| ほぼ日 |
「東京の流行生活」というテーマは
かなり、大きなテーマですよね。
切り口を見つけるのに、
たいへんではなかったですか。
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| 田中 |
そうですね。
流行はさまざまに
移り変わっていくんですけども、
何の流行を追おう？ ということを
考えたんです。明治は、たとえば、
ペットブームでうさぎが流行したりとか。
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| ほぼ日 |
うさぎ！
そういう細かいところも
たしかに面白いでしょうね。
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| 田中 |
そうなんですよ。でもそういう細かな
流行現象を取り上げていったら
きりがないということで、
大きな切り口で行くことを考えました。
それで、明治時代を代表する変化、
流行は？ というと、
「食生活」じゃないかと考えて、
それを大きな柱にしたんです。
明治時代の生活文化の最大の変化は
肉を食べるようになったことなんです。
牛肉を食べるようになった。
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| ほぼ日 |
今日はそのお話しをお聞きします！
「明治時代の食生活」ですね。
文明開化といえば牛肉ですよねー。
昔は食べなかったんですか？
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| 田中 |
そうですね、江戸時代は、
ごく一部の人のものでした。
味噌漬けとかで、将軍に献上されたりとかして
食べていたという話ですね。
しかし一般的に広がってくのは、
やはり牛鍋屋が明治初年にできてからです。
一気に広まっていったんですね。
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| ほぼ日 |
ほかにも、明治に入って
食べられるようになったものはありますか。
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| 田中 |
かき氷がそうですね。
それまではやっぱり朝廷とか、
幕府の一部の人間しか
食べられなかったものが、
夏にかき氷、ビール、アイスクリーム。
現代の夏の定番みたいなものは、
やはり明治になってからです。
今に続く、そういった夏の風物詩は
明治時代からなんですね。
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| ほぼ日 |
これ、アイスクリームを作る機械ですか？
ふつうの家庭で手作りを？
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| 田中 |
まだまだ高級品だったと思うんですけども。
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| ほぼ日 |
木製なんですね！
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| 田中 |
木ですね。ちょうど料理本のなかにも、
挿し絵に、西洋料理器具として
紹介されてるんです。
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| ほぼ日 |
料理本っていうのがあったんですね！
西洋料理ですか、やっぱり？
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| 田中 |
そうですね。西洋料理を解説した本が
いっぱい出てきたんですけども、
その中で、特にこの
『食道楽』（しょくどうらく）
っていうのが有名だったんです。
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| ほぼ日 |
これは雑誌？
書籍ですか？
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| 田中 |
書籍です。
ええと、ジャンルとしてはですね、
小説仕立ての料理本。
珍しいジャンルなんですよ。
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| ほぼ日 |
へぇ〜！
小説仕立ての料理本。
それって今、ないですよね。
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| 田中 |
ないですね。
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| ほぼ日 |
村上春樹の小説みたいな？
あ、違うか。春樹さんのは、
料理がメインなわけじゃないですもんね。
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| 田中 |
そうですね、「料理小説」というのは
複雑なストーリーっていうのはないんですよ。
登場人物はいるんですが、
それほど大仰なドラマはなくって。
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| ほぼ日 |
女中さんとご主人の恋とか、
そういうストーリーはないんですか。
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| 田中 |
ええと、そういうのは、ないですね。
30代の書生・大原満という、
食いしん坊でオクテの主人公がいて、
彼は早く料理上手な嫁をほしいと思っている。
そんな彼が友人の妹のお登和（とわ）さんに
恋をしてしまうんですね。
彼女は料理に詳しくて、しかも美人。
いちおう、この二人を中心に話は進みますが、
とにかく料理のことばかり話してますね。
「こんな材料を買ってきたんですけど、
どうでしょうね」
「これは、西洋のほうでは
こういう料理法がありまして」みたいな感じで
会話を読んでいくと、
料理がわかるようになっているんです。
たとえば、「ライスカレー」。
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| ほぼ日 |
ライスカレー！
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| 田中 |
ちょっと読んでみましょうか。
「ライスカレーにはイギリス風の澄んだのと
インド風の濁ったのとそのほか色々の
あつらえ方があります。
今日は一つインド風の
ライスカレーをお話し申しましょう。
それは骨も一緒に煮てあるので、
まづ鳥の肉を骨ともに一寸位な大きさに切って
フライ鍋へバターを溶かして
今の肉を強火でよく炒り付けます、
それから肉を揚げて殘った汁の中へ
またバターを落して
湯煮玉子を細かくたってよくいためて
その上へメリケンコをよい加減に入れて
またいためて今度はチャツネーといって
甘漬の菓物が色々入れてある壜詰の物と
細かく切ったニンニクか
あるいは玉葱とココナツの細かいのとを
好い加減に入れて
カレー粉を辛くも甘くも好き次第に入れて、
その品々をよくいためて、
それからスープをたくさん入れて淡い汁にして
三時間から四時間位
強くない火で煮詰めますが、
汁の上へアクが浮いて来ますから
折々すくい取らなければなりません。
そうしてでき上がった時
あたらしいクリームなら上等ですし、
なければ牛乳を好き程加えて
少し煮て火から卸たのがかけ汁になります」
「オヤオヤ隨分面倒ですネ」
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| ほぼ日 |
ハイカラだ！
全何巻あったんですか？
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| 田中 |
「春」「夏」「秋」「冬」の４巻ですね。
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| ほぼ日 |
目次を見ると、
すごい、チーズとかジャムとかも
出てくるんですね。
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| 田中 |
そうですね、だから、ほんとに、
文明開化の啓蒙書みたいなもんですかね。
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| ほぼ日 |
これは、明治何年ぐらいに出たんですか？
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| 田中 |
これも明治36年ですね。
著者は村井弦斎（むらいげんさい）という人です。
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| ほぼ日 |
村井弦斎さんって人は、
料理人の方かなんかなんですか？
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| 田中 |
この人は、実は、
料理小説を書いていながら、
自分は料理はできなかったらしいんですよ。
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| ほぼ日 |
へーえ！
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| 田中 |
今でいったら、美食家になるんでしょうね。
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| ほぼ日 |
グルメの走りなんですね。
じゃあレシピの知識は？
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| 田中 |
彼の知識もあったでしょうが、
実際的には奥さんでしょうね。
彼の奥さんの多嘉子さんは、
すっごい料理が上手かったんです。
奥さんのお父さんが、
大隈重信の従兄弟にあたるんですね。
ま、かなり遠い親戚なんですけど、
その関係もあって、
大隈家に出入りもしていた。
大隈重信も美食家の
サロンを作っていたんですね。
そういう関係で、舶来の料理を
学んでいった人なんです。
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| ほぼ日 |
挿し絵もありますね。
絵は別の人？
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| 田中 |
そうですね、絵は別の人だと思います。
誰が描いたかは、
ちょっとわからないんですけども。
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| ほぼ日 |
弦斎ってどういう人なんですか、
もうすこし教えてください。
面白そう。
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| 田中 |
弦斎は、最初、東京の外国語専門学校、
いまの東京外大に行ったんですが
体を壊して中退したんです。
独学で学びながら新聞の懸賞論文に入選して
明治18年に洋行許可をもらい、
アメリカに渡るんです。
ハウスボーイとかをしながら、
アメリカの食生活を
つぶさに見てきたわけですね。
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| ほぼ日 |
お坊ちゃんだったんでしょうか。
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| 田中 |
んー、でも、けっこうお金のない士族の
出だったらしくて、
苦労して洋行したんでしょうね。
むこうでロシア人、アメリカ人とかの
住み込みで働いて、
だから食事も作るじゃないですか。
ジャガイモ剥いといて、とか言われて。
そういうのを見て、
あ、これが西洋人の食生活なんだ、
っていうことで、つぶさに見たんでしょう。
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| ほぼ日 |
伊丹十三さんの『ヨーロッパ退屈日記』や
犬養道子さんの『お嬢さん放浪記』などを
ちょっと思い出しますね。
弦斎は、戻ってから、向こうの生活を
日本に伝える役割をするわけですね。
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| 田中 |
報知新聞社に勤めて記者をやりながら、
編集長にまでなるんですが、
新聞って「家庭欄」ってありますよね。
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| ほぼ日 |
新聞の家庭欄。料理とか家事の。
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| 田中 |
そう、その家庭欄を充実させて、
報知新聞の部数を伸ばしたのが彼なんです。
それから多嘉子さんと結婚、
報知新聞の新聞小説として
『食道楽』を発表するんです。
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| ほぼ日 |
家庭欄の延長としての小説だったんだ！
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| 田中 |
彼のコンセプトは「食育」（しょくいく）
ということだったんですよ。
日本人にも、食生活における教養が
必要だということで、
日本人の体格も良くしなきゃいけないし、
衛生面も、教育しなくちゃいけないっていう、
それを「食育」と言いまして、
まあ、そういう小説を書こうということで、
書いたらですね、たいへん人気になり、
単行本が大ベストセラーになったんです。
この頃、夏目漱石の小説も
出てた頃なんですけど、
漱石なんか目じゃないぐらいの
売行きだったそうですよ。
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| ほぼ日 |
すごい！
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| 田中 |
初版もあっという間に売れて、
重版に重版を重ね、
もう当時、爆発的に売れて、
やはりそれだけ売れたってことは、
みんなこういう西洋料理っていうのを、
ちょっと作ってみたかったんだなぁ、と。
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| ほぼ日 |
庶民が読んだんですよね。
この『食道楽』の他にも、
こういう本はあったんですか？
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| 田中 |
この他にもですね、実は、
精養軒の主人が書いていた本があったんです。
『西洋料理 厨（くりや）の友』っていう。
あとはですね、赤堀峰吉という、
現在の赤堀栄養専門学校の創始者が
書いた『家庭応用洋食五百種』
という料理本も。
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| ほぼ日 |
すごいですね。
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| 田中 |
明治20年ごろから、
西洋料理教室っていうのを
やってたらしいんですよね。
そういう人たちが、
こうやって少しずつ本を書いて、
西洋料理の普及に努めていたと
いうことですね。
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