担当編集者は知っている。


「世界音痴」
穂村弘著
出版社:小学館
価格:1300円


〜筑摩書房ツルミさんのコメント〜

ちょっと前だけど、
抱腹絶倒に面白いのは『世界音痴』(穂村弘)。
これは超お薦めです。
運動音痴ではなく、世界音痴!
どこがどのように「世界」「音痴」なのか、
読んでみてください。
穂村さんの文章に惚れ惚れしてしまいますよ。
因みに、穂村さんは、歌人です。
歌集をいくつも出していますし、先日詩集も出しました。
私は、初期の歌集『シンジケート』の

サバンナの象のうんこよ聞いてくれ
だるいせつないこわいさみしい

という歌が好きです。




担当編集者/小学館 村井康司

1.中身について

穂村弘さんの本を担当するのは、これで3冊目です。
ある歌人が「これは入門書じゃなくって破門書だ」と
つぶやいたという、
過激な短歌入門書『短歌という爆弾』を出したのが2000年3月。
次は今までになかったタイプの連作歌集にしましょう、
ということで実現した、
タカノ綾さんの絵とのコラボレーション
『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』が出たのが
翌年6月。
入門書、歌集ときて、では次はエッセイ集で行こう、
という相談がまとまり、
『手紙魔まみ』の制作と並行して、
穂村さんは日本経済新聞「プロムナード」欄で、
実にとんでもないテーマのエッセイを
連載しはじめました。

歌人の新聞連載エッセイというと、
短歌づくりの仕事の周辺を、季節の変化とからめて
穏やかに綴る・・・なんてイメージがありますが、
穂村さんが選んだテーマは、
それとはまったく異質なものでした。
もうそろそろ40歳だというのに独身、
両親と共に暮らしているサラリーマンが、
いかに「世界」に違和を感じつつ情けない日常を
過ごしているか、ということだけを、執拗かつ具体的に、
これでもかこれでもかと書きつのったのです。

その日常がどんなものか、『世界音痴』の帯コピーを
引用してみましょう。
「寿司屋で注文無視されて、
夜中に菓子パンむさぼり食い、青汁ビタミン服用しつつ、
ネットで昔の恋人捜す。」
どうです、なかなかのものでしょう。
その他にも、飲み会で席を移動できない、
雪道で滑った恋人の手を「キャッ」と叫んで
放してしまう、ホームランボールが
自分に当たるのが怖くて野球を見に行けない、
自分の部屋の窓を十数年開けたことがない、などなど、
思わず呆然として爆笑し、その後に自分もそうかも、
と思ってしまうようなエピソードが
毎週次から次へと登場するこのエッセイは、
日本経済をしょって立つ真面目な「日経」紙面の中で、
別のオーラを放っていました。

連載が始まって数ヶ月経ち、ネットの検索エンジンで
「穂村弘 日経」と入れて検索してみました。
すると、今まで穂村弘さんの存在を知らなかったと
思しき多数の方々が、日経の穂村弘のエッセイは
おもしろい、まるで自分のことのようで切なくなった、
あまりに情けないのでかまってあげたくなる、
などといった熱い反応を示してくれていたのです。

日経での連載は、『世界音痴』の前半、
全体の半分強を占めています。
後半は他の新聞や雑誌に発表したものに
書き下ろしを加え、敢えて短歌や文芸に関わるものを
外してまとめました。

読者ひとりひとりに「これは自分のことだ」
「穂村弘は僕の(わたしの)分身だ」と思わせ、
たまらなく切なく、
いとおしい気持ちにさせるパワーを持っている、
という点で、穂村弘は
「平成の太宰治」なのではないか、などと、
担当編集者は思ったりもしています。


2.装幀について

『短歌という爆弾』の装幀は谷田一郎さん。
鮮烈な赤と黒がぐいぐい迫ってくるCGです。
『手紙魔まみ』の装幀は、タカノ綾さんのキュートで
エロティックなペインティングを、山田拓矢さんが
クールにデザインしてくださいました。
CG、ペインティングときて、
さて次は写真でいきましょう、と決定。
このへん、入門書→歌集→エッセイ集、
という流れと同じノリであります。

内容が「世界音痴なわたし」を
強烈にアピールしているものだけに、ここは思い切って
穂村さん自身の写真をカバーにしてしまいましょう! 
と、僕は穂村さんに持ちかけました。
数秒間ひるんだ穂村さんでしたが、
編集者の目に尋常ではないものを感じたのでしょうか、
こころよくオーケーしてくれました。

写真を使ったシャープでポップな装幀を得意とする
デザイナー、ということで岩瀬聡さんに装幀をお願いし、
ゲラを読んでいただいて相談しました。
「回転寿司かファミレス、または菓子パンくわえる、
って感じですかねえ」
「絵柄的には回転寿司がおもしろいと思います。
回転寿司の輪廻、ですね。写真家は、そうですね
小林キユウさんがいいんじゃないかな」
そう言って岩瀬さんは、その場で小林キユウさんに
電話してくださいました。
写真家=エッセイストとして充実した仕事をされている
小林さんに撮影をお願いできるとは、
この本はついているぞー。
と、編集者はにこにこしつつ帰途についたのでした。

さて次は撮影場所探しです。ネット検索で「回転寿司」を
検索したけれどこれはダメでした。
膨大なログは、すべて「うまいかまずいか」
のことだけしか書いていないのです。そりゃそうだ。

というわけで、会社のある神保町と、
その近所である水道橋お茶の水かいわいの回転寿司を
片っ端から回ってロケハンすることに。
小林・岩瀬・村井のトリオは、
ある日の午後6軒の回転寿司屋をはしごし、
食べないわけにもいかないので各店一人2皿ずつ注文、
しかも必ず帰り際に「じゃあ記念写真を」と言って
小林さんがデジカメで店内を撮影する、という、
端から見たら不気味としか言いようのない行動を
繰り広げたのでした。

カバーに写っているお店は、そのロケハンで決定した
「神保町 まわるお寿司うみ」です。
カウンターの上部に「湯飲み棚」がなく、
壁の色も白くてシンプル、というのが
栄光ある第一位ゲットの理由。あ、味もとてもいいです。
神保町交差点すぐですので、ぜひ。

撮影はその数日後、開店前の朝9時から行われました。
穂村さんは小林さんのリクエストに応えて、
おろしたての赤いシャツ(ラルフ・ローレン)を着て、
ひとりカウンターに座ります。
マグロ(赤)・タマゴ(黄)の並びを基本に、
ところどころカッパ巻(黒と緑)でアクセントを添える、
という皿の構成もうまくいきました。
カウンターの中で握ってくれた職人さんは、
「これだけでいいんですか? 
今日はもっとうまいネタがあるのにな」
とおっしゃってましたが・・・。

撮影が終了したのが11時半。
撮影用に握ってもらったお寿司を
みんなで食べて打ち上げです。
「穂村さん、ところでゆうべ何食べたの?」
「回転寿司ですよ」
「えーっ、今日食べるの知ってたのに、なんで?」
「だって好きだから」
うーん、やっぱりこのオトコはただ者ではない!

2003-02-05-WED

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