担当編集者は知っている。

藤本由香里著『快楽電流』刊行始末
(河出書房新社 編集部 小池三子男)



(筑摩書房 鶴見智佳子さんからのメール)

イトイ様

ここのところ怠慢していた鶴見です。
ああ、また更新されているラクチンなんて
思ってばかりもいられないので、さっそく原稿です。
またまた河出の本になっちゃいました。

本は『快楽電流』。
著者は、私と同じ職場で働く編集者であり、
気鋭の漫画評論家でもある藤本由香里さん。
編集者としては、セクシュアリティやジェンダーといった
フェミニズム方面の本をたくさん担当しており、
その筋の論客でもあります。

人それぞれが心に秘めていてなかなか表に出さないこと、
それを彼女はまっすぐ見つめているのです。
その姿勢が、凄い。

「私とは違うわー」、「こんな人って普通にいる?」
などと入り口で立ち止まらずに、
是非のぞいてみてください。驚きます。
自分はそこまで真摯に考えたことがあるか?
と考えてしまいます。

さて、編集者を担当した編集者の苦労は……??

筑摩書房 鶴見智佳子 


〈女の、欲望の、かたち〉とサブタイトルの付いた
この本を手にとって、多くの人が示す反応は、
だいたい次の二つです。

1、帯のキャッチフレーズの
  「小さい頃から私は売春婦に憧れていた。」
  え! こんなこと、あらわに出していいの?

2、著者名の「藤本由香里」の横にルビのような
  小さい活字で刷り込んである、
  この「白藤花夜子」って、いったい誰?

まず、第一の問題。
このキャッチは、現代のさまざまなセクシュアリティの
表象を六つのパートに分けて取り上げたこの本の第一章
「売春論」の、そのまた冒頭の一行なのです。
著者の性に対する心的な葛藤の生の表白。
と同時に、制度や幻想や権力の構造を撃つ上での
陽気な企みの発端にあった、ある違和感疑問を
鮮やかに表していると考えて、私は迷わずこの一行を
帯に持ってきました。

ただ、ある女性の編集者からは、
「あなたが男だからこの一文を使えたのよ」
と言われましたし、また別の人からは、
「売らんかなという下心が見える」とも言われました。
そうですね……と応じながら、生来能天気な私は、
「まあこれは褒め言葉だと受けとめておこう」、
と自分を納得させました。
確かに男だから、売春の本質から東電OL事件、
援助交際までを視野に入れたすばらしく鋭利な
この売春論を女性とは違った角度で見ているとこがあって、
世の中の男たちにも広く呼んでほしいと
正直に思っています。

そして、それ以上に、大好きなこの本をたくさんの人に
読んでもらいたいとも思っているからです。
ただ、あるニューアカ世代の後輩が、
「売春婦という言葉はきらいです。娼婦にすべきだ」
と言ってきたときには反論しました。
藤本さんは売春婦と娼婦を巧みに使い分けているし、
ここはどうしても「売春婦」でなくてはならないのです。
あとは、読む方の判断に委ねます。

そして、次に「白藤花夜子」問題。
実は、当初、著者はこの本を、藤本・白藤の共著
というかたちにしてほしいと強く希望していました。
というのも、加筆訂正前の雑誌掲載時に
白藤花夜子名義で書かれた文章が、
ここにはかなり含まれていたからです。
私は反対でした。

しかし、白藤さんは「藤本由香里とほとんど一心同体
といわれる親友」であるらしく、
「なんとか花夜ちゃんも世に出してやりたい」
と懸命な可愛い目ですがるように
藤本さんに懇願された私は、だらしなくも
「それではデザイナーの鈴木成一さんに頼んで、
白藤さんが背後に引くように処理してもらいましょう。
奥付は白藤を括弧に入れて小さく並記するということで」
と思わず応えてしまいました。

ところがカバーの色校正が出てびっくりです。
やはり鈴木さんの力をもってしても、
共著という印象は拭えません。
私は藤本さんに鈴木デザイン事務所まで来ていただいて、
鈴木さんと二人で説得しました。
せっかく発信者の個人的な声が透明に響きわたる
個性的なスタイルの本なのですから、ここは覚悟を決めて、
共著はあきらめてください、と。
さすがの藤本さんも、二人の男の攻勢にあって
ようやく折れてくださり、白藤花夜子さんは、
藤本さんの左のほっぺのほくろのような存在になりました。

藤本さんは、筑摩書房の編集者で、
同じ上野千鶴子さんの担当ということで
以前から存じ上げていました。
ただ、直接お目にかかって話をしたことはなく、
今度の本のために仲介をしてくださったのは、
雑誌「is」の編集長・山内直樹さんでした。
実は、十年前に私が『スカートの中の劇場』
という上野千鶴子さんの本を編集するきっかけを
作ってくださったのも山内さんで、
その偶然に驚くと共に、スタイルも内容も違いますが、
なんとなく私は、これは十年後の「スカ下」なのだ
と思ってもいます。

最終校正の段階で、忙しい仕事の合間をぬって
仕上げられた力作の終章が届きました。
『The personal is political』と題されたこの終章を
最後にお読みください。
私は、この原稿を一読して、本当に涙を流しました。


『快楽電流――女の、欲望の、かたち』
ISBN4-309-24213-8
出版社:河出書房新社
著者:藤本由香里
価格:1600円

1999-05-26-WED

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