一生を、木と過ごす。
宮大工・小川三夫さんの「人論・仕事論」。
「これでも教育の話」より。

第8回 人間の痕跡が残ってますわな



木のいのち木のこころ 地
小川三夫
新潮OH!文庫
文庫: 215 p
出版社: 新潮社
ISBN: 4102900934

糸井 解体修理をしている時の小川さんは、
1,000年前にそれを作った人のやったことというのを、
今、現実にいる人に近いくらいリアルに感じますか?
小川 うん。
糸井 隣にいて、当時の知恵を
ちょうだいしているぐらいの感じでしょうね。
「そうかよ、そうやったかよ」みたいな……。
小川 うん。
ですから、薬師寺の塔なんかを調べた時に、
塔の中に寸法をとるのにあがったりすると、
外側に見えないとことは、木のカタマリですよ。

昔はのこぎりがないから、
オノで樹木をたたき割ったんですよ、みんなで。
割ったただそのままが、内部に残ってる。
木と格闘した跡が、ありありとわかるんですよ。
糸井 中はそんなに荒々しいんですか?
小川 うん。
それを見ると、そりゃ、
ジーッとしているだけでも、
何となく声が聞こえてくるように思いますよ。
そら、だれでも感じるでしょうな。

「これを運ぶときは大変だったろうなぁ」
「あ、ここで失敗してるんだな」
一本一本見れば、伝わってくる。
糸井 その荒々しい切り口というのを、
また真っすぐにするような工夫は、
内部に関してはしなかったんですね。
小川 してないですね。
糸井 その意図みたいなものは何ですか?
小川 やっぱりそこまではできないんでしょうな。
する必要もないでしょ。
木は一本一本、みんなばらばらですから。
糸井 そうかぁ。
小川 前に出ているところを
そろえるだけで精一杯ですから。
糸井 そういうつくった時の気持ちが、
聞こえるんでしょうねぇ。
それこそ前の人が考えていたことが、
言葉になって聞こえるぐらいですか。
小川 そうですね。
糸井 「俺はこうしたんだ」と。
小川 うん、そうだよな。
だからな、例えば、
手抜きでもやって、ここまでやって、
あとは木で盛ったようなのもあるんですよ。
糸井 そんなのもある?
小川 ああ。
「もう根性尽きておったんだな」
とか、こっちは思うわけや。
糸井 その時は、タイムアウトだったんだ。
小川 で、こっちはそれを見て、
「そういうことだけは残したくない」
と思うんですよ。ハハハハ。
糸井 うわあ……おもしろいなぁ、
その古い人たちとの会話は。
小川 そういうもんなんですね。
ああいう塔の中なんかへ入ると。
木をたたき割ってるんですから、
もう人の痕跡が残っているわけですし。
糸井 その古代の人と自分との間に
選手同士のライバル意識というか、
そういうものもあるんですか。
小川 それはありますよね。
「何にも道具がないのに、
 ようこんなものをつくったなぁ」とか、
「どういうふうにしてこの心柱を立てたんだ?」
とか、それはもう、誰もわからないですからね。
糸井 「俺だったら……」
とか、絶えず思っちゃうわけですね。
小川 そう思いますよ。
自分だったらこうつくる、
自分だったらこうやるというふうな感じに、
絶えず、なりますわな。
それで間違ってたら、もう失敗なんですけども。

何を使ってつくるかというと、
これは難しいんですけども、たとえば今、
自分たち、施主から仕事をやらせてもらいますよね。

もしも、昔の人たちように
のこぎりを使わないでやれといったら、
それ、やってできないことはないですよ。
しかし、莫大な時間とお金がかかります。
ですから、それはできないから、
やっぱり楽な方、のこぎりを使ってやるんですね。

ですから、こういうことが言えるんです。
自分の師匠が亡くなって、
自分で使っていた道具が残っています。
その道具を見ると、道具が身構えているんですね。
今でも現場へ行って使えるというぐらいに
身構えているんです……すごいんですよ。

自分たちの道具は、3日もあけば
使いものになりませんわな。
もうボーッとしているわけです。
そのぐらいになってしまうんですよ。
糸井 ほおー。
小川 それは師匠のものだから
身構えているように見えると言われれば
それまでですけど、そうじゃないですよね。

例えばのこぎり1本でも、
師匠の引いたのこぎりは違います。
自分たちは、のこぎりでも引くのが大変だから、
電気ののこぎり、バーッと丸のこで切っちゃいますよ。

そうすると、道具にだって、
その個性というか、使っている時の気持ちが、
ちゃんと移るんですね。

だからこそ、徹底的に使われた道具は
今でも身構えますよ。
自分たちの気分で使われていたような道具だったら、
すぐボーッとしてしまいますよ。
道具というのはそういうもんですね。
糸井 なるほどなぁ。
秩序だって説明はできないけどわかりますね。
小さいときに本をたくさん買ってもらえない時の
1冊の本というのは、ほんとに本でしたよね。
小川 はい。
糸井 今は、ぼくらは、本をいくらでも買えるんですね。
そうすると、1冊ずつが単なるものなんですよ。
昔に、1冊の本だけしかない時に
大事にしていたようなものではなくなる。
やっぱり、関係が変わる。
レコードもそうだし……。
小川 そりゃそうですわな。
何でも、自分が持っている道具でも、
一番最初の道具は一番大事にするというかな。
思い出があったり何かします。
お金がなくて買えなくて親からもらったとか、
そういう道具は大切にしますよね。
そんで、今、買っているような道具は、
すぐに人にやってしまったり
何かしてしまいますけども……。

(つづく)

2002-10-02-WED

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