江戸が知りたい。
東京ってなんだ?!

なぜ応挙は見えないものが描けたのか。その4
幽霊を描く。

『幽霊図(お雪の幻)』個人蔵
(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
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ほぼ日 応挙は、波、氷、雨、風、
木が老いたようすなど、
絵には描きにくいものを積極的に描きました。
自然の力、気配みたいなものを表現して。
そして仔犬や鳥などの生命力、
龍や虎などの神通力みたいなものも
すごく上手に描いていますね。
そういう中に「幽霊」があったのは
たしかに自然なことに思えてきました。
幽霊は応挙本人が興味があったとか、
見たとか、怖い体験をしたという
ことだったんでしょうか?
江里口 それはどうでしょうか。
資料にはありませんし、
伝えられてもいないことですね‥‥。
ほぼ日 いわれはあるんですか? 応挙と幽霊って。
江里口 『幽霊図(お雪の幻)』の幽霊に関しては、
お雪さんというのは、
若い時亡くなった、応挙の先妻だそうです。
ほぼ日 ああ、奥さんだったんだ。
でも、若い時に亡くなった奥さんを
描くんだったら、
生前の元気な姿を描き留めることも
できたでしょうに、
それでは応挙の創作意欲は
満足できなかったのかなあ‥‥
なにしろ、白装束で足がないです。
やっぱり見たのかも?
‥‥こうやってずっと後ろに
いてほしかったとか!?
江里口 でも、そんなに怖くはないですよね。
ほぼ日 そうか、そうですね、
たしかに怖くはないですね。
むしろ、美しいですよね。
江里口 美しいですね。
ほぼ日 ただ、明らかに髪は結ってないですね。

『幽霊図(お雪の幻)』(部分)個人蔵(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
江里口 この乱れ髪にも
理由があると言われています。
病気がちだった奥さんが
夜中に厠に立った姿だというんですね。
乱れ髪で障子の向こう側に
ぼんやりと立つその姿じゃないかって
言われていますよ。
ほぼ日 ああ、なるほど‥‥。
そう言われてみると納得しますね。
病気をなさっていた奥様が、
夜中にご不浄に起きた姿を
気配を感じて起きた応挙がふっと見た。
月明かりに見える奥さんの
その一瞬が焼き付いていて、
あとからそれを、描いたと。
応挙の、極めて性能の高い動体視力が
暗がりのなかの生前の奥様のすがたを
記録していたんですね。
江里口 そうだと思います。
ほぼ日 ほら幽霊だぞ、怖いぞぉ! って、
怖がらせようとかっていう気持ちは
ないんですね。
暗がりで見たその印象が
よほど、深く刻まれたのかもしれない。
この白装束は、すると、寝間着。
江里口 そうかもしれないですね。
足がないのも、
下半身までは見えなかったので
足は描かなかった。

『幽霊図(お雪の幻)』(部分)個人蔵(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)
ほぼ日 ああ‥‥つまり、これは応挙的な意味では
写実であるということなんですね。
亡くなった奥さんへの思いを、
応挙がきわめてリアルに写実の力で描くと
幽霊という表現になったのかもしれない。
江里口 そう考えると、このお雪さんは、
怖くはないし美しいけれど、
何となく悲しそうな、
子供を残して早く死んで行くひとの、
この世の未練みたいなものを感じますよね。
ほぼ日 日本の幽霊の絵は、
応挙のこの絵以後、乱れ髪に白装束、
足が透けて見えない、というスタイルに
なっていくんですよね。
江里口 ええ。これはもう幽霊の元祖って
言われてます。
ほぼ日 応挙が「これは幽霊を描いたものだ」
というような記録や文字は
残していないんですか?
江里口 ないんです。
ほぼ日 じゃあ、応挙がこれを描いた
ほんとうの理由はわからないまま?
江里口 はっきりわからないですね。
ほぼ日 じゃあ依頼されたのかどうかも?
江里口 依頼されたのかもしれないですね。
ほぼ日 かもしれない。
この世のものじゃないものを描いてくれ、
という依頼がなかったとは
限らないですものね。
応挙って幽霊は他にも描いてるんですか?
江里口 いっぱい描いてるって言われてますね。
ですけど、真筆って言われるものは
少ないらしいです。
谷中のお寺にもあるって言われていますが、
私もまだ見てないんです。
ほぼ日 この『幽霊図(お雪の幻)』という絵は、
とても不思議なんですよ。
これは図録にも載ってますし、
今回ウェブにもそれをスキャンしたものを
載せるわけなんですが、
ほかの絵の良さを説明するようには
この絵の魅力を説明できないんです。
印刷物では、魅力が
全然変わっちゃうんですよ。
江里口 そう。本物があまりにもすごいですね。
ほぼ日 売店でレプリカを売ってるんですよね。
ところが、これも全然違うんです。
江里口 びっくりしましたね。
ほぼ日 確かに同じ絵なんですけど、
この絵が持っている「何か」は、
印刷や、ウエブの画面には写らないんです。
すごく不思議でした。
このオリジナルの絵にしかない「何か」が
絶対にあるんですよね。何なんだろうな。
江里口 やっぱり応挙の気持ちが
込められてるんでしょうね。
ほんとうに、美しい絵ですよね。
幽霊でもいいから
出てほしいくらい(笑)。
ほぼ日 これは今カリフォルニア大学の
バークレー校にあるんですよね。
そんな陽気なところに!
お雪さんも、寒くなくって、いいかな?(笑)
この『幽霊図』もそうですが、
応挙の描く人物像というのは、
ほんとうに魅力がありますね。
江里口 ええ。応挙の場合は人物の顔を表現するのに、
実在の人物として
リアルに表現するものと、
歴史上の人物など、
架空の人物としてのリアルさを
追求し、表現する方法とがあるんです。
たとえばこの和尚さんは
実在の人物らしく描いていますね。

『神州和尚像』(部分)円山応挙 慈氏院蔵
ほぼ日 はい。
江里口 けれど、歴史上の人物は、
この郭子儀もそうですね。
あまりリアル過ぎても困るというか、
郭子儀が隣の誰かさんに似ちゃったとか、
そういうことだと歴史らしくなくなるので、
そういう場合は中国の「相学」っていう
人物の統計をもとに描いてるらしいんですよ。

『郭子儀図(大乗寺客殿郭子儀の間)』(部分)(重要文化財)円山応挙 大乗寺蔵


『西施浣紗図』(部分)個人蔵
江里口 例えばこういう美人だったら
相学の中である程度美人のパターンを
組み合わせたということらしいんですよ。
で、このお雪さんも、
それに近いって言われています。
幽霊が本当の奥さんの顔とか人間の顔だと
やっぱりみんながイメージする幽霊じゃない。
それこそリアルになり過ぎちゃうので、
やっぱりその辺は相学を使っています。
お雪さん、きれいだけど、
やっぱりちょっと人間離れをしていますよね。
目の感じとか‥‥。

『幽霊図(お雪の幻)』(部分)個人蔵(カリフォルニア大学バークレー美術館寄託)

次回で「円山応挙」の特集は最終回です。
最後の話題は『相学』のことをもうすこし詳しく
お聞きしていきます。
どうぞお楽しみに!


2004-03-19-FRI

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