岩井俊二監督と、
ほんとにつくること。

対談「これでも教育の話」より。

第4回
空気を吸っていることの重さ。
(岩井俊二さんのプロフィールはこちら)



糸井 どうやったら映画監督になれるのか、
訊かれたりすることもあると思うんだけど。
岩井 ぼく、以前にホームページで
そういうことをやっていたせいか、
まあ、その前からではあるんですが、
よく脚本が送られてきちゃうんです。
そのホームページで
ひとつだけやりたかったのは、
「いや、この本を監督に送ってきても
 意味ないですよ」ということ。
それを、知り合いのプロデューサーとかに
読んでもらったりして、
「よければ映画化してやってくれよ」
みたいなラインが
できればいいなあと思ったんです。
例えば、漫画家だったら
自分の描いた漫画を、まずは
編集部に持っていきますよね?
でも、映画だと、
持っていく相手の顔さえ見えないというのが
現実なんですよ。
糸井 入り口が、はっきりしないね。
岩井 もうひとつ問題だと思うのは、
映画監督になりたいと思うきっかけとして
「いい脚本を書ける」というのが
あると思うんです。
糸井 うん、うん。
岩井 でも、いい脚本を書く人たちが
映画監督になれるのかというと、
それは全く違う職能なんです。
これはほんとわかってもらえないですね。

実際にぼくの周りに何人もいるんですけど、
急激に映画監督になっちゃって、
本番で「よーい、スタート!」という声も
かけられない状態に陥っちゃったりする。
慣れちゃえば何ということはないのに。

例えばプロ野球で、
自分が急に巨人の5番を
打たなきゃいけなくなったとする。
4番が打って出塁した。
で、次、自分の番が来たときに、
どのタイミングで立たなきゃいけないのか
というところで、まず戸惑うと思うんですよ、
はじめての人って。
糸井 そうだね。
岩井 打席に立つ、そのタイミングがわからない。
どうってことないんですよ、そんなの。
自分の番が来たんだから
行けばいいんですけど。
4番の選手は一塁にいて、こっちを見てて、
そのうちみんな、こっちを見るようになって、
「あ、いま立つのかな?」という、
そういうレベルでの
とまどいがある。
糸井 グラウンドと観客席の違いだよね。
岩井 「もし、あなたが神宮球場で、
 清原が打てなくて、
 『ばかやろう、清原!』と
 言っていたとして、清原が
 『じゃ、お前、打ってみろよ』と言ったら
 さあ、どうなるでしょう。
 多分、あなたは清原のいるその場所までの
 行きかたがわからないだろう」。
観客席からどうやってそこまで行くのかを
まず知らないということなんです。
糸井 そうか、どの通路を通るかすら、
わからないよね。
岩井 ええ。撮影現場に行ったら、
最初にその場所のことを
どういうふうに見ていかなきゃいけないのか。
みんなが「おはようございます!」と
言っている瞬間に、
自分はどうしなきゃいけないのか。
糸井 「オス!」と言うとかね。
岩井 助監督が来て、
「俳優さん、××さんが入られました」。
入られました? 今、どこにいるんだ(笑)?
知っていれば、そういうのって、
どうということないです。
でも、そういうことが、
「わからない一個一個」が
あっという間にプレッシャーになってしまう。
糸井 全部が、ストレスですよね。
岩井 で、動けなくなっちゃう。
だから、いきなりやると
打席に立って打つところまで、行けない。
糸井 それ、映画をめざしている人たちに
言っても、わからないんでしょうね。
岩井 わからないですね。
「脚本から監督になれるのか」とか、
「監督って、どのぐらいやればいいのか」
とか、いろいろ質問が来るんです。
こっちから「いや、なかなか大変だよ」
という話を投げかけると、
「そんなことない」みたいな声が
平気で返ってくるんですよ。
何人かは
「いや、ホームランは打てないけど、
 バントならできる」。
そんな話はしてない、
そこまで行けないという話をしたのに、
「もう立っちゃってる」話をしている。
糸井 いま岩井くんがしている話を
おもしろがって聞けるという人は、
「すでに何かをしてる」人ですよね。
岩井 そうですね。
糸井 例が思い浮かぶからわかるんです。
学生で、何かやったことがなければ、
「バントなら」と言っちゃうんでしょうね。
岩井 言っちゃうんですね。
「ああ、この距離が見えてないんだな」
と思う。
だけど、それは自分でちょっとずつ
埋めていかなきゃいけないんですよ。
糸井 そこが見えないぶんだけ、
できるような気分を持っている。
岩井 そういうことなんですよね。
だから、いい本を書けたんで、
すぐに監督やりたいということになって。
いや、ほんと、やれたらやっても
構わないですよ。
それはもう、ほんとにそういう能力があれば
ぜんぜん問題ない。
周りを気にしない人だったら
いけちゃうかもしれないし。
ただ、ほんとに精神的ダメージを
受ける人もいるから、
やるんだったら、やっぱりちょっとずつ
ゆっくり入っていかないと、
いきなり水に飛び込んで心臓麻痺起こす
みたいなことになる。
糸井 その話を聞いてると、
二世タレントが何とかなる理由って、
ほんとによくわかるね。
岩井 うんうん。
糸井 やっぱり、空気を吸ってるということの
重さとか分量って、
人が思ってるよりずっと多いよね。
歌手の人がドラマに出ると、
「なんで?」というぐらい
芝居がそこそこできる。
役者って、そんなに簡単なことなのかと
思われちゃうんだけど、
「おまえ、トシちゃんがやってる
 『教師びんびん物語』の主役ができるか」
と言われたら、きっとセリフを覚えることすら
できないと思うんですよ。
でも、トシちゃんはできる。
岩井 そうですね。
糸井 そこをみんなが「すげえなぁ」とは思えない。
野球でいえば、
観客席の中にしかいないというか、
または、海を見たことがないというか、
その「違い」みたいなものを、
学ばされることがない限りは、
永遠に「口だけのやつ」になるね。
岩井 人間って不思議なもので、
外野で見ているぶんには、
「そのかんじわかるなぁ」なんて思うんだけど
ちょっと一線超えると、
「何をしたらいいんだ」となるでしょう。
糸井 それは、でも、経験したほうが
いいよね。
岩井 しないと、その先がないですからね。
糸井 一生観客として生きるという人にも
させたほうがいいくらいですよね。
岩井 させたほうがいいくらいですね。

<つづきます>

2003-04-17-THU

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