担当編集者は知っている。



『おいしいごはんのためならば』
著:平松洋子
出版社:世界文化社
価格:1600円


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〜筑摩書房ツルミさんのコメント〜

この本には「平松洋子さんの暮らし」が
そのまま詰まっています。
鉄瓶でお湯を沸かすと、水がまあるくなる、
ご飯を窯で炊くとふんわりぴかぴかに……
どれも「おいしいごはんのため」に
平松さんが実践していること。
毎日毎日のことだから、
手を抜かず(でも決して手をかけ過ぎない)、
ちょっとだけ気を遣おうという心がけの数々。
平松さんは決して
「○○なさい」なんて言いません、
日々の事だから無理は禁物、だと。
「暮らし」の時間を大切にしたい人に
お薦めの一冊です。
エッセイの欄外に載っているレシピが
また魅力的!!
「香菜のカレー」など絶品でした。
併せて
『平松洋子の台所』(ブックマン社)も


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担当編集者/世界文化社 作田良次


私が平松洋子さんの名を初めて知ったのは、
今から5、6年くらい前。
晶文社から出た『アジアの美味しい道具たち』を
読んだときだった。
ちょうどその頃、私は、
アジア各国の旅に出かけた後で、アジアの食に
はまっていたのだ。

『アジアの美味しい道具たち』には、
レストランで食べているだけでは知り得ない、
まさに本場の台所からの情報に溢れていた。
通り一遍の感想に終わらない、
詳細な料理の描写と道具にまつわるエピソードに
感動した。
あの本を読んだときから、
私の頭の中に「平松洋子」が居座ってしまった。

それから数年たった初冬のある日、
平松さんと初めて会った。
荻窪駅改札のルミネ前で待ち合わせをして、
駅近くの地下の喫茶店に入った。
「書き下ろしの単行本をご執筆しませんか?
文字中心で。
レシピではなくエッセイを読みたいんです」
「いいですね。私もこれから料理レシピの本ではなく、
エッセイをもっと書きたかったの」
こうして始まって約1年後に、
『おいしいごはんのためならば』ができた。

本書は、平松さんが家で愛用している調味料や
日常の食卓に並ぶ「おいしいもの」、
それに加えて旅先や街で出会った「おいしいもの」を
中心にまとめたものだ。
でも、単なるおいしいものカタログでは、ない。
ふだんの食事のために、
平松さんが大事にしていること、
気遣っていることの数々についてのエッセイだ。

例えば、朝起きぬけに飲む一杯の水のために、
夜にお湯を沸かして湯冷ましを作っておくこと。
そうすれば、朝には角のとれた、
まあるい水になっている。
たった一杯の水のために、そこまで?と思うか。
それとも朝一番にお腹に入れるものだから……と
考えるか。
そういう、ちょっとした考え方と工夫次第で、
ふだんの暮らしが生き生きしたり、
食事が「おいしく」なることの幸せを伝えられれば、
と思っての企画である。
タイトルは、平松さんの
昔のエッセイにあった言葉から、
『おいしいごはんのためならば』に
すんなり決まったのだ。

さて、某月某日。
本書の中に出てくる明治開業の老舗「鳥榮」で、
「鳥スープ鍋」を囲んで
『おいしいごはんのためならば』の打ち上げがあった。
湯島の駅から裏道を少し歩いた木造の古い建物だ。

メンバーは、デザインでお世話になった
木村さんと野沢さん、カメラマンの湯浅さんと
アシスタントのミキさん。
そして、平松さんと編集担当の私の計6人。
3畳間の部屋に寄り添って座り、
「お疲れさまー」と言って、笑顔で乾杯。
今まで何冊も本を作ってきたが、
これほど感慨深い打ち上げは久しぶりだ。
昨年の打合せの頃には、こんな穏やかな光景は
予想もできなかった。
私は鍋を前にして、この本ができるまでのことを
思い出していた。

さて、鳥スープ鍋は、平松さんが
「私にとって理想のお店」と推薦していただけに、
予想をはるかに超えた味だった。
みんな一口食べては「おいしい、おいしい」と
繰り返し言っていた。
そして、最後の雑炊を食べ終えるころ、
平松さんがバッグの中から
『おいしいごはんのためならば』の本と
サインペンを取り出して、こう言った。
「いつも記念に、サインをしてもらっているの。
みんな自由に書いて。もう何書いてもいいから」
最初に本を受け取った私は、奥付の頁を開いて、
著者名の下に小さく自分の名前を書いた。

次は、デザイナーの木村さん。なんと木村さんは、
自分でデザインしたカバーのところに、
太いペンで大きく何か書きはじめた。
話し声も急に大きくなった。
カバーにいきなり書くなんて……。
これ、木村さんが酔ったわけではない。
デザインのことで納得がいかなかったからだった。

実はこの本ができあがるまでに、
木村さんの事務所で何時間、いや何日、
打合せをしたことだろう。
午後過ぎに行って、打ち合わせを終えると
もう夜の7時を過ぎていたこともあった。
ふつうデザイナーが一冊の本に
こんなに時間をかけることはない。
この本一冊のためにこんなに時間をかけて、
〈木村さんたち、雑誌の仕事も
 
たくさん抱えているのに、大丈夫かな〉
〈平松さん、このあと別の打合せがあるって
 言ってたけど。大丈夫かな〉
と、何度も思ったほど。

そうやってできた、『おいしいごはんのためならば』は、
とても幸せな本なのだと思う。
こんなに、多くの人のエネルギーの結晶なのだから。
一見静かな顔をしてる本だが、その中身は
たくさんのエネルギーで溢れている。
最終的に全て書き下ろしとはならなかったが、
書き下ろしと変わらないくらい新鮮なエッセイ集だ。

「鳥榮」を出て、
夜のネオンに照らされた裏道を歩いて
地下鉄の入り口にたどり着いた。
「2次会に行くぞ」と言っていた木村さんの姿が
一瞬見えなくなったと思ったら、
チューリップの花を一輪片手にもって現れた。
そっと、笑顔の平松さんに渡していた。

そういえば、木村さんが本にサインペンで
絵を描いたあと、
平松さんがこんなことを言っていた。
「またやりましょう。デザインは、木村さんで!」
木村さんは、最後まで表紙のデザインのできに
こだわっていたが、
平松さんは〈今度も木村さんがいい!〉と
密かに心に誓っていたような気がする。

食へのこだわりと同様に、本づくりにしても、
表面は軽やかでありながらも、
ものの本質を追求する気持ちには、
執念すら感じた夜だった。
平松さん、次はもっとスゴイ!
本をつくりましょうね。そう、木村さんたちと。

担当編集者さんへの激励や感想などは、
メールの題名に本のタイトルを入れて、
postman@1101.comに送ってください。

2003-07-28-MON

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