江戸が知りたい。
東京ってなんだ?!

テーマ9 昭和のわが家の電化製品。

その1 ヨーロッパからアメリカに、
アメリカから日本に、そして世界に。


いよいよ11月16日までの会期となった
江戸東京博物館の「東京流行生活展」
ここに掲載した以上に、ものすっごくたくさんの
「モノ」たちが会場に並んでいますから
行ってみようかな、と思っているかたは
ぜひ、足をはこんでみてくださいね〜。

さて、このコンテンツも会期に合わせて大詰め!
今回から4回に分けて「昭和の家電」を見ていきます。
前回の「花柄」で、昭和の台所が
花柄一色になっちゃった様子を見ましたが、
さて、リビングのほうはどうだったのでしょうか??
今回もお話は、学芸員の新田さんにお願いしました。


ほぼ日 ぼく(武井)昭和41年生まれですけど、
この洗濯機覚えてます。
新田 絞り機付きの。
ほぼ日 ええ、絞り機付きの。
ローラーが2個付いてて、
そこに濡れた洗濯物を通す。
ハンドルを回すと、
パスタマシンみたいに
ぺっちゃんこになった洗濯物が
出てくるんですよね。
つまり脱水槽以前なんですね。
たいして絞れなかった気がしますけど。
新田 学校の掃除で、モップなんかを洗う
絞り機付きのバケツがありましたよね。
あれと同じですね。
ほぼ日 家電のコーナーに来ると、
技術が進歩して、世の中が明るくなって、
可能性の高まりや、未来への希望、
みたいなことをみんなが胸に抱いて
開発しまくって買いまくった、
って感じがすごく伝わってきましたよ。
新田 ええ。このあたりになると、
世代的にも「知ってる!」
という方が増えますね。
ほぼ日 「うちにあるものがガラスの中に入って
 展示されてた」
ってことを面白がってくれた人も(笑)。
新田 ケースは意図して使ったんです。
やっぱり日常的なもの、
近い時代のものほど、
どこの博物館に行っても、
ケースに入れずに展示しますよね。
でもケースで仕切ることによって、
そのものを「物」として
際立たせたいと思ったんです。
ほぼ日 その効果はすごく感じました。
「うちにもあるわよ、これ。今もあるわよ」
って言う人が、家に帰った時に
見方が変わると思うんですよ。
新田 ええ。
ほぼ日 歴史とか文化とかと
地続きの自分を認識するんじゃないかな、
と思うんです。
すごくいいことだなあと思ったんですよ、
それが。
新田 それがまた難しいところもあるんですよ。
博物館で展示をするっていうのは
ある種どうしても意図があるわけです。
物の並び順ひとつにしても。
たとえば江戸時代のものを並べるなら、
もう覚えている人がいらっしゃらないので、
学芸員の意図をそのまま
伝えることができます。
けれども、こういう家電というのは、
実際に使ってこられたみなさんが
ごらんになるわけですよね。
みなさんの「気持ち」があるだけに‥‥
ほぼ日 ツッコミが入る(笑)?
新田 (笑)それぞれの経験っていうのは
否定できませんからね。
そこを考えながら、意図をもって並べる、
それがすごく難しかったです。
ほぼ日 でも、あんまりそこを感じ過ぎちゃうと、
逃げ腰になりそうですよね。
ぼくはそこは、新田さんたちの強気を
感じながら見ましたよ。
新田 ええ。まあ腹はくくって出しましたけど。
ほぼ日 じゃあ、すこし例をあげて
見ていってもいいですか。
いまのぼくらが見ると、
「古い」「新しい」の垣根を超えて
いいなと思うものがいっぱいありましたね。
先祖返りというか、
レトロなデザインを、あとから、
あえて採用したようなものもあって。
新田 そうですね。
レトロなデザインの流行は
1987年くらいからかな。
ほぼ日 80年代の終わり。
古道具的なものも流行ったし、
なんていうんだろう、
一回全部消費しつくして、
デザインも出しきっちゃったんで、
昔のデザインを再評価するように
なったのかもしれないですね。
冷蔵庫なんかも、展示してあるワンドアの、
丸みを帯びたデザイン、
あれ、いま新製品であっても新鮮に見えます。
新田 そうですね。
冷蔵庫はワンドアに始まって
冷凍庫が分かれるのは
あとになってからですね。
ちなみに戦前の冷蔵庫っていうのは、
コンプレッサーとモーターが
上に乗っかってたんですよ。
ほぼ日 上に、筒状のドラムみたいなやつが
入ってる?
新田 そうですそうです。
昭和の初期に日本に入って来て、
それこそ小林孝子さんの資料にも
入っていましたが、そのくらいの時代です。
ほぼ日 家電のコーナーを見ていて強く感じたのが
「アメリカ」ってことなんです。
これって、明らかに「アメリカ」ですよね。
新田 そうですね。
ほぼ日 昭和の後半に入って来たものって
全部「アメリカ」なんですよ。
日本って明治、大正辺りまでの
カフェの文化っていうのは、
ヨーロッパの影響を
ものすごく受けてますよね。
だいたい、明治の法律とか学校制度とかも
全部ヨーロッパですよね。
ところが戦争に負けたあとに
全部アメリカになるんですよね。
新田 そうですね。
ほぼ日 それの著しいのが家電だったんです。
生まれはどこかわからないけれども、
アメリカ経由の匂いがして。
ジューサーとかミキサーとか。
新田 何でも道具作っちゃうところが
アメリカですよね。
家電には、アメリカの文化がかなり
影響していますよ。
ほぼ日 ジューサーなんてね、
果汁を飲むなんて食文化、
なかったわけですよね。
果汁を搾って飲むっていうのは。
新田 日本人は、果物を摂ろうと思えば
ちゃんと剥いて噛んで食べてましたからね。
これがアメリカの大量消費文化で
混ぜて飲んじゃいましょう、
という発想が入って来たんですね。
野菜もなんでもかんでもまるごと絞って
飲んじゃいましょう、って。
ほぼ日 それでもうひとつ思ったのが、
家庭が、台所が、
うるさくなったなあってこと。
冷蔵庫はいつもうなってるし、
ジューサーもミキサーも爆音だったし。
新田 東芝の社史に書かれていたんですが、
このミキサーが出た頃、
「ハウザー食」っていうのが
流行ったらしいんですよ。
ほぼ日 ハウザー食って何ですか?
新田 栄養学者のハウザー博士が提唱した
強化牛乳のようです。
脱脂粉乳に水、はちみつ、ヨーグルトを混ぜ
栄養を強化したもので。
それを混ぜるのにミキサーが
活躍したのかもしれないですね。
ほぼ日 そういうバックグラウンドがあっての
家電だったんですね。
戦争が終わって、高度成長へ向けて、
一丸となってる感じがしますね。
あ、ロゴが違いますね、東芝の。
デザインも洗練されていますね。
新田 こちらの炊飯釜なんかはその後
グッドデザイン賞をとっていますよ。
ほぼ日 古びてないですよね。
今でもすごくいいですよね。
新田 これはほんとに「機能美」ですね。
この先の時代に、前回の「花柄」が
出て来るんですよ。
装飾の世界の一歩手前で、
機能の持つ美しさっていうのが出てる。
ほぼ日 きれいですよね。
この原点って「いいアメリカ」
だと思うんですよ。
新田 この辺の電気コンロも、
もう古びちゃってはいますけれど、
すごくきれいですよね。
ほぼ日 シンプルで。
新田 脚が細くて。
ほぼ日 最初は、デザインを、多分、
とってもがんばって
真似したんだと思うんですよ。
新田 ええ。そして、日本独自の
炊飯器みたいなオリジナルなものも
出て来る時なんですよね。
それは逆に日本が広めた文化に
なっていくんですよ。
ほぼ日 あ、そりゃそうですね。
炊飯器はアメリカにはない。
新田 お米を炊くための機械ですから、
アメリカにはなかった。
日本で生まれて、世界に広まったんです。
ほぼ日 これ、いまだにアジアの人って
日本のお土産に買って行きますよね。
新田 ええ。秋葉原辺りでね。
アジアの方のインディカ米の
文化っていうのは、
米を煮る文化じゃないですか。
米を煮て余分な煮汁を出して、
あのさらさらなインディカ米のごはんが
できるんだけど、
この機械作っちゃったから
インディカ米で「煮る」じゃなくて
「炊く」ってことをする人が出て来たんです。
ほぼ日 うんうん。
新田 この家電が、他国の食文化を変えちゃった。
とにかくこれは初期から、
海外でも人気が高かったんですよ。
昭和32、3年あたりには
東南アジアとかアメリカに
輸出されたらしいんですよ。
ほぼ日 東南アジア!
新田 ええ。ちなみにイラン向けの炊飯機には
工夫があって、何ができるかっていうと
初めからおこげができるようになってる。
サーモスタットが、電源を切るタイミングを
ずらしているんです。
ほぼ日 おこげ好きなんですね、きっとね(笑)。
新田 そういう国独自の文化っていうのが
家電として形になるんですね。

続きます!  次回は「無茶な電化」のことも
お聞きしますよ〜。

2003-11-07-FRI

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