい、よい「問い」を設定する。


3.自分の意見・理由にツッコミを入れてみる

4.相手側の「理由」を押さえる

5.多角的に見る
・時間軸をさかのぼってみる
・現代社会に目を広げる
・学問的な視野からも見てみる

固定観念をまず取り去って、
視点を動かしながら情報を集める。

いろんな考えの人がいる社会で、
ちょっとでも「よりイイゾ」と思える答えを、
自分自身で発見してみよう、というところから
説得力は生まれる。

*前回と今回の設定はフィクションであり、
 登場人物・団体は実在しません。

2000-06-28-WED

YAMADA
戻る