CHILD
これでも教育の話?
どんな子供に育ってほしいかを、
ざっくばらんに。

第10回 綾戸さんの目標

綾戸智絵さんのプロフィールはこちら。

糸井 綾戸さん、
ミュージシャンになってほんとによかったねえ。
「ただのおばはん」のときにも、
歌は歌ってたんでしょ?
綾戸 歌ってましたね、呼ばれると。
たまに、だけどね。
糸井 そのときには、
歌いたいエネルギーは抑えていたわけ?
綾戸 ちょっと抑えてましたけど、
やっぱり出してましたね。
自分では、デビュー前は抑えていたつもり。

ディナーショーで、
断られたことがあるんです。
大阪の高級なホテルのシェフから
クレームが来ちゃった。
「あの歌手と仕事したくない!」ってね。
そのシェフは名前もある、偉い人なの。
高ーい帽子かぶって、
玄関で写真になってるような人。

「どうしてですか。お客さん、喜んでましたよ」
って、聞いてみた。そしたら、
「お客さんが料理を食べないから」って。
ウェーターが下げてきた料理、
手ぇついてない。
もうみんな、ツバでええねん。
糸井 アハハ、食べないんだ、
楽しいから。
綾戸 フランス料理やから、皿がでかい。
だんだんテーブルに料理がたまってきて、
皿がのらんようになってくる。
「ここ置いて、ここ置いて、
 もうええわ、メインも前菜も
 ひとつの皿に一緒に盛ってんかー」
と、客がやり出した。
糸井 (笑)そりゃ、シェフは怒るわ。
綾戸 で、演奏が終わったら、
「腹減った。おい、料理を下げるなよ」
と言って、冷えた料理をみんなが食べ出すの。
シェフはプライドあるじゃない?
「あんなおもろいショーやられたら、
 客は食べへん。あんなんと仕事しとうない」
と言われたのが、デビュー前。
糸井 友達に呼ばれて出たの?
綾戸 うん。友達のミュージシャンが呼んでくれた。
「綾戸はショーには合うから」って。
ディナーショー出たら、
5万円もらえると聞いたから、
オオッて思ってねぇ。
糸井 いまでも、精力的にやってるよね、いろんなこと。
きっと、休ませすぎちゃだめだね、
綾戸さんというピッチャーは。
綾戸 だめ。たまに休みが取れるとね、
「さあ、10日休みあるよ。入れかえーっ」
言うて、冬物と夏物の
洋服の整理なんかするんだけどね。
糸井 家のこと一切合切をするんだ。
綾戸 うん。鍋の底まできれいにするさかいな。
でも、家の中きれいにするのには
2日あれば充分。
糸井 4日目ぐらいだと、
そろそろ何かやりたいとか、思っちゃう?
綾戸 そう。
家の仕事終わっちゃって。
暇になって、ちょっとブスブスしてくる。
用事もないのに、会社で
仕事をつくるわけですよ、
ファンレターの返事とか。
糸井 それは
社長が仕事をつくってくれたりするの?
綾戸 いや、違う違う、自分でつくる。
糸井 しようがないねぇ、この人は(笑)。
綾戸 事務所で何かもめごとがあると、
首突っ込んだり。
「どうしたの?」
「いやぁ、綾戸さんには・・・」
スタッフは、遠慮するんですけどね。
「何よ、言いなさい、居るときには。
 親だって、立ってたら使ったらいいの。
 何? どうしたの?」。
チケットが遅れたとか、
何かでもめている、とか言うのね。
すかさずわたしはチャッと
お客さんに電話をかける。
「すんません、綾戸です」
と言うたら、だいたい
「いやあ、恐縮です」
って、言うてくれはるからね(笑)。
「もう、うちのものが
 ご迷惑かけたそうで、すんません」
「いえ、そんなこと・・・」
「一節歌います。ラ〜ラ〜ラ〜♪」
「ありがとうございます!」
喜んでもらえる(笑)。

で、スタッフに
「わかったか。
 こういうふうにわたしを使えばいいんだ。
 困ったときはいつでも言いなさい」。
こんなふうに、オフのときは
半分は事務員やってました。
糸井 さぞかし、すごいんだろうねぇ。
綾戸 燃えてくるのよ。
音楽の制作が終わったら、
セールスのほうもやりたくなってくる。
見ときたいわけ、自分の音楽が
どういうふうに売られてるのかを。
「銀座のレコード店でプロモーションやる? 
 それじゃわたし、明日、銀座に買い物に行く。
 ちょっと顔出しとくわ」
名刺持って、行ってくる。
「こんにちは、皆さん、綾戸でーす。よろしくぅ」
いうたら、みなさん、アアッて喜んでくれはる。
糸井 だれよりもプロモーションしてるんですね。
綾戸 行きますよぉ。
お店がちゃんとディスプレイして、
頑張ってやってくれてることは
わかってるからね。
糸井 感謝もあるしね。
綾戸 糸井さんな、わたしは24時間、
自分のカードとペンを、放したことないですよ。
道で「綾戸さーん」と声かけられたら、
パーッと走っていって、
「はい」とカードにサインしてあげる。
糸井 はああ。
いまも持ってるの?
綾戸 うん、ペンは2本持ってる。
金と黒と。
糸井 金色のペンを。なんで?
綾戸 ハッハア。
なぜかというと、黒い紙もあるからなんよ。
黒いものに黒でサインできへんから、
金と黒と、ふたつ持って歩いてる。
糸井 脳が動いてるねぇ(笑)。

綾戸さんの尺度って
何がいちばんの基準になってるのかなぁ。
綾戸 自分なのよね、結局。
さまざまに考えてるし、
やっぱり「死ぬ」ということも感じてますからね。

死ぬと、なくなるわけですよね、
何にもなくなっちゃう。
そのときには、やっぱり「納得」しかないのよ。
「成績」じゃなく、ね。

人がつけた点数じゃなくて、
「自分がこれだけやった」という納得しかないからね。
500万円もうけるステージではなく、
「もうできない」っていうとこまでやったら、
もう価値は1億、100億や。

よう考えてみてください。わたしのステージなんて、
要らない人には1円にもならない。
「のどの渇いた人に水を」
「腹へった人にパンを」
「飢えた人に愛を」
それ考えてたら、数字なんか出てけえへん。
わたしは、自分を全部搾り出すだけや。
糸井 ラミネートチューブですね。
綾戸 これやったら、この人には1億円になるやろう、
つけてくれはるやろう。
100億円つける人もおるやろう。
そこの価値をお客さんに決めてもらって、
わたしもそれで納得する。これだけやったんやと。
だから、社長にはギャラ聞いたこともない。
糸井 気持ちよく生きてるんだ。
綾戸 支持をしてくれる人が
多くなってきているということは、
みなさんの心が
そんだけ認めてきてくれはったる。
そこを考えなあかんな。

でも、その価値は、
自分がギューギューギューギュー、
かすかすになって
絞り汁がなくなるまでやらんことには、
100円になってまうで。
入場料1000円とってても、
価値100円なんて言われたらえらいこっちゃ。
糸井 ねぇ、綾戸さん。
目標とかはないでしょう?
綾戸 ないですね。
糸井 ないですよね。
綾戸 ああ、もう、糸井さん。
あんた、はじめてや。そんなん言うたん。
みんな、長ぁいインタビューして、
打ち上げしてぎょうさん食べて、
あげくの果ては、「目標は何ですか?」・・・。
「ないってわからんかぁ!」って、言いとうなる。
まあ、このおかたはちゃうな、やっぱり。
糸井 いや、おれもそうだから、ハハハ。
綾戸 いや、ほんまや、ないねん。
生き続けて、何か、
サムシング・エルスをつくるというだけ。
糸井 目標って、
「やりやすくするための何か」
なんだろうな、という気がする
綾戸 そうですな。
糸井 宗教でいえば、神殿とか教会とかと同じですよね。
マリア様の像が飾ってあるけど、
あれ、飾っちゃいけないことに
なってるわけじゃないですか、ほんとは。

だけど、ないと、みんなが集まりにくいから、
「とりあえずつけてる」わけでしょう?
綾戸 そうよ。
糸井 そうだよね。目標主義というのは、
やっぱり軍隊ぽいよな。
綾戸 勢いをつけるための目標というのは
いっぱいあるけどね。
最終的な、って言われても困るわ。
糸井 そうだね。
目の前のニンジンがあれば走るよね。
おれもそうだ。
綾戸 次のニンジンしか見えてないよ。
糸井 だから、拍手だって目標かもしれないね。
綾戸 そうですよ。
(つづく)

2002-03-04-MON

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