岩井俊二監督と、
ほんとにつくること。

対談「これでも教育の話」より。

第2回
「観なくていい」映画には、しない。
(岩井俊二さんのプロフィールはこちら)




岩井 大学時代はかなり映像にのめり込みました。
徹夜もいっぱいして、
そういう意味では楽しかったです。
糸井 まわりも、そんな人たちばかりだった?
岩井 いや、そんなことはないですね。
自分とおなじような温度をもつ人はいない。
ほんとうに、何かを思い詰めて
つくってる気持ちを
周りはなかなかわかってくれない。
そういうかんじはありましたね。
糸井 そういうのめり込みかたは、
わかりにくいと思う、多分。
岩井 そのままプロになっちゃったんで、
以来ずうっとそんなかんじなんです。
糸井 その「乾いたにおい」みたいなものは、
一貫してるのかな。
岩井 かもしれないですね。
糸井 「助けてくれ!」と言わない印象がある。
岩井 ああ、そうですね。
糸井 例えば、人を引っ張っていくときに、
「ぼくは5までやるから、君も5来てくれよ」
という表現がありますよね。
または、「6行くから、4来てくれよ」。
ぼくらは仕事をやるときって、
まあふつうは、基本的にはこっちが「6」で、
相手に「4」来させるというのを
ひとつの目標にしたりします。
でも、岩井くんのつくるものって、
「8以上は、おれが行っておくから」
というかんじがします。
足してくれるのはそっちの勝手だ、
というような。
岩井 そうですね、いつも
だいたい「8」くらいですね(笑)。
人間関係的弱さから発生するのが
じつは、「2」なんです。
だから、強ければ自分で
「10」行くんですよ。
でも、相手にも「10」させたいんですよね。
糸井 ほんとうはね?
岩井 ええ。たとえば、カメラマンに対しても
最初は「相手はプロだし」と思って
ひるんでしまった。
そういうところで失敗しちゃうことが
多かったです。
だから、まず相手のやっていることを
理解し切っちゃおうと思った。
現場でカメラマンのさわっている
「そのフィルター、何ですか」に至るまで、
嫌がられるかなと思いながら
訊いていったんです。

カメラについては「10」は
できないですけれども、
一緒に走ったね、
お互いにちゃんとわかり合ったよね、
というかんじにしたかったんです。
自分のわからない守備範囲の中で
「なんだか、やってもらったな」
ということにはしたくない。
糸井 それが岩井くんの、
人といっしょにやるときの
関係のとりかたなんだね。でも、
「岩井だから、いいや」とか、
そういうことをいわれる力が必要でしょう?
岩井 いや、自分はどちらかというと
クールな監督だと思うんですよ。
面倒見がいいというタイプではない。
ただ、これまでの経験のなかで思うんですが、
スタッフとして映画をつくってきて、
いちばん寂しい瞬間って、
映画のできが悪かったときなんじゃないか、
と思うんです。

たとえば、あるカメラマンや照明さんに
久しぶりに会ったときなんかに
「最近、何やったの?」
って声をかけたとします。
「あの映画やったんだよ」
「ああ、ほんと。おもしろいの?」
「べつに観なくていいよ」。

その「観なくていい」という映画に、
例えば2ヶ月なら2ヶ月間を
彼らは費やしているんですよね。
2ヶ月やった結果、「観なくていい」。
これが最もつらいことです。
糸井 役者だってそうだよね。
岩井 ええ。徹夜して撮影に立ち会ったことなんかも
あるだろうはずだけど、
そうなると、すべてが「無」じゃないですか。
だから、自分の場合は、
人間的ケアはしてあげられないけど、
そのかわり
「観なくていい」映画にはしない。
糸井 人に「ぜひ観てよ」っていうことが
できる映画。
岩井 そのためには、非情なまでに
自分はレベルアップだけを担当する、
という感覚です。
糸井 制作現場でもそうだけど、
映画を観ているお客さんとの間でも、
「こっちはこっちで行くだけ行っておくぜ」
というかんじでしょう?
岩井 そこはどうなんですかね?
自分ではちょっとわからない。
糸井 もうこんな言葉はなくなっちゃったけど、
以前「下手うま」という言葉が
はやりましたよね。
お客さんに「こっちへ寄ってこいよ」
ということを意識的に表現するために、
はじめたことなんだろうけど、
そのことが一種の
パフォーマンスだったわけです。

だけど、今は、
「5しか行けないから、
 お客さんが5埋めてくれる」ような、
それをあてにして
市場が成り立っているような
ところがあります。
ぼくは「5」って、だめだと思う。
「10」できる力を「6」でとめておいて、
相手に参加させてあげる。
そういうコミュニケーションなら、
やりたいわけです。

映画って、ものすごく
両極端になっているような気がする。
いまの、特にアメリカの映画を見ると、
「10」なんだか、「0」なんだか
わからない。
「はじまる前にまず了解しましょう」
という約束があって、
観る人を悩ませないようにする。
あれは、ものすごいサービスともいえるし、
ものすごい失礼ともいえる。
岩井くんの場合は、
「自分でいいたいことを全部出しました。
 何を思うかは、その人しだいでしょう」。
賛否両論になるということは、
そういうことですよね。
岩井 そうですね。
糸井 了解をまず取りつけてないですよね、
岩井くんの映画。
岩井 自分本位なんだと思うんですけど。
糸井 自分本位ね(笑)。

<つづきます>

2003-04-11-FRI

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