担当編集者は知っている。


『大人の友情』
著者:河合隼雄
価格:1,260円(税込)
発行:朝日新聞社
ISBN:4022579919
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オトナは友情について、悩んだりしないんじゃないか、
というのがコドモのころの自分の気持ちでした。
やっぱり今でも、人生経験が豊富といえる年齢に
なったなら、映画のようなすばらしい友情が
勝手に生まれてきそう、という気持ちが
ないでもありません。
でも、オトナにとっても「友情」は、
簡単なものではないようです。
「友だちがほしい」「裏切り」
「男女間に友情は成立するか」「友情と同性愛」
といった章見出しは、気になるものばかり。
オトナといわれる年齢の方ばかりでなく、
全年齢的に、効きます!
            (「ほぼ日」さいとう)

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担当編集者/朝日新聞社 矢坂美紀子

文化庁長官にして臨床心理学の第一人者。
『大人の友情』(2005年2月、朝日新聞社刊)の
著者の肩書を記そうとすると、
どうしてもこうなってしまう。
なんだか偉そう。
じっさい偉いのですが、でも気さくな方です。
かの宗教学者、中沢新一さんをして
「河合先生の冗談たるや天衣無縫、荒唐無稽、
 抱腹絶倒の傑作ばかり」と言わしめるほど座談は弾み、
その場の空気はいつもなごんでにぎやかになって、
編集者としてはいつもお目にかかりたい
「楽しい著者」ですね。

趣味は本職はだしのフルート。
学生時代に大学のオーケストラで演奏して以来、
ながらく中断していましたが、
還暦パーティにむけて再開してからは
もうそろそろ20年近く、フルーティストとして
精進を重ね、何度もリサイタルを開いています。

本書はそんな河合さんが書いた、初の本格的な友情論。
そもそものきっかけは、週刊朝日に連載していた
「ココロの止まり木」の一文でした。
フレッド・ウルマンの『友情』(清水徹・美智子訳
 集英社刊)を読んで心打たれた河合さんは
次のように書いたのです。

「友情は人間にとって非常に大切なものである。
 夫婦、親子、きょうだい、上司と部下、
 あらゆる人間関係において、それが深まってくると、
 その底に友情がはたらいていることに気づくだろう」
(『ココロの止まり木』 朝日新聞社刊)

連載当時、この友情について書かれた回には、
読者からずいぶん反響がありました。
面と向かっていきなり「友情」と言われると
なんだかこそばゆい気もするのですが、
でもあんがい今の時代にフィットする
キーワードかもしれない。
ぼんやりそんなことを考えながら、
河合さんに相談すると、たちどころに目次プランが
構成されたのには驚きました。
「僕の専門は人生学やからね」
タイトルもすんなり決まりました。
谷川俊太郎さんに『ともだち』という
すてきな絵本がありますが、子供たちばかりではなく、
むしろ大人だって「ともだち」が欲しいのではないか、
いやまさに大人にこそ「友情」が必要なのではないか――
そんな思いが『大人の友情』には託されています。

私たちは毎日、じつにさまざまな人間関係のなかで
生活しています。
熱烈な恋愛関係もあれば恨み骨髄の相手も
いるでしょうし、べたべたした義理人情の世界もあれば
マンションの隣人には無関心ということだってある。
河合さんがこの本で語る「友情」にはもちろん
多様なかたちがあるわけですが、
その共通項をあえて一言でいうと
「少し距離を置いた、また距離を置くことによってこそ
 生まれてくる、いい関係」
といったところでしょうか。
河合さんは豊富な臨床例を踏まえる一方で、
漱石や太宰などの文学作品をあらためて読み返しながら、
大人のための友情を噛んでふくめるような調子で
説きおこしていきます。
誰にでも思い当たる身近な話題も少なくありません。

たとえば、ともに登校拒否で気持ちを通い合わせた
二人の中学生。
一人が登校できるようになると、
もう一人はなんだか先を越されたようで面白くない。
社会人にも同じようなことが起こる。
たとえば、あなたは同期入社の友人の出世を
気持ちよく喜べますか?
友人の悲しみや悩みには素直に思いをはせられるのに、
出世にはなぜかどこかで嫉妬がはたらき、
ほんのちょっぴりではあっても
不愉快になるってことはないですか。
そうした自分でもイヤだなあと思う心の動きに
気づいたとき、どうすればいいのか。

あるいはあなたは誰かを裏切ったことがありませんか?
強い友情はしばしば絶交に終わる。
裏切られた側は相手を責め自分の不幸を嘆き、
裏切った側はかくかくしかじかと幾つもの理由を
心中に並びたててはみるものの悔いが残る。
河合さんの専門の分野で例をあげるなら、
フロイトとユングが出会ったころ、
二人はものすごい意気投合ぶりだったのに、
やがて決裂します。
なぜ人は人を裏切るのか?
友情はなぜ壊れやすいのか?
あまりに密着した関係がまずいのだと河合さんは言います。
関係に適度な距離がないと、
友人に対してある種理想的で強烈な自己同一視が生じ、
一心同体にならんばかりになると、
ほんのちょっとしたズレや行き違いがもとで、
その同一感が破綻して関係が壊れてしまう‥‥。

この本では男女関係の友情についても語られています。
それは、成立するのでしょうか?
男女がはじめのうち「あくまで友人としてつきあう」と
固く決心していたとしても、何かのはずみで、
どうにも抗しきれず、恋愛関係へと突き進んでしまう。
恋愛感情はとても強い感情ですが、
それは精神の高みと結びつくこともあれば、
単なる肉体的欲求に終始することもある。
いずれにせよ、恋愛は壊れやすい繊細な関係です。
河合さんによれば、激しい感情よりも、
ちょっとした距離を置いた友情の方が結婚生活を支える。
もっとも、男女間の友情には、
おたがいに相当な心の深さが必要になると言うのですが。

編集者としてというよりはむしろ一読者として
私が意表をつかれたのは、
河合さんのいう「茶呑み友だち」の重要性の指摘でした。
著者はあるときアメリカ人の友人と話していて、
そういえば「茶呑み友だち」ってどう英語に訳すのか、
これは日本独特のおもしろい言葉かもしれないと
思いあたったそうです。
夫婦のつながりとして、恋愛感情のように
激しく強くはないけれど、
でも静かで深い感情の結びつきがあることを
「茶呑み友だち」という言葉が示している。
愛の物語には劇的なものが多いが、
激しい恋愛は長続きせず、案外なところで
そのもろさを露呈してしまいます。
それに比べて、ともにお茶を呑むという日常的な関係には、
一時的な激しさはなくても恋愛よりずっと
深い動きがあるのではないかと
河合さんは注目しているのです。

茶呑み友だち。確かに渋い。けれど奥は深そう。
具体例はあるのかな?
河合さんは哲学者の田辺元と、作家の野上弥生子の関係を、
二人の往復書簡から読み解いていました。
ともに66歳から77歳まで11年間続いた
茶呑み友だち関係です。
おじいさんとおばあさんの、
深い思慮と抑制にみちたやりとりは
今の眼でみても新鮮でチャーミング。
この本の、キラリと光るハイライトの
ひとつかもしれません。

というわけで、いくつかの例をあげましたが、
ここにはさまざまな友情のかたちが語られています。
友情は、人生のどんな時期にも、すごく大切なもの。
現代人の悩みに付き合い続けてきた河合さんは、
人の心の深みにやさしく降り立つようにして、
この本を書いたのだと思います。

学生にも新入社員にも、中年の夫婦にも、
同窓会ブームに沸く団塊の世代にも、
そして人生の円熟に向かいつつある人たちにも、
必ず何かしら生き方のヒントになるようなことが、
平易な言葉でつづられています。
気の向いた章から、
ぜひ頁をめくって読まれてくださいね。

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『大人の友情』
著者:河合隼雄
価格:1,260円(税込)
発行:朝日新聞社
ISBN:4022579919
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2005-03-14-MON

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