担当編集者は知っている。



『おかえりピアニカ』
著者:衿沢世衣子
価格:1,049円(税込)
発行:イースト・プレス
ISBN:4872575652
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ほぼにちわ、「ほぼ日」の渡辺です。
先日、書店で『おかえりピアニカ』
というマンガを見つけました。
新人マンガ家さんだ‥‥と読んでみると、
子供から大人になっていく
少年少女たちのなにげない日常や、
いまどきの家族のあり方を
あたたかく、ちょっとせつなく描いた、
じーんとする短編集でした。
いじめやひきこもり、リストラなど、
重たいテーマも扱っているのに、
読後感が明るく、元気になるところが、
いままでのマンガにない感じで面白いなあ!
と思って、著者を調べてみたら、
衿沢世衣子さんという方の初の単行本でした。
世に出たばかりの新人さんで、
まだ、知名度は高くないのですが、
この先がとっても楽しみで、
注目していると面白いことになりそうなので、
ぜひ、みなさんにご紹介したいなあ
と思ったのでした。


▲『サッカリン』より
(短篇集「おかえりピアニカ」所収。
 以下同です)


本書に収められている
代表作の「鳥瞰少女」は、
『コミック・キュー』の
「もしも、ドラえもんの
 ひみつの道具があったら?」特集で
描き下ろしされた作品です。


▲「鳥瞰少女」より。
ある時を境に、
空を飛べなくなってしまう子供たち。


衿沢さんが選んだ道具はタケコプター。
大人になるとタケコプターで空を飛べなくなる‥‥
まだ飛べる友達、もう飛べなくなった友達、
放課後に遊ぶ友達関係も少しずつ変わり、
なんとなくせつない気持ちになっている
小学生の女の子が主人公の作品。
ちょっとずつ飛べなくなっていく女の子の
大人になることへの違和感や、
友達と離れてしまうさみしさなど、
揺れ動く心が見事に描かれています。

また、よしもとよしともさんが
原作を提供した短編
「ファミリー・アフェア」は、
父のリストラをきっかけに一家離散する
とある家族を描いた作品です。


▲「ファミリー・アフェア」より。
衿沢さんの絵を気に入ったよしもとさんから、
依頼があって、衿沢さんはびっくりされたそうです。


この作品でも主人公は小学生の女の子。
リストラされ、主夫になった父、
働きに出て浮気しそうになっている母、
ひきこもりの兄、遊び人の姉、
そしてわたし‥‥。
ヘビーな話のオンパレードなのに、
暗くも重くもならないところが
衿沢さんの作品の特長です。
ひとりひとりが、真っ正面から、
「家族」と「自分」を見つめなおし、
自分なりのベストを考え行動し、
新しい一歩を踏み出していく‥‥
せつなくて、哀しくて、もどかしくて、
でも、最後には楽しい気持ちになれる
いままでのマンガではあまり見なかった
ふしぎな読後感の作品です。

どうしてこういうマンガ家さんが生まれたのか、
この短編集はどうやって世に出たのか、
この本ができあがるまでの道のりを、
著者の衿沢さんと、
『コミック・キュー』の編集長であり、
「失踪日記」の編集も担当された堅田さん
お話もお伺いしましたので、ご一読ください。
(「ほぼ日」渡辺)


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著者/衿沢世衣子
担当編集者
/イースト・プレス編集部 堅田浩二

ほぼ日 衿沢さんはロンドンに留学していた頃に
近況報告をフリーペーパーに描いて、
日本の友達に送っていたそうですね。
衿沢 はい。それが出版社の方に回って。
ほぼ日 いきなりデビューされたという、
ちょっと変わった経歴だそうで。
初単行本、とてもよかったです!
衿沢 ありがとうございます!
堅田 しかし単行本の発売までは、
ずいぶん時間がかかりましたね。
衿沢 紆余曲折というか。
堅田 山あり谷ありというか。


▲「体が育つ」より。
この話の4割は作者の実体験とか。

ほぼ日 どんな経緯だったんですか?
堅田 当初の発売予定から、
1年は延びました。
実は最初「2冊同時発売で」
というのも考えていたんです。
いままで描いた短編を全部合計すると、
本2冊分くらいになっちゃうと。
衿沢 「くしゃみ編」「あくび編」とかに
分けようか、と。
そのタイトルは却下されましたが。
堅田 えーと‥‥ありましたっけ?
それいいじゃないですか。
衿沢 わりといまでも気に入ってます(笑)。
堅田 でもそうこうしているうちに、
完成度の高いのだけ残して、
その分濃い1冊にしよう
ということになったんです。
珠玉セレクトで。
衿沢 でも、その方が良かったと思います。
そして堅田さんに
絵の描き直しを宣告され‥‥。
ほぼ日 そういえば本の帯に
「雑誌掲載分に、全面加筆!」
とありますね。
堅田 連載時のはあまりに絵が雑で。
そこがいいという人も
一部いたんですが、
ここは心を鬼にして(笑)。
描き直しは
「えー」みたいなかんじでしたか?
衿沢 そうですね‥‥いや、うそです(笑)。
描き直すべきだと思いました。
でもこれは確実に
半年はかかるなあと。


▲「明日の空に」より。

ほぼ日 「おかえりピアニカ」という
タイトルは、
どこからきたんですか?
衿沢 最初いくつか案を
出してたんですね。
たとえば‥‥「さかがえり」とか。
すっごい微妙に(衿沢の)
「えり」が入っているというので。
堅田 え、そんな理由だったんだ。
衿沢 それで
「おかえりギター」っていうのが、
なんとなく夕方っぽい雰囲気で
いいかなって。
堅田 ‥‥それもひょっとして、
「えり」が入ってるから?
衿沢 実は(笑)。そしたら堅田さんが
「ピアニカ」はどうか? って
おっしゃって。
堅田 子供の話が多いですし。
衿沢 なつかしいかんじもあり。
堅田 せつなげでもあり。たのしげでもあり。
衿沢 時間と音っていうかんじもいいですね。
堅田 哲学的だ。大森荘蔵みたいです。
そんな含蓄にとんだタイトルですが、
でも本当はなんとなくで決めた、と。
衿沢 そうであります。
堅田 カバーは、さかさにした
ミカちゃんのイラストで。
衿沢 堅田さんの中で、
さかさにしたミカちゃんのイメージが
固まるのは早かったですよね。
堅田 新宿の喫茶店で
打ち合わせしてるときに
偶然あの絵が目にとまって。
ひっくり返したらなんか、
すごいいい感じだったんですよね。


▲「明日の空に」より。
このミカちゃんの絵がカバーに。

衿沢 あれはさりげないインパクトで、
よかったと思います。
堅田 表紙のデザインも最後までねばって。
色味がピンクのパターンと、
最終的に使われなかった
緑のパターンをデザイナーの方に
出していただきました。
衿沢 どっちも捨てがたかったんですが、
ピンクのは夕陽っぽくていいなと。
堅田 あー‥‥夕陽かー。
そういえばそうですね。
衿沢 今でも見ると、そう思います。
郷愁すぎないけど、夕方っぽくて。
ほぼ日 じゃあ、「夕方」というのが
最初から
キーコンセプトだったわけですね。
衿沢 そうですね、
「鳥瞰少女」の印象も強いですし。
ミカちゃんの最後のシーンもそうなので。
堅田 そういえば「ファミリー・アフェア」の
見開きの線路の絵も夕方っぽい。
あの絵がカバーにも表紙にも
大きく使われてますしね。
ほぼ日 7つの短編が収録されているのですが、
もっとも印象深い作品はどれですか?
堅田 個人的には、やっぱり「鳥瞰少女」かな。
衿沢 はい! 16ページなのですが、
長い時間集中して描いていました。
新聞にも2回も取り上げていただいて、
これをきっかけに
読んでくださった方も
いらっしゃったので、思い出深いです。
ほぼ日 「鳥瞰少女」は、
ドラえもんのタケコプターを
モチーフに使った作品ですね。
友達がまだ飛んでいる中で、
ちょっとずつ飛べなく
なっていく主人公のさみしさや
大人になっていくとまどいが、
さりげなく描かれていて、
しんみりしました。
堅田 お父さんにもほめられたんですって?
衿沢 ええ、夕飯の箸をおっことして
せきこんでました(笑)。
「すごい、いい!」って。
予想を超えてよかったみたいです。
それまでは、資料用の写真撮りに
屋上のぼった話くらいしか
してなかったから。
「なにやってるんだろう、
 うちの娘は」
とか思ってたと思いますよ。
堅田 すごいがんばってましたよね。
衿沢 吉祥寺で路地裏の、ビルの間から
見上げるところを撮っていたら、
おばさんに
「あんた、なにしてんの!?」
って怒られたり。
まあ、そんなすきまに入ってたら
怪しい人ですよね。


▲路地裏のシーン。

堅田 実は「鳥瞰少女」は
OLの話だったんです。
いちばん最初のネームの段階では。
ほぼ日 え? そうだったんですか!
小学生が主人公の今と、
ずいぶん違いますね。
衿沢 まだ子どもの心を持つ主人公が、
たまにこっそり
飛んでる設定だったかな。
大人になったら
飛べないっていう定義は、
この時からあったような気がします。


▲踏切のシーン。

堅田 それでここだけの話、
この作品に対するレビューを読んで
「あ」と思ったんですが、
あれを初潮のメタファーと
捉えてる方が
ちらほらいらっしゃって。
衿沢 そういうことでもなかったんですが、
でも色々な読み方があるのも
いいかなと。
堅田 ただ肉体的な変化だけを
表象しているわけでも
ないんですよね。
じつはもっと精神的な成長であり、
諦観でありというか。
何かを得ることで何かを失うという
微妙なバランスであって。
衿沢 そうですね。微妙なとこです。
だから飛べる人のなかには
おじいちゃんでも、
へんなおばさんでも、
要するに「子供」じゃない人がいても
よかったんですが、そうするとお話が
わかりにくくなってしまうので。
堅田 そんなかんじでこの微妙さを、
ぜひみなさんも!
ほぼ日 ぜひ味わってください! と私からも。
衿沢 よろしくお願いいたします!


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『おかえりピアニカ』
著者:衿沢世衣子
価格:1,049円(税込)
発行:イースト・プレス
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2006-04-25-TUE

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