感心力がビジネスを変える!
が、
感心して探求する感心なページ。
「ほぼ日」の正月留守番番長のひとりであった
E.TANAKAこと田中宏和さんは、「愉しき哉、勉強」の人。
好奇心と向学心とぼうようとした野心を胸に、
世界を感心の坩堝に変えてしまおうという人物です。
この人の感心を尾行していったら、
必ずに誰にも感心は育てられる!
一見、男性ビジネスマン向きコンテンツですが、
女性やコドモにも、ぜひ、読んでいただきたいものです。
おもしろいんだよ、とにかく。

ほんとに仕事に役立てて、
出世してしまっても、責任は負いかねます。


第1回 電気の使い過ぎは災いのもと。

もう春になりかけですが、
お元気ですか?
わたくし年末年始の
留守番番長シリーズにおきまして、
「感心力」で一途に乗りきった
一介のサラリーマン、
田中宏和と申します。
その節はありがとうございました。
2人の同姓同名
「田中宏和さん」の生存が確認できましたし

とにかくみなさんの反響を楽しませていただけました。
そして、このたびは、大胆にも恐ろしや、
成り行きでレギュラー枠に登場することになりました。
穴埋め特番の分際だったんですけどねえ。
テーマは、
もうこれしかない「感心力」です。

打ちきりになるまでは、
世に存在するあらゆる事象に
感心しまくる予定ですので、
どうかよろしくおつきあいください。

では、さっそく本編です。

いきなりですが、
みなさんのお宅では
ブレーカーが飛んでますか?
うちではしょっちゅう飛んでます。

犯人は、一昨年購入した
デロンギ・オイルヒーターです。
こいつ、部屋をじんわりあったくするし、
デザインは見目麗しく、
働きものなんですが、
電気の食いっぷりがすごいわけです。
寝室とリビングと書斎とダイニングが別々の
猟犬付き邸宅なんぞには
ぴったりなのでしょうけど、
玄関からでんぐり返りでも
15秒で果てまでゴールのわび住まいに、
1500ワットは耐えきれません。

それに、もうひとり、
意外に電気大喰いの共犯がいます。
真冬の夜中、
デロンギをぶんぶんフルパワー運転しますよね、
また、便意というのも
自然に生じるものであります。
トイレに行く。
ふは〜。
ウォシュレットのスイッチ押す。

バチン!!
真っ暗。


目に墨汁を入れたように、
ど暗闇が訪れます。
最初にブレーカーがあがった時は、
突然で不用意だったもので、
動揺のあまりズボンとパンツをずりおろしたまま、
「殿中でござる」式に裾をふみ、
壁に両手をつけ、蟹歩きをし、

ブレーカーまでやっとこさたどりついたことを
今でも憎らしく覚えています。
こんな姿、
ケイト・ベッキンゼールには見せられません。

きっとうちには来ることはないと思いますが。

ともあれデロンギとウォシュレット、
この組み合わせは、
ブレーカー飛ばしの最強チームなのです。
そんなことで、
トイレにマグライトを
備えつけるようにしました。
今や、ブレーカーがあがっても慌てること無し。
ど暗闇になっても、
ライトをつけて、
手で狐の影絵をつくったりする余裕もできています。

ところが、
1月11日土曜日の冷え込んだ早朝、
いつもと違う事態が発生しました。
トイレからブレーカーを戻しに出て、
電源の切れた家電製品のみなさん方に
ひとつひとつ電源を入れていくまではいつも通り。
電話OK、ステレオOK、テレビOK、
ビデオ・・・。
ビデオ・・・。
うんともすんともびくともしやがりません。
電源が入らなーい。
ゆすって、たたいて、
そして電源を強めに押しても、
うんともすんとも。
こいつ、ただのつけもの石みたいになっている。
「あ〜、あ」と、ひとりごちました。
しかも、ビデオの中には
因縁のテープが入っております。

閉じ込められたビデオテープには、
大いなる呪いがかかっていました。
録画された番組は、
darlingご出演の
「ダウンタウンセブン」。
それでもって、そのテープは、
「昨年感心した愛の反歌」の詠み手のものでありました。
というのもですね、
あまりに熱い反響を
「反歌」にいただいたことだし、
これは原著作権者に一報入れておこうと思った日、
その日はdarling出演番組のオンエア日でもあり、
予約録画をし忘れたこともあって、
詠み手に
「録画頼む」とお願いしていたのでした。
はたして録画してくれたんだろうか、と
思っていた次の日、
詠み手からこんな一行メールが来たのでした。

:::::::::::::::::::::::::

タイトル「取り引き」
今日ふぐ会を開いてくれたら
ビデオをお渡しいたしますが。


:::::::::::::::::::::::::

これは、誘拐犯の手口です。
すんなり、ふぐ、ご馳走しました。
あ〜、なんて素直なんだろ、
自分よ。

そんなことで閉じ込められたテープには、
いわく因縁呪い付であったわけです。

こりゃ困ったなー。
どうする、このビデオ&テープ。
面倒だなぁ、面倒だ、
面倒に決まってるはずだ、修理。
一晩寝たら治れよ、ビデオ。
と、どんどん暗黒面が広がります。
邪念と戦うことしばし。

しかし、現実は変えられません。
わたくしは颯爽とパソコンに向かいました。
そう、こんな時は
インターネットの出番じゃないですか。
Yahoo!を立ち上げ、
「家電」「修理」と打ち込んだのでした。


( つづきます!)


今回の感心

サイバーコンセント
(URL)http://www.consent.jp/

深夜に自宅のブレーカーを飛ばしたことで
ビデオデッキが動かなくなってしまった。
E-TANAKAこと田中宏和。
上京とともに購入した、
思い出のビデオデッキを修理しようと
インターネットで検索して出会ったのは
家電・パソコン修理をインターネットで展開する
「サイバーコンセント」であった。

サイバーコンセントより嬉しいお知らせ。
2003年4月末まで
サイバーコンセントにお問い合わせをする際、
「ほぼ日を見ました」と
問い合わせをしていただいたお客さまには
修理代金を10%オフにいたします。


第2回 サイバーコンセントにしびれました。

前回までのあらすじ:
うちのブレーカーを飛ばし、ビデオが故障。
因縁付きのテープは閉じ込められたまま、暗黒な気持ちで
インターネットのサイトを検索してみたのでした。



今回登場する人達
サイバー
コンセント
事業部部長
鈴木優


趣味が
犬との会話と
散歩という
事業部長。
タンデム
ワープ社
代表取締役社長
斧田正彦


サイバー
コンセントの
プランニングに
関わる。
タンデム
ワープ社
ウェブデザイナー
中村元


サイバー
コンセントの
ウェブデ
ザインに関わる。
感心力の男
田中宏和


今回は
写真の頭が
切れてしまった
感心力の男。

Yahoo!の検索結果で、
まっさきに目に飛び込んできたのは、
この一行でした。

サイバーコンセント
オンラインでの診断、修理受付。
http://www.consent.jp/

まさにこういうサイトを求めてた!
よっしゃよっしゃ〜。

いざクリックしてからは、
感心の魂をぐわんぐわんと揺すられました。



一目で全体像がわかるページレイアウトに加え、
ひとつひとつの見出しにはそそられる。
「修理受付」「見積無料」ときてます。
しかも、見積は24時間以内にやってくるらしい。
もうこの時点でビデオは直った気がしましたね。
慌て、はやる心を抑えつけ、
「修理エンジニアプロフィール」を見ていきます。
http://www.consent.jp/aboutus/profile/index.html
20代から50代まで、修理への想い入れを
らんらんと表現したスタッフがずらっと数十人!
なんなんだ、この楽しげっぷりは!?
そして、「サイバーコンセントについて」で、
http://www.consent.jp/aboutus/index.html
感心の駄目押しです。
「REDUCE」という
事業ビジョンがコンパクトに語られ、
その深みにつくづく感心し、
下のほうへとスクロールしていくと、
こんな人物が紹介されていました。

サイバーコンセント
事業部長
鈴木 優


好きな単語 :BeAT
好きなアルファベット :e
好きな作家 :ジャック・ケルアック
好きなミュージシャン :ブライアン・イーノ
好きな映画作家 :デイヴィッド・リンチ
好きな言葉 :夢を実現させる最善の方法は、
 目を醒ますことである。
 ・・・ポール・ヴァ レリー
個人的行動指針 : Think Globally, Act locally.
 <地球的規模で考え、地域で活動>
趣味 :犬との会話と散歩


参りました。どれも好きだ、自分。
ぜひ、この人と話をしてみたい。
すっかり熱くなって、
まずは見積依頼を出したのでありました。
するとさっそく自動返信がやってきました。

::::::::::::::::::::::::::
ご回答は24時間以内にお出しできるよう、
スタッフ一同努めておりますが、
現在、お見積のご希望が殺到しており、
ご回答までにもう少々のお時間を
いただいております。
たいへん申し訳ございませんが、
3日間程度のご猶予をいただきたく
お願い申し上げます。
ご了承くださいませ。

::::::::::::::::::::::::::

「待つ!」「待つよ!」「ご猶予OK!」
この見積のひとつひとつへの返信、
いかにも大変そうだしね。
このサイト、商売繁盛ならうれしいですよ。
もうすっかりファンですから。

そして、36時間後の丑三つ時、
返信はやってきました。
こんな夜中に仕事の返信を出す人がいる。
他人とは思えぬうれしさ。一人で拍手喝采です。

:::::::::::::::::::::::::
田中さま

 サイバーコンセントの手塚と申します。
 このたびは、サイバーコンセントに家電修理診断のご依頼を
 いただき、ありがとうございました

 田中さまのビデオデッキの場合
 以前より電源部が故障していたのではないでしょうか
 電源部のコンデンサーが
 すでに電気をためられない状態になっており
 電気が供給されていたときは
 ご使用なれていた状態でしたが、
 ブレーカーがあがり
 一瞬でも電源が供給させなくなったための
 故障ではないでしょうか
 (症状の発生)
 金額はその辺のコンデンサーの交換と
 走行系の消耗品の交換
 (ピンチローラー 切替スイッチなど)で
 9,000円(送料 税金別)の修理代金になります 
 
 ご検討 宜しくお願いします。

::::::::::::::::::::::::::
 
もう検討は済んでいますとも。
「コンデンザー」とか「ピンチローラー」とか、
何ものなんだかよくわからないのですが、
さっそく「ほぼ日」での取材を
おずおずと申し出るメールを打ったのでありました。

)サイバーコンセントのサーバーは、線がか細いらしく、
  「ほぼ日」のみなさまが一気に訪問されますと、
  「ページが表示できません」となりかねません。
  そんな折には、どうぞこらえてくださいね。
  24時間オープンですので、ゆるりとご鑑賞ください。


第3回 
ネットは作り手を正直に伝えるんですねぇ。

田中 それにしてもこの辺、団地多いなぁ。
69 中古車とか中古本とか、
その手の店も目立ちますねぇ。


都心から便利なベッドタウンという立地は、
いかにも修理のニーズがたっぷりありそうです。
商圏命みたいな商売だもんなぁ、
と、ぶつぶつ考えながら、
よそ見運転を充分しながら目的地へ車を走らせました。

毎日出血大サービスみたいなド派手な外装です。
ありました。
ミスターコンセント西葛西店!
入ってみると予想以上に狭い店内。
受付カウンターのすぐ後ろには、
赤いチョッキの修理エンジニアの方々が
もくもくと電気製品をいじってます。



「お待たせしました。ビートニックな鈴木です。」
わっ、取材依頼のメールを覚えてくれてる!
「お会いしたかったです。田中宏和と申します。」

お相手は、サイバーコンセント事業部長の鈴木さんに、
サイトの制作・運営のタンデムワープ社の
社長斧田さんに、担当の中村さん。
鈴木さんの片手には、「ドクターペッパー」。
「時々飲みたくなるんですよねぇ、これ。」と、
意を激しく同じくしたわたくしも「ドクターペッパー」。
やはり趣味が合います。
ついでにホットケーキも時々無性に食べたくなりますが、
やはり3口ぐらいで満足してしまうので、
「ドクターペッパー」ジャンルに分類しています。

田中 サイバーコンセントは
いつから立ち上げられたのですか?
鈴木 去年の11月1日からですね。
田中 とにかく最初にページを拝見して
いたく感心しました。
レイアウトであるとか、
ナビゲーションのされ方とか、
リンクの貼られ方とか。
ほんとによく出来てるなあと感心したのが
はじまりだったんです。
まずは、サイトのユーザビリティに驚いたんです。
中村 うれしいですねえ。
田中 で、単に機能的だけじゃなくて、
おもしろいんですよね、読んでいて。
鈴木 はい。「読ませる」っていう部分、
これをすごく大事にしたんですよ。
なにより「売る」ページではなく、
「伝える」ページにしたかったんです。
特に「修理する文化」を伝えたかった。
だから、修理エンジニアを
トップページの真ん中に据えたんです。
田中 その一つ一つのタイトルの付けられ方とかですねえ、
実に工夫されていて、
修理エンジニアの方々が60人も
紹介されているんですけど、
そもそもこのサイトを制作されるのに
かなり時間がかかったんじゃないですか?
鈴木 ええ。長かったねえ。
中村 めちゃくちゃかかりましたね。
斧田 おととしの春くらいに打ち合わせ始めて。
田中 ってことは、1年以上ですねえ。
3人で何度も
打ち合わせされたんでしょうねぇ(笑)。
全体の作りで、いろいろ意識されたと思いますが。
中村 製作上はですねえ、
画面の横幅をうまくおさめるように、
作り直したんです。
田中 あ、一回作ってみたら幅が広がってしまった?
中村 そう、710ピクセルで作ったら
鈴木さんが「こんなんだめだよ」って駄目出しで。
田中 あはははは。それ、ありがちですよねぇ。
中村 ほとんど出来てたんですけど、
全部さかのぼって作り直しました。
それが一番苦労したことですかね(笑)。
あと字の大きさは考えました。
やっぱり、
あの、ちっちゃい字を使いたくなっちゃうんですけど、
ターゲットが
40代以上の男性っていうことだったんで。
ま、要するに鈴木さんと斧田が
ターゲットということで。
田中 ええ、ええ。その二人を通らないことにはねえ。
中村 それからタイトルや見出しの付け方とかも
なるべく女性的にならないように言われましたね。
田中 あー、厳しそうだ。
中村 ここらへんの「修理受付」っていう
ごく普通の言葉なんですけど、
この言葉が決まるまでに二転三転したんですよ。
鈴木 そうですね、言葉ひとつに時間をかけました。
田中 あ、他にどんな候補があったんですか?
中村 何でした? 最初。「見積り受付」とか。
あ、違う、「見積書」というのもあったっけ。
斧田 もっと分かりにくいのもあったよ。
忘れるもんだね。
一同
中村 「物を売る」っていうのと
ちょっと違うじゃないですか。
「サービスを売る」わけなんですけど、
あんまり一般的に知られてるサービスとは
言いがたいところがあるんで、
それをパッと見て何をするところなのか、
分からせるっていうリクエストが強くて、
鈴木さんにはいまだに不満があるんじゃないかなと
思うんですけど(笑)。
田中 さっき「男っぽく」っておっしゃったのが
非常に気になってですね、
ターゲットが40代のまさに自分達だって
おっしゃったんですけど。
鈴木 ええ。
田中 運営されてる皆さんが
実に楽しそうな雰囲気っていうのが
すごく伝わってくるなって思いまして。
特にインターネットのサイトとかビジネスとか
見てると、
やってる人の楽しさが
自然と受け手に伝わりますよね。
ページににじんでくるところがあるじゃないですか。
鈴木 出ますよね、ええ。
で、なんちゅうの、
「販売してます」っていうだけの
ページっていうのは、
ほとんどそれがにじまないでしょ?
田中 ええ。にじまないですよね。
鈴木 にじまないから全然おもしろくない。
その販売から入る切り口は
いっさい取らないと決めたんです。
さっきも言ったように、
「読ませる」とか「文化」とかを常に心がけたんです。
中村 人が見える?
鈴木 そう「人を見せないと」っていう部分で
一番気をつかいました。
それが今言った楽しさ。
あ、これが一番最初のコンセプトだったね。
ホームページ作る最初に
「人が見えるホームページにする」っていうのが。
田中 その人が見える。
しかも、男子校的な良さっていうのを感じたんですよ。
こうページを見渡しても、
女性が全くいないところもそうかもしれないし(笑)。
『科学と学習』にときめくような感じ
というのがですね、
ここにすごくよく表現されているなというかですねえ。
理科魂みたいなのがあるじゃないですか。
男が小さい頃に必然的に持つような。
鈴木 ええ。
田中 で、大体みんな理科できなくて挫折して
理系じゃなくて文系とか文学の方とか
行ったりするんですけど、
その何か理科心というのが
非常に詰まってるなあと思ったんです。
鈴木 ああ。理科の成績、みんな悪かったよな(笑)。

<ワンポイント考察>

実際に送り手の方々に会ってみて、
想像以上の感心力が動きはじめました。
インターネットって、
送り手である個人の「思い入れ」とか
「思いこみ」とか「思いやり」とかを
正直に伝えてしまう媒体なんだと思いましたです。
制作と表現がつながっている媒体だから、
ですかねえ。
「修理する文化」を伝えるために、
ひとりひとりの「個」が輝いているビジネスサイト。
そこには、
「売る」よりは「伝える」の姿勢が根本にありました。
コミュニケーションの結果として、
果たしてセールスのほうはどうなのか?
話題はサイバーコンセントのビジネスに
移っていきます。



第4回 
修理する文化を伝え、修理というソフトを売る。


田中 今、見積り依頼ってどれくらい来てるんですか?
鈴木 えーっともう累計で2500位です。
田中 当初の予想されたのと比べていかがです?
鈴木 一応月400を目標にしてました。
それが月に700とか800とか来ても
やっぱりそんなに対応に人も使えないんで。
田中 ああ。見積りを一人ひとりのお客さんに書かれてますよね。
何人くらいのスタッフで
対応されてるんですか?
鈴木 スタッフはですね、一人とか二人です。
田中 えっ、一人か二人でその月700くらいの対応を
されてるわけですか!?
鈴木 そうですね。
当初目標が400ですからね。
400っていうのは、
一人で修理を受付けて
見積り診断してできる数字なんです。
店舗運営をベースに弾いた数字なんですが。
メールですし、調べなくちゃいけないし、
商品見えないですから、
それより全然大変なんですけど。
田中 一人ひとりの症状に合わせたものを
返信して行かないといけないわけですよねえ。
それはものすごい時間と知識がいる
タフな対応なんじゃないかと思うんですけど。
鈴木 それは店頭で培ったデータがありますので、
症状が決まると、
店頭の端末で料金を決めていけちゃうんです。
田中 じゃあ、もともと(注)店頭にそういうシステムがあったので
それをサイバーというかネット上にも
活かしていけるわけですね。
  
(注)店頭にそういうシステム
サイバーコンセントは、
ミスターコンセントという家電修理店舗の
インターネットサービス版なんです
田中 で、見積り依頼があって、
おそらく最初のメールの印象とかで
申し込む人の比率が変わってくると思うんですけど。
実際申し込む方ってどれくらいなんですか?
鈴木 えっとやっぱりねえ、
この歩留まりは非常に悪いんですよ。
他で見積って比較してみようとか。
とりあえずどんなもんかやってみようとか、
そういう方が多いんで。
で、あと簡単な料金体系しか入れてないんで、
まあ思ったより高いとか思ったりとかですかね。
田中 ええ、最初はどうしてもそうなりますよね。
鈴木 中にはまったくの素人じゃなくて、
メーカーさんからメールが来たりとかいうのは
もう歴然とあるんですよ。
当初はもう富士通とかソニーとか
そういうところのドメインで入ってくる人が
ものすごい多かったんだよね。
田中 寿司屋に寿司職人が来るみたいな
そういう感じなんですね。
鈴木 そういう感じですね。ええ。
田中 僕も返信をいただいた時に
9000円っていう価格で、
冷静に考えると、
「ビデオデッキ、今安いしなぁ」となりますよね。
でもその時に、
ここで直してみたいなと思ったのは
サイトに書かれてる考え方というか、
「REDUCE(リデュース)宣言」っていうのがですね、
あ、これはやっぱりおもしろい
と感じたからなんです。
鈴木 うん。
田中 単純にお金の比較じゃなくて、
ビジョンというか考えに、
これは乗りたいみたいなところが
自分にはあったんですよ。

「REDUCE宣言」のいきさつを
教えてもらえますか?
鈴木 おととしくらいから、
家電リサイクル法が出来た時にね、
REDUCE
(リデュース:発生抑制、ゴミを出さない)、
RECYCLE
(リサイクル:再生利用)、
REUSE
(リユース:再利用)

何が一番大事かっていうときに、
RECYCLEじゃないしREUSEでもないし、
REDUCEだと。
ゴミをとにかく、地球環境とか考えると、
REDUCEが一番前に来るはずだという
考えなんです。
田中 そのRECYCLEと違うみたいなところを
ちょっと説明していただければ。
鈴木 ゴミをゴミにしなければ
使えちゃうわけですよね。
RECYCLEはその後に来る。
REDUCEの後に物は動いてくるんで、
その最初の段階っていうことです。

家電リサイクル法の中でも
RECYCLEっていう言葉ばっかり出てきますけど、
当初から作ってる人たちは
REDUCEが一番大事な法律っていうのは
言われてました。
田中 例えば中古品市場ってありますよね。
ここを通ってくる間にも多かった
中古車センターとか本の「BOOKOFF」とか、
買い取って他の人に売るっていうのとは
違うわけですね。
鈴木 ええ、それはしてないですね。
田中 その辺やっぱり、
買い取り転売、中古転売ではないっていうところは
何か意識されてますか?
鈴木 基本的に「物を売る」考えがないんです。
田中 ああ。やっぱり「修理」っていうことが。
鈴木 「直す」ことにこだわりたい。
そういうことですね。
やっぱり「物を売る」となると、
中古でも何でもね、利ザヤとか、
我々が思う考えと違う要素が
かなり入ってくる。
修理する時にあらかじめ売ることを想定するとか、
ちょっと違う文化に入って行っちゃうんです。
「修理するっていう文化」から、
「販売の文化」になっちゃうのは避けたかった。
田中 修理の方が、よりピュアなサービス業ですよね。
鈴木 そういうことですね。
それを実践していきたいっていうことです。
田中 はあー。
元々ミスターコンセントっていう会社があったのは、
その(注)親会社が3Qグループで
量販店を展開されているという背景が
あったはずですよね。
で、その量販店部門との組み合わせを
考えられたわけじゃないんですか?

  
(注)親会社が3Qグループで
北は北海道、南は九州まで展開する家電量販店として
「100満ボルト」があります。
http://www.100mv.com/
鈴木 じゃなくてですね、
3Qの中にはカスタマーサービスっていう
量販についたサービスがあるんです。
で、ミスターコンセントっていうのは
量販の補完機能じゃなくて、
サービスだけで経営を
成り立たせて行こうという形で、
全部が分社になってるんです。

量販の補完じゃなくて、
それだけで成り立たせるための
営業活動をするわけです。
田中 ついつい最初、普通であれば量販店があって、
その相乗効果で修理部門ということだなと
思ったんですけども、
インターネットで調べているうちに
親会社の3Qグループの社長のお話を読んでですね、
あ、これは違うんだと思って、
そこでもまた面白さを感じて、
さらにびっくりさせられたんです。
鈴木 ええ。
量販のサービスは
売りにつながるサービスですから、
修理できるものであってもしないっていうのは
明らかにありますからね。
お客さんが言わなければ、
できるだけ売りにまわす、
そういう形を取ってますからね。
田中 ということは、
売るっていう立場、それを掲げた会社と
修理、直すってことは、
そもそも根本が違うってことですよね。
鈴木 ええ。
で、まあ一応日本のソリューション、
「直すっていうソフト」を売るという
考えなんですよね。
田中 はい。
「直すっていうソフト」を
言わばバラにして展開されてるところが
ほんとすごいと思うんです。
これ実際のところ事業として、
どこまで行くんだろうかって、
個人的に興味があるんですけども。
鈴木 えーっと、まあ当初は、
ミスターコンセントで400店舗目指すと。
今はもうデフレの問題とか出てますから、
ちょっと今足踏みしてるんですけど、
一応そのくらい目指したいなと。
田中 「直すソフト」を売るっていうと、
他に靴の「ミスターミニット」であったり、
自動車の「カーコンビニクラブ」とか、
他の業態でもちらほらと
全国区を目指そうってところがあるのかなと
思いますけれども。
鈴木 はい。カーコンビニもミスターミニットも、
修理とかサービスをする部分はみんな横にね、
一つにポータルとして入れちゃって、
一緒に進めて行ければおもしろいかな
って考えは、
今でも持ってますよね。
田中 ああ。修理のポータル。なるほど。

<ワンポイント考察>

新しい事業を立ち上げて間もなく、
さぞかし大変な状況というのは、
ひしひしと伝わってきました。
しかし、明るいんですねぇ、語りっぷりが。
それは、事業のビジョンが
明確な信念になっているからだと思えました。
「ビジョン(VISION)」という言葉は、
「先見」「構想」「空想」「幻視」という意味があります。
いまだ見えていないものを強く見れる力が、
物事を次に進めていく原動力なんだなと思います。
ちなみに「ビジョン」には、
「視力」という意味もあります。
そういうメガネ屋さんもありますよね。
さらに、「美女」っていう意味もあるんですよ。
やはり「ビジョン」は美しくないといけない。
受験生のみんな、「美女ん」って覚えよう!
失礼しました。

次回は、サイバーコンセントのプロモーションについて、
ぐいぐい聞いていきます。


第5回 修理されたい家電を探す。



田中 修理ビジネスって、
壊れないと需要が出ないですよね。
その辺の難しさについて伺いたいと思います。

「売る」っていう話であれば、
DVD買いたいなとかそういう気持ちが
ふつふつ湧けば買いに行きますよね。
ただ、修理って自分のところにふと来る、
事故に遭ったみたいなことで、
そのはじめてお願いする時に
「あ、ミスターコンセントにお願いしよう」とか、
「あ、サイバーコンセントにアクセスしよう」って
いうのが消費者の頭の中に入ってないと
なかなかお客さんにつながっていかないですよね。
鈴木 はい。そういうために店をオープンすると
ミスターコンセントの例でいうと
初年度は、かなり販促活動を
つまり、DMやチラシとか
そういうことをやるんですよ。
営業的にはサービスの営業をやるんです。
うちは、ほんとに
小売業的なサービスのやり方ですね。
田中 こういう西葛西のようなリアル店舗であれば、
マンションにチラシを投函したりすることで
まず覚えてもらって、
「修理の時にはあそこに行こう」っていう
コミュニケーションが必要になりますよね。
一方サイバーコンセントであれば、
お客さんが住んでるところとか関係なしに、
お願いしてもらえるっていう
チャンスが増えますよね。
ネット上で特にPRはされたんですか?
鈴木 あんまり露出っていうのは意識しなかったですね。
最初オープンの時に、プレスリリースを
斧田さんの方でやっていただいたくらいですかね。
あとはミスターコンセントのチラシに
サイバーコンセントのアドレスを載せたり。
で、まあ日経や、ニッポン放送で紹介されたりして
何か自然に人が集まってきたって感じですね。  
田中 そうなるとサイバーコンセントのプロモーションには、
ページの更新が大切になってきますよね。
何か更新の方針とかあります?
斧田 基本的には販促っていうのがあるんですよ。
修理のサービスとはいえ、
「季節感」っていうのがあったりするんですよ。
春には引っ越しが多くなるとか、
冬間近になると暖房器具を出すとか、
お正月近くになるとプリンターを引っ張りだそうかと。
そういった季節感ごとの
販促に絡めた更新っていうのができりゃいいなと。
田中 「季節感」って面白いですねえ。
家電が壊れやすい季節ってあるんですか?
鈴木 梅雨なんかはね。
ビデオがなんとかとか、
テレビとか多くなりますよね。
田中 へぇー。冬にもそういう傾向はあるんですか?
鈴木 冬は家電が壊れるっていうよりも、
プリンターを普段使ってないけど
年賀状書くためにプリンター出してみたら
使えなくなってたとか。
実際、使えなくなってたケースのほとんどが
使ってないから使えなくなるんで、
普段から使ってれば問題ないけど
使ってないから目詰まりなんかを起こしちゃう。
他にもクリーニングできないとかね。
そういう故障を
ミスターコンセントかサイバーコンセントに来れば、
中2日くらいで直して返しますよっていうのが
売りなんです。
田中 はあ。
鈴木 あと3月になれば入卒園シーズンで
カメラが必要になる。
これもずっと使ってないもんですからね。
その時に使おうと思って使えない。
だから事前に直しておきましょうよっていうのを
販促の中に組み入れていこうとしています。
田中 季節性があるものなんですねぇ。
中村 メール受付担当者が言ってたのは
「雷が落ちると、
 モデムやビデオが来るね」
って。
で、実際来るんです。
鈴木 そうなんです。
その辺は雷に非常に弱いもんですからね。
田中 たまたま僕のケースは
ブレーカーが上がって壊れたっていう
ケースだったんですけど、
ブレーカーが上がると家電が壊れたりするんですか?
鈴木 急激に電流が流れたりとか、
そういうことがあればありますよね。
中村 パソコンでよく来ますよね。
ブレーカーが落ちちゃって
パソコンがいっちゃったっていうケースが。
田中 あぁ、やっぱり。
中村 パソコンの修理は
来ねえんじゃねえかって思うけどね。
鈴木 なんてったって、
パソコンを使って頼むんだから(笑)。
中村 壊れてんだから、サイトも見れないじゃないですか。
当初は「あんまりパソコンの修理は来ないよ」って
言ってたんですけど。
鈴木 実際はパソコンの修理は全体の1/3くらい。
田中 へぇー。
鈴木 もっとかな?
半分くらいはパソコンになっちゃってるかな?
中村 あとMDってものすごく壊れやすいんですよね。
鈴木 壊れやすいね。
田中 あ、次がMDなんですか。
ランキングでいうと、パソコンが半分くらいで。
鈴木 パソコンとあと、オーディオ。
その次がビデオ、テレビか。
田中 リアル店舗との間で
修理する製品の構成比の違いってあるんですか?
鈴木 全然違いますね。
リアル店鋪の場合は、
パソコンの構成比は25%くらい。
地方によって違いますけど、大体20〜30%くらい。
そこをなかなか越えられないんです。
やっぱり、「黒もの」といわれる
ビデオ、テレビが多いですね。
4割とか占めてましたから。
構成比は全然違いますね。
田中 ああ。そういうもんなんですか。
鈴木 「白もの」は全然来ないですよ。
田中 「白もの」って冷蔵庫とかですよね。
そういう商品は
サイバーコンセントだとあんまり来ない?
鈴木 できない(笑)。
中村 冷蔵庫、洗濯機はできない。
鈴木 できないっちゅうか、
そもそも来ないっていうのもあるんです。
要するに、商品をこちらに送ってもらうのを
日通に頼んでるんですけど
もう箱のサイズっていうのが
決められちゃうんですよ。
そうすると、
テレビは25インチ以上は運べないよ、と。
まぁ、「白もの」は少ないよね。

  
<ワンポイント用語解説>
家電界では、AV機器は「黒もの」、
その他は「白もの」と呼ばれてます。
「〜もの」というと
専門用語っぽくなりますよね。
「最近、アミノものが流行ってる」
そんな風に使いましょう。
中村 そうですよね。
炊飯器がたまーに。
あと電子レンジくらいですか。
田中 ということは、
これからはパソコンを中心に、
修理のお客さんを拡げていこうと
考えられているわけですね。
鈴木 そうですね。
中村 そこの狙いはアップグレードなんですよ。
田中 あ、アップグレードですか。
鈴木 パソコンって実際の修理っていうか、
マザーボードが壊れたら別ですけど、
記憶装置、ハードディスクの不良が一番多いんですね。
実際純正の部品を替える必要っていうのは、
メーカーとか
よく純正の部品しか使わないって
言いますけど、
純正も何もみんな同じ部品を使うわけですよ。
はんこ押してあるか押してないかの違いだけで。
田中 ああ。なるほど。
鈴木 うん。富士通のはんこが押してあるか、
NECのはんこが押してあるかで、
その元はクァンタムだとか
そういうハードディスクメーカーの
みんな同じディスクなんです。
で、アップグレードしちゃって、
みんな40ギガとか60ギガとか
大きいの付けた方が安いんですね、かえって。
田中 ほーう。
鈴木 で、そういう需要を見込んでやってます。
田中 ああ。特にこれから動画とか保存するようになると、
ディスク拡張したいっていう需要は
増えるかもしれませんね。
鈴木 と思うんですよね。

<ワンポイント考察>

3年ほど前、まだITが泡立っていた頃、
「クリック&モルタル」という
「ビジネスモデル」がもてはやされました。
どちらも恥ずかしい言葉になりつつあります。
「クリック&モルタル」とは、
ネット上の店を表す「クリック」と
実店鋪を表す「モルタル」
(家のモルタルづくりのそれです)を
組み合わせた言葉で

ひとつのブランドが
両方でほぼ同じサービスを行って、
相乗効果を生み出すというものでした。
この「サイバーコンセント」と
「ミスターコンセント」の関係は、
まさにそうです。
それぞれお客さんが
かぶってないことがわかります。

それにしても、
ブレーカーはちょくちょく飛ばして
喜ぶようなもんじゃなかったんですね。
みなさんの家電を壊れにくくする術の
参考になればうれしいです。


第6回 人材循環型社会の会社。



田中 修理エンジニアの方々って
よそで元々修理をされていた方が、
こちらに入って来られたんですか?
鈴木 そうですね。
ここで人を育てるっていうのはできないんで、
メーカーだったり量販のサービス部門に
いた方がほとんどですね。
田中 それはやっぱり人づてに聞いて
こちらに入社したっていう方が多いんですか?
鈴木 多いですね。
修理エンジニアはミスターコンセントのサイトの方で
そういう募集をかけてるんですね。
今ねこんな世の中ですから
リストラされてっていうような人が
応募されたりとかね。
田中 人材活用っていう点でもね、
実はすごくおもしろいなって思ったんですよね。
物と一緒に例えちゃ悪いんですが、
REUSE(リユース)っていうか、
すごくいい力を持ってらっしゃる方が
ここへ来てまた元気になって。
鈴木 そうそうそうそう。
田中 リストラされた人が、
いきいき働ける場になってるっていうのが
おもしろいと思ったんですね。
鈴木 そうなんですよ。
修理は、年とってもできるんで、
割かし年齢層高かったりするんです。
「60才でも大丈夫ですか?」
なんていう人にも
「全然問題ないんで
 すぐ面接に来てくださいよ」っていう。
40才越えてますけどっていうのは
全然関係ない話なんで、こっちは。
田中 ええ、ええ。
鈴木 そういう面接してくれるところも
今は少ないですからね。
メーカー、サービス業なんか面接をしないわけですよ。
30才越えたらほとんど採用しないですから。
そういうところで
採用されなかった人が来るっていうのは多いですね。
田中 うーん。
元々そういう力を持って知識を持ってた人が、
なかなか働ける場がないってところに、
この事業がすごくマッチされてるんだなあと
思ってですね。
で、さっきのREUSE(リユース)であるとか、
循環型とか言われている社会の中で、
まさにこれから人間もそうだなあと。
これからの社会のちょっと先を行ってるというか、
これからの社会にふさわしいようなビジョンで
事業をやってらっしゃるなあって
思ったんですけどね。


ところで、ちょっとサイトにも書かれている
鈴木さんの趣味である「ビートニック」の話を
お聞きしようと思うんですけど、
それは今のお仕事をされてる中で
自分のビートニック好きっていうのは
出て来てますか?
鈴木 これはね、非常に出しにくいんですよ。
一同
鈴木 ビートは人生だと僕は思うわけですよ。
田中 ビートは人生!
鈴木 だから、今は人生という旅の途中だと。
だから旅してる気分で仕事をしようと。
結構ハードだったりいろいろしますけど、
そういうのも人生の中にあるだろうと。
田中 転職を割とよくされてるんですか?
鈴木 割としてる。割とっていうか(苦笑)。
斧田 普通よりしてるでしょ。
鈴木 普通よりしてますかね。
斧田 うん。
田中 すぐしちゃうっていうか、片手以上くらいに?
鈴木 片手以上っていうかね、
大学卒業して入った会社でしょ、
そこで独立して、4年間独立しちゃったから。
田中 もともと電気系の?
鈴木 いやいや、全然。
あの、デザインとかそういうのを
マネジメントするのが好きみたいな感じで、
僕はその最初テキスタイル、
服地のデザインの会社に入って
1年で辞めて独立して、
デザインスタジオを自分でやって。
で、4年間でやってニューヨークに行ったの。
そん時はちょっと生地屋の仕事とか情報の仕事を
ちょっと持って行って、
帰って来てここと知り合ってっていう感じですよね。
田中 ああ。
じゃあ、最初は復職された時は
まさか家電修理とは思わなかった!?
鈴木 ええ、全然思わないですよね。
そういうのはビートなんでしょうね。
一同
中村 全部その一言で済ます!
鈴木 アンディ・ウォーホールじゃないけど。
田中 鈴木さんにとって「ビート」っていうのを
もう少しお伺いしたいなと思うんですけど、
何ですかね。
鈴木 生き方。
田中 それ、ロックではないんですよね?
鈴木 ここ難しいところですよね。
感覚的にはビートとロックって
かなり近いものがあるけど、
やっぱりロックはビートがなかったら生まれなかった。
ジャズ絡みだけど、
ロックもヒッピーもヤッピーも
今のコンピューター文化もマッキントッシュも、
たどって行くと
(注)ジャック・ケルアックに行くんだなと。
ブルージーンズもね。

ジャック・ケルアック
Jack Kerouac (1922-1969)
マサチューセッツ州生まれ。
コロンビア大学に入るが、戦争が始まるとともに海軍に志願。
大戦後の放浪体験をもとに書き上げた「路上」によって
ビート・ジェネレーションの代表的作家として
世界的に知れ渡る。1969年孤独のうちにフロリダで死去。
鈴木 ジーンズも何もかも、
全部もとにジャック・ケルアックが
僕の中にはいるんですよ。
田中 ああ。ジャック・ケルアックは、
どういうところですか?
鈴木 え? いいんじゃないですかね。
飲んだくれで、
あんまり先考えないで放浪しながら、
40くらいでも警備員やるとかね。
今じゃ全然通用しない生き方ですけど。
田中 アナーキーではないんですよね。
鈴木 アナーキー…。これまた近い。
一同
鈴木 今はそんな言葉があるのかどうか知らないけど、
ずっと学生の頃は意識はしちゃいますよね。
我々の頃は、「アナーキー」って言葉は大事だった。
ヒッピーとかあの辺の絡みの時は
やっぱり大事な言葉ですもんね。
あなた、よくそんな言葉使いますね。
「アナーキー」なんて言葉を。

<ワンポイント考察>

「修理する文化」のビジョンが、
会社の人材活用の考えにも
重なりあっているところに感心しましたよ。

モノも人も古いなりの活き方があるはずで、
50、60代なら「お若いですね」と言われる
これからのお年寄り社会には、
とても大切な考えだと思います。

「人材循環型社会」と言えるかと思いますが、
一生で何度も新入社員になる時代

もう来ているんでしょうねえ。

「ビートは人生」、名言が出ました。
そして、「アナーキー」という言葉、
たしかに聞かなくなりましたね。
いっそみなさん、職場で、
「今年はアナーキーを目標に
 努力するつもりです」
なんて言うのは、
どうでしょうか。
上司は困るでしょうねえ。

載せなかったバロウズとブライアン・イーノの話題も
楽しかったのですよ。



第7回 働きがいを創造する経営。



田中 今回、サイバーコンセントやミスターコンセントの
親会社である3Qグループのことを
事前に調べてみたんですが、
グループ内の、販売店ひとつの単位で
一社一社独立させてしまうという、
超分社化経営されてるみたいですね。
鈴木 そう、超分社化。
田中 「顧客満足は、
 従業員満足からしか生まれない」
っていう
グループ代表のお話は
これまた素晴らしいと思って。
鈴木 ええ。
「カスタマーサティスファクションの前に
 エンプロイーサティスファクション」
っていうのを
謳う会社ですからね。

  
<ワンポイント用語解説>
「顧客満足」=
「カスタマーサティスファクション」=
「CS」

「従業員満足」=
「エンプロイーサティスファクション」=
「ES」
こんな関係です。
たぶん鈴木さんはストーンズ好きに違いありません。
田中 それは実際はどういうところなんですか?
人事施策であるとか、
福利厚生が良いみたいなことですか?
鈴木 福利厚生はなし。
田中 あぁ。そうなんですか?!
鈴木 人事的にも本部っていうのは全然いないんですよ。
みんな現場。

トップの代表と社長と、
4〜5人がまあいるくらいで、
あとは全部現場なんですよね。
トップも代表も普段はほとんどユニフォーム着て、
現場に出るような会社ですから。
田中 ほぉー。
鈴木 専務とか常務とかそういうのは、
みんな現場なんですよね。
田中 3Qグループの代表の言葉でおもしろいのは、
「みんな誰も社長になりたいんだ」みたいなことを
おっしゃってて、
「できるだけ人が働きたくなるような機会を、
 チャンスをいっぱい作ろう」
っていうようなことが、
超分社化につながっているのかと
思ったんですけど。
鈴木 そうですね。
意欲を持たせると。ね。
で、責任持たせばやるから、
責任をばんばん与えて。
田中 あぁ、責任。
鈴木 責任はすごいですよ。
うちは責任と権限はばんばん与える。
田中 はい。
鈴木 でも、報酬は与えない、と。
一同
鈴木 少ない(笑)。という考えですね。
田中 極端な話、ただでも働きたいっていう人を
増やそうっていう考えですよね。
鈴木 そうそう。
田中
鈴木 よく分かりますね。
田中 その超分社化っていうのは、
僕もすべて分かんないんですけど、
例えば「100満ボルト」っていう家電量販店があって、
そこが一つの会社になってると。
鈴木 ええ。
田中 普通はできるだけ、
「100満ボルト」っていう店があったら
その名前で各地に展開していくってという考えで
走ると思うんです。
ブランド資産なんてことを考えたら、
それが常識なはずなんですが、
それを敢えて
分社化されていくところがですね、
やはりひとえに
従業員のことを考えてらっしゃる発想なんだろうなと
思ったんですね。
鈴木 うん。でね、何ていうの? 
店を作るから
人が欲しいっていうよりも、
店ができたところで人を集める、
それも人づてで集める。
あんまり募集とかじゃなくて。
田中 人づてで集める。
鈴木 すべてが、ほんとに人系の会社なんですよ。
自分もミスターコンセントのサイバー部門に来ても、
僕の昔からの部下とか知ってるやつとか、
そういう人間を集めて来て
店を任せちゃうとかいう感じですね。
そういう戦術。
田中 だからそれがまたこれからの企業のあり方というのを
考えさせられるなあと思ったのは、
アメリカの会社って
株主の価値とか株主を
いかに満足させるかって極端に言いがちですよね。
一方、日本でもそのアメリカの流れは入りつつ、
顧客満足ってことが
さかんに言われ続けてますけど、
それよりも前に
まずはES(従業員満足)だと。
従業員の満足っていうのが
実は一番大事だっていう考えっていうのが、
これは回り回って新しいなあ
という感じがしたんですね。
鈴木 当り前だけど新しいですよね。
で、株主重視っていうか、
うちはね働いてる人間が株主。
要するに公開してないですから、
まあ主任とかそういう人には
自分の会社の株を買わせるわけですよ。
田中 それで配当があるわけですね。
鈴木 儲かればね。
東京でもこの西葛西店の店長とかも
無理矢理、株主で参加させるわけですよ。
で、儲かれば配当するよという感じで。
従業員は株主であり、従業員であるわけです。
だからここで一生懸命やったら
必ずリターンが来ると。
リターンを戻すのは決して投資家じゃないよと。
田中 わかった!
そこで働いていらっしゃる方も
会社は自分達のものだっていう気持ちを
一人一人持たれますよね。
鈴木 そういう意識はとにかく
毎日毎日植え込んでおく。
田中 しかも責任はドカッと与えられて、
でもなんかやりがいがあるからやっちゃう
みたいなことになりますよねえ。
鈴木 うちの会社の話になっちゃうけど、
まさに今おっしゃったように、
電気屋っていうと数字の話になりますけど、
流通業だしなかなか儲かんない商売なんですよね。
中間のマージンしかないじゃないですか。
だからいくら売ってもあんまり儲かんないの。
田中 はい。
鈴木 だからヤマダ電気とかでもどうなんだろ、
8000億くらい売るんですかね。
それでもね、
利益は200億とかそんなもんなんですよ。
そいで何%だ?
田中 2%とか2.5%とかですね。
鈴木 そのくらい行ったらもう優秀な会社。
で、それは粗利が15%くらいしかない商売。
どんどん値引きしてますから。
でも、この3Qグループってのは働かせるから、
1000億売って50億利益出したいわけですよ。
田中 はいはい。
働かせるからってのがポイントですよね(笑)。
鈴木 毎年間違いなく売り上げの5%は利益出すと、
そういう仕組みなんです。
田中 あぁ。
鈴木 だから、どんどん働かせる。
それを気持ち良く働かせるとか、
責任を与えて働いてもらう。
儲かったら報酬は出すよっていう仕組みで
やってるんで、
厳しい割には人が離れない。
厳しい割にはね。
田中 利益でいうとミスターコンセント事業の方が
家電販売されるよりも利益率、
上がりはいいんですか?
鈴木 粗利は全然高いですよね。
上がりは。40〜45%くらい。
田中 さらにそれがサイバーになった時に、
もっと利益率が上がったりっていうのは
あるんですか?
鈴木 これはもう若干下がりますよね。
物流費とかいろいろ絡むと。
田中 あぁ、修理品をこちらに送ってもらうのと
お客さまに送り返すための
流通コストかかりますよね。
鈴木 ここが一番ネックなんです。
ほんとはもっと価格下げたいんですけど。
田中 それでも、あえて
サイバーコンセントをやる理由っていうのは、
リアル店舗がないところのお客さんを
できるだけ掘り起こすかみたいなところなんですか?
鈴木 そうですね。
あとマーケットリサーチっていうか、
ミスターコンセントを出店する時の。
田中 出店計画を。
鈴木 そうなってるから。
田中 おもしろいですねえ。

<ワンポイント考察>

今回出てくる
「顧客満足は、従業員満足からしか生まれない」
「責任と報酬を与える」

この二つを飛ばして読んだら、
これ、えげつない会社ですよねえ。
従業員が満足して、しかも利益はしっかり出す。
水と油を絶妙に混ぜた
ドレッシングのような経営です。

働いている人が不満げな顔でサービスしてたら、
お客さんも嫌な気しますよね。
キッチンで夫婦喧嘩をしている定食屋で食う
トンカツはまずい、みたいなもので。

さらに、従業員満足については、
この後の回でご紹介しますので、お楽しみに。


第8回 どんぶり勘定型の儲けのカラクリ。


そう、本来の目的は、
ブレーカーが飛んだおかげで壊れたビデオを
修理してもらうことにあったわけです。
思わず、
「ええ話聞きましたわぁー。ほな」と
帰りそうになってました。
西葛西店の内山店長に診断していただいて、
やはりコンデンサーの交換で9000円の見積。
修理エンジニアでない
営業畑の内山さんですら、
すぐに見積をだせるところに
この会社の強さがあります。



これで因縁付きのテープも救出できると、
ほっとしたところで、
再び話をはじめました。
横で前のめりに聞いていた西本69乗組員も
いてもたまらず会話に参加です。
69 交換部品って安いもんなんですかね。
ピンキリですかね。
鈴木 ピンキリですけど、
ここんとこね一気に各メーカーが
部品の値段上げて来た。
田中 へえー。
鈴木 要するにメーカーは
修理をするという
メーカーサービスっていうのを
どんどん縮小するわけですよ。
修理したくないの。
田中 はいはい。
鈴木 なぜなら、メーカーはやっぱり、売りたいから。
一番修理しなくなるようにするには
部品の値段をあげることなんです。
もう、この価格の上げ方は、
たとえば今まで50円のヤツを400円にしてくる。
300円のヤツを2000いくらにするとか。
こんなゴムのね、ベルトなんかを
800円とかにしちゃうのよ。
そのベルトを高くして、
あとは部品のベルトの供給がないとすると、
もう修理がお手上げになるじゃない。
しかも、その部品が高いとなると。
田中 ああ。ひどい。
鈴木 「こんな部品50円くらいじゃないの」
っていう
お客さんもいるわけですよ。
田中 その値上げって、最近のことなんですか?
鈴木 ここ2年くらいで、そういう部品の価格は大幅に上昇。
田中 そういう意味で、
修理ビジネスはメーカーと
敵対する商売だったりしますよね。
鈴木 メーカーから部品を入れていただかないと
やっぱりできないんで、
とにかくメーカーさんにはね、
仲良くさせていただくという考えで
接してるわけですよ。

でも、部品が急に値上がった時には、
これは断固抗議しますよね。
田中 はい。
鈴木 そういう抗議によって下がるケースもあるんですよ。
田中 へぇー。
鈴木 一応こんなもんでも70店舗くらいあって、
団体交渉みたいな感じで。
田中 ええ、ええ。
鈴木 で、メーカーさんの社長に言ったりすると
下がることもあります。
この辺の部品コストが
修理のネックになったりすることがある。
69 例えばさっきの田中さんのビデオは、
9000円くらいの修理見積もりだとすると、
部品代と人件費の割合ってどれくらいです?
鈴木 うちはですね、
基本的に部品代ってなってなくて、
症状別にもう把握しちゃう。
症状で、部品を使おうが使わなかろうが、
部品を山ほど使おうが料金同じという。
田中 ああ。
鈴木 高額部品以外は同じ料金設定なんですよ。
だから部品原価0の修理代で、
9000円もらうケースもあるし、
部品が4000円とか5000円かかって
9000円しかもらえないケースとかいうのもある。
田中 その症状別に料金体系作られてるから、
サービスがシステム化しやすいところが
あるというわけですよね。
鈴木 そうです、そうです。
だからどこでも上がりを40%に、
トータルでなるようにしてます。
だからビデオ一つで
この修理品の原価いくらっていうのは
できないんですよ。
田中 はい。
鈴木 積み上げ方式じゃなくて。
69 超連結決算だ。
鈴木 この修理品いくらだったら
販売できるのって観点ですよ。
そっちから入って行く。
だから、デフレになると修理代金も下げちゃう。
田中 うん。
鈴木 要するに常に商品の価格を意識しながら、
修理価格を決めて行く。
69 そうか。
商品の価格より修理代金の方が高くなると
本末転倒ですよね。
鈴木 だから価格改定っていうのは
年に割と頻繁に変えてます。
田中 あ、そうなんですか。
鈴木 歩留まり悪くなったら、
「何がおかしいんだ」原因を探す。
69 判断基準が歩留まりでわかってくるわけですね。
鈴木 そうですね。
ここはなかなかみんな真似しないですよ。
みんな技術料が決まって、
部品の積み上げで価格を決めていく。
うん。半年とか1年経って
粗利はどうなんだっていった時にそれを分けていく。
それで結構決まっちゃうんですよね。
どういうふうなやり方をしようが
35〜40%くらいの間の粗利なんだから、
もう価格決めちゃえっていう。
田中 ああ。
そりゃ確かによそに真似できないノウハウっていうか、
知恵ですね。
鈴木 と思いますね。
全体で一応50万件くらい年間修理やってますから。
69 どうやって儲けてんだろうなって、
2人で話してたんですよ。
この場合、人件費が一番ネックだろうって。
鈴木 そうですね。
田中 今の話で行けば、
修理の件数さえ積み上げて行けば
それで利益は出ていくわけですよね。
鈴木 そうです、そうです。

<ワンポイント考察>

もう2冊目も出た『「儲け」のカラクリ』にも
この「どんぶり勘定式」は出て無さそうです。
複雑なコスト体系のものこそ、
定価でざっくり価格設定したほうが、
利益は安定するのかもしれませんね。
それよりも誰もが簡単に見積もれて、
請けた仕事だけ利益が出るという方が、
働くほうもわかりやすいですしね。
「お前は働くほどに赤字を出してる」とか
言われたら嫌じゃないですか。
「複雑なものを単純にする」は、
儲けのゴールデンルールかもしれませんね。



第9回 スピードから顧客満足と利益が生まれる。




田中 やはり修理件数は、
店舗が増えるごとに着実に増えるんですか?
鈴木 トータルの件数は
もちろん店舗が増えれば増えますけど、
まあ店の立地とかによってかなり差はあります。
田中 はあ。
鈴木 えっとね、店では一番多いのは
月間2000件くらいの修理をやって。
田中 ええ?
鈴木 粗利で35%っちゅうことは
それくらいでやるわけですから、
回転させないと在庫が溜まっちゃうんで。
要するにいかに在庫を溜めないやり方にするかが
うちのポイントなんです。
田中 はい。
鈴木 店頭でも日数を決めちゃうんですね。
例えば、最初に2日って決めちゃう。
要するに2日で返さないと在庫が溜まるから、
お客さんに早く日にちを言って返しちゃう。
直ったら連絡じゃなくて、
最初に直せっていう
日を決めちゃうやり方しないと
効率が悪いんです。
田中 それでもやっぱり修理の方は時間がかかりますよね。
鈴木 修理は手間をかけてやりますね。
田中 バックエンドに修理待ち品がいっぱい溜まると
大変ですね。
鈴木 大変なんですよ。
管理をしにくくなるし、
いろんな部分でロスが多くなるんで、
ロスを無くすには早く修理を終わらせるのが一番。
田中 じゃ、スピードが大事なんですね。
鈴木 スピード大事なんですよ。
田中 うーん。
鈴木 うちでやっててね、
平均預かって返すまでが、
月によって違ったりするけど大体5日だよね。
田中 ああ、5日間ですか。
鈴木 預かって返すまでですよ。
早いところは3日とかで返します。
たとえば、今の季節、
北陸とかでは、暖房器具の修理が多いんです。
今、必要なものだから、
それで約束の期間に間に合わない時は、
貸出機を用意する。
サイバーコンセントではできないんですけど、
リアルな店舗ではそんなことをしてる。
田中 貸出機がすごいっていう話をしてたんですよ。
ミスターコンセントのページを見てですね、
7つか8つの約束のうちの一つですよね。
よく車だと代車っていうサービスがあると
思うんですけども珍しいなぁと思いまして。
鈴木 ええ。パソコンは無理ですけども、
パソコン以外は貸し出してます。
中に返って来ないって人もありますけどね。
田中 あ、そのまま持って行っちゃう人がいるんですか。
鈴木 修理品を引き取りに来ないで。
そういうのはね、中にいますけどね。
田中 じゃあみなさん、
大体お一人当たり何ケースくらい
1日に修理されるわけですか?
鈴木 えっとね、100件か150件くらいですかね、月。
田中 ってことは20日くらい働かれるとしても、
大体1日…6台とか7台…。
鈴木 メーカーには300台なんて人もいるんですよ。
それはほら、自分とこのメーカーだけですから、
うちは全メーカー対応しなくちゃいけない。
田中 そうですよねえ。
鈴木 どんなメーカーのものを
持って来ても請けちゃうっていう。
田中 部品在庫はどっかにまとめて置かれてるんですか?
鈴木 あ、ここに。店に置いてるんです。
田中 あ、店に置いてるんですか。
鈴木 各店に置いて。
大体ここの店にも4〜5000点は置いてるんですね。
そのくらい置いてあります。
69 それは一旦、一括でメーカーから
購入して各地に分配してるんですか?
鈴木 いや、店ごとで。
要するに全部店で完結するやり方なんです。
田中 じゃあ店ごとにメーカーに発注されるんですか?
鈴木 そうですそうです。
店ごと、担当者ごとに発注するというやり方ですね。
田中 でもまとめて発注した方が
一括ディスカウントがききやすいとか
そういうのはないんですか?
鈴木 いや家電品はないですね。
で、PC関係は変動が激しすぎるから
そういうことはあんまり。
田中 あ、価格の変動が。はあ。
69 あと地域によって必要な部品とか、
よく出る部品とか違ったりするんですね。
鈴木 そうなんです。あるんですよ。
田中 部品が小さいから
こういうこじんまりした店構えでも
充分ストックできるっていうところがあるんですね。
鈴木 できるんですよね。
さっき言った商売の部分で言うと、
部品の在庫っていうのがわりかし気になる商売でしょ。
田中 ええ。
鈴木 こんなちっぽけで額は小さいんですけど、
数が多いんで、部品が結局、死んじゃうとか、
その動いてない部品をどうするかっていうので、
システムを作ったりとかね、
そういうことをやってるの。
田中 ああ。スピード出すには部品在庫って大事ですもんね。
鈴木 そうそうそう。
だから問題も起こるわけで、
毎日そういうデータを出すわけです。
いくら預かっていくら出してとか、
部品がどうなってる修理日数がどうなってるとか、
粗利がどうなってるっていうデータを
毎日出しているんです。
修理日数の重要性が高いですよね。
3日から中には6日までバラツキがあるわけですよ。
田中 はい。
鈴木 そうすると「6日なんて遅いじゃない」って、
何が悪いって部品がないとか、
修理スタッフがどうだとか、
そういういろんな問題が分かってくる。
うちは毎日会議やってますから。
朝9時から。
田中 え、毎朝ですか?

<ワンポイント考察>

「スピード経営」ってよく言われますが、
それはトップの意思決定の早い組織のこと
だったりします。

しかし、ここは「全員がスピーディ」ですよ。
しかも、お客さんが喜ぶスピードです。

単に慌ただしい、
せわしないだけの会社じゃないわけです。
落ち着かないだろうな、そんなとこ。
「貧乏ゆすり株式会社」と呼びたいですね。

「うまい、早い、安い」って、
やはり名コピーですね。



第10回 IT嫌いの電話ナレッジマネジメント。




鈴木 うちは毎日会議やってますから。
朝9時から。
田中 え、毎朝ですか?
鈴木 毎朝。電話でつないで。
朝礼っていう部分で
毎朝全店つないで会議やってる。
田中 あ、全店電話会議なんですか? へえ。
鈴木 うん。これはね、
一回聞いたらおもしろいですよ。
田中 あ、もし機会があれば是非。
鈴木 この全店電話会議はね、
他の会社がわりかし来て、
うちも取り入れたいって
いうのがあるんですよ。
だけど、ふつう毎朝っていうのが
できないじゃないですか。
うちは年中無休だから
1年中 朝っぱらから会議やってる。
田中 何分くらいなんですか、それ。
鈴木 えっとね、30分くらい。
69 60店舗あるから普通でいくと
1店舗ごとの報告があるだけでも
かなり時間がかかりますよね。
鈴木 だからそれは分けとくの、曜日によって。
田中 あ、なるほど。
鈴木 この曜日は指定する店舗、この店とこの店とか。
あと時間を30分とか分けとくの。
田中 でも指定の無い日の店舗でも
聞くことはされるわけですよね。
鈴木 そうそう、聞くんですよ。
田中 ああ。
鈴木 何でダメなんだよ、っていう話を。
69 めちゃくちゃナレッジマネジメントですよねえ。
鈴木 すごいでしょ? 
電話会議が最大のナレッジマネジメントですよ。
うちは世の中で言ってる
ナレッジマネジメントとは
かなりギャップがあるけど、
言われてみれば最高のナレッジマネジメントだよね。
毎日みんなに情報公開してる。
コンピューターじゃなくて言葉で情報公開してる。
田中 はいはい。おもしろい!
鈴木 昨日何があったとかって。
69 長崎ですごい解決法が見つかったとしたら。
鈴木 それは全部。バーって共有されるわけですよね。
69 あいつの真似をしてうちもやれば。
鈴木 みんな真似をしろっていう感覚なんですよ。
田中 ソリューションビジネスって、
やっぱりナレッジマネジメントが
一番大事だって話になりますよねえ。
鈴木 そう、だから
「昨日何かなかったの?」って聞いたら、
無い方が悪い。
あるとそれが生かせる。
田中 ああ。
むしろ問題は隠さずに、
どんどんどんどん上に上げて
オープンにしていこうっていう発想なんですね。
鈴木 そうそうそう、オープンにする。
だから、ときには無差別に
急に店鋪を指名しちゃう。そういうことやってるね。
田中 ビジネスの行い方自体がネット的ですよね。
オープンでスピードで、
すごく個人個人を大事にされるっていう。
鈴木 そうそう、そうなんですね。
にもかかわらず、
会社自体はすごくアナログっていうか、
もっとアナクロに近い気もする。
だけど考え方は、ナレッジマネジメント。
そういう言葉が普通に出て来ちゃえるような感じ。
これはちょっと日本中で
あんまり真似できる企業はないんじゃないかと。
田中 ええ。真似できないですねえ。
鈴木 みんなネットでつないだりしてるかもしんないけど、
意外と情報共有っていうのは
なかなかみんな出来てないと思うわけですよ。
田中 はいはい。うちもそうだ。
鈴木 言葉でひとりひとりインタビューしながら、
そういう大切な情報を引き出す。
そういうナレッジ共有っていうのは
少ないと思うんですよね。
田中 会社でもそういう掛け声はあって仕組みはあっても、
結局役立つのって
酒飲んでる時に聞いた話だったりってことに
なりがちですよね。
アナログなところで
濃いナレッジが交換できたりしますもんね。
鈴木 うんうん。
田中 それは3Qグループの中でも
ミスターコンセントでされてることなんですか?
鈴木 いや、3Qグループが
みんなでそういうことをやってるのね。
量販部隊もサービス部隊も、
ミスターコンセントもみんなやってるわけですよ。
69 量販店においても
例えば、商品陳列で、すごく魅力的な陳列を
思い付いたってやつがいたとしたら。
鈴木 それをデジカメで全店に配信させるとかね。
あ、そりゃいいじゃんかって、
写真撮って送れって、全店配信。
田中 先ほどおっしゃったように
社長と上層の一部の方以外全員が
現場の情報を分かってるってことになりますもんね。
鈴木 うん。
うちはそれに分社で分権が進んでるもんだから、
社長との距離が遠くないわけですよ。
田中 フラットですよね(笑)。
鈴木 毎日朝礼やってるから、みんなに近いですね。
会ったことないのに
みんな毎日、声聞いてるんだから
どんな人間かっていうのは分かるじゃないですか。
田中 はいはい。
鈴木 この情報はあいつに聞いた方がいいやって感じで、
電話会議で指名したりして。
毎日やっていると、
どいつがこんな情報持ってるっていうのは
何となく分かってきますよね。
田中 そりゃおもしろいですね。気がぬけないなぁ。
電話といえばオンラインなんですけど、
時々オフラインで会われたりされるんですか?
年に1回どっかに集まって社員旅行とか。
鈴木 あ、そうそう。
社員旅行なんかしませんけど、
会議で集まりますよ、一か所でね。
2日とか3日かけて全店に発表させるんです。
年に2回くらい。
田中 あ、その時あの何々店のあの人か、
みたいなのがわかるわけですよね。
鈴木 そういう感じで分かる人はいるよね。
田中 ええ、ええ。
鈴木 いつも電話会議には出てないのに
新しい人がいると
会ってみないとわかんないですもんね。
田中 いやあ、おもしろいですねえ。

<ワンポイント考察>

この時代に、
「全員」×「電話」×「朝礼」ですよ!

もうびっくりしました。
いつ指名されるかと思うと、
ふだんから注意力は増しますし、
全員が「ヒアリング学習」できますしね。
会話って、
人類史上一番の情報共有法なんでしょうねえ。



第11回 全員がスターになれる会社。



鈴木 スターを作りたいっていう会社なんですよ。
スターを作る。

サービスなんてステージがないじゃないですか。
でもみんなステージに上がれるように、
ステージを用意すると。
みんなスターになってくれよということですよね。
田中 はい。
その個性と組織のバランスっていうのが
すごくいいですよねえ。
ほんとにやる気があって動機の高い人には
ステージを用意して、
スターになるチャンスがあるっていう。
鈴木 そうそう。
で、毎回キャンペーンやるんですね。
毎月キャンペーンやりっぱなし。
キャンペーンの中で
いろいろスターが出てくるわけですよ。
あ、これはもの売るのがうまいヤツ。
今はブロードバンドの「Yahoo!BB」とか
売ってるわけですけど、
取れる人間と取れない人間、そこでスターが出てくる。
田中 はいはい。
鈴木 例えばエアコンクリーニングなんていうと、
誰がお客さんに
説明うまくしていっぱい取れるかっていう
キャンペーンやるわけですよ。
それも、毎回、毎回スターが出てくる。
69 スターがやった方法を
スターじゃない人が真似すれば底上げすると。
鈴木 そう。
ブロードバンドは一人何件セールスするとか
決めるわけですよ。
みんな取れないんですよね。
で、取れるやつの事例を毎日紹介して、
この人はこういうふうにやって取れたんだから、
君も取れないわけないよっていうことを
毎日、ひたすら飽きずに電話会議するんです。
田中 メールでやるわけでもなければ、
電話なわけですね。
鈴木 メールはデータだけ。
毎日ね、何件取れたっていうデータは
僕のところに送って、
僕はそれを見ながらみんなにどうなんだよっていう。
こんなケースで取れたっていうことを。
田中 おもしろいですねえ。
鈴木 それが、数字がほんとに上がるんですね。
今やっている「Yahoo!BB」のキャンペーンでは
最初1カ月で240〜250件。
僕はそれでもけっこう取ったな、
みんながんばったなと思ったわけですよ。
田中 はい。
鈴木 翌月は250件くらいで、
1月になったら500何十件になるわけですよ。
繰り返していってね。
田中 ふーん。
鈴木 倍になっちゃっうわけ。
おもしろいですよね。
「全然できない、できない、できない」
って人が、
できるようになっていく。
田中 できなかった人もいい真似ができるわけですよね。
鈴木 そうそう。真似してくれよっていう。
案外商売のコツかもしれないですよね。
田中
69 懇切丁寧に教えなくても、とりあえず真似する。
鈴木 そう。知識とかあんまりいらないんですよね。
知識持ってると売れなかったりするんですよね、
こういう商売だとね。

知識なんかより、もっと人あたりがいいとか、
決めごとをうまく言える、
この言葉を引き出せばいいんだよとかいう部分です。

一応、営業店舗ですから、
稼がないといけないもんで、
そういうことは
どうしても必要になってくるんですよね。
技術やってる人間とフロントで営業やってる人間が。
田中 ええ。
鈴木 お客が来てる店頭を見てるとおもしろいもんですよ。
修理っていう販売をするわけです。
その修理の販売に付属して、
今ブロードバンドをお勧めしたり、
期間によっては違うものをお勧めしたりやるわけです。
田中 はいはい。
鈴木 そんなもの売れないっていうものが、
みんな売れてくるようになる。
田中 はあー。
鈴木 しゃべれないとかいっぱいいますけどね。
田中 営業のスタッフの人は大体各店舗に一人とか。
鈴木 2人はいる。2人とか3人。
営業の人間は
大体量販で店長をやってた人間だとか、
他の業種でサービス業やってたとかいう人たち。
田中 ああ、営業の経験者なんですね。
鈴木 それとその修理の人たちが
組み合わせてやっていくという感じ。
最初に修理スタッフを集めるんじゃなくて、
最初にフロントの人間を集めて店を作っていく、
あとはそれから探していくっていうやり方ですね。
田中 はあー。
69 普通、逆で始まりますよね。
修理の人たちを集めてって考えがちですよね。
鈴木 それだと先に進まないんですよね。
やっぱりお客さんが来るのかと、
不安が先になったりする。
「できるからやるぞ」みたいな感じではなく、
「決めたらやるぞ」じゃないとダメなんです。
田中 はいはい。
鈴木 最初に決めちゃう。
田中
鈴木 日数だってそうです。
「2日とか3日で修理できっこないじゃん!」
っていう話を
それで押し通しちゃってやらせる。
おかげでスピードが上がるから、
お客も喜ぶし、在庫も少ないし。
修理スタッフも随時、先に行ける。
田中 ええ、ええ。
先に決めちゃうっていうか
目標設定されちゃうっていうのが大変だ。
鈴木 大変ですよね。
今のブロードバンドなんか、
250件とか240件とか決めちゃうわけだから、
すっごい先の話だと思うけど、
それをなんとなくやらせちゃう。
田中 やっぱり楽しみとしてする気持ちにならないと
なかなか続かないですよね。
鈴木 そうなんです。
田中 だけどさっきもおっしゃったように
案外辞めないという話をされてるんで。
鈴木 ゲーム性を持ってやってくれって言ってるんで。
田中 ゲーム性、うーん、すごい。
鈴木 まあ、そんな感じでやってます。
面白いものを見せましょうか。

<ワンポイント考察>

たとえ社内だけのスターであっても、
「全員をスターにする会社」って、
気が効いた表現ですよね。
会社のじめっとした空気を
除湿するみたいな効果があります。
「全員出る杭になる会社」だから、
「あの人を真似よう」とは思っても、
ねたみひがみは出にくいですよね。
そして、一人ひとりのスキルが上がるわけですから、
組織として強くなっていく。
財務部が株で資産運用するより、
この人材資産の運用のほうが、
会社の価値は上がりそうです。
ようできてますねぇ。



第12回 労働をゲームにするために。

鈴木 あ、これこれ。
うちのグループでですねえ、
こういうバカな雑誌を毎月作ってるんですね。
田中 なんですか!?
「キラキラ」、うわぁ、「スターマガジン」って。
これ、社内報ですか?
鈴木 そう、全員うちのグループの社員です。
田中 あははは、これなんか、
もうすっかりアイドル気取りじゃないですか。
69 (笑)。
「今月のカバーガールズ」
って、
どないやねん。
一同

(2001年9月号表紙より)
田中 うわぁ、「第1回ミスターキラキラ」発見(笑)。
69 これ、成りきり過ぎですよ(笑)。

(2002年1月号表紙より)
69 出た。
「ヤマダは、俺たちがいつか倒す!!」
田中 ちょっと物騒な。いいのかなー、それ。
鈴木 こういうの平気で載せられる会社なんだよ。
田中 普通ちょっと広報的には、
「いかがなものか」みたいなことになりますよねえ。
しかし、この編集はよく出来てるなあ。
鈴木 こういうのがね、うちのトップは好きなんだよね。
田中 これは3Qグループの代表の方ですね。
NECを中途退社されて、起業されたっていう。
69 これは…(笑)。

あれっ?
(クリックすると大きな画像が見れます)
田中 「ほぼ月刊シバタ語録」、
アイタタタタ。
中村 見つかっちゃった。
鈴木 こっちが先だってうちの会社は言うよ。
一同
中村 平気で言う。
田中 得意の「良いものはまねる」の精神ですね(笑)。
また、「4コママンガコンテスト」
やっちゃって、もう(笑)。
69 しかも柴田代表杯ですよ。
「集え! 漫画家!!」。
鈴木 そんなもんに賞金30万とか出すんですよ。
斧田 「集え漫画家」って、そんなん知らないよ。
一同
田中 これはおもしろいなあ。
これ、社内報としての出来がすごくいいですね。
69 読みたくなる社内報ですよね。
田中 代表の趣味なんですよね。
ああ、これはいいなあ。
鈴木 毎年社内で誰を総理大臣にしたらいいかとか、
会社の人間でやるわけ。
飯森社長何通、イノさん何通とか(笑)。
ランキングって大好きなんですよ。
69 粗利ランキングもあるよっ!(笑)。
鈴木 発表会なんてね、
司会者呼んで上期セールキング発表って、
ホントショーみたいにやるわけですよ。音楽つけて。
田中 はあ。
ああ、でもこの流れで個人粗利ランキングを見るから、
嫌な感じしないですよね。
鈴木 こんなことやってる、世の中にはアホな会社があるよ。
69 あなたの愛車のメーカーランキングまであるっ!(笑)
一同
田中 まさにこれ、コーポレートブランディングですよ。
組織内部の価値観共有という話での、
すごくいい事例ですねえ。
鈴木 で、柴田代表は「ほぼ月刊シバタ語録」っていうのを
「ほぼ日」から取ったってのを全然知らない。
知るわけはないよね。
69 あ、「ほぼ日」は知らない。
鈴木 知らないと思う。
「あ、こりゃいいなあ」
なんて感じは言っとりますけど。
中村 ほんとのオリジナルだと思ってる。
鈴木 オリジナルだと思ってる、うちの会社の。
強いよ、だから。
オリジナルだと思ってるんだからさあ。
一同
鈴木 俺んとこのが先だろって。
田中 これ、すごい編集に
時間とコストをかけてらっしゃいますよねえ。
鈴木 かけてますよねえ。
で、これをね、全社員に送るんです。
田中 ふんふん。
鈴木 家庭に。
69 あ、家庭に。
鈴木 家庭に送るな、って(笑)。
69 あ、それは大事ですよねえ。家族が見て喜ぶ。
田中 おとうさん、こんな会社で働いてんだとか、
わかっちゃう。
鈴木 勝手に家庭に送ってくるんだよね。
田中 いやあ、すごい。
鈴木 全てがコテコテなんですよね。
田中 意図がはっきりしたコテコテですよねえ。
やっぱり楽しさが伝わってくるのはすごい。
毎号粗利ランキングはあるわけですね。
鈴木 商売のことはやっぱり大事。
田中 このランキングだけ一枚送られて来ても
全然嬉しくないすもんね(笑)。
ひとしきり社内報を見たあと、
ふとデスクに目をやると、
またどえらいものを発見しました。

田中 なんですか、これ?
オリジナルの「十訓」ですか?
鈴木 これを毎日朝礼で言わせるんですよ。
田中 この一番目の
「会社の代表者意識を持つべし」って。
あー、これはすごい。
鈴木 そう、全員経営者なんです。
何かしたとき、
「代表者意識を持ってんの?」とかね、
そうやって問うわけです。
田中 それ言われると、社員の方もきつい(笑)。
鈴木 そう。
田中 ええ、この朝礼マニュアルもまた、
やっぱり電話だからこそ、
こういうきちんとした進行を決めないと
混乱するんだっていうのがよくわかりますねえ。
鈴木 そう、みんな経営者。
田中

<ワンポイント考察>

「労働」って漢字、
いかにも重苦しいですよね。
それがこの会社では、
「楽しみとしての労働」になっていました。
娯楽付きのゲームに変ってたんです。
そこでは、社内コミュニケーションの力が、
大きな働きをしていました。
電話での朝礼であったり、
読みたくなる社内報であったり、
声や文字の渦が会社の中をまわってます。
そこに知恵と動機の交換があって、
愛社精神みたいなものを生んでるんだなぁと思いました。
「愛社精神」って、
今や「鬼畜米英」ぐらいに古い言葉に思えるんですけど、
実は「結果としての愛社精神」って、
とても大切なような気がしました。

そして、われわれ物好きは、
日をあらためて朝の電話朝礼を傍聴しに行ったのでした。



第13回 朝の全店電話会議に潜入してしまいました。


まさかブレーカーが飛んでビデオが壊れ、
その結果が、よその会社の朝礼に出席とは
思いもよりませんでした。
たぶん高校以来、十数年ぶりの朝礼です。

日曜日の朝9時、
ミスターコンセント平塚店での朝礼に参加です。
朝礼って朝早くから行うものなんですよね。
考えが甘かったです。
8時半の平塚駅集合に間に合うためには、
車で1時間半かかる距離を逆算して、
こちら7時発、起床なんと6時!
早朝から活動するような、
釣り、ゴルフ、ゲートボールの類を
たしなまないものですから、
前夜はさすがに緊張しました。
目覚ましを5分おきに3つセットしましたよ。

当日7時5分前、
同行の西本69乗組員宅付近に到着。
計画通り携帯に電話します。
ところが、69乗組員、

・・・、出ない。

こいつ寝てやがる。
いや、ちょうどセーターをかぶり着しようとして、
電話取れなかったんだ、きっと。
そう思い直して、1分後に電話。
出ない、出ない、出ぬ。
どりゃーーーっ!
起きろーーーーーーー。
念波を送ってもびくとも反応無しです。

閑静な住宅地の中、
ジョギングするおじさんや
犬を散歩させる奥様にじろじろ見られながら、
アイドリングです。
自分は張り込みデカになれないなと思いましたよ。
15分待ったところで、
車を発進させ、近所をぐるぐるまわることにしました。

69乗組員宅付近の巡回警備にも飽き、7時半。
そういえば、
朝礼に間に合わなければ、
行く意味ないじゃないか、と気づき、
もう家に帰って寝てやる、と思ったところ、
電話がかかってきました。
「すんませーん。今さっき起きました」
はなから犬の声です。

CDに『キャロル・ベスト』を装着、
スピードを出す演出を施してから、
アクセルをきつめに踏んで、着きましたよ、
8時半ちょっと前、平塚駅に。

69 「あー、余裕ありましたねえ」
平塚引きずりまわしの刑にしたろかと思いました。

ミスターコンセント平塚店。
駐車スペース4台分ぐらい。
一方、となりには巨大なヤマダ電気です。
こちらは、駐車スペース100台ぐらいでしょうか。
いかにもゲリラなロケーションに笑っちゃいました。

ビートニックな事業部長、鈴木さんに出迎えられ、
裏口から店内に入ります。
田中 あー、西葛西店と同じつくりなんですねぇ。
鈴木 そう、うちは、だいたいどこも一緒のつくり。
30坪を同じ店内構成で作ってるんですよ。
これなら店間の人事異動があっても、
すぐに慣れます。
ここで、感心のスイッチが入りました。


店の一番奥まったところの事務机の上で、
電話にマイクが差し込まれてます。


田中 あ、これ、今日の電話会議で使うんですね。
鈴木 そう、今日はぼくが担当している
キャンペーンについても話をするから。
2月の達成目標について、
各店に現在の達成状況を聞くんです。
「聞く」って、それ、
例の「詰める」ってやつだ。
怖そうだが、楽しみであります。


店内には、
店長の石川さんを始めとした修理スタッフ、
そして鈴木部長。
9時5分前に全員電話の前に集合です。
この店の時計はいつも明石標準時に違いありません。

電話がスピーカー設定にされ、
朝礼ことTCSのはじまりです。
TCSとは「テレフォン・カンファレンス・システム」の
略称です。
今日は、全国の7、80名+我々2名が参加です。
司会 おはようございます!
全員 おはようございます!
うわーっ、電話の向こうで合唱してるみたいに聞こえます。
ちなみに鈴木部長は、
「ぅう〜〜っす!」としか言ってませんでした。
(証拠物件の録音有り)

鈴木部長、
実はビートニックな体育会系だと判明しました。
司会 今日は2月最後の日曜日です。
各店、お引き取りのアップ・・・。
と流暢に本日の全体目標が、
コンパクトに語れれました。

続いて、
司会 再修理の事例について、
あらためて確認しておきたいと思います。
あの「事例」ですよ。
ここまで連載を読んでくださってるみなさん、
おわかりですよね。
「事例」とは、
「ナレッジマネジメント」の具にあたるもので、
営業上の良いケース、悪いケースを
「事例」と呼び、
このグループでは全社員で共有しています。

司会の方から、
再修理の事例では、
まず「申し訳ございません」から入る、など、
お客さんにどう接客していくかが、
整然と説明されていきます。
これは、野球でいうなら、
ランナー一塁の時にショートが
どうベースカバーするのかというような、
基本プレイの確認なんだと思います。
(体育会系たとえ終わり)
司会

では、各店の状況です。

ここからは、北陸、東海、九州、関東などなど、
各エリアの各店鋪からの自己報告コーナーです。

「富山、本日の目標、
 お預かり●件、売り上げ▲円です。」

とか、
「掛川、本日の目標、
 お預かり●件、売り上げ▲円に変更します。」

とか、延々続きます。
同時に、昨日起こったトラブルなども、
あわせて報告されます。
「数字」と「事例」の効率良い連絡になってます。

なんといいますか、
まとめてタクシー無線を聞いている気分といいますか、
ラジオで「気象通報」と「ズームイン朝!」を
聞いている気分といいますか、
これは相当マニアックな番組です。
あ、朝礼でした。
鈴木 今日はみんな静かだな。
平日は、もっとうるさいようです。
魚市場のセリのように進行してるんでしょうか。

ただ、みなさん電話会議慣れしてるから、
一人ひとりの声がはっきり聞こえるんですね。
日頃の訓練だと思います。

本部から、ソニーのビデオカメラの
とある部品が無いか、
全店へ問い合わせが入りました。
応答無し、どうぞ。

ここで、第一部クライマックスが訪れます。
本部 3Q十訓!
全員 3Q十訓!
本部 3Qマンは、
全員 3Qマンは、
本部 地域の人に愛されるよう努めます!
全員 地域の人に愛されるよう努めます!
サイバーコンセント、ミスターコンセントの大元締め、
3Qグループの十訓から
今日はその一つが唱和されました。
司会 鈴木さん、キャンペーンのほうお願いします。
あ、鈴木さんがマイクを握ってます。
第2部のはじまりです。

まず、現在実施中の販促キャンペーンで、
昨日ポイントあげた人が各店個人名で紹介されていきます。

次々に、人の名前と数字。
鈴木 各地区の申告残について、聞いていきます。
全国の各店長の呼び出しがはじまりました。
まず、目標数字と現状の数字が読み上げられ、
鈴木 この差をどうやって詰めていきますか?
出ました。
「数字詰め」です!

「269、あと33、2、429・・・」

鈴木部長によると、
このシーンでは「感情を入れちゃうとダメ」だそうです。
数字と他店の事例を引き合いに出して、
淡々と詰めていくというスタイルでした。
そして、全国の店長の「目標への詰め」の報告が、
具体的でしたねえ。
あまり詳しいことはここに書けませんが。

ビジネスの現場で働く「ほぼ日」読者のみなさま、
この「詰められるほうの恐れとおののき」、
おわかりいただけますよね。
スリリングであります。
鈴木 関東地区は、
西葛西の内山店長にがんばっていただいて・・・、
うわ、先日お会いした内山店長!
「がんばれー」と、
69乗組員もその時、心の中で叫んだそうです。

鈴木部長による各店への「詰め」終了。
そして、やおら締めの言葉が。
司会 今日も一日ぃい〜、
(ひと呼吸おいて)
全員 スマァアーイルですっ!!!
(朝礼終わり)
きっと「今日も一日笑顔です」という
意味なんだと思います。
「なんて言ってたんですか?」と
鈴木部長に聞くのも野暮ですし、
夢が壊れそうなんでやめときました。
「腸もいちいちスマップです!」
では無かったと思います。
そう信じたいです。
ちなみに鈴木部長は、
語尾の「ですっ!!」しか言ってませんでした。
(密告です)

約15分ぐらいで朝礼、いやTCSは終了しました。

学校時代の朝礼と言えば、
全員起立姿勢で
校長先生の長過ぎる話に
倒れる生徒が出るのが相場でしたが、
こちらは電話ですから、
朝礼中にコーヒー飲んでても、
パソコンをいじっていても、全然オッケーなんです。
ただ、気持ちを集中してないと、
詰められますから、
より大人な世界観がここにはあります。

そして、このTCSについて、
鈴木部長にさらなるヒアリングに入ったのでした。

<ワンポイント考察>

とにかく「数字」と「事例」でした。
これ、極端に突き詰めた
ビジネス界の「量」と「質」ですよね。
その最低限の情報を
「全員」が共有するということに、
このTCSの価値があるように思いました。

ややもすると、これは「軍隊ぽいぞ」と
読者のみなさまは思われるかもしれませんが、
この場に流れていたのは、
「プロスポーツにおける円陣」みたいなものでした。
それは、今までご紹介してきたように、
個人のモチベーションを充分に高め、
能力をいきいきと発揮させる文化が、
この企業に埋め込まれているからだと感じました

全店の一人ひとりに、情報を同時にめぐらせる
循環器のような機能を
この電話会議が担っています。
TCSは、この企業グループの心臓でしたねえ。



第14回 (やや気恥ずかしいタイトルですが)
      個を活かし、利を分かつ。



電話会議中の鈴木部長

田中 んー、いやー、面白いっすねー。
これ、司会進行されてる方って、どなたなんですか?
慣れたさばき方ですよね。
鈴木 司会の彼は金沢にいて、
1年中、司会をやってるんです。
田中 (笑)え?
じゃ、年中無休なわけですよね?
鈴木 ええ、ほぼ年中無休に近い。
朝出て、各店に、所感述べさせて、
それに、バッとコメントを必ずつける。
毎日事例は違いますから、
それについて、
即座にスッススッスと、
コメントを出していく感じですね。

電話会議中のスタッフ
田中 途中、「事例」っていうお話されたのは、
この前お聞きした、
各店の特殊な修理のケースとか、
成功例のことですか?
鈴木 ええ、そうです。
どういうふうにやって修理注文が取れたか、
っていう事例紹介で、
フロントで自信持たせるようにする。
こうすることによって
商品知識もみんなにつく。
今やっているような
販促キャンペーンの始めのころは、
契約が取れた事例を、どんどん出させるんですね。
だいたい、みんな取れない事例を
言いたがるんですよ。
田中 はい。
鈴木 お客さんは電話を使わないとか、
ダイアルアップがいいとかですね。
そういう取れない事例を潰してくんですよ。
田中 はい。言い訳を潰していくわけですね(笑)。
鈴木 他店の良い事例見て、
何でできないんだ?って潰す。
69 うわぁー、すげぇー!(笑)
鈴木 これをやっていて、
商売がうまくいかないっちゅうことは、
ま、無いやな、っていう気がします。
災いを転じて福とすべし、ですね。
分社化していることもあって、
各店々に任せてますから、
思わぬトラブルとかに
遭うことあるんですよね。
そのようなことで萎縮しちゃったりする
ケースもあるんです。
田中 どんどん悪い話を出させるってやつですよね(笑)。
鈴木 うん。そういうのは1回やれば、
もう繰り返さないだろうと。
また自信もつきますしね。
田中 いやー、良くできてる仕組みですよねー。
鈴木 これ、簡単ですけどね。
良くできてるような気がします。
69 毎日、その日の目標を設定させるんですね。
鈴木 毎日やるんですよ、毎日。
田中 これ、やっぱり、電話なので、
耳だけ集中しておけば聞けて、
情報共有できるわけですもんね。
鈴木 そうです。
だから、僕なんかはね、
仕事の半分ぐらいこういうことやってるわけ。
中には聞くだけの会議みたいなのもあるわけですよ。
それは、パソコンやりながら、
耳に入れていくということで、
電話でも参加できちゃいますね。
そういう意味でうちは
ナレッジ・マネジメントの、最たる会社なんです。
田中 先日、よその会社からも聞きに来るって
おっしゃってたんですけど、
どういう会社が多いんですか?
鈴木 聞きに来るっていうよりも、
この会議に、例えば吉本興業の販促やってる人とか、
ゲストとして招く。
それで、みんなに家電の小売業じゃない人たちが、
こんなことを今考えてるんだと、いうようなことを、
月に1回ぐらい40分とか50分話してもらう。
また翌月になると、
小っちゃい電気屋のオーナーは、
何を考えてるんだ、なんていう話を聞くんです。
69 はぁー!
田中 面白いなー!
鈴木 会議のコンテンツはすごく大事にしてますね。
やっていることはすごくアナログなんだけど、
ナレッジ・マネジメントみたいな、
そういうビジネス用語あるじゃない、
よくわからないんだけど(笑)。
田中 いや、なさってることは、そうですもんね。
ええ。ふーん。
電話会議は、すごいですね。はぁー。
鈴木 やっぱね、みんな人間が出ますよ。
69 出てますよね、なんか聞いてると。
あ、この人、ちょっとタルいな、とか(笑)。
鈴木 これね、平日やってるときなんかは、
もう、バンバン出ちゃいますよね、人間がね。
田中 顔が見えなくて声だけですもんね。ええ。
鈴木 声だけ。
まあ、僕なんかはけっこう知ってますけど、
他の人はだいたい、知らないわけですよ。
声だけでみんな顔も想像するから。
田中 だから、沈黙が怖くなりますよね。
鈴木 そういう時は「喋んないな」
って言っちゃいます。
田中 営業の訓練にもなってんじゃないですかね。
営業の場合、こう面と向かって話すわけですけど、
普段から、この、沈黙が、
禁ぜられているような場に出てるわけじゃないですか。
鈴木 そうそう。いや、まさにそうなんですよ。
で、みんなその、カウンターで営業させる。
そこにいて喋れないとダメなんで、
そういう訓練にはなってると思いますよね。
田中 ラジオに出てからテレビの世界に行くみたいな(笑)、
芸人さんみたいな、そんな感じだ。
69 ラジオができない人は、
テレビで使えないってこと多いですからね。
田中 トークの力、つきますよね、これは。
鈴木 だから、まあ、ごまかしてる人間とかね、
そういうのが上手い人間もいるわけですよ。
そこに、何ちゅうの、毎日聞いてるから、
そこに、ほんと心から出ているもんかとか、
うわべだけで答えてるという感じは、
もう、みんなやりとりの中に出ちゃいますよね。
「あ、今、あわてて走って来たな」
とかね。
走って来て、何も考えてねえやこいつ、
考えているようで、とか。
田中 口だけの人とかも、やっぱりいるんですか?
鈴木 いますよね。います、いますよ。
田中 でも、中にはこう、寡黙な人なんだけども、
数字はしっかり上げるとか……。
鈴木 あ、いますよ。
うちの店長なんかは、最たるもんだよね。うん。
田中 これは先ず、各自、達成目標を上げるんですか。
鈴木 いや、最初に、決めちゃうわけ、通し予算で。
キャンペーンが、あと残り10日とか15日ぐらいまでは、
もうずーっとこの最初の通し予算から
いっくらギャップが出ようが、かまわない。
そこで、あと10日で30ポイント残となると、
「どうするんだよ」、とかって、
けっこう詰めてっちゃいますね。
田中 (笑)。
鈴木 で、またその、小っちゃい目標数字は出させない仕組み。
あの、その、修正しながらも、
無理な数字を出るようなかたちにはなってます。
要するに、1歩でも先に行く。
田中 はぁー。
これ、達成すると、えー、給料が上積みされたりとか、
なんかボーナスみたいなのがあるんですか?
鈴木 ボーナスには多少影響するけど、
数字は分社でやってるから、各店の利益になる。
田中 はい、はい(笑)。
鈴木 店の利益になれば、えーと、
いちおうたくさん分社して
会社ごっこやってますから、
分社ごとで株価をつけるんですよ。
分社の株価。
田中 あ、分社ごとに株価をつけてるんですか!?
非上場なのに。
あ、それは面白い(笑)。
鈴木 計算基準があるわけですよ。
それで、株主配当みたいな感じで戻る。
田中 なるほど、なるほど。
あ、で、みなさん、分社の株を持ってるから、
その分社の中で、利益が来れば、
それが働いている人たちに還元されるわけですもんね。
鈴木 そうです。はい。
田中 なるほど、なるほど(笑)。
その株価って、じゃあ、月1で変動するわけですか?
鈴木 そうですね、月1か、2ヶ月に1回か、
メールで送られてきますから。
決算時にやりますね。半期とか。
田中 あ、本部がその株価を付けるわけですね(笑)。
鈴木 ほんとに本部があってね。ええ(笑)。
それがまあ、会計事務所とかなんと、色々やって。
そういう株価をつけて、ケツを叩く。
69 よくあの、シャレで、
今日、田中さん3円安とかって言うけど、
店ごとに格付けがどんどんされていくっていう(笑)。
鈴木 そうなんです、ええ。

田中 すごいなー(笑)。


なぜか朝礼にも参加している関心力の男


<ワンポイント考察>

最後の「すごいなー(笑)。」に
すべてが込められております。
考えられうる良さそうなことは、
やりつくされてる気がしました。
わたくしの感心段階は、
「あきれる段階」を超え、
もはや「笑う段階」に入ってます。

いやぁー、ビデオデッキが故障して良かったです。

サイバーコンセントへの感心は、
次回、総まとめ的な内容で締めくくりたいと思います。
あ、自分のビデオがどうなったかも、
ご報告しますね。



第15回 働く信念を創造すること。

ウェブサイトで見つけた
サイバーコンセントというサイトから、
ミスターコンセントという会社を知り、
そして、グループ会社の3Qグループまで行き着きました。

ひとつの感心で、連載も15回にもなっとります。
家のブレーカーが飛んで、
ここまでの分量の感心が採掘できるとは、
想像もつかなかったですねぇ。
ここらで、区切りをつけないと、
サイバーコンセントの広報担当になりそうなんで、
感心をひとまとめしておきます。

サイバー&ミスターコンセントには、
第3次産業のフロンティアといえる実践が
たくさん詰まってました。


「家電製品の修理ビジネス」というと、
不況、デフレ下の経済の波に乗った、
ご時世に同調した成長するビジネスって思われがちです。
“時代をとらえたマーケティング”なんて言葉で
ひとまとめに整理されることもあるでしょう。
しかも、“「環境」というのも意識してんのかな”と、
さらにうまく頭の中で理解できた気分にもなります。

たしかに、今のビジネス環境を踏まえた
マーケティング視点がこの事業に無かった、と言えば、
それは嘘になるような気がします。

でも、この事業には、
マーケティングな思惑を超えた、
大きくて本気のビジョンがありました。
「修理する文化を伝え、広める」
という構想です。

そんな考えが、
サイバーコンセントのページ全体からはみ出るほどに、
ぎらぎらと表現されてたんですねえ。
「売らんかな」よりも「正直な思いを伝える」ことに、
できる限りの工夫や手間がかけられていました。
インターネットって、
「思い入れ」や「思い込み」、「思いやり」といった、
送り手の思いの類いが、
ダイレクトに伝わりやすいんだなぁ、というのが、
第一感心でありました。


ところが、
パソコンのモニターの向うで繰り広げられていた世界は、
さらに感心の露天掘り、
あきれるほどの経営実践の宝庫でした。

ビジネスや労働というよりは、
知恵と楽しみと儲けをみんなでシェアするゲームが、
行われているような感じです。

そのゲームのためのルールが、
日々事例とビジョンを共有しあう
「毎朝の電話会議」であり、
一人ひとりが競ってスターになれる
「超分社方式」であり、
だれもが営業をできる
「どんぶり勘定式見積もり」であり、
在庫をためず、お客さんを喜ばす
「スピードの約束」であり、
そして、「売り上げよりも利益を得点にする」
ルールでした。

これだけのルールが決まれば、
あとはオープンでフラットで、
しかも明るくってスピーディーな企業風土が
自然と育っていくんだな、ということが、
つぶさに見て取れました。
「ルールが風土を生むのか、それとも逆か」の
ニワトリたまご問題系がよくあるのですが、
観察結果は、「ルールが風土を創る」でした。

そして、一番感心に打ちのめされたのが、
「従業員満足あっての顧客満足」
という経営方針でした。
古くは「お客様は神様です」の精神であるとか、
「お客さま第一主義」とか、CSであるとか、
お金をいただくお客さんを一番大切にしにゃいかん、
という考えが、世間一般に根強すぎるな、と思えました。
思えば、そもそも働き手が満足できてなければ、
お客さんへのサービスも続かないわけですから。
そういえば、
顧客満足度調査が大好きなアメリカの企業でも、
90年代に急成長したサウスウエスト航空は、
あえて「カスタマー・セカンド」と言ってるらしいです。
顧客が二塁手の企業、いや、
顧客を2番目に大切にする企業ってことです。
つまり、従業員を最も大切にするポリシーなんですね。
この考え、まわりまわって新しくありません?

また、このサイバー&ミスターコンセントの
エンジニアさんたちの採用の仕方、
人材活用の考え方が、
家電修理に対するビジョンと共鳴しあって、
循環型社会に向けたより大きく高いビジョンへと
拡がっていたんです。
はぁ〜。
振り返って、巻き戻しても感心できますねぇ〜。

ところで、
結局、あの壊れたビデオデッキはどうなったか?
最初のメールの返信では、9千円の見積もりでした。
それから、ミスターコンセント西葛西店に持ち込んで、
鈴木事業部長からは、
「この型は古いから、うちにとっても挑戦だな」
予告めいた発言を受けていたのですが、
その後、ヘッドの交換にまでいたり、
費用は1万4千7百円也でした。
どう思われますか、この値段?

正直「高い」と思いました。
ただ、12年も使っていたことだし、
それに買い替えていちから使い方を覚えるのも面倒だし、
そのうちDVDレコーダーか
ハードディスクレコーダーでも
買いたいから、それまでのつなぎが必要だし、と、
くよくよ考えたわけです。
そして、なんといってもミスターコンセントのビジョンに
一票投じたいという気分が、
ひと押しになりました。
無事、呪われたテープも戻ってきたわけです。
男性読者諸氏!
思えば、万が一、そのテープが、
アダルトなビデオだったらと思うと、
ぞっとしますよねえ。
担当の修理ビデオエンジニアの方に、
「はは〜ん、この田中宏和という人は、・・・、
 なるほど、こんな趣味で、あー、この場面で、・・・、
 なるほどねえ」なんて。
ほんとによかったです!

ともあれ、なんでもミスターコンセントのほうでは、
最近、費用1500円の出張修理をしていたり、
洗濯槽クリーニングをプロモーションしていたり、と、
新サービス開発に余念がありません。
この洗濯槽クリーニングのデモビデオを見ると、
頼みたくなるんですよ。
「あなたの洗濯機だと、
 汚れの中で洗ってるようなものですから」
 とか言われると、
もう「お願いします!」ですよ。
9,500円だそうです。

さて、今回の旅では、
いろいろ教わることが多かったですねえ。
つまるところ、
社員が働くことを
まっすぐに信じることができる環境を創ることが、
経営の根っこなんじゃないか、と感じました。

内に向かって信じる力を、
外に向かっては信じられる力を創る。
それは、言わば、
「内なる信念が、
 お客さんからの信頼へと
 つながっていく道なんじゃないか」と。
やたら「信」が多いですなー。

「働く信念を創り出すこと。」

こんな言葉で、
今回の感心力を締めさせていただきます。

ではでは、つぎの感心で。
たぶん、すぐです。


ミスターコンセント平塚店にて
取材に協力してくださったみなさま、
どうもありがとうございました。



番外編 (小生意気な)新入社員が
     うまく会社に適応する方法とは?

なぜか「E.TANAKA」と表示されてる男、
田中宏和でございます。
今日は予定外の番外編です。

というのも、
先日、サイバーコンセントのシリーズを終えたところ、
どうしても見過ごせないメールをいただきました。
この春から新入社員になったり、
中途で新しい会社に入ったりする
読者の方々にとって、
いい刺激になるような気がしたものですから、
ぜひご紹介するとともに、
わたくしなりの考えを書いてみたいと思いました。

まずは、いただいたメールを。

はじめまして。「はやと」と申します。
ほぼ日の連載すっごく面白かったです。
今日初めて連載を知りまして、
一気に、全部読ませていただきました。
僕はある心配をしていました。
ですが、田中さんの連載11回目のお話には
目から鱗でした。
今春大学院を卒業して一般企業に勤めます。
新入社員はみんなそうかもしれませんが、
情けない話、会社に適応できるのか
今からとても心配です。
以下のようなことも聞いては、
恐怖で暴れ出しそうになります。

「余分な知識を持っていると、
 会社に勤めてもものにならない」

「そんな人は人格がなくなるまで
  徹底的に叱り付ける。
 すると何とか出来るようになるのだ」


そんなばかな!
知識を得るために学校に行ったのだ。
それがいけないなんて!
と感じる学生もたくさんいると思います。
僕も院卒でしかも実は小生意気なので、
「入社したら、絶対ボロクソにされそうだ」
と今まさに恐怖におののいています。
ですが、田中さんの連載11回目に、
「ベストプラクティスを真似する」
というお話がありました。
これは‘目から鱗’モノでした。
「変な知識があるとうまく行かないのは、
 回りの真似が出来なくなるからかもしれない」
と感じました。
そういえば、キヤノンが
新しい生産方式を導入した時は
大抵抗にあって苦労したそうです。
そのときは朝礼で‘音が一つになるまで’
全員の行動を完全に一致させ、
気持ちをひとつにしたら改革がうまく行ったそうです。
ナレッジマネジメントの野中郁次郎も
「まずは真似が大事だ。
 それが出来たら個性を出し、
 それから独立する力がうまれる」
という「守・破・離」の概念を重視していました。
「すぐに会社を辞める若者が多くなっている。
 だが、‘会社の方針’のような大きなものが
 気に入らなくて辞める若者はいない。
 日常の些事に厭なことがあって、
 その積み重ねが原因で辞めてしまうのだ」
といういつかの読売新聞に感心したことも
思い出しました。
これらも‘真似’と関係しているように思います。
真似をすることは、
新しい自分を創るために
必要不可欠なものに思えてきました。
そんなわけでボロクソにされないように、
僕は会社に入った時、
周りの人の真似をしまくろうかと心に決めました。

いきなり質問があります。
(不躾なこと極まりないのですが)
田中様は
「(小生意気な)新入社員が
 うまく会社に適応する方法」
についてどうお考えでしょうか。
真似をしたら良いとお考えでしょうか。
それとも、糸井さんが最近言っていましたが、
ボロクソにされないことを考えるよりも
「うまい失敗をする」方がいいとお考えでしょうか。
長くなりましたが、
突然のメールで申し訳ありません。
それでは失礼します。
(はやと)


はやとさん、メールをありがとうございました。
連載をしっかり読んでいただいた様子が伝わってきて、
とてもうれしいです。
そして、ひとまず、通例にしたがいまして、
入社おめでとうございます!
小中高大院と少なくとも
18年間の学生生活を送って、
はじめて会社という組織の一員になるのですから、
「不安と期待でいっぱい」というより、
「不安と不安でいっぱいいっぱい」ですよね。
自分も12年前はそうでした。


そして、それは決しておかしくない
新入社員としての身構えなんじゃないかと思います。
新しい期待がある分、不安が生まれるわけで、
不安が無いということは、
はなから会社に失望しているということですから。

それに対して、新入社員を迎える既存社員のほうは、
残念ながら新入社員に
まったく期待してないものです。

新入社員を心待ちにしているのは、
スーパー雑用の日々を1年間過ごした2年目社員と
人手が足りなさすぎて
猫の代わりに人を採用した企業ぐらいでしょう。
まず、そんなものだと思ったほうがいいと感じます。

はやとさんは、
「いや、おれは大学院まで行って、
 専門知識を身につけたんだから、
 即戦力として会社に貢献するのだ」
と意気込んでいらっしゃるかもしれません。

しかし、今までの蓄積はまず役立たないと
思ったほうがいいと思います。

それは、会社というのは、
競争の中で利益を生み出しつづける
日々実践の場だからです。
そして、それを支えつづけている人たちがいて、
自分の20何年かの体験では翻訳できないような、
途方もない経験と知恵が集積された場だからです。
そんなところで、
今まで身につけた専門知識を持ち出そうとするのは、
『首都高バトル』で鍛えた中学生が、
いきなりランエボの実車で
首都高を走るようなもんです。

大胆というより無謀になってしまいます。

それに、新入社員を採用できる企業なら、
たとえ短くってもこれまでの歴史があり、
その組織である年月を過ごした先輩がいるはずです。
まずは、その人たちを注意ぶかく観察し、
教えてもらうもらわないに関わらず、
その人たちのいいところをズームで見つめ、
とにかくまねることをお薦めします。

ボロクソにされないことを考えるよりも
「うまい失敗をする」

これは矛盾するものではないんじゃないでしょうか。
「次のためになる失敗」が「うまい失敗」だと思います。
「ボロクソにされる」も
「次があるボロクソ」でありたいものです。
それに、
ヤングな時しか「うまい失敗」はできにくいもんです。
年を重ねて仕事の責任範囲が増えると、
ちょっとした失敗すらできにくくなります。
さらに、続けて同じ失敗すると、
用の無い人になりかねません。
新入社員の場合、
「うまい失敗」に加えて
「かわいい失敗」が喜ばれると思いますよ。

少なくとも、どんなかたちであれ、
自分自身で選んだ会社なのですから、
2年間は自分の時間を会社に売り渡すぐらいの気持ちで
のぞんでみてはどうでしょう?
そんな状況に身をおいて、
自分の欲を殺すように過ごしていても、
ついついうっかり、
しぶとく表現してしまってる欲があるとすると、
それは個性と言えるものかもしれませんよ。

最後に、最近ふたたび売れてるらしい山口瞳さんの
『新入社員諸君!』(角川文庫)を推薦しておきます。



山口さんの説では、
たしか入社して3年間は辞めずに勤めろ
と説いていました。
時代のスピードが早まっているので、
2年間でいいんじゃないかと思います。
先輩の言いなりになる1年間と
後輩ができて相談相手になる1年間は、
自分の選んだ会社に
とことんつきあってみてください。


こんなお返事で役立ちましたでしょうか?
あくまで、いただいたメールを読んだ限りでの
「E.TANAKA」なりの考えですから、
その辺さっ引いて受け止めてください。
ヨロシク。

そんなことで、
サイバーコンセントシリーズに
メールをいただいたみなさま、
どうもありがとうございました。
また、もし、これぞという
「(小生意気な)新入社員が
 うまく会社に適応する方法」があれば、
ぜひメールをください。

いやぁ、春本番ですねぇー。
ではでは。


今回の感心



ネット家電修理サイトである
サイバーコンセントの取材の帰りに
69西本乗組員に無理やりすすめられた
映画は昨年のサッカーワールドカップ
最下位決定戦を描いたドキュメント映画であった。
「最下位決定戦という思いつきが、
 すばらしい!そして、それを自分の手で
 実現化したことが、一層すばらしい!!」
と思ったE-TANAKAこと、感心力の男は
この企画の発案者でありオーガナイザーである
マタイアス・ディ・ヨングさんとの
インタビューを決行。
連載2シリーズ目にして
初の外国人インタビューとなったのであった。

【WEBサイト】
(URL)http://www.theotherfinal.com/


今回登場する人達
マタイアス・
ディ・ヨング

この
『The other final』
プロジェクトの
発起人であり、
オーガナイザー。
オランダ・
アムステルダムにある
ケッセル
クレイマーという
インターナショナル・
コミュニケーション・
エージェンシー で
キャンペーン
戦略立案家を
されている。
とにかく背がでかい。
謎の通訳コイズミさん
69西本乗組員同様、
この映画の
試写会で
感動した一人。
普段は
WEBデザインの
お仕事をしているが
ワールドサッカーの
大きな大会があると
仕事どころじゃ
なくなるような人。
昨年の
ワールドカップでは
全ての日本戦と
準々決勝、準決勝、
決勝を
全てスタジアムで
観戦。
感心力の男
マタイアスさんが
来日期間中受けた
インタビューアの中で
おそらく
唯一、ビジネススーツでの
インタビューに臨んだ男。
最近、
アレックス・ロドリゲス
モデルの
グローブ
(硬式用)を買った程の
野球好き。
サッカーには
それほど興味は無い。


第1回 タイトルこそアイデアのすべて

サイバーコンセント平塚店での
朝礼に押しかけ取材を済ませた帰り、
西本69乗組員から一本のビデオテープを
手渡されました。
タイトルは、『アザー・ファイナル』

なんでも69乗組員によると、
「去年のワールドカップの決勝の同じ日に行った
 サッカー世界最下位決定戦のドキュメンタリー」

だそうです。
あぁ、それ、確かニュースで見たなぁ、
と、うっすら記憶があります。
あまり詳しいことは覚えて無く、
「アメリカのお化けカボチャ大会」的な
取り上げられ方をしていたような印象だけ残ってます。

【公式WEBサイト】
(URL)http://www.theotherfinal.com/

わたくしのサッカー愛好度といえば、
「ソクラテス」という名前のブラジル代表がいた
1982年のスペイン大会から、
ワールドカップだけは熱心に見る程度で、
去年の大会も一通りテレビで見ましたが、
もはやサッカー熱は平熱に戻ってますし、
野球に比べれば思い入れ度は低いです。
そういえば、「ビスマルク」というサッカー選手も
ブラジル人でしたね。
ブラジルには、
名前を勝手につけられる法律でもあるんでしょうか。

ともかく、69乗組員は、その映画を試写会で観て、
「感動で泣いた上に一晩飲み明かした」
と豪気に勧めます。
たぶんその映画のつまみを抜きにしても、
一晩飲んでたんだろうと思うんですけどね。
どうも、その映画、すぐに気乗りできないなぁ。
当方、「ふ〜ん、あ、そう」と、
距離取り気味の反応をしてますと、
69乗組員の
テレビショッピング調セールスが続きました。


69
その映画をつくったのが、
オランダの広告代理店の人で、
どうも田中さんと似たような仕事を
してるみたいなんですよ。
映画で紹介されてる
本番の試合までの苦労話は面白いし、
映像もきれいなんですわー。
つくった本人が来日してきて
インタビューできるそうですから、
ぜひ「感心力」で取材しましょう!


デジカメ売るのに、
予備メモリに、編集ソフトに、プリンター、
3脚までつけてきたような押しっぷりです。

たしかに、
連載の2番目の感心先がオランダ人っていう、
サイドチェンジは面白いかもしれません。
あ、サッカー熱をうつされてる。


ともかく映画のプレス向け完パケVHSを
借りることにしました。
そう、もう我が住まいのビデオデッキは
サイバーコンセントのおかげで
完全復活したばかり。
ちょうどビデオが見たかった!
なにしろ朝の6時起きで平塚まで行って帰って、
まだ昼の1時です。
さっそくカーテンを締めきって、
『アザー・ファイナル』を観ることにしました。

正直に報告すると、
慣れない早起きのおかげで、
途中寝そうになったところもありました。

ただ、1点とても感心したんです。

「最下位決定戦という思いつきが、すばらしい!
 そして、それを自分の手で実現化したことが、
 一層すばらしい!!」


一方、こうも思いました。
「どこで感動して泣くシーンがあったんだ?!」

サッカー過敏症になると、
泣けるところがあるんだろうなぁ、と思いつつ、
とにかく自分の感心のツボにフォーカスするために、
この映画にも出てた映画の仕掛人である
オランダのにいちゃんを調べてみました。

名前:マタイアス・ディ・ヨング
ややこしい名前です。
「綾小路きみまろ」以上にややこしい。
まず、覚えられません。
もちろん「マタイアス・ディ・ヨング」も
「タナカ・ヒロカズ」を
どこかの植物の学術名のように感じるんでしょうけど。

プレス資料には、
「グラフィック・デザインを学び、広告業界に入る」
とあります。
おっ、まさに同業者です。

「ケッセルズクレーマー」という
アムステルダムにあるエージェンシーの
ストラテジー(戦略)担当のトップとして、
ディーゼル・ジーンズなどの
「キャンペーン戦略を立案」したらしい。
しかも、「仏教徒」と書いてあります。

で、その勤め先の「ケッセルズクレーマー」ですが、
「インターナショナル・コミュニケーション・
 エージェンシー」で、
「主な業務は広告キャンペーンの企画・立案ですが、
 他にも本の出版、短篇映画やドキュメンタリーの制作、
 アート展の開催などを手がけています」
という紹介。

このオランダ人には
きっとおもしろがれるに違いないと、
感心センサーが働きはじめました。


さらに原題に反応したんです。
邦題は『アザー・ファイナル』なんですが、
原題は『The other final』なんです。
この邦題、片岡義男さんに怒られかねないっす。
定冠詞の“The”が無いとなると、
『Other finals』と複数形になるわけでして、
「その他のいくつかの決勝戦」と
曖昧な表現になります。
「最下位決定戦」を単純に英語表現するとなると、
『The weakest match』となったと思うんです、たぶん。
これではそっけ無さすぎです。
あくまで『The other final』という
タイトルを思いついたから、
この企画が成り立ったんじゃないかと感じたんです。
「もうひとつの決勝戦」となることで、
「最下位決定戦」におさまらない、
豊かな意味を帯びてくるんですね。
それは、
「サッカーへのもうひとつの態度」ということを
連想させるからです。
きっと、このマタイアス・ディ・ヨングさんは、
「サッカーの世界最下位決定戦を
 ワールドカップの同じ日にしよう」と
思いついただけだったら、
企画の成就に熱をあげることもこともなく、
また周りの人もそのアイデアに感化されることもなく、
思いつきは空気のごとく
どこかに消えていったんだろうと感じました。
『The other final』、これだ!”という瞬間が、
このオランダ人に起きたはず。
企画コンセプトがタイトルで、
アイデアのすべてを表現しきっていたのだ。
そう確信し、
この際、サッカーの細かい話は抜きにして、
ビジネス目線でインタビューしてみようと
思ったのでした。

感心力の今日のお薦め



片岡義男『英語で日本語を考える』は
(フリースタイル)ISBN: 4939138003
英語を通じて日本語脳を
揺すられるお薦めの本であります。


第2回 面白がれるとツキを呼ぶ?!

インタビュー当日、
こちら感心力チームは、
わたくし(おぼつかない英語)、
西本69乗組員
(中国語ができそうなことを言う)

そして謎の通訳コイズミさん
(ポルトガル語ができる?)

この3バックであります。
実に不安であります。

対して、先方は、と。
プレスリリースを抜粋して紹介しますと、
『アザー・ファイナル』(原題は『The other final』)の
「オーガナイザー」
(ふつうプロデューサーというのが一般的)で、
オランダはアムステルダムの
「インターナショナル・コミュニケーション・
 エージェンシー」(簡単に言うと広告代理店)の
キャンペーン戦略立案家、
マタイアス・ディ・ヨング氏。
背が高いです。185cmはあるでしょう。
子供の頃は、「もやしっ子」と
言われていたかもしれません。
そして、オランダチームには、謎の同行人が。
こちらは、また逆にコンパクトな方であります。
見るからに日本語通訳では無さそうです。
二人でオール阪神・巨人効果を狙ってるのかもしれません。
(オランダサイドの同行人は、
 結局、最後まで一言もしゃべらなかったです)
こんなことなら、
こちらも柔道着姿を
スタメンに入れておくべきだったですね。

まずは、“Nice to meet you”と、
つくり笑顔と握手でご挨拶。
マタイアス氏から、
塩ビ製の袋を手渡されました。
なんと、これが、名刺。
こういう対人コミュニケーションの
真珠湾攻撃みたいな技はあり?
袋を取り出すと、
ポケモンカードみたいなものが5枚ぐらい入ってます。
割り引き券ではないんです。
今までの仕事をビジュアル入りで刷り込んだカードなんです。
どこぞの企業かが名刺の色を100色つくりましたが、
これは負けてます。



いざ、インタビュー時間は、50分。
キックオフです。

田中 さっそくですが、映画を観てですね、
非常に感動しました。
今日は、
サッカーのこともあるんですが、
(じつはあんまり興味無い)
おもに、ビジネスと仕事という側面から、
お話を聞いていきたいというふうに思います。
最初にこのプロジェクト、
「最下位決定戦」を思いついた
いきさつをお話いただけたらと思うんですけども。
マタイアス まず最初にきっかけとなったのは、
自分たちの母国オランダが、
ワールドカップを予選で敗退してしまって、
「負けるということ」に興味をもって、
この試合のアイデアが出てきたっていうのも
あるんですけど、
もともと映画を作りたいという
気持ちがありました。
世界に向けて、
ポジティブで人々のやる気を起させるような
働きかけができるような
映画をつくりたかったんです。
私たちは、世界中の人たちと分かちあえるような
メッセージ出したかったんです。
あくまで物語の共通言語として
サッカーを選んだわけで、
これはサッカーが主題の映画ではありません。
サッカーは、おたがいのことや
おたがいの文化を知らない同士が、
フレンドリーに出会うための言葉だと考えました。
田中 その最初のすばらしいアイデアを、
実現化されるまでに、
たいへんな苦労を
されたんだろうと思ったんですが、
そのへんのお話を聞ければな、と思うんですが。
マタイアス 面白いことに、
私たちはサッカーの試合を
企画実施した経験が
一度もなかったんです。
田中 そうなんですか!?(笑)
マタイアス 経験が無かったことは、
私たちにとって、
もちろん不利なことだったんですけど、
それがかえって
良かったことでもあったんですよ。
マタイアス 私たちは、このプロジェクトに
協力してくれるところを
必死で探したんです。
この企画を実現するにあたって、
ブータン、モンテセラト、FIFA、
それから審判の手配のために
イングランドのサッカー協会と、
とにかくいろんな協力が必要だったんです。
それに自分たちだけでは
このプロジェクトを達成することはできない
っていうのがわかっていたので、
日本の友だちの会社
(ロボットという制作会社)と
組んで、映画のプロデュースを
してもらったんです。
田中 FIFA
の許可を取ることは簡単だったんですか?
マタイアス FIFAにどういうふうに
アプローチしたかというと、
まずFIFAにそういった
試合の許可を出すような
管理部門があるんですけど、
そこに、自分たちで直接交渉したのではなくて、
まずブータンとモンテセラトに、
私たちの企画のファックスを送って、
彼らからFIFAに
「自分たちはこの試合をやりたい」
っていうのを
送ってくれってお願いしたんです。
田中 それ、素晴しいアプローチですね(笑)。
マタイアス さらにラッキーだったのが、
このプロジェクトが
挑戦だったというだけでなく、
時間が無かったということなんです。
時間がなかったので、
すごい挑戦できたんですけども、
6月30日のワールドカップの決勝まで、という
締め切りがあったからできたんです。
田中 最初にそのファックスを
モンセラトとブータンに送られたのは、
いつだったんですか?
マタイアス 1月の末ですね。
田中 2002年の?(笑)
マタイアス そうです。
ブータンは、試合をやることを決めるまで
2ヶ月かかったんです。
2ヶ月間考えさせてくれと
言われ続けたんですよ。
だから残り3ヶ月で
実現を図らなくしちゃいけなかったんですね。
田中 その実現にこぎつけたコツというか、
なぜうまくいったかっていうのを
いちばんお聞きしたいんですけども。
マタイアス まず、私たちはツキに助けられたと思います。
それから、関わっている人たちに、
このアイデアに対して、
のめり込んでもらえるように
努力したんです。
あとはもうボールとおんなじで、
転がるまんまに
自然に流れに乗っていけました。
たくさんのツキが重なったんです。
モンテセラトとブータンの政府が
とても協力的だったし、
映画づくりで
日本の制作会社のロボットと仕事ができたし、
それからFIFAがこれを承認してくれた。
とにかくツイてました。
田中 たぶんプロジェクトを
実行する資金の目処もなくて、
先に動かれたかなと思ったんですけども、
そのあたりはどうだったんですか?
マタイアス まず自分たちとロボットの資金があって、
あとイタリアの会社から資金、
それからオランダの文化基金から
お金を出してもらいました。
あとは、映画配給のロイヤリティ収入を
あてにしていました。
しかし、大事な点は、
もともと非営利を前提にした
アイデアだったので、
もし万が一儲かってしまったら、
ブータンとモンテセラトに、
彼らのサッカーのこれからの発展のために、
寄付します。
田中 「非営利で行こう」という
アイデアがはじめに無かったら、
このプロジェクトは
これだけうまく
行かなかったかもしれませんね。
マタイアス その通りだと思います。
田中 最初ファックスを送られたときには、
資金のお金の算段もせずに、
まずは自発的に
動いてみようとされたんですか?
マタイアス そうです。
ほんとに思い立ってすぐ
ファックスを送ったんです。
私たちの会社の財務状況はとても良いので、
儲けること自体、あんまり考えてなかったんです。
私たちは広告業なんだけども、
社用車は無く、社用自転車はあるんですよ。
だからお金も節約できるんです。
一同 笑(69西本乗組員を除く)


<ワンポイント考察>

最後のマタイアスさんのコメントを書き起こしますと、

Also, although we work on advertising,
we don’t have company cars,
but we have company bicycles.
It saves lots of money.

わたくしの勤務先が広告代理店であることを意識した
ひねりの効いたユーモアのつもりなんでしょうが、
うちには社用車はありません。
デーブスペクターのアメリカンジョークみたいで、
ちょっとつらかったです。

マタイアスさんは、
そもそもサッカーの映画を
つくりたかったわけでは無かった、というのが、
愉快ですよね。
もっと深い動機はのちのち出てきますが、
むしろ思いつき、
とつぜん降ってきたアイデアに
無性に突き動かされたんでしょうねえ。
で、そのアイデアの魅力に、
両国政府やFIFA、資金援助先などを
つぎつぎ感染させていったから、
この大胆なプロジェクトが
実現できたんだと思います。
無心に損得抜きに面白がろうとしてる
マタイアスさんの姿勢や態度に、
人々が魅せられ、
ラッキーを呼び込んでいったんだなあと感心しました。
それに、締きり仕事だったのも
実現の追い風になってますよね。

FIFAを口説いたやり口は、
なかなか見事な手だと思いました。
「子供にせがまれて親がおもちゃを買う」式の
ビジネスアプローチですね。

アイデアこそすべてのはじまりであったわけです。
ここで、アイデア関連本を紹介しときます。


ジェームス・W・ヤング
『アイデアのつくり方』(TBSブリタニカ)
この広告業界の古典を発展させた


ジャック・フォスター
『アイデアのヒント』(TBSブリタニカ)
どちらも他業界の方にも役立ってしまうはずの
名作だと思います。


第3回 越境のためのCompassionという哲学。


田中 今回のプロジェクトが
あくまで「非営利」を追求したということを、
この真っ白いボールに込めた、というのが、
素晴しい着想だなと思ったんですが、
このボールについて、
語っていただけますか?


(THE OTHER FINALより)
マタイアス このボールっていうのは、
試合に込めた「純粋さ」の象徴なんです。
ふつうサッカーのスタジアムにあるような広告も、
ブータンでの試合では無くしたんです。

これは、広告に対しての批判ではなくて、
人々が分かちあえるような
「ゲームの美しさ」や
「サッカーの純粋さ」に、
より焦点をあてることの象徴なのです。

  
<ワンポイント英語>
“This was not done
 because we were against the advertising”
この発言には笑ってしまいました。
そりゃそうですよね、
ぼくたちわたしたちは、広告屋ですから。
ここで、今まで黙っていた小泉さんから質問が。
小泉 この白いボールが、
映画の中で、
いろんな所に投げ込まれていくシーンが、
すごく印象に残ってるんですけど、
投げ込む行為っていうのは、
なにか意図が込められているんですか?
マタイアス それは、ブータンとモントセラトを
「つなげる」方法だったんです。
私たちは、ボールを
「赤い糸」(“Red thread”)に見立てたんです。
マタイアス 物語を通して、この白いボールがブータンに現れ、
モントセラトにも現れ、
そして、ついにボールが、試合の日、
太陽が昇ったフィールドのセンターラインに置かれ、
二つの国が「つながった」わけです。
田中 サッカーファンってわりと、
ローカルに固執するというか、
愛国主義に走る傾向ってあるじゃないですか。
それに対して違うメッセージを
送りたかったっていうこともあるんですか?
マタイアス はい、そうなんです。
この映画のメインメッセージは、
「競争」するよりも「情をともにする」ほうが、
面白いんじゃないか、ということです。


  
<ワンポイント英語>
“Compassion is more interesting than
 competition.”
ここは、“com” で韻をふんでます。
“Compassion”を辞書そのまんまで訳すと、
「同情」ということになるんですが、
日本語で「同情」というと、
「立場が良い人がそうでない人を哀れむ」という風な
意味がついてまわりますよね。
そこで、「情をともにする」としました。
マタイアス サッカーでは、
あまりに「競争」に走りすぎていて、
お金にまみれすぎている。
また、今、世界中の人々が
不信感を抱きがちてあったり、
互いに信頼できなかったりとか、
ネガティブな気持ちにおおわれているので、
この映画をとおして、
少しはいい気持ちになって、
ちょっとだけでも
ポジティブな気持ちになってほしいっていう
メッセージも込めました。


(THE OTHER FINALより)
田中 それは、普段されてる仕事が、
コミュニケーションの創造であって、
そのコミュニケーションの大切さとか、
人と人がつながることに対して、
非常に興味を持ってらっしゃるからですか?
マタイアス 私たちは、コミュニケーションに対して
とても情熱を持っているし、
人々に何かを考えはじめる刺激を
与えることへの情熱を持っているんです。
また、
境界を超えていきたいんです。
異なる文化や異なる主義主張に対して、
映画、インターネット、本などを通じて、
ひとつのアイデアで
ひとつの文脈をつくっていきたいんです。
田中 ふだんビジネスの場では、
マタイアスさんは
キャンペーン戦略のプランナーだと
いうことなんですが、
いつも境界を超えて
「人々をつなげていくこと」を
意識して仕事されているんですか?
マタイアス 自分の仕事は、
人々が商品や会社やアイデアについて、
考えることを助けることだと思ってます。
つまり、人々がものごとをどう見ているか、に
焦点をあてる仕事なのです。
ディーゼル・ジーンズの仕事であれば、
若い人たちのファッションに対する考え方を
助けるという風にしているんです。
最近の広告っていうのは、
世界を単純化し過ぎているように思う。
私たちが興味があるのは、
あえて一見むずかしい広告なんです。
人々が最初ちょっと触れただけでは、
「あ、これは何だ?」と思うような広告です。
田中 それは、「単一性」よりも
「多様性」に興味があるからですね?
マタイアス そう、それに「境界を超える」こと。
田中 とくに近ごろ、
グローバル・ブランディングのキャンペーンだと、
単純化したメッセージを送る傾向がありますよね。
それについてどう思います?
(「GAP」や「NIKE」のように、
 世界中で同じ広告キャンペーンをする傾向について
 聞いています)
マタイアス それは、広告としては、
とても論理的なつくり方ですよね。
たった20秒の間に、
広告はストーリーを
伝えなければならないわけですから、
ひとつのメッセージを送ろうということになる。
「単純化」は、理屈にはかなっているわけです。
特にグローバル・キャンペーンとなると、
より多くの人々に
理解してもらわなければならないので
伝達が難しくなります。
一方、私たちが求めている「多様性」は、
わたしたちのオフィスにあるんです。
35人いるスタッフは、
12の異る国々の人々で構成されているんです。
だから多種多様なものの見方というのがある。
わたしたちはそれを注意深く観察しているんです。
世界中の異なる文化を。
田中 多くの異る文化を持ちよって、
毎日ブレイン・ストーミングしてるんですね。
マタイアス そうです。
映画を一緒につくったロボットの人たちも
アムステルダムにやってきて、
アイデア出しのためのブレイン・ストーミングを
やっていました。
そのようなミーティングをすることによって、
今こうして話をするようなことも含めて、
自分たちは何者なのかということを、
たくさん学ぶことができるんです。
ミーティングがとても好きなんですよ。

モンセラトやブータンともミーティングをしました。
異なる文化から学ぶということは、
とても面白いことです。
田中 プレスリリースで
仏教徒だという話を知ったんですが、
「多様性」というものを重視される考え方って、
やっぱり仏教の影響なんですか?
マタイアス 仏教の哲学は、
私たちのやっているような仕事には、
非常に刺激的だと思います。
なぜなら、
「競争」するよりも「情をともにする」ほうが
面白いんじゃないかとか、
お互いに疑いあうよりも信頼しあうほうがいいとか、
背を向けるのではなく向かい合うことを
仏教は教えているからです。
仏教からは多くを学ぶことができますが、
他の宗教も同じです。
キリスト教もそうですし。
時々自分がもともと何教だったのか、
忘れてしまうなんてこともあります。
こういう考えは、
このプロジェクトにも影響を及ぼしていると思います。
ブータンとモンセラトとのミーティングでも、
「情をともにする」
思いやりの精神が見られました。

ブータン人の仏教に根差した精神では、
ゲームに勝つというのは困ったことなんです。
ブータンは4対0で圧勝したものだから(笑)。
仏教の教えでは、
ゲストはゲストとして迎えなきゃいけないから、
「1点でも入れさせろ」って、
ブータンの大臣たちがとても心配したんです。
それで、映画の最後で、
「敗者もヒーローとして祝われること」を
描いたんです。


<ワンポイント考察>

このオランダ人のいうことは、
いちいち一貫性がありますよねえ。

ちょうどこの1月にロンドンに行くことがあって、
ナショナル・ギャラリーにふらっと入ったら、
入り口の床に天使や女神とともに
“Compassion”と、
でかでかとモザイク文字が描かれていたんです。
その時に、
キリスト教でも「情をともにする」というのは、
重要な考えなんだなぁと思ったんです。

以前、つらい目にあったという女子の話を聞いて、
ああでもなくこうでもなくと
励ましの助言めいたことを話していたところ、
「同情するのはやめて!」と激され、
自分のいたらなさに痛い思いをしたことがありました。

それ以来、「同情」と「情をともにする」のは、
どうやら違うみたい
、と感じていました。

それで、また思い出したんですが、
ちょうど今ごろの季節の話ですが、
学生時代、塾の講師のバイトをしていた時、
教えていた小6の女子生徒が、
「入試に落ちた」と泣きはらした目をして、
報告しにきたことがありました。
まぁ、喫茶店でも行くか、と、
連れ立っていったわけですが、
また泣きはじめたわけです。
この時は、困りましたねえ。
はたからすれば、
「自分は犯罪者」に見えたはずです。
どうしようもないので、
「遠慮せずになんでも頼み」と言ったら、
チョコレートパフェを頼んだんですね。
わたくしも、ややためらいながら
同じものを注文しました。
一生で、後にも先にも
チョコレートパフェを食ったのはこの時のみです。
「いちごは、先に食べるんか?」とか、
「これはかきまぜるほうがうまいんか?」とか、
聞いてるうちに、
受験に失敗した生徒も泣くのをやめて、
「中学に入ったら部活動が楽しみだ」とか、
「新しい友だちができるかな」とか、
笑みがでるようになったんです。
思えば、この時、
「同情」ではなく、
「単純に同じことをする」ことの意味を、
「感情を分ける」意味を、
身にしみて感じたのかもしれません。

“Compassion”が、
コミュニケーションの根っこにあるんだなぁ
、と
マタイアス=ディ=ヨング氏に教わりました。
”Cross border”とも言っていましたが、
「境界を超えるために、感情を分けあう」というのが、
うまいコミュニケーションの原則かもしれないです。
理屈はなかなか分けにくいもので、
「分からない」となりがちです。

「一」のための“Compassion”ではなく、
「多」のための“Compassion”というのが、
キリスト教と仏教の違いかもしれませんね。


なんだか、えらい深みに入ってきました。
今回はこのへんで。


第4回 「いいアイデア」と「いい実施」で、
     ボールは転がる。


田中 マタイアスさんの哲学が、
今回のプロジェクトの成功に
役立ったと思うんです。
一方で、商業的な広告にあふれた
スポーツ・マーケティングとの
アプローチの違いを
あらためて聞きたいんですが。
マタイアス たくさんのブランドが
スポンサーにつくことについて、
否定的ではありません。
スポーツがそうであるように、
スポーツ・マーケティングにも「競争」があります。
田中 それは排他的なものになりがちですよね。
マタイアス そうです。
サッカーのワールドカップはまさに広告戦争でした。
スポンサーとなるスポーツブランドは、
観客に向けて「単純化」を促すんです。

スポーツにいい刺激を与えることは、
お互いにとてもいいことだと思うんですが、
ベストの試合やチームにばかり目を向けて、
そのスポンサーとなることで
「自分たちのブランドはベストだ」という
人々の連想をつくりたがる。
そういったスポンサーとなるブランドが、
今は能力や設備も整っていない
国々や人々に対しても目を向けて、
世界のステージを用意することは、
いいチャレンジになるだろうと思っているんです。
スポンサーとなるブランドを刺激したいんですよ。
ベストな選手にお金を注ぎ込みすぎるのでは、
ちょっと視野が狭くなっているから、
もっと視野を広げたほうが
いいんじゃないかと思っています。
田中 あぁ、それはとても賛成できます(笑)。
田中 小泉さん、
サッカー関連で何か質問はないですか?


(THE OTHER FINALより)
小泉 今回の企画で、
いまスポーツ・マーケティングの世界で、
勝者が名声もお金も注目も、
ぜんぶ独占していくような構造があって、
最下位の人たちも、
FIFAから分配金が出てると思うんですが、
そういうお金の循環だけでなく、
交流が生まれ、
トップだけじゃなくて最下位にも循環する流れが、
このプロジェクトで出来てきたと思うんですよね。
それで、次にどんなことを考えているのか、
このいい循環を回していくために、
どんなことをしていくのか、
聞きたいです。
マタイアス 私たちは、いつも新しいアイデアを求めています。
「多様性」を求めて。

この企画に似たような別のアイデアを考えていますし、
その精神は同じです。
でも、私たちは、
ワールドカップをまったく否定しているわけではなく、
やはりワールドカップを見たいですし(笑)、
ベストな試合を見たいですし、
でも同じように、
スポーツを通じて人がじぶん自身の力で
強くなっていく「美しさ」も見たいですし、
その「美しさ」がどちらかに偏るとすると、
それに別の選択肢(オルタナティブ)を
与えたいんです。
田中 次のプロジェクト、
何か進んでるんですか?
映画づくりとか?
マタイアス 私たちは、
みんなを驚かせるのが好きですよ。

今は、相撲に興味を持っています。
それ以上のことは、今は言えませんが(笑)。
小泉 ホーム・アンド・アウェイでということで
リターンマッチはやる予定は無いんでしょうか?
マタイアス このプロジェクトで良かったのは、
モンテセラトとブータンの両国に
友情が芽生えて、
首相同士は、またやりたいという気持ちは
あるみたいなんですけども、
私はできる限りの助けはしようとは思うんだけど、
それは自分の次のプロジェクトではないです。
ただとても興奮しているのが、
FIFAが
アザーファイナルをずっと続けようと、
非公式に話しているんです。

2006年の決勝戦の時にもう一度やろう、
これからも続けよう、と言っているんです。
それは、とても素晴らしいと思いますし、
またブータンとモントセラトが
もう一度試合をするのも素晴らしいと思います。
とてもシンプルなアイデアが、
これだけの影響を与えられたのがうれしいです。
田中 すごいですね。
もうひとつのワールドカップの開拓者ですね。
創設者ですよ(笑)。
マタイアス サッカーは出会いであり、
純粋な楽しみなんだということが、
正式に認められたのがうれしいです。
小泉 ぼくは横浜の決勝戦に行きました。
マタイアス そうですか!
小泉 ブータンでの試合の後に、
みんなでテレビで横浜の試合を
観ているシーンがあったんですけど、
あのときに、
どんな気持ちが沸き起こってきたかを聞いてみたい。
マタイアス もちろん興奮しましたよ。
私たちは、
意識的にアザー・ファイナルの試合を
することを選んだんだけども、
試合で戦ったあとに、
一緒にまたテレビの前で横浜の試合を観て、
特別にエキサイティングな、
とても楽しい時を一緒に過ごせました。
西本 2006年は、やっぱりオランダが、
ワールドカップにたぶん出るでしょうね。
マタイアス 去年の予選に負ける前だったら、
確実に「イエス」と言えたけど、
今はねぇ……。
一同


(THE OTHER FINALより)
マタイアス インターネットのウェブについて話をすると、
このプロジェクトもインターネットのおかげでできた。
FIFAのランキングも
インターネットで調べたわけだし、
インターネットが重要な役割を果たした。
で、実際、
今も「アザー・ファイナル」のウェブサイトも
出来ているんですが、
インターネットで得た情報が企画に役立ちました。

「アザー・ファイナル」のプロジェクトが、
いろんな取材記事になっていて、
その中にはインターネットのサイトのものも多いです。
「CNN」や「USA TODAY」や、
「ル・モンド」などの記事のおかげで、
世界中のいろんな人たちに、
このアイデアがわかってもらえました。
最初にこのアイデアを取り上げてくれたメディアは、
「クィンゼル」というブータンの新聞社です。
試合前に情報収集のためブータンへ行ったんですが、
「クィンゼル」で取材を受けた記事が
インターネットに流れて、
「BBC」がそれを読んで電話をかけてきました。
その取材がきっかけで、
「ボールが転がりはじめた」んです。
「ボールが転がりはじめたら、
 あとはうまく行く」というふうに
オランダでは言うんですが、
日本にもそういうことわざみたいなものは、
ありますか?

  
<ワンポイント英語>
“A ball starts rolling,
  you don’t have to do noting.”
こう言ってました。
田中 何だろうな……。
広告業界では、
「最初にアイデアありき」って言うかなあ。
マタイアス ただ、自分では、今回のアイデアは、
唯一の素晴しいアイデアだったとは思っていません。
決勝戦とは違う選択肢となる試合を実現するには、
もっと違ったアイデアもあっただろうと思います。
でも、「アイデアを実施する」ということは、
アイデアそのものと同じくらい大切なんです。
だから、
「とてもいいアイデア」と「とてもいい実施」が
重要なんですよ。
田中 そうそうそう。
だから、「アイデア」と「実施」という組み合わせが、
ほんとに素晴しくかみ合ったケースだろうと思って、
ぼくは感心したんです。
マタイアス うまくいった秘密は何かと言うと、
「アイデアを実施する力のある人」
「アイデアを持っている人」が、
ともに仕事したことなんですよ。
「アイデアを持っている人」が、
最後までそれを実施する責任を持って、
他の部門や組織に任せるのではなく、
「アイデアを実施する力のある人」と
一緒にグループになって取り組むほうが、
効果が大きいんですよ。


この後、マタイアスさんの会社、
ケッセルズクレマーの案内ビデオを見ました。
面白い会社でしたねぇ。
教会の中にオフィスがあり、
なぜか水泳の飛び込み台があったりするわけです。
で、入り口のドアはいつも開きっぱなしらしいです。
会社のホームページは、
アクセスするたびに違うページが立ち上がり、
25種類あるそうなんです。
「ケッセルズクレマー・ネイルパーラー」、
「ケッセルズクレマー・ガーデニング」、
「ケッセルズクレマー・ライブラリー」。
広告代理店なんですけどねえ。
愉快命の集団です。
http://www.kesselskramer.com/

そして、最後に質問しました。


(THE OTHER FINALより)
田中 最後に、大きな質問なんですけど、
マタイアスさんにとって、仕事とは何ですか?
マタイアス 質問は大きいですが、答えはとてもシンプルです。
“FUN”(=楽しむこと、喜び)。
“FUN”は、尊敬することも含んでいると、
思っています。
とくに、私たちがつくったものを見る人々に対する
尊敬です。
コミュニケートする相手の人に対する尊敬ですね。
ひとことで言うと“FUN”、
楽しむこと。
だけども、広告をつくる仕事をする人で、
コミュニケーションをする消費者に対して、
馬鹿にしたような態度を取ることが
ありがちなんですけども、
そうじゃなくて、相手に対して、
尊敬の気持ちを持ちながら、
仕事をするということが大切だと思っています。


<ワンポイント考察>

うーん、ためになる話でした。
世界各国共通のアドマン魂みたいなものが、
このオランダ人にはあふれていました。
それでいて、自認する愉快犯だけでなく、
「コミュニケーションする相手への尊敬」なんて
言っちゃうところが、えらい。
「アイデア」と「実施」の組み合わせを
強調するあたり、
感心しまくりでありました。
で、後から、
このケッセルズクレマーの仕事を調べてみたら、
どれも一流の仕事なんです。

最初のクライアントと言っていた
ハンス・ブリンカーホテルは、
アムステルダムにあるバックパッカー向けの
「安いだけホテル」で、
その短所を逆に正直に、
あえてチープなイラストと
逆説的なコピーで、
たくさんの広告をつくるという戦略なんです。
“NOW EVEN LESS SERVICE”
(今なら最小のサービスが受けられます!)
“NOW EVEN MORE NOISE”
(今なら騒音がもっとひどい!)
“NOW EVEN MORE DOGSHIT IN THE MAIN ENTRANCE”
(今なら玄関に犬のふん増量中!)
“EVEN LESS REASONS TO VISIT!”
(どんな理由でも訪れられます!)
などなど。
こんなこと言われると、
よけい行きたくなりますよね。

洗車バスを巡回させ、
街中のアウディを洗って、
メッセージカードを置いていく、という
キャンペーンもさえてます。

感心の果てはつきないですね。
世界はひろいです。

感心にぐったりしているところ、
西本69乗組員に言われました。
「他のメディアは必ず聞いたと思うんですが、
 小野伸二について聞かなかったですね」

すっかり忘れてました。

では、また。


「飛び石なゴールデンウィークに感心したい一冊」


今年のゴールデンウィークは、
じつに中途半端な編成でありまして、
いっそのこと全部出勤してやれ、
なんて気にもなりますが、
みなさんいかがお過ごしでしょうか?

連休にはまとめて本を読みたくなったりしますが、
今年は厄介であります。
そこで、飛び石連休にも関わらず、
充実した感心を与えてくれる2003 年の本を
ご紹介したいなと思いました。

まず、時事的な目配せをしつつ、
重量感のある一冊でいきますと、
アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの
『帝国』(以文社)が浮かびました。

今の政治状況を<帝国>というコンセプトで解読する
頑丈な思考にふむふむ感心できるのですが、
念仏のような文章が続く、
手強い一冊でもあります。
実際、わたくし自身、
2分の1読んだところで、氷漬けになってます。
『帝国』を手にした連休明けに
すがすがしい登校や出勤は保証できませんもので、
別の本を、と思いいたりました。

今年、ずしんとした感心を与えてくれた、
岩井克人さんの『会社はこれからどうなるのか』は、
「ほぼ日」でも特集されましたし、
さて、と、
部屋にうず高く積まれた新刊本をチェックしまして、
ありました、ふさわしい一冊が。

岩月謙司『女は男のどこを見ているか』
(ちくま新書)

どうですか、この恥ずかしいタイトル!!!
わたくしは、本屋の平台前でたじろぎましたよ。
しかも、帯に注目です。
「やっとわかった! 女の秘密。」
大きくでたな、こりゃ。
ニュートリノの発見じゃあるまいし、
とつっこみつつ、
本を手に取り、目次を見ると、
「序章 赤ちゃんにベロベロバーをしてウケるほうが
 ノーベル賞をとるよりも大事」ときています。
あぁ、女の新物質を見つけたようではないようです。
そして、「終章 いい人生とはどういうものか」の
はじめの節は「お地蔵さん」ですよ。
ここで、買うことを決めました。
しかし、
わたくしが18才既婚男性ならまだしも、
『女は男のどこを見ているか』というタイトルの本を
34才独身男性がレジに運ぶことは、
勇気のいる行動であります。
こういう時は、2冊買いで意味を薄めるに限ります。
『カント
 世界の限界を経験することは可能か』

上にして、買いました。

冷静に振り返ると、
この2冊の組み合わせは、良かったのか?!
よけいに甘酸っぱいセットですね。いたい。
ま、コンビニで『おとなの特選街』を買いたいのに、
『CUT』も買うようなプレーとでも言いましょうか。
こういう珍プレーから思わぬ収穫があったりするもので、
ちなみに、このカント解説本もひらがなの多い、
親切で頭の芯を強くする書物でしたよ。

さて、この『女は男のどこを見ているか』ですが、
人間行動学の視点から
新しいコンセプトがいっぱい詰まった本でありました。
とくに「幸せ恐怖症」というのは、秀逸です。
無意識に母親の嫉妬を恐れて、
意図的に幸せを回避してしまう症候を抱えた
若い女性が増えている、というものです。
3歳までにかかった家庭環境による
「呪い」のせいで、大人になってから
「幸せ破壊工作」に走ってしまうということらしく、
あぁ、恐ろしや女ワールドと思い、
まわりの年頃の娘さん何人かにも
強くこの本を薦めましたところ、
みなさん激しく同意されておりました。
「幸せ恐怖症」や「幸せ破壊工作」、
「英雄体験をした男」など、
著者自身が開発された言葉に力がありますし、
他にも、
「嫉妬は怠慢に由来する」
「陰徳というのは、自分の誇りのためにするものです」
「究極の利己の追求が、究極の利他になる」
などなどと名言系の言葉が続出してまして、
また太ゴシックで印刷されているので、
読みやすかったりもします。

この岩月謙司さん、
齋藤孝さん、和田英樹さんと並ぶ、
「人生の実用書御三家」とでも呼べる、
売れる本を書ける力の持ち主とみました。

一見、男の子向けの本に見えがちですが、
ぜひ女子に読んでもらいたい一冊であります。
『新宿二丁目のほがらかな人々』で
大盛り上がりの「ほも日」読者、いや、
「ほぼ日」読者のみなさんにも、
しみじみとした感心をお届けできる本だと思います。
ビジネス界で
人間関係を円滑にするのにも役立ちそうであります。

ともあれ、
千葉ロッテの新外人ショートが
セカンドだけでなくサードも守るような、
今のややこしい時代にうってつけです。
巨人のライトがピッチャーだった
シンプルな頃がなつかしいですね。

では、みなさま五月病などにはかかられないよう、
すこやかな連休をお過ごしください。



【今回の感心力】
作家の田口ランディさん主催の「親睦会」でお会いした
巻上公一さんから聞いた「声は鍛えられる」という言葉に
ひどく反応した感心力の男こと田中宏和。
巻上さんが日本代表をつとめる倍音唱法のひとつの
「トゥバホーメイ」 とは いったいどんなものなのか?
「ビジネスに役立つ 声のつくり方」とはどんなものなのか?!
感心力の男はそんな疑問を胸に抱き、
湯河原温泉にある巻上さんのご自宅に向かったのであった。

【今回登場する人】

巻上公一さん

プロフィールから
抜粋させていただくと

・超歌唱家、
・ヒカシューのリーダー
・日本トゥバホーメイ協会代表
・ベツニ・ナンモ・クレズマー専属歌手
・日本口琴協会会員
・J-scat(日本作詞作曲家協会) 理事
・日本音楽著作権協会評議員
・人体構造力学「操体法」
 インストラクター
・中国武術花架拳を
 燕飛霞老師に学んでいる。


とさまざまな肩書きをお持ちである。
今回は感心力の男による
「ビジネスに役立つ 声のつくり方」
というオファーを快諾いただいた。 

公式サイト:MAKIGAMI VOCAL WORLD


感心力の男

今回は
「ビジネスに役立つ
声のつくり方」

という企画を思いついた感心力の男。
今回は東京を離れ、
巻上さんのお住いである
湯河原温泉への出張取材となった。
東京駅から熱海への移動は
新幹線を利用。
東京駅での集合時間の30分前には
お気に入りの幕の内を購入、
取材先の湯河原温泉の宿も
きっちり予約して望むという
過去最大の費用と時間を費やし
力の入った取材になった。
(しかも自腹)  



VOICE ARCHIVE
巻上さんのスタジオで、実際に巻上さんが演奏する
音をきくことができます。

その1●口琴
その2●洞穴唱法
その3●ホーメイ
その4●スグット
その5●声明
その6●長くできる
その7●第6回より
その8●第7回より
その9●第9回より

※お聴きいただくには、Flash Playerというソフトが必要です。
ダウンロードはこちらへ!


第1回 声は鍛えられる?!

「声は鍛えられるんですよ、
 みんなあまり知らないけど」

こんな一言を聞いた日にゃ、
「あー、それはぜひ聞かせてください!」と
感心力の大噴火であります。

その発言の主は、巻上公一さん。
http://www.makigami.com/
巻上公一さんをご存じですか?
まずは、こういうご紹介からいきましょう。
四半世紀もその活動を続けている長寿バンド、
ヒカシューのリーダー。
30才以上の読者のみなさま、
なつかしいヒット曲『20世紀の終わりに』
思い出されたんじゃないでしょうか。
こう紹介しはじめると、
“あぁ、巻上公一さんとは、いわゆる歌手なのね”と、
「ほぼ日」読者のみなさまは
早のみ込みされるかもしれません。
いいえ、巻上さんの活動の幅を、
ビジネス風に言うならば「業務領域」を、
並べてみましょう。
「歌、即興演奏、作詞作曲、演出、
 俳優、プロデュース」

日大芸術学部から図画工作系を引いた全部
と言えます。

さらにこんな肩書きが控えています。

日本トゥバホーメイ協会代表
ベツニ・ナンモ・クレズマー専属歌手
日本口琴協会会員
J-scat(日本作詞作曲家協会)理事
日本音楽著作権協会評議員
人体構造力学「操体法」インストラクター
中国武術花架拳を燕飛霞老師に学んでいる。

もうこなってくるとわけわかりません。
「中国武術花架拳を燕飛霞老師に学んでいる。」
これに至っては、漢字すらろくに読めないのであります。

「声は鍛えられるんですよ」
この一言にどきりとさせられたのは、
作家の田口ランディさん主催の「親睦会」。
「親睦会」って、
昨今耳にしない会合名なのでありますが、
たまたまわたくしが隣に座ったのが、
自称「超歌唱家」の巻上公一さんだったわけです。
そして、ひさびさに会った田口さんから、
「アルタイから歌手を呼んでのコンサート」
巻上さんと企画していると知らされたのであります。
まったまたー、極端なネタを、といいますか、
聞くだに「そうとう荒れ球な企画」であることは
間違いありません。
まず、「アルタイ」。
博多弁ではありません。
地名いや、国名でありまして、
昔はソビエト連邦と呼ばれていたころは、
大国のいち地方名であったわけですが、
今ではアルタイ共和国という国家になっています。
「インド=ヨーロッパ語族」とセットで覚えた
「ウラル=アルタイ語族」の「アルタイ」です。
いずれにせよ、
世界レベルのど田舎であることは確かであります。

「アルタイから歌手を呼ぶ」
ということは、
アルタイに歌手がいることを前提にしているわけで、
わたくしの頭ではこの時点で混乱をきたしておりました。

ここで、先ほどの巻上さんの役職名のひとつを
思い起こしていただきたいのです。
「日本トゥバホーメイ協会代表」
「トゥバ」とは、「アルタイ」の右隣、
モンゴルとびたっと国境を接した、
これまた旧ソ連の「トゥバ共和国」のこと
「ホーメイ」とは、
トゥバ共和国で行われている歌唱法のことなのです。
勘のいい読者の方は、
おまえさん、
それは「ホーミー」のことじゃないのかい、と
つっこまれたのではないかと。
そうなんです、近いんですけど、違うんです。
「ホーミー」はモンゴルの歌唱法、
「ホーメイ」はトゥバの歌唱法なんです。

で、近いというのは、
同じ「倍音唱法」の仲間だからです。

「倍音」って、また音楽の授業以来ですよね。
パソコン画面の前にいらっしゃるみなさま、
「あー」と声を出してみてください。

素直な方におかれましては、
今そうとう恥ずかしい思いをされたことと、
深く痛みいるわけですが、
その「あー」の音と、
いちオクターブ高い「あー」を
同時に出してみてもらえます?
できない??
できるわけがない???
しかし、これができちゃう人たちが
中央アジアにいっぱい住んでいるらしいんです。

以上、いかにも付け焼き刃な解説はここまで。

さて、「アルタイの歌手」とは、
アルタイの倍音唱法「カイ」を操り、
アルタイの英雄叙事詩を歌う
ボロット・バイルシェフさんのことなんです。
前回の「マタイアス・ディ・ヨング」さんに続いて、
またややこしい名前だ。
「ボロット・バイルシェフ」
それに歌うは「英雄叙事詩」ですよ。

なんでも昨年巻上公一さんの案内で、
田口ランディさん、田口さん担当の編集者丹治さん、
そして写真家の川内倫子さんが、
ボロット・バイルシェフに会いに行かれたそうなんです。
アルタイくんだりまで。
どうやって会いに行ったのかを聞いたのですが、
とても旅行というよりは、
印象として罰ゲームに近かったですね。
しかも、ボロットさんは、
馬でご一行を迎えたらしい。
「さすが遊牧民!」であります。
礼儀正しい。

そして、日本からの旅団は、
ボロットさんの歌声を生で聴き、
「ともかくびっくりする声」を体験したと、
口をそろえておっしゃるわけです。
冷静そうな川内倫子さんも
「ものすごくびっくり」されたそうで、
ただならぬ「びっくり」が想像できたわけです。
わたくしは、
つねづね腰を抜かすほど驚きたいと思うたちであります。
これは、そのボロットさんやら倍音唱法やらの話を
深く聞きたい。

しかも、「声は鍛えられるのですよ」ですから。
かねがね、人柄イメージは、
声でつくられるんじゃないかと思っていました。
仕事をしていても、
声のトーンによって、
プレゼンの通りが違うような気もしていました。
これは、ぜひ「ビジネスに役立つ声のつくり方」を
聞いちゃおうと思ったわけです。


さらに、ボロット・バイルシェフさんのコンサートは、
折しも6月6日、
「ほぼ日」5周年記念日に
東京の文京シビックホールで開かれます。
http://www.makigami.com/bolot/
耳デカお猿がシンボルの「ほぼ日」で、
周年のお祭り企画だわっしょいわっしょいの最中、
倍音のように響く巻上公一インタビュー。
味わい深い趣きになること請け合いと、
いざ湯河原の巻上さんのご自宅兼スタジオに
出向いたのでありました。

註)
さきほどアルタイのことを
「世界レベルのど田舎」と表現してしまいましたが、
ひょっとするとわたくしの
先入観のなせる馬鹿かもしれません。
もし、アルタイ共和国、トゥバ共和国、モンゴル、
この3カ国から「ほぼ日」を
ご覧になっている方がいらっしゃいましたら、
ぜひメールで実際のところをお知らせ下さい。
この3カ国に行ったことがあるという人からの
「ど田舎」か否かの判定メールも
いただけるとうれしいです。


第2回 衝撃の声との出会い。

「声は鍛えられるんですよ」という言葉に導かれ、
向かうは巻上公一さんの湯河原のご自宅であります。

同行の取材班は、
昨年巻上さんと一緒にアルタイに行った、
メディア・ファクトリーの編集者、
“ジョン・レノン似”の丹治文彦さん。
続いて、声のプロフェッショナルとして、
なにかとこまめに熱心で、
「あら〜奥様」界のアイドル、
“はなまるアナ”の今泉清保さん。
そして、
湯河原がどこにあるのかも知らなかった、
“嫁といっときも離れるのがつらい新婚”の
おなじみ西本ROCK乗組員です。

うららかな土曜日の午後、
公衆足湯温泉を見下ろす高台にある、
巻上さんご自宅地下のスタジオに案内され、
会話はスタートしたのでした。


田中 『ほぼ日刊イトイ新聞』のですね、
「感心力がビジネスを変える」っていう、
笑っちゃうようなタイトルの
コーナーがありましてですね。
巻上 大丈夫なんですか?
そのタイトルで俺の話は。
田中 いや、大丈夫です。大丈夫です!
巻上 俺もちょっと読んだけどさ。
ここに出んのか、とか思って(笑)。
平気かな?、とか思って。
田中 ビジネス・ページなんです、ええ(笑)。
こんな不信感を持たれつつ、
「声とビジネス」について
感心がいっぱい1時間半のインタビューになりました。
まずは、来日直前のアルタイ人歌手、
ボロット・バイルシェフさんの
「想像を絶する声」の話から聞いていきます。
田中 まずは、
ボロット・バイルシェフさんに出会われた
きっかけあたりから
お伺いできればと思うんですけども。
巻上 僕はね、10年くらい前に、
口琴って楽器がすごい好きになって。
まあ、実は、ヒカシューのね、
1枚目のアルバムでも、
24年くらい前に使ってたんだけど、
そんなこともすっかり忘れて、
「あ、この楽器はいいなぁ!」って、
また思い始めて(笑)。
で、練習し始めたんですよ。
田中 え?
ふたたび口琴に燃えはじめたのは、
なにか理由があったんですか?
巻上 「世界口琴フェスティバル」
っていうのがあるんですよ。
その第3回目に行ったんです。
田中 「世界口琴フェスティバル」ですか???
そんな世界フェスティバルがあっていいんですか?!
巻上 そうそうそう(笑)。
口琴について、
シンポジウムと会議とコンサートをする
フェスティバルっていうのがある。
第1回はアメリカ、第2回はシベリアのサハ。
で、第3回がオーストリアのモルンでやったんですね。
田中 あー、ワールド・ワイドなんですねぇ。

  
<ワンポイント解説>
「口琴ってなんや?」の方、ごめんなさい、
いきなり振りきれた会話になってます。
口琴とは、
世界中にある、おそらく最も古い楽器でして、
手のひらサイズの鉄や竹でできています。
口にくわえて弁を弾くと、
「びよーん、びよーん」と鳴るんです。


それでは早速ですが
ここで巻上さん我々の前で演奏してくださった
口琴をお聞きくださいっ!
(クリック)

巻上 で、第3回「世界口琴フェスティバル」の
オーストリアに行ったんですよ。
チロル地方なんですけどね。
実はそこがね、
世界でいちばん口琴を作ってるところなの。
田中 へぇー(笑)。
チロル地方が一大産地なんですか?
巻上 それで招待されなかったから、
無理矢理行ったのね(笑)。自費で。
その前にね、メールとか出してて、
「出してくんないか?」とか言ってたんだけどね、
あんまり通じなかったから(笑)。
それで、
「ウィーンの駅のところで待ってたら
 迎えが行くから」って、
迎えに来てくれて、
だいたい4時間ぐらい車に乗ってって。
田中 さらに4時間もかかるわけですね(笑)。
巻上 で、着いたらもうほとんど夜。
11時ぐらいだっけね。
夜着いたら、宿舎を割り当てられたわけ。
で、だいたいアジア人は、
そこのホテルというか‥‥。
田中 あー、もう似たもの同士ってことで、
似たようなところに集められるわけですね。
巻上 そう、集められてるわけね。
で、行ったらね、アジア系の2人が話をしてたのね。
そのひとりがボロットさん。
もうひとりがエディルさんってカザフスタンの方でね。
カザフの人とアルタイの人が、
2人でこう、お茶飲みながら話をしてたんですよね。
で、「あ、こんにちは」とか言ったら、
「うん」っていう感じで(笑)。
田中 それは、英語で話しをされるんですか?
巻上 ロシア語かな、そのときは。
ロシア語、僕その頃、始めて1年か2年ぐらいで。
田中 あっ! 勉強されてたわけですね?(笑)
巻上 そう。
で、「わっ、これはいい!」と思って。
田中 「これはロシア語使える!」と思って(笑)。
巻上 「ズドラーストビーチェ!」って(笑)。
田中 なかなか使えないですよね、
ロシア語なんて(笑)。
巻上 「わたしは巻上公一といいます」って、
ロシア語でちょっと紹介をして。
で、どういう人か知らなかったんですよ。
そのボロット・バイルシェフって人がね。
田中 ふつう誰だかわかんないもんですよ、それは(笑)。
巻上 コンサートが1日か2日後にあって、
そこではじめて誰がどんな奴かわかるんだけども、
まあ、ほんとに世界各国から口琴名人がきた。
田中 はぁー。
そんないっぱい名人がいるもんなんですか。
巻上 口琴名人で有名っていっても、
それ、口琴の世界で有名ってだけで(笑)。
その口琴自体がマイナーですから。
田中 それは、何人ぐらい集まるフェスティバルなんですか?
巻上 何万人だよね?
(とここで、急にお茶を運びにこられた奥さんに
 尋ねる巻上さん)
田中 へぇー! そんなに!?
巻上さんの奥様 そんなに来たっけ?
巻上 いたじゃん!
1万か2万ぐらい、いたんじゃないの?
いない?
5千人ぐらい?
巻上さんの
「冷静な」
奥様
数千人って感じですね。
巻上 ぜんぜん違うな(笑)。
だんだん少なくなってるじゃん!
田中 えー、それは、野外で会場が設けられて、
ひとりひとり紹介されて、
口琴を披露していくって感じですか?
巻上 そうそう。
田中 あー。
そこで、宿がおんなじだった人が出て来たと(笑)。
巻上 急に出て来てね。それも、すごい衣装で。
なんか、見たことない衣装だったの。
ま、モンゴルとか、あのへんの衣装っていうのは、
まあ、漢民族の衣装で
清朝の時代の服を着てますよね。
それとぜんぜん違ったんですよ。
なんか、アニメに出てくるような(笑)。
田中 ま、普段着なんでしょうね(笑)。
巻上 アニメ・ファンが大喜びするような格好をして。
すごい帽子かぶって。
でも、それはほんとうに衣装だったのね。
田中 あ、ステージ衣装だったんですね。
巻上 古代のアルタイ民族のものを復元してる。
だから、日本でいってみれば、縄文時代とか、
まあ、弥生時代だな、むしろ。
田中 わりとアルタイでも
極端な服を着てきたわけですね?
巻上 うん、そうそう、それは異様でしたね。
田中 伴奏が無くて、いきなりバーンとこう、
ベンベンベンベン始まるんですか?
巻上 そう口琴やったり、
トプショールっていう
2弦の撥弦楽器があるんですけどね、
それを弾きながら、歌い始めるんですよ。
で、歌が始まったら驚いたことにね、
聴いたことのない低音だったの。
田中 わははははは!
巻上 白いテントの中のステージだったんだけど、
すごい反響してね、
エコーがすごくうなってたんだけど。
で、その低い音がね、
もうテントが、ブ〜ッブ〜ッ!って
震える感じだったの。
田中 あ、実際にテントがですか?
巻上 うん。
もう、なんか、衝撃の音。
田中 いや僕もCDを借りて聴いたんですけど、
地鳴りみたいですね。
巻上 地鳴りの音ですよね。
田中 あれ、地鳴りですよね、もう(笑)。

<ワンポイント考察>
通常ひとはロシア語を急に勉強しはじめないわけです。
つねづね「準備の大切さ」を説く
イチロー選手でも考えつかないと思います。
しかし、巻上さんは無意識にロシア語を勉強していた。
この「無意識」ってものが無ければ、
ボロット・バイルシェフさんとの出会いも、
それから続く豊かな反響になりえなかったと思うんです。
「無意識の準備」というのが、
さまざまな事態を発展させる鍵じゃないですかねえ。
ってことは、「わけのわからない好奇心」を大事にし、
つねに未来の準備を無意識にしておくことが
大切なのかもしれません。
わたくしは、最近、
囲碁と建築と禁煙に興味を持っています。
 



第3回 
シャーマンと歌手は、
「いきなりなる」ものである。。



巻上 今までトゥバとかモンゴルで
ボロットさんのような低音を出す
歌唱法は知ってたんです。
似たような歌唱法はあるんだけど、
ボロット・バイルシェフみたいに、
いろんなレベルでの低い声を
何種類も出す人ははじめてだった。
それに、ほんとに驚いて。
たぶんそれは僕だけじゃなくて、
会場中がシーンってしちゃって(笑)。
彼自身にもシャーマニックな力があるんですよね。
みんなすごい感動してましたね。
田中 はぁー。
で、感動されて、

「友だちになろう」と申し込んだ(笑)。
巻上 すごい人だったんで、
これはもう、そばにいて話をしなきゃって、
ずーっと一緒にいました。
田中 ロシア語会話(笑)。
あー、そうですか。
で、ボロットさんも
巻上さんが歌われたのは聴かれたんですか?
巻上 いや、知らないですよ、そのときには。
「この日本人は何物だろう」
とか思っただろうね(笑)。
田中 「スパイかな?」とか(笑)。
巻上 で、アルタイ語教わったりしてね、
楽しんでたんですよ。
ボロットさんも奥さんと来てて、
ま、僕も妻を連れて行ったから。
田中 あ、家族ぐるみの
交際が始まったわけですね、そこで。
それで、最初に出会われて、その後どうなったんですか?
巻上 「世界口琴フェスティバル」
って長いんですよ。
5日間ぐらいやるわけ。
田中 5日もやるんですか(笑)。
巻上 うん。
その3日後ぐらいに、
フリー・ステージがあったのね、誰でも出れるやつ。
僕もいろんな人と組み合わせでやったんだけど、
「ボロットとやらなきゃっ!!」って思って、
「一緒にやらないか?」っていったら、
「うん、やろやろ」ってやったんですよ。
彼の声をちょっと物まねでやったのね、ステージ上で。
そうしたら、だんだん入り込んでって、彼の世界に。
それで、その世界を崩したりしてったら、
彼自身が面白かったらしくって。
なんかこう、一体感がすごくあったんですよ。
んー、ま、妻によると
「涙が出るほど良かった」って、言ってくれたのね。
で、僕自身はもう、ほんと感動して。
またボロットがすごい興奮してて、
テントの楽屋の裏のほうに来たら、
「一緒にコンパクト・ディスク作ろう」って。
田中 いきなりコンパクト・ディスクを(笑)。
CDがアルタイにあるんですか!?
巻上 「コンパクト」って言うんですよ。
「いやー、そんなにすぐ作れないよな」
って思ったんだけど。でも、確かにね、いい
なと思ってね。
それで、次の年、日本に呼んだんです。
レコーディングするために。
田中 調子いい人ですね、
ボロットさんもそういうところは。
で、すぐ来られたんですか?
巻上 すぐ来た。
田中 でも、アルタイからここまで、大変ですよね(笑)。
巻上 呼ぶの大変なんですよ、僕が。
だから、
僕が一生懸命やんないと呼べないんですよ。
田中 大使館通じて招待状とか、そういう話ですよね。
はじめて来られたのは一昨年ですか?
巻上 そうですね、
最初に来たのが、2000年ですね。
田中 そのときにコンパクト・ディスク作りの
ためだけじゃなくて、
公演もされたわけですか?
巻上 んーとね、1回か2回。
そんなにしなかったんですよ。
あとは、BSの番組に出たぐらいでしたね。
田中 今度のコンサートのチラシを見ても、
ボロットさんが「アルタイのスター」って
書いてあったんですけど、
「アルタイのスター」って、
どういう状態なのかなと思って(笑)。
巻上 わはははは!
そうだよね。
田中 テレビ、バンバン出てるとか。
巻上 出てる、出てる。
田中 あ、アルタイのテレビに。
えっ?
アイドルなんですか?
言ってみれば。
巻上 ポップ・スターですね。
田中 わ、ポップ・スターなんですか!
へぇー!
巻上 いっぱいヒット曲があるわけ。
最初のヒット曲っていうのは、
自分の故郷のことを歌った歌で。
兵役に行ってたときに書いたんです。
それを録音したのがね、
ラジオで流行ったんだって。
大ヒットしちゃったの。
それで有名になって、
それから何曲もいっぱいカセットをつくって。
田中 今ではもう「スター」ってことになってるんですね。
巻上 そう、はじめはノボシビルスクのスタジオで、
前衛的なエレクトロニクス使った曲を
出したりしてたんです。
田中 へぇー、はじめは民謡調じゃなかったんですか?
巻上 そう、それから、
「この歌手は伝統的なものやったらいい」と思った
演出家の人がいたんですよ。
ノホンさんって人なんだけど、
ボロットにアルタイの伝統的なものを勧めてね。
田中 もともと伝統芸の人なのかなと思ったんですけど。
最初はアルタイのポップ・スターだったんですね。
巻上 そうです、そうです。
というのはね、アルタイのポップ・スターのときには、
ロシア語のものを歌っている。
ところが、アルタイ語のものを
歌うようになったんですね。
田中 英雄叙事詩が2000年続いてるっていうのが、
凄いなって思ったんですが。
それって、楽譜とか無いわけですよね。
巻上 そうそう、口伝ですよね。
で、なんでそれ出てきたかっていう
理由があるんですよ。
それはペレストロイカですよ、やっぱり。
田中 あっ!
ゴルバチョフのお陰ですか。へぇー。
巻上 ソ連邦の崩壊が、
伝統音楽を各民族ができるようになった
きっかけなんですよね。
だからモンゴルのホーミーであるとか、
トゥバのホーメイであるとか、
アルタイのそういった歌唱が出てきた。
田中 あー。
あっ、音楽の自由化も
ペレストロイカで起ったわけですね(笑)。
巻上 カザフスタンとかも、
まだロシア連邦の中にあったんだけど、
独立してったりとか。
10年ぐらい前から、
また各民族が自分たちの伝統を
見直す動きが起ったわけですね。
で、そういう人たちがだんだん世界に出ていった。
そのへんはね、知られざる世界だったわけ。
田中 なるほどなー。
暗黒地帯だったわけですね(笑)。
巻上 そう。
ブラジルの音楽は知ってます、
ペルーの音楽は知ってます、
アフリカの音楽は知ってます、
だけど、わりと共産主義の世界っていうのは、
あまり知られてなくて。
むしろ古いかたちで温存されてたとも言えるわけ。
手付かずで。
田中 あっ!
冷凍されてたみたいな感じなわけですね。
巻上 そー、そうそうそう(笑)。
田中 「ソビエト」ひと山いくら、みたいな感じの
扱いをされてたけども、
実はしっかり冷凍保存されてたわけですね。
巻上 いっぱいあるんですよ、それが。
バシコルトスタンとかね。
カルムイックってとこにも喉歌みたいなの、あるし。
それから、ウクライナにもね、独自の音楽あるし。
けっこういろいろね、
聴くべきところがいっぱいあって。
田中 ソビエト共産党時代は、
あんまり自由に表現できなかったけれども、
それを伝えていってた動きが着実にあったわけですね。
巻上 その中でやってた人がいるんですよね。
だけど、あんまりおおっぴらにできなかったと思います。
田中 じゃあ、ひっそりと隠れたところで、
「ウ〜」と唸ってた人がいるわけですね、倍音で。
巻上 いたんでしょうね。
ま、そういった民族の強い力ってね、
途切れないんじゃないかって思うんですよ。
例えば、ボロットが言ってたんだけれど、
アルタイって、
シャーマンが多いところで有名なんですよね。
で、シャーマンがね、
全員焼き殺されちゃったんですよ。
田中 はぁー、ロシア革命以降ですか?
巻上 ソビエトの共産党によって。
で、もうほぼひとりもいなくなったと
言っていいんだけど、
今、新しくほとんどのことを知っているっていう
シャーマンが、現われてきてるんですって。
田中 えーっ。
それは、誰かから、受け継いで?
巻上 教わったわけじゃないんだよね。
シャーマンっていうのは、
なんかもう知ってるわけ。
田中 あ、いきなり(笑)。
巻上 いきなり知ってるわけ(笑)。
だからね、いくら全員殺しても、
生きてるんですね。
凄いなと思って。
田中 根絶やしにできないわけですね。
ボロットさんっていうのは、シャーマンなんですか?
巻上 自分ではシャーマンって言ってませんよ。
うん、でもやはり歌を歌う人には、
どこかしらシャーマニックなところがありますよね。
彼の吸引力から見てね、
凄い力を持った人だと思いますね。

<ワンポイント考察>
ボロットさんが兵役にいた場所が、またすごいんです。

「バイコヌール宇宙基地」

NASAよりも本格的な迫力があります。

「バイコヌール宇宙基地で、そっと喉を唸らせた」
これだけでポエムですよ。

シャーマンも歌手も突然なってしまうものなんですねえ。
見えないものを操る力持ちとして似てるんでしょうね。
血はこわいわ。
 


第4回 日本トゥバホーメイ協会代表、歌う。



田中 ボロットさんのような倍音唱法っていうのは、
アルタイやモンゴル、トゥバなど中央アジアに
かたまってあるんですよね。
先日お話を伺ったときに、他の地域でも
「オーバー・トーン・シンギング
 (Over Tone Singing)」
といって、
他の地域にも点として存在するという
お話が、面白いなと思ったんです。
巻上 ベトナム人のホーミーとかの専門家で
トラン・カン・ハイって人がいるんですよ。
彼がパリに住んでて、
民族音楽の研究をやってるのね。
彼がヨーロッパ人にいっぱい教えてるのね。
これがモンゴルのホーミーだ、って言って。
でも誰が聴いても

モンゴルのホーミーじゃないんだよね。
彼がやってるのは、
彼の独自の

「オーバー・トーン・シンギング」なんだよ。
田中 あ、自己流にやってるわけですね(笑)。
巻上 そう。
だけど彼は「これがホーミーだ」と
言い張ってやってるんですよ(笑)。
で、それがヨーロッパに伝わってる。
田中 方言がそのまま定着してるわけですね。
巻上 そうそう。
とっても教えるの上手な人なのね。
田中 正確かどうかは別にして、
教えるのだけは上手いわけですね(笑)。
巻上 うん!しかも喋りも達者なんですよ。
彼のせいで、ほとんどヨーロッパは、
「オーバー・トーン・シンギング」の

スタイルかな。
「洞穴唱法」とも言えるんだけど。
田中 洞穴唱法?
巻上 口の中を洞穴みたいにして、
そこに響かせるっていう。
田中 あ、口腔を楽器にするような考え方ですか?
巻上 そう、洞穴にして。
でも、ホーミーとかホーメイとか、
アルタイのカイは、
喉から出てくるんですよ。
田中 「喉歌」って言われますよね。ええ。
巻上 洞穴の部分も使うんだけど、
喉の方から出てくるの。
田中 そこが違うんですね。
でもヨーロッパのほうでは、
その洞穴のほうがメジャーになってきてるわけですね。
巻上 あ、ちょっとやってみましょうか。
田中 お願いします。
巻上 これがね、洞穴唱法です。
( クリックすると聞くことができます)
田中 凄いですね(笑)。ビンビン来ます。
巻上 これが、洞穴に響いている音。
洞穴の中に風が通って、響いてる音なんですよ。
これはね、日本人でもけっこうやる人が昔からいますよね。

そして、これが、トゥバの「ホーメイ」
(クリックすると聞くことができます)
田中 あぁ(拍手)。違いますね。
巻上 違うんですよ。
もうひとつその「ホーメイ」の中で、
高いほうだけ強調する、
つまりみんなが知ってる
「あ、それホーミーね」みたいなのもの。
それは、トゥバでは「スグット」って言います。
(クリックすると聞くことができます)
口笛みたいな音を強調するっていうやり方ですよ。
田中 凄いですねー。
巻上さん、それに興味を持たれたのは、
そもそもボロットさんに出会う前から、
倍音唱法に興味を持たれてたわけですよね。
巻上 そう、ほんとに強く思ったのは、
94年に田中泯(たなかみん)さんという方が
アムステルダムでオペラに出たんですよ。
そのオペラの中で、トゥバ人のホーメイ歌手たちが、
6、7人出てたのかな。
同じアジアの顔してるっていうんで、
そこで知りあったらしいんですよ。
田中 ははははは。
巻上 みんな寂しそうにしてたんで、
「お前ら、日本に呼んでやるよ」といって。
泯さんがやっている

白州のアート・フェスティバルに、
彼らを呼んだんですよ。
そこでその人たちに会ったんですよ。
その頃はね、「トゥバ」って名前も、
僕自身もよくわかんなかったし、
白州のアート・フェスティバルのほうでも、
「トーワ」って書いてあったしね。
もう名前すらね、うまくわかんない。
そのちょっと前ぐらいにね、
『ファインマンさん最後の冒険』っていうのがね、
岩波から出てるんですよ。
田中 え、物理学者のリチャード P. ファインマン!

  
<ワンポイント解説>
リチャード P.ファインマン
ノーベル賞受賞の物理学者。
第2次世界大戦中は原爆の開発を目的とした
マンハッタン計画で重要な役割を果たす。
1918年ニューヨーク市生まれ。
1988年2月に死去。
1965年にシュウィンガー・朝永振一郎と共に
ノーベル物理学賞を受賞。
エッセイも有名。
 
巻上 そう、ファインマンさん。
ファインマンさんね、
ものすごくトゥバに行きたかったの。
田中 なんで、また(笑)。
巻上 ほんとに(笑)。
招待状まで取って、もう行くって算段になったんだけど、
ほらガンで死んじゃったでしょ?
田中 え?
それはホーメイに興味があったからなんですか?
巻上 それが違うの(笑)。
都市の名前クイズみたいなのを仲間内でやってて、
子音だけの名前の都市があるっていう話になったの。
「そんなのは、ないっ!」って、
ファインマンさんが言ったんだけど、
あったわけ。
それが、トゥバの首都なんですよ、たまたま(笑)。
「kyzyl」っていう街がある‥‥。
田中 え?
どうやって発音するんですか?
巻上 「クィゾゥ」。ま、「キジル」とか言ってるけどね。
それで、その街に不思議な歌唱法があるだとか、
いろんな手紙のやりとりをしたりという話が、
本になってるんですよ。
岩波から出てるその本には
「トゥバ」は「チューバ」って書いてありますね、
ま、確かに英語からね訳すとね、
たぶん「tuva」だから、
「チューバ」って読んだんでしょうね。
だからね、なかなかほんとの発音がわからなくて、
どう表記するかも定まって無かった。
そこに『トゥバ紀行』っていう本が出て、
言語学者の田中克彦さんって人が翻訳したんですけど。
田中 ああ、はい、『ことばと国家』の人ですね。
巻上 うん。
その人が「トゥバ」っていうふうに、
ちゃんと表記したわけですよ。
そんな感じですからね、
ほんとに知られてなかったころですよ。
で、95年にトゥバに行って。
「世界ユネスコ・ホーメイ会議」っていうのが
あったんですよ。
田中 ホーメイで会議ですか(笑)。
いろんなとこに顔出しますねえ。
巻上 なぜその会議が開催されたかと言うと、
その前の年かその前の年に、
モンゴルが、
世界遺産っていうのかな、
無形文化財としてのホーミーを、
これはうち一国の文化であるというふうに届け出をした。
そうしたら、周辺諸国が怒った。
田中 あー、勝手にやりやがってと。
巻上 その文化は、モンゴルだけのもんじゃない。
アルタイの周辺にいっぱいあるんですよね。
特にトゥバはね、モンゴルよりやる人多いんですよ。
田中 あー、盛んなわけですね(笑)。
巻上 そう、圧倒的に盛んなわけですよ。
5人にひとりぐらいやるんじゃないかってぐらい。
そのへんにいる警察官の人がね、
「いや、俺は下手だよ」っていいながらも
「ニ゛ィ〜」とかやりはじめちゃう!?
それがすごく上手かったりするんですよ。
そこへいくとモンゴルでは
できるひとはほとんどいない。
田中 はぁ〜(笑)。

<ワンポイント考察>
みなさん、巻上さんの歌声に驚いていただけました?
職場でお楽しみの「ほぼ日」読者におかれましては、
周りにけげんな顔をされたことと予想しておりますが、
今日は誰もひとがいない時を見はからって、
大音量で聞いていただきたいと思います。

はじめてこのコーナーに訪れていただいた方には、
「君、これをどうビジネスに
 役立てるつもりかね?」とつっこまれそうですね。
ご安心ください。
まだまだこの話は序の口でありますからして、
強く実用をお求めの諸兄、
「本日はアイドリング」とお考えください。
ま、ホーメイの歌いわけができると、
宴席ではかなりな人気者になれると思うのですが。
忘年会向きの大ネタですから、
今から練習のしがいがあるはずですよ。

それにしてもファインマンまで出てくるとは。
田中克彦『ことばと国家』(岩波新書)は、
「母国語」という言葉を疑う名著です。
ぜひご一読を。
 


第5回 声を操る技術論。



田中 生のホーメイを聴いて思い出したんですけど
小さい頃、毎月1回、
お坊さんが檀家参りにうちに来てたんですよ。
そのお経を読む声っていうのが独特だったんです。
なんか似てるなぁー、と思いまして。
巻上 それは上手な人だったんだね。
今はお経、下手な人が多いですね。
すごい声が悪くてね、
ブッ飛ばしたくなるような坊主がいる(笑)。
田中 その方は、たぶん今、
80を越えてらっしゃると思いますけどね。
巻上 それは、有難い坊さんだよね。
田中 読経の仕方とかって、
喉歌や倍音唱法と近いものがあるんですか?。
巻上 うーん、どうかなぁ?
基本的に違うのはね、
音色は似てるかもしれないけど、
それをコントロールするっていうことですよね。
田中 コントロールする?
巻上 音程のコントロールするっていうのは、
お経にはあんまりないんですよ。
勝手にやってる(笑)。
田中 一本調子にやってるだけだと。
巻上 あと、曲があるのが声明でしょ?
声明の場合は、ただメロディーがあるだけだから。
下の音は同じところをいって、
上の倍音部分のところに
メロディーを入れるっていうのはないです。
聴き取れるかどうかわからないけど、
ホーメイではそういうふうにやってる。
田中 ベース音は一定で、
高音をコントロールするということですか?
巻上 そうです。
でも、最近、気づいているお坊さんがいてね。
田中 はははははは、気づいた人が。
巻上 海老原さんって人がいるんだけど、
その人たちの声明はコントロールしてる。
それにね、お経の場合は
ひとりでやるもんじゃないから。
みんなでやってると、
もうひとつのハーモニーっていうのが、
上から降りてくるんですよ。
田中 上から?
巻上 それはね、どんな音でもだいたい出るんです。
西洋のコーラスでも。
要するにホールが立派なホールだと反響して、
上の方でもうひとつ違うメロディーが鳴るの。
田中 あー、なるほど。
巻上 たぶん聴いたことがあるでしょう。
「どこでこんな笛みたいな音がしてるんだろう」
って。
あれがそうなんですよ。
コーラスが上手くいってると、すごく綺麗に鳴る。
田中 あ、コーラスが上手くいってると、
上から降ってくるような音が
聞えてくるということなんですね。
巻上 でね、声明の場合はね、洞穴唱法に近いんです。
空気を鼻に当てるんですよ。
田中 えっ、鼻に?
巻上 たぶん聴いたことあるよ。
やってみるとこんな感じなんだけど
それが、鼻に当てるから。
で、それがもしね、さっきの洞穴唱法みたいに、
口の前を動かすんです。
だからつまり、鼻に当てると、
そこに空気の層ができて、
その膨らみを利用してる。

(ここの部分を全て音声で聞くことができます。
 こちらをクリック!
田中 あ、鼻をわりと中心に響かせるということなんですね。
顔を楽器みたいに使うんですね(笑)。
巻上 その言い方で、みんながわかるかどうか、
ちょっと疑問なんだけど、
僕も最初にホーメイを
トゥバの人たちに教わったときに、
「まあともかく、最初は喉を開けて」
って言われたのね。
よく喉を締めてしまうから。
細い音になりがちだから、
喉を開けるレッスンをして。
じゃ、ふつうの歌と同じじゃないか、
と思ったんだけど。
「ア〜」とか言ってね。
それを、1、2時間やって、
「うん、じゃ、OK」と言われて、
最後に、
「じゃあ、後は喉の筋肉を
 下に下げるだけだから」って
言われたんだ(笑)。
田中 喉の筋肉を下に下げる?
巻上 「喉、筋肉を下げろ」って言われて、
「その筋肉はどこにあるんだ?」
と思ったよ(笑)。
田中 ふつう、喉の筋肉は意識しないですよね。
喉の筋トレみたいなのがあるんですか?
巻上 そう。
喉の筋肉を、「エ゛〜」ってやると、
出るっていうんだよ。
だんだんわかってきたけど、
なんか丹田の方にグッと押し下げると、
モンゴルとかトゥバの歌唱法になるんですよ。
田中 巻上さんの本を拝見すると、
声帯模写って形態模写に近いみたいですね。
顔とかかたちを真似ることで、
似た声が出てくるようになるのかな、
と思ったんですが。
巻上 顔は重要ですよね。
やっぱり口の中の形態とかによって、音が違うから。
顔を似させると、その空洞が似るっていう。
田中 トゥバの方から教わられたときに、
まず喉を開けろとか、筋肉下げろとか、の他に、
何かコツみたいなものはあったんですか?
巻上 聴いてるとね、発音なんですよ。
田中 発音?
巻上 発音が重要。
彼らが喋ってる言葉がね、まず独特ですよね。
そこから来てるんでしょうね。
日本語に無い発音なんですよ。
ドイツ語のウムラウトみたいな。
喉の奥の方で曖昧母音をやるようなね。
あるいは喉の奥の声門を、
カッ、カッ、カッて破裂させるようなね。
擦りあわせたりとか。
そういうふうに、
いろんなふうに喉のところを使うのね。
田中 あ、ふだん日本語喋ってるぶんには
使わない喉の筋肉を動かさなきゃいけない
ってことになるんですね。
巻上 ふだん使ってないですね、たぶん。
あと呼吸のレッスンにもなりますよね。
肺の奥の方から息が出てくるので、
息の使い方が上手くなるんですよ。
っていうのは、すごく細く出すのね。
田中 量をですか?
巻上 だから、すごく長くできるのよ。
(その長さ体験してみてください。
 ここをクリック!
田中 ‥‥凄いっすね(笑)。
今泉 (ここで今泉アナがたまらず質問を)
腹筋と横隔膜をそうとうに
コントロールしないと
今の細さと長さ出ないですよね。
巻上 今の長さで、
きちんと音が出るということなんだけど。
今泉 日本語と発声法も違うんでしょうね。
日本語ってわりと胸式呼吸で、
一方歌ってるときは、お腹からですよね。
巻上 うん。
ゆっくーり、ゆっくーり出してくんですけど。
田中 そのような声を出されるために、
巻上さんの本の中でも、
背筋が大事だとか、腹筋を鍛えるとか
紹介されてましたけども。
巻上 それはね、芝居やってるときに
教わったんですけどね(笑)。
なんかいろいろ発声練習とか、させられるんですよ。
田中 あ、もともと芝居をされてたときの下地があったから、
すんなりとホーメイにも入っていけたんですね。
巻上 そうですね。
発声はね、18ぐらいのときに
ニューヨークで習いましたよ。
田中 ニューヨークで習われたんですか!
それは、演劇の先生ですか?
巻上 演劇の発声の人についてね、厳しかった。
ほんとに身に付いたかどうか、よくわからないけど(笑)。
田中 長い期間、行かれたんですか?
巻上 東京キッドブラザースって
劇団で公演に行ってるときに、
4ヶ月ぐらいいたから、
その間にレッスンを時々やってましたよ。
田中 そのときは発声練習に走られたわけですか。
巻上 ほら、劇団員って、自由自在じゃないですか。
責任感ないから、なんにも。
ニューヨークとロンドンに行けるっていうんで、
オーディション受けて入ったっていう(笑)。
田中 海外行きたいから、みたいな不純な動機で(笑)。
巻上 もう「行けるよ、すごい!」とかって(笑)。
まだ1ドル360円で固定相場制の時代だからね。
田中 その頃から、歌は歌ってらしたんですか?
巻上 だってミュージカル劇団だもん(笑)。
でも、今キッドの時の歌とか聴くと、
やっぱり下手だったね。

<ワンポイント考察>
「発声練習」という四文字熟語とは
無縁の世界に生きてきたものですから、
「声を出す技術」なんて
今まで気にとめたことも無かったんです。
「喉の筋肉」って、
言われてみないと気づかないですよね。

今泉アナはさすがに声の職人ですね。
巻上さんの眼前のパフォーマンスを
プロ野球キャンプの敵地視察みたいに、
じっくり目をこらして見てました。

ちょうど巻上さん宅へ伺う新幹線で、
今泉アナが読んでいた本が、
米山文明『声の呼吸法』(平凡社)というもので、

それを奪って流し読みしたんですが、
これはいい本でしたね。
「第一章 生き物の呼吸と声の不思議」で、
出だしが「魚類から」ですよ。
もう噴きあがりからして違います。
むむむ、と思って、
参考文献と筆者の略歴を見たら、
やはり三木成夫の弟子筋にあたられる方だったですね。
上級者向けの本として推薦いたしますです。
 


第6回 だれにも似ない声を目指す。



田中 東京キッドブラザースで歌いはじめられてから、
どうやってうまくなっていかれたんですか?
巻上 上手くなってるかどうかわからないけど、
歌い方はそんなに変わらない。
まあ、ちょっとは上達しました。
田中 こちらに伺う前に、
『ヒカシュー・ツイン・ベスト』を聴いたんですが、
初期の頃から歌い方は、
ずっと一緒でいらっしゃるんですけども、
声の質が太くなってらっしゃるという気がしたんですが。
巻上 そうですね、ほんとはね今、すごくいいんですよ。
40代はいいと思うんですよ、すごく。
田中 40代は人間として声のいい時期だと。
それ、どういうことなんですか?
巻上 やっぱり、呼吸にしても、
歌の情感にしても、意味にしてもね、
いろんなことがわかるようになってくるからね。
でも、今の日本の音楽産業の場合、
歌手の中心は10代、20代でしょ。
だから今のシステムは、
いまひとつ良くないんじゃないかな。
まあ、これから高齢化社会でしょ?(笑)
その中で、
新しい歌っていうのは生まれてくるんじゃないのかな。
田中 例えば、そのアルタイであるとかトゥバであれば、
ピークを迎えた歌手というか、
売れている歌手の人っていうのは、
やっぱり30代、40代の歳の方が多いんですか?
巻上 そうですね。
ま、人口が少ないというのもあるけどね(笑)。
田中 (笑)そもそも、人がいないという。
巻上 20万人ぐらいしかいないからね。
やっぱり日本は多すぎるよね、やりたい人が。
田中 (笑)あ、歌で食っていきたいっていう人が。
巻上 うん、そう。それで、下手なのに出すでしょ。
まあ、あれもしょうがないっちゃしょうがない。
それもね、限度がありますよね。
田中 巻上さんから見て、
「これは上手い」という歌手はいますか?
巻上 あんまり聴いてないんですよね(笑)。
もはや、あんまり人のこと興味ない。
田中 昔は憧れてらっしゃる歌手とか、
いらっしゃらなかったですか?
巻上 いないです。
音楽とかね、やりたくなかった。
田中 え?
全く?!
嫌だったんですか、音楽は?
巻上 芝居が好きで、やったんですよ。
田中 芝居ベースで、たまたま歌に?
巻上 そうそう。
目指す人なんか、いないですよ。
演劇のときも、「こんな役者になりたい」とか、
なかったですよ。
もう、自分のオリジナル!
自分しかできないのを探す。
だから、歌もそういうふうにしてる。
たいてい、どんな歌でも、
だいたい歌えるんですよ。
田中 先日カラオケで
「帰ってこいよ」を歌ってらっしゃるのを聴いてですね。
“凄い、この独特な「帰ってこいよ」は!”って、
驚いたんですけども。
ということは、あまり他の人の歌を聴くと、
自己流が濁るみたいなところがあるんですか?
巻上 まあ、そうですね。
自分の好きに歌うのが、いちばんいいんじゃないかな。
田中 好きに歌うっていうのは、
自分が歌ってて気持ちいい状態なんですかね?
巻上 うん、で、その歌をちゃんと自分で解釈できること。
田中 はぁー、でたらめではないと。
巻上 そう、感情が一方向じゃダメで、
やっぱりいい歌手っていうのは、
自分を見つめる力を持ってる。
そういう2つのまなざしを持てないとね。
田中 自分を客観視してる、
もうひとりが必要なんですね。
歌い手と聴衆を、
2役やってるみたいな感じなわけですね。
巻上 僕自身の特徴だと思いますけど。
僕は熱い面と、すごい冷めた面っていうのが、
常にある人物なんです。
だから、歌にもそういう感じが表れてる。
田中 いつも、レコーディングやライブで
ひとりで反省会をされるわけですか?
巻上 反省というのは、
それほどしないんだけどさ(笑)。
ただ、その瞬間に起っていることを
判断できるわけですよ。
後で判断しても意味ない。
いま起きてることをどうするかっていう客観性が重要。
田中 ちょっと声がノッてないな、とか、
ちょっと聴衆は飽きてるな、とか。
巻上 そう、声が出にくかったら、
少し体を右に動かしてみるとか。
そういうことがわかればいいわけ。
田中 はぁー。
え?
右に動かすと、なんか、っていうのは、
どういうことなんですか?
巻上 ちょっと声が出にくかったら、
すこーし体をねじってみたり、
元に戻してみたり、
力をフッと抜いてみたりしたら、
出やすくなったりするね。
膝の裏に力が入ってると、声が出なくなるんで、
膝の力をフッと抜くとかね。
田中 あ、楽器としての体の調整をされるわけですね。
巻上 うん、やりながらね、
上手くいかないなって時、もちろんありますから。
それとあと、歌自体の流れや詩が持ってる意味を
どう伝えるか。
「あ、伝わってないな」とか、いろいろ考えてる。
田中 詩を伝えるってときに、
技術的なことってあるんですか?
気持ちを込めて、
とりあえず声を出すってことなんですか?
巻上 いや、気持ちだけじゃダメですよね。
やっぱり、どう伝わるかのほうが大事ですよね。
あんまり美学的に完結しないほうがいい、
っていうのが
僕の考えです。
だから、美しすぎる歌はダメです。
田中 はぁー!
結果伝わる、受け手がどう捉えるか、みたいなところが、
ゴールだとしますよね。
でも、そこに行くまでのプロセスというか、
どうやって声を出すかっていうところで、
その試行錯誤というのは、
ライブの場合だったら、常にされてるわけですか?
巻上 そうですね。常に考えてる。
どうしたらいいか。どれが最善の方法か。
田中 それはやっぱり、観客の人の反応とか、表情とか、
そういうのを見つつ‥‥。
巻上 そうですね、感じ合いながらやってるからね。
田中

はぁー。
去年出された『方向はあっち』という
CDがありますよね。
それを聴いて、ビックリしましてね。
人間は声を使ってここまでできるのか、
と思ったんですが。
たぶんそういうボイス・パフォーマンスを
されるときは、
観客の中にも初めて来たな、
っていう人もいるわけですよね、

巻上 うん、ほとんど初めてじゃないかな、
あれはモスクワだったから。
田中 モスクワで公演されて、
観客は、まあ、いきなりビックリしてるわけですよね。
巻上 うん。
田中 そういうのをご覧になるのは、
やっぱり楽しいんですか?(笑)
巻上 いやぁ(笑)、いや、心配ですよ。
やっぱり、ロシアみたいなとこでやるのは。
田中 伝わるかどうか、っていうところでね。
巻上 そうそう。
受け入れられないかも知れないと思うから。
日本でだって、帰っちゃう人いるからね。
前に、クリスマスでやってたら‥‥。
田中 クリスマスですか!(笑)
巻上 勘違いしたカップルとか、
けっこう帰りましたよ。
田中 あははははははは!
巻上 なんかさ、ライブ・ハウスで、
タイトルにさ、
クリスマス・スペシャルとか書いてあったの。
あれ、良くないよね。
ちょっと、それ、ちゃんと書いてくれないとさ。
良くない!
カップルがさ、5組か6組来ちゃったの。
多すぎるよね、それ。
それで、ワン・セット終わったら、ほとんど帰った。
ははははは。
「帰るだろーなー」って思ったもん。
「ワ゛ーッ!ヴェーッ!」とかって、
やってんだもん(笑)。
サービスしないですよ、僕はそんなにね。
今日はそれ、やろうと思ってるのに。

(対談のこの部分を音声で聞くことができます。
 こちらをクリック!)
田中 じゃ、「サンタの歌でも歌うか」ってね(笑)。
それはできないですよね。
巻上 看板見たらさ、書き方が悪いじゃない?
クリスマス・スペシャルだよー、とか思って。
確かにクリスマスだったんけどさ(笑)。

<ワンポイント考察>
クリスマスに「宇宙語」のパフォーマンスを
聴いたカップル。
お気の毒であります。
それはそれで盛り上がれると思うんですけどね。
死に際にふと思い出したりして。

とことんオリジナルを目指そうという、
巻上さんの姿勢にプロフェッショナルを感じました。
「だれにも似て無い」ものになるって、
むずかしいですよね。
あえてマーケティング用語を使うと、
オンリーワン戦略なんでしょうけど、
べつに「戦略性」が意図されているわけではないんです。
じっさい巻上さんのパフォーマンスを聴くと、
生き物としての声に、心地よい鳥肌が立ちました。

声をつきつめると、
言葉はより力強い信号になるんでしょうかねえ。
 


第7回 声をのせるメディアを語る。



田中 ボイス・パフォーマンスの時って、
マイクとかPAとかっていうのは、
どうなってるんですか?
巻上 マイクは使いますよ。
使わないときもあるけど。
マイクでしか出せない声ってのもあるんです。
マイクの表現って、すごい重要なんですよ。
田中 あ、マイクの使い方ってことですか?
巻上 みんなが知ってる
ほとんどの歌っていうのは、
マイクの歌なんですよ。
だから、みんなの耳もマイクに慣れてるんです。
田中 あ、マイクを通した声に慣れてるということですね。
巻上 現代のポピュラー・ソング、ロックの歌とかは、
全てマイクのパフォーマンスですよ。
だから、そういう歌い方が確立してるわけ。

マイクの無い歌い方を挙げるのではあれば、
オペラなどが、それにあたるわけです。
田中 はいはいはい。
巻上 どんだけマイク無しで響かせてやるか(笑)。
オーケストラに負けないように歌うか、とかさ。
オペラのための劇場っていうのもあって、
声を出すと、ちゃんと後ろに助けてくれる壁がある。
でも、通常僕らがやるとこっていうのは、
たいていの場合は、
そういう壁が無かったり、
音が響かないような空間が多いですよね。
その場合は、マイクの助けが必要なんです。
アルタイとかモンゴルとかトゥバの人たちの
日本でのコンサートのアンケート読むとね、
必ず、「生の声が聴きたかった」って人が多いんです。
どうやら、みなさんは
普段は生で草原で歌ってると思ってるしいんですよ。
田中 あ、イメージとしては、
そのほうが浮かびやすいですものね。
巻上 考えてみればね、
この人たちプロだって思えば、
母国でもいっぱい人がいて、
いろんな人の前でやってるってわかると思うんだけど、
すごい想像力が貧困で(笑)。
むしろ、幻想的に思い込んでてね。
「草原で歌ってる人がやって来たよ」とか
思ってるんですよ。
それはまあ、ある種、日本人の郷愁ですし
商売的にはいいんだろうけど。
実際は違いますよね(笑)。
ほんとにプロフェッショナルなんだから
大勢の人の前でやってるわけで、
そういう所では
もちろんマイクもスピーカーもありますよね。
共産主義ですからね、いっぱいありますよ(笑)。
むしろマイクもスピーカーも好きなくらいですよ。
田中 大衆を扇動するようなものは好きそうですよね。
巻上 音はデカいやつが好きだしね。
田中 でも、イメージとしてね、
やっぱり草原で歌ってた人がポッと来た、
みたいなのを求めるんでしょうね(笑)。
巻上 そういう人がやるとね、
プレゼンテーションとして難しいですね。
確かにそういう人もいますよ。
でもワン・ステージ通して
プレゼンテーションが上手くいくかっていうと、
そうはいかない。
上手く紹介のしかたを、
今度こっちが考えなければ、難しいですね。
田中 向こうでスターでもあり、
ちゃんとマイクを使い、
キチッとした音響のところで、
多くの人を相手にしている人だから、
日本に来ても
うまくプレゼンテーションができるということですよね。
巻上 そう、ちゃんとできるんですよ。
そういう人しか、日本にも来れないですよね。
今泉 いま普通の生活をしてる人も、
マイクを使って歌ったり話したりする機会って、
多いですよね。
カラオケ行ったら、
すごい狭いところでも必ずマイクを使うし、
例えば、会議とかでも、プレゼンテーションの場って、
ある程度の広さになったら、
マイクを付けてやりますよね。
マイクの前で話すことって、
わりと当たり前になってると思うんですけど。
でも、そのマイクにどういう声をのせるかって、
たぶん誰も考えてないような気がするんですね。
だから、マイクはマイクで、
いつも使えて当たり前だけども、
マイクの手前の声っていうのが、
たぶん違うんじゃないかと。
響かせるような声を、
マイクにちゃんと響くようにのせてるから、
説得力のある音が出るんじゃないか
という気がするんですよね。
巻上 自分でうまく聴き取れればね、
マイクの音を聴きながら、
自分の声を変えられるんですよ。
だいたい僕らはそうするんですけれど、
ロックの場合、不幸なことにね、
エンジニアがいるんですよ。
このエンジニアの中でも、
耳がおかしいんじゃないのかな、っていう人が、
ま、約半数、いますね。
もちろん優秀な人もいるんだけど。
半数ぐらいのエンジニアは、
耳が遠いです。
田中 それは、毒されてるということなんですか?
巻上 いや、もう、おかしくなっちゃったんでしょう。
田中 あ、ヘッドフォンで聴きすぎて。
巻上 うん、ヘッドフォンとかデカい音を聴きすぎて。
コンサート行くと、
たいていの普通の人はね、
音がデカ過ぎるって感じると思う。
田中 たしかに思いますね、ええ。
巻上 それを楽しむ音楽ならいいんだけど、
そうじゃなくて、
わりと普通のポップスとか、
フォークなんかでも、音がデカいんですよ。
これはね、明らかにエンジニアが悪いわけ。
歌ってるステージの人も
音が大きいってことに
気がつかないんです。
田中 あ、そうかそうか。
自分の歌ってる音を拾うわけじゃないですもんね。
巻上 うん、モニターの音と、
客席に出てる音が違うんです。
会場が大きくなり過ぎると
自分の声だけで、
マイクを上手くコントロールできないんですよ。

だから、信頼できるエンジニアとやればいいけど、
でも、まあ無理ですね。
そのあたりは、パフォーマーとして
ちょっとジレンマがあるんですよ。
そういう意味では
生でやりたい、っていうのは確かにある(笑)。
届く範囲でね。
田中 それは間違いのない表現の仕方になりますよね。
自分で品質のコントロールができるわけですものね。
どうしても大きな会場になると、
その品質保証の部分を、
人にゆだねちゃうことになるわけですね。
巻上 だから、まあ100人ぐらいで
響きのいいホールでやれば、生音でできるかな。
ボロットでも大丈夫だと思う。
田中 とくに、さっき出していただいたような声とかだと、
わりと響きやすいですよね。
巻上 そうですね。
ただ録音はしにくいですよ、この音は。
再生して聴くと、「なんか違う」と思う。
自分の出してるのと違うと思うんです。
田中 え?
なぜ録音しにくいんですかね?
巻上 ぜんぶ拾えないからだと思うね。
田中 はぁー。
田口ランディさんも先日言われてたのは、
ボロットさんのCD聴くと、
ぜんぶ聴けないからつまんなくて寝ちゃうと。
でも、生で聴いたときは
ほんとビックリしたと言われてたんです。
その、原音と、原音を再生したもので言うと、
ボロットさんのような歌は、
やっぱりギャップが出やすいジャンルなんですかね(笑)。
巻上 実際違うんですよ。
ほんとの音ってうまく録れないんです。
田中 ぜいたくな音ですね。
また、デジタル化されて、
ますますそうなってるってこともあるんですか?
巻上 あるでしょうね。
だんだん音は良くなってるんだけどね。
アナログで録音技術が
かなりのレベルまでいったけど、
また最初に戻っちゃったんです、
デジタルになったお蔭で。
田中 あ、それまでの録音技術のノウハウが
リセットされたわけですね、
巻上 うん、そこでまた、すごい低いレベルになって。
今また良くしようって、だんだんなってますけど。
CDは音悪いですよ。
田中 あ、CDは音が悪い?
巻上 CDはね、便利だけど、音が悪い。
田中 え?
それ、CDってメディア自体が、
音が悪いメディアなんですか。
巻上 うん、悪い。
だから、いい音が好きな人は、
レコードが好きなんですよ。
田中 はぁー。
巻上 深い音がするからね。
で、また、今度コンピューターの時代になって、
MP3とかで、
さらに悪くなったのをみんな聴いてるわけ。
田中 そのメディアに合った歌の作り方とか、
アレンジとかっていうことに、
なっていくんですよね。
巻上 だから、2つあるでしょうね。
まあ、ひとつは、
MP3とかMDでもいいし、
ちょっとした音があればいいっていう方向。
このインタビューでも
テープ起こしをする時のために
言葉がわかるくらいの録音レベルでいいじゃないですか。
そういう時にむしろ余計に他の音が入ってると、
聴き取りにくいですよね。
その一方で、
もうとても録音できないような、
深い世界の音があるっていう、
ひとつの世界をもっと充実させていく方向と。
ただ便利さを追求してね、
もうメロディー・ラインだけあればいいとか、
そういう方向はそれで進んでいくんだろうな。
田中 だから、今で言うと、
最終的に着メロになったらどうなんだろう、
っていうところまで考えて、
歌が作られている時代ですよね(笑)。
巻上 今、着歌ですよね(笑)。
田中 着歌でホーメイとかあったらおかしいでしょうね(笑)。
巻上 うん、出そうかなと思ってるんだけど。
田中 (笑)不気味がられますね。
巻上 出そうかな?
ボイス・パフォーマンスとか、
いいかも知れないよね。
こんな感じで。(と、歌う)
っていうのがあったら(笑)。
けっこういけんじゃないのかな。
ダウンロード数が1位とかね(笑)。
(ここでの会話を聞くことができます
 ここをクリック!)

<ワンポイント考察>
せいぜい自声が届く距離が、
100mとか200mぐらいだとすると、
拡声器の無い時代の政治家って、
重労働だったんでしょうね。
ギリシア・ローマ時代では、
演説するたびに喉から出血してたのか。
不憫であります。

技術が進歩して、
声のプレゼンテーションは変っていっても、
けっきょく声を届かせる原始メディアは、
楽器の役目を果たす体なんでしょうね。
とすると、詰まるところ、
人そのものがメディアなんじゃないかってことに
また戻るわけですね。
 


第8回 お待たせしました。
    いい声をつくる方法とは?


田中 そろそろ「ビジネスに役立つ声のつくり方」について
聞きたいんですけど(笑)。
巻上 いろんな声を出したほうがいいね。
そうすると、喉の可能性っていうのが
広がってくるから。
田中 物まねしてみることが
大事ってことですかね?
巻上 会社でも部長の物まねとか
よくするでしょ?
そういうのはね、けっこういいんですよ。
田中 はぁー。
それ、喉を運動させることになるわけですね。
巻上 そう、運動になるんですよ。
あと、その人の考えてること
つまり、思考がわかるわけ。
昔、寺山修司の物まねする人が
いっぱいいたけど、
物まねすることによって
思想模写もできるわけ。
田中 声帯模写が、思想模写になるわけですね。
巻上 うん。その物まねの対象の
考え方がわかるようになるんです。
田中 僕も仕事をするにあたって
企画のプレゼンテーションなどでは、
話し手によって、
企画の通りが良さとか悪さが決まってくるな、

という気がしていたんです。
「声を工夫してみたらいいんじゃないか」
と思ってみたりしますし。
声と伝達内容っていうのは、
実はすごい近いのかな、とか、
声と人柄っていうのは、
かなりオーバーラップしてるのかな
と思っているんです。
巻上 それ、すごい重要ですね。
というのは、
人って、あんまり内容を
聞いてないってことですから。
田中 あっ!
そう思うんですよ。
巻上 内容はあんまり重要じゃないんですよ(笑)。
コミュニケーションのいちばん重要なのは、
音とか‥‥。
田中 形式のほうですね。
巻上 そうそう、見た目とか、そっちですよ。
田中 ええ、スーツ着るとか。
巻上 そう!
そんだけですね、おそらく。
田中 例えば、裁判長という人がいてですね、
あの服じゃなくて、
仮にパジャマ着て、甲高い声出したら、
たぶん説得力ないと思うんですよ、
どんないいこと言ってても。
巻上 はっはっはっは!
田中 その関係というのは、
すごく興味があってですね。
巻上 だから、違うところを見てるんでしょうね。
みんな伝達内容よりも、
その奥にある声質から感じるもの。
だいたいのその人を表す人間性とか伝えるもの。
そういったものを感じるほうが大きいみたいですね。
田中 そっちのほうがたぶん、
ダイレクトに入ってくる情報ですよね。
巻上 そうみたいですね。
それがいちばん大きいかな。
だから声を良くするっていうのはね、
説得力を増しますよね。
田中 ですよね。
じゃあ、いい声って、
どういう声なんですか?
巻上 いい声はね、良く使ってる声ですよ。
田中 良く使う声(笑)。
巻上 うん、良く使われてる声。
部分的にしか声を使ってないと、
説得力がないですよ。
田中 さっきおっしゃった
響かせ方の幅がある声っていうのが、
いい声であると。
巻上 前に婦人公論で糸井さんと対談したんですけど。
そのときに鈴木松美さんが、
僕の声を測ってくれたんです。
普通に話しているときで160ヘルツ以上あるのかな。
普通の人の3倍使ってるんですって。
その幅の広い人のほうが説得力がある
そうなんです。
田中 その周波数の振れ幅が大きいということですよね。
巻上 うん。
田中 そのほうが、抑揚つけたりとかしやすいってことですか。
巻上 そうですね、
だから、いろんなレベルで話をすることができる。
田中 っていうと、中身が同じことを喋ってても、
相手に対して納得されかたとか、
相手の説得されかたが、
違ってくるってことですよね(笑)。
巻上 明らかに違うでしょうね。
それはやっぱり、
僕は声をいろんなふうに
使っているのと同時に
耳も育ってる思うんですよ。

いろんな音やいろんなレベルの倍音聴いてね。
ときどき、嫌なこともありますけどね、
いっぱい聞こえ過ぎてしまって。
田中 あ、もう、ノイジー過ぎるわけですね。
余計な音まで拾っちゃう耳なんですね。
巻上 そうそう(笑)。
普通の人はもうカットしてる音をね、
聴いてるから。
田中 ってことは、いい声を作ろうと思えば、
いろんな声を聴くってことも、
大事だってことですよね。
巻上 いろんな声、聴いたほうがいいですよ。
都会はね、あんなに音に溢れているようで、
意外に音の幅っていうのは少ないそうです。
田中 平板なんですか。
巻上 うん、でもジャングルとか行くと、
すっごい幅があるんだって。
そういうところにいると
耳から豊かになるそうなんです。
田中 耳が豊かになってくると、
自分も豊かに出していける
ってことになるわけですね。
巻上 で、都会にいるときは、自分で出す。
いろんな音出して(笑)。
田中 巻上さんは無理矢理
自作自演できますからね。
巻上 お、耳が気持ちがいいってね(笑)。
喉の快楽は耳の快楽ですよ。
今泉 日本で普通に言葉で使ってるのって、
例えばミ、ファ、ソぐらいの、
3度ぐらいしか使ってないっていいますよね。
それに幅が増えると、
抑揚がつけられるってことになりますよね。
巻上 そう、だからプロフェッショナルで
やってる人っていうのは、
そういうのよく解ってるわけじゃないですか。
理論的にわかってなくても、
経験的に知っていくわけですよね。
だから、いろんな声出してみようとか、
いろいろ勉強するんだけど。
普通の人は、そんなにしないですよね。
今泉 意図的にやらないときっと、
増えないですよね、それは。
巻上 うん、だから、ボイスのレッスンってね、
会社員にもね、すごく役に立ちますよ(笑)。


<ワンポイント考察>
実用をお望みのみなさま、
たいへんお待たせいたしました。
いかがでした?

声帯模写は形態模写だけでなく、
思想模写でもあったとは!
喉の運動の可能性を拡げることが、
よく響く幅のある声につながり、
そして、幅のある声をつくろうと思うならば、
まずはいろんな声や音を
よく聴くことがたいせつ。


耳の大きいお猿がシンボルの
「ほぼ日」にふさわしい、ええ話やありませんか。

さらに考えてみれば、
よく響く幅のある声が
説得力を持つということは、
いい声は、
十人十色の人の体を
できるだけたくさん響かせる力を
備えた声であるってことになりますよね。


わたくし、ビジネス格言をつくりました。
「よく聴き、よくまねべ。」

声は鍛えられるんですねえ。
 


第9回 いい声は喉からうつる。


田中 ボロットさんが使われてる言語自体が、
日本語にない音を持っているという話ありましたよね。
やっぱりいろんな言語を習ったり喋ったりすることで、
声の可能性が広がるというか、
いい声になっていくことはあるんですか?
巻上 ありますね。
意味が解らなかったとしても
いろんな言葉を聴くといいですよね。
田中 時々、英語でプレゼンテーションする機会があるんですが
そういう時は「自分はトム・クルーズだ」
と思い込んで、できるだけ
『ザ・ファーム』のトム・クルーズに
なりきって声を出してやってみようとか
思ったりするんです。

そういう声の演出みたいなことって
英語に限らず、
日本語でもすごく大事な気がするんですが、
まずは「いろいろ聴け!」と(笑)。
巻上 「聴け!」ですよね。
そうすると自分の表現が身に付くと思いますよ。
喉の使う位置も違うからね。
聴くだけで喉の位置って動くらしいんですよ。
田中 聴くだけで!
無意識に。
巻上 うん、喉って動くらしいんですよ。
よく聴くってことは、すごい大事みたい。
田中 なるほど。
人間は常に無意識に同調しようとしてる、
ってことなんですかね。
巻上 聴くことによって、イメージができるんですよ。
今、イメージトレーニングが盛んだけれど、
イメージができると、だいたいできるんですよね。
例えば、サンプリングのような
昔はなかった音楽があるじゃないですか。
田中 ええ、ええ。
巻上 ああいう継ぎ接ぎの音も聞くことによって
実際にできるようになるわけ。
僕がやってるようなパフォーマンスでも
サンプラーを弾いてるみたいな感じのものだったとしても
聴くと、できちゃうんですよ。
そういうことはたぶん、
今までできなかったと思います。
田中 テクノロジーの力で
フィードバックされてるからですよね。
巻上 イメージできるから、
簡単にできるっていうのもある。
テレビ見ているものも出来ますし。
普段から聴いてるわけじゃないですから。

(この辺りで披露されているボイスパフォーマンスも
 対談の中で聞くことが出来ます。
 ここをクリック!
田中 さっき耳から聞いたものによって
無意識に喉が動くって話あったんですけど、
それは体に響いてくるわけですね。
巻上 聞いた時点で
もう、練習してるんですよ。
田中 体が音叉みたいになってるわけですね(笑)。
巻上 そう(笑)。
ただ、もっと他の深ーい音、
例えばテレビにない音っていうのを獲得しようとすると、
やっぱり、アルタイの歌を聴いたり、
会ったり、行ったりとかすると、
もっといいと思うんだよね(笑)。
田中 さっき声帯のことを
「レゾネーター(Resonator)」と言われましたよね。
声帯って共鳴器なんだと思いました。
レゾナンスの幅が広がると、声も良くなるし。
巻上 そうですね、良くなると思います。
今泉 声帯の話で、ある一定のところしか使ってないって
話がありましたけど、
耳もきっと一緒なんですよね。
キャパシティーとしては、
すごい低音から高音まで聴き取れるのに、
都会にいると狭いところしか使ってないから、
きっと耳が欲求不満というか、楽しくないんでしょうね。
巻上 そうでしょうね。
今、やっぱり、いい音が少ないですよ。
やっぱりMDとかで聴いても
再生される音の幅が狭いんです。
MP3に至っては、もっと狭い。

<ワンポイント考察>
人の声を聴いているだけで、
その人の喉の動きと無意識に同調してるって、
この話には驚きました。

ということは、
声はうつるってことですよね。
みなさん、
できるだけいい声の人に近づいたほうがいいですよ。

でも、いい声かどうかの
判断がつかない場合はどうすればいいんでしょうね。

いろんな声を聞くことで、
受信機としての自分の声の幅を
拡げていくってことなんでしょうかね。
つまりいろんな人に会う体験をするってことですね。
ということは、
だまされない人になるってことですよ。
ちょっと違う?!

人間は共鳴したがってる生き物なんですね。
響きあうことがしあわせとして
からだにインプットされてるんでしょうかねえ。
ハーモニー万歳ですね。
 


第10回 喉を開けて歌おう。
    ただし、アゴが外れないように。


田中 サラリーマンだと、
やむなしにカラオケ行く必要がある人、
多いと思うんですよ。
カラオケで歌を上手く歌うには、
どうすればいいでしょう(笑)。
巻上 僕はこのあいだ
2年ぶりぐらいにカラオケに
行きましたけどね。
田中 ビックリしましたよ、
巻上さんの『帰ってこいよ』には。
巻上 カラオケにはあんまり行かないですね。
田中 カラオケはおいといて、
歌が上手くなる方法というのは、
どうですか?
巻上 歌が上手くなる方法ねー。
それは結構、難しいですね。
歌ってなかなか上手くならないんですよ。
田中 やっぱり、先天的なものが
大きいということなんですかね。
巻上 大きいと思う(笑)。
あとはやっぱり耳ですね。
田中 あ、耳。
巻上 耳を良くするのがいちばんの上達法ですよ。
田中 はぁー。
巻上 でも、中には
自分の音程が外れてるのが
わかってるんだけど直せない、って人も
いっぱいいるんですよ。
あとは、自信持って歌うことかなぁ。
自分が音痴だって気づかずに(笑)。
田中 パフォーマンスに尽きるということなんですね。
もう、ひたすらに
パフォーマンスを上げていく考えですね(笑)。
巻上 それしかない(笑)。
田中 技術はともかく(笑)。
巻上 いろんな深い声を出せるようになるといいんですよ。
みんな喉が締まってんですよ。
普通のレッスンって、
みんなほとんど、声のレッスンは喉を開けろって
教えますよね。
田中 喉を開ける。
巻上 うん、喉を大きく開けられる。
今、喉の奥が開けられない人が多いです。
口自体を大きく開けらんない女の子とか、
いっぱいいるからね。
田中 食べ物の影響もありますよね。
巻上 たまにメチャ大きい人もいるけど(笑)。
アゴ小っちゃかったりして
開けらんない人っていますよね。
アゴを「あー!」って大きく開けるだけでもね、
相当変わると思うよ。
田中 口を大っきく開ける練習っていうのも、
大事なわけですね。
巻上 うん。喉の奥を
「わーっ」と開けるといいんです。
インドでいうと、
チャクラがあるところだからね。
田中 喉を開けるには、
どういう声を出せばいいんですか?
単に「あーっ」てやればいいんですか?
耳鼻咽喉科で無理矢理開けるみたいに。
巻上 喉開けるには、普通に、
「はぁー」っていうような、
アクビみたいなのがいいですね。
アクビやると、
首の骨が矯正されるんですよ。
田中 自然に整体するわけですね。
巻上 しかも、声が出しやすくなる。
自分で上手く、アクビができるといいですよ。
田中 僕、あんまり大きく口開けると、
アゴ外れるんですよ。
巻上 あ、ほんとー。
田中 十数年前、アクビしようとして、
アゴが外れて救急車で運ばれたんですね。
それから、年に1回か2回ぐらい、
毎回救急車で運ばれてたんです。
巻上 それ、癖になっちゃってんだ。
田中 ええ、癖になっちゃって。
今は、自分で‥‥。
巻上 直せるの?
田中 ええ、今ではアゴ外しても
直せるようになりました。
体が歪んでるのかも知れませんね。
巻上 たぶん、歪んできたんですね。
でも、誰でもどっかしら歪んでますよ。
ただ、自分でうまく、時々調整すればいいだけ。
間に合ってればいいでしょ?
田中 ええ。もう自分で直せますからね。
巻上 それはすごいよね(笑)。
それは、お医者さんに教わったんですか?
田中 いや、あんまりよく行くものだから、
救急の大学病院のお医者さんから、
「いい加減にしてくれ」と言われましてですね。
で、「もう次から診ない」とか言われまして。
「えーっ!?」と思って、
「これ、どうしたもんかな」と考えて、
いつも治療されているシーンを、イメージして。
巻上 やってみた。
田中 やってみようと思ったら、できたんですよ。
だから、イメージすればできるってことだな、
やっぱり(笑)。
巻上 なんかね、カイロプラクティックでもやるよね。
田中 あー、そうですか。
巻上 ビニール手袋つけて、アゴの調整するよね。
田中 そうなんです。
だからね、図鑑でアゴの構造を調べてみて、
「あ、ってことは、こうなってるから、
 こうすればいいんだ」って、
できるようになりました。
巻上 素晴らしいね。
田中 だから、アゴがこのまま楽器ってことなんですよね。
巻上 そうですね。
アゴだけをマッサージする、
ロルフィングていうテクニックとかもあるよ。
ストレスがね、アゴに溜まるんだって。
田中 顎関節症とか、言われてるやつですよね。
巻上 言いたくないこと言ったりとか、
それから、言えないことがいっぱいあると、
アゴが硬くなっちゃうんだって。
つまりさ、言いたいけど言えないと、
動こうとしてんだけど我慢してるわけじゃん。
アゴがおかしくなるわけ。
で、アゴをゆっくり
マッサージするといいっていうよ。
田中 三木成夫的な考えで言うと、
アゴはエラじゃないですか。
やっぱりひじょうに生物史的に古い臓器なので、
正直なんでしょうね、アゴは。
巻上 すぐに出ちゃうらしいよ、アゴに。
田中 感情がアゴ出るんでしょうね。はぁー。

<ワンポイント考察>
ほんとにアゴは外さないように注意してくださいね。
ひとり暮しでアゴを外して
救急車を呼ぶのはたいへんなんですよ。
最初に119に電話した時は、
住所が伝わるまでに3分ぐらいかかりました。
いくらがんばって伝えようとしても
「んがんーーんぬがんー」って、
こんな音しか出ないんですよ。
「世田谷区北沢」と言ってたんですけどね。
ま、顔は1.5倍ぐらい長くなりますよ。

ともあれ、喉を開くのであります。
あとは全身で大声を出して歌うのみであります。
会社のつきあいで
カラオケを億劫に思っているみなさん、
パフォーマンス重視思考でいきましょう。
 


第11回 伝わる声にいたるいくつかの方法。


巻上 呼吸もやたら意識すると
うまくいかなくなる。
呼吸なんていうのは、
してないと死んじゃうわけじゃないですか。
みんな自然にできてるのに、
呼吸法なんていうのをやったがために、
すごく呼吸が
下手になるっていう人が多いんですよ。
田中 よく宗教とか神秘主義系って、
呼吸を揃えるとか、
呼吸法に行くのが多いじゃないですか。
巻上 うん、うん。
田中 下手にやると、おかしくなっちゃうんですね。
巻上 みんな、あれでやられちゃうの。
で、体がおかしくなっちゃうでしょ。
田中 だいたい呼吸法ですもんね、ああいう系は。
巻上 そう。
(ここで、急に編集者の丹治さんが口を開いた)
丹治 逆に人をコントロール
しやすいんじゃないですかね。
呼吸をおさえるってことが。
巻上 おさえるとね。
田中 そうですね。
深層的なところから、
人をシンクロさせるというテクなんでしょうね。
巻上 そうだよね。
丹治 僕、キツネが好きなんですけど‥‥。
田中 いきなりな告白ですね、また!(笑)
丹治 一時けっこうキツネの習俗とかを調べてて。
一冊にしか書いてないんだけど、
キツネが人に化ける化け方っていうのはね、
よく葉っぱを頭に乗せるとか言うけど、
あれはウソで、
ほんとにキツネが化けるときには、
例えば僕がキツネだとして、
巻上さんに化けようとしますよね。
巻上さんが寝てる枕元にこっそり忍び込んで、
自分の呼吸を巻上さんの

呼吸に合わせるんですって。
で、呼吸を合わせていってるうちに、
いつの間にか自分が巻上さんになっていて。
そうやってキツネは化けるんだっていうふうに
書いてあったんです。
巻上 ふーん。
田中 よく、セックスの快感を高める本、
みたいなやつで、
やっぱり呼吸を合わせるって話、出ますもんね。
巻上 はぁー。
‥‥気持ち良さそうだね。ほほほほ。
今泉 自分がどういう呼吸を普段してるのかとか、
どうやったら息が入ってるのかって、
まずわかればいいってことだと思うんですよ。
きっと、わかんないでやるから、
わかんなくなっちゃうんだと思うんです。
巻上 うーん。
今泉 あと、ひとつだけ訊いていいですか?
巻上さんって、たぶん、
人にものを伝える、言うってときに、
大きな声を出そうってことは、
全く考えてないんじゃないですか?
普通、大勢の人の前で
誰かがものを言おうとするときって、
みんな大きな声を出そうとするんですけども、
大きな声が伝わるとは限らないし、
大きな声って喉を痛めますよね。
巻上 そうですよね。
今泉 それは、大きな声はいい声ではない、
と思うんですよ。
それでいくといい声って何だろう?
やっぱり、響く声っていうことなんですかね?
巻上 それは場所によりますよね。
僕はレッスンでこう言うんですけど、
その場所に対して、大き過ぎる声は良くない。
かといって、小さ過ぎる声は良くない。
ちゃんと場所に合った大きさの声がある。
だいたい部屋の1.2倍ぐらいのところに
届くように声を出したらいい、
と。
つまり、部屋全体が、
自分の体だと思って出すように、
って指導するんです。
聴いている人も自分自身が響いてる
っていうふうに感じると、
大きな声出さなくても
部屋の隅々まで聞こえる声になる。
でね、聞こえなくてほんとはいいんですよ。
田中 えーっ!?
聞こえなくてもいいんですか?
巻上 聴きたい人はね、聴きに来るから。
田中 はははははははは!‥‥そうですよね。
巻上 自由なこと言ってそうな雰囲気が大事で。
‥‥ははははは!
田中 やっぱり、かたちですね(笑)。
巻上 声とかね、雰囲気とか。
田中 内容より形式。うーん。
巻上 そのほうが大事ですよね。
田中 空間にほんとの共鳴を生むというか、
協調を生むっていう発想ですよね。
巻上 そう、自分の体に共鳴させるのと同様に、
部屋そのものに響かせるように工夫する。
今泉 内容が伝わってるかっていうことじゃなくて、
例えばライブや
プレゼンテーションのときに、
自分の声が相手に伝わってるかどうかっていうのは、
感じますか?
ちゃんと聴いてくれてるとかじゃなくて、
自分の声が、なんていうんだろう‥‥。
巻上 それはね、うまく届いてればいいなとは思います。
顔を見ながらやりますけど。
でも、ロックが不幸なのは
エンジニアがどういうふうにやってくるか
ってことに左右されるという問題(笑)。
それがちょっと難しいんですけどね。
今泉 ある役者さんに聞いたんですけど、
唐十郎さんが昔、隅田川のほとりに
丸太小屋みたいなのを、
いわゆるテントじゃなくて、
下町唐座っていう名前で‥‥。
巻上 あー、やったねー。
今泉 円形劇場を造ってやってたことがあって、
そのとき出てた緑魔子さんが
おっしゃってたんですけども、
あそこって、いわゆるホールじゃないし
しかも密閉もされてないですし、
客席の下が全部こう、
梯状になっててスカスカ抜けてるんですって。
だから、そのすり鉢の底で
自分はお芝居をするわけだけれども、
自分の声が全部ね、
その隙間からファーッと
外に出てっちゃうんですって。
そのときはさすがに声を痛めたって言ってましたね。
巻上 僕も観に行ったけど
ぜんぜん聞こえなかったよね。
今泉 そうですよね。
どのように自分の声が
人に伝わってるかっていうのが、
まったくわからなくなっちゃって。
もうパニックになっちゃったって言ってましたね。
だからそれはもう、
情報としてセリフが
伝わってるかどうかって以上に、
何かその、大切なものが
抜けてっちゃってるわけですよね。
巻上 もったいないですよね。
ただの、部屋の構造の問題だもんね。
田中 そうなると、
会議室も選ばなきゃいけない、
ってことですね。
巻上 そうですね。
会議室も、重要ですよね。
田中 いやー、ためになりました。

<ワンポイント考察>
伝わる声についてさらに興味を持たれた向きには、
竹内敏晴『ことばがひらかれるとき』
(ちくま文庫)を推薦しておきます。

こころ、からだ、言葉のつながりを
演出家の視点で包括的に捉えた名著だと思います。

巻上さんインタビューも今回で最終回です。
思えば、アルタイのスター歌手、
ボロット・バイルシェフさんの話題から、
ビジネスに寄せるまでずいぶんかかりましたねえ。
おつきあいいただきありがとうございました。

声というのは何かを伝える手段だと考えると、
その伝わり方にはいろいろあっていいんですよね。
ついつい「どんな言葉を語るか」ってことに
意識を向けがちですけど、
「音としての声」がよりダイレクトに、
何かを雄弁に伝えているんだなぁと
わたくし自身思い知りましたです。

いい声をつくるために、
いろんな声を聴いていきたいものですね。

ではまた。
 



【今回の感心力】

「智慧の実」イベントでのインターネット実況中継や
ほぼ日@六本木ヒルズにおけるT部長との対談
本コンテンツ以外でのほぼ日課外活動が目立っていた
感心力の男こと田中宏和。
今回はイギリス、ロンドンに拠点を置く
世界中から注目を集めるクリエイティブ集団
トマトのマネージングディレクターである
スティーブ・ベイカーさんがあたためている
「クリエイティブ・センター」についての
ビジネスミーティングでのヒヤリングを
そのまま感心力インタビューとすることを思いついた!

トマトについてはこちら
http://www.tomato.co.uk/
クリエイティブワークショップについてはこちら
http://www.tomatoworkshops.com/
このワークショップにご興味がある時は
schooljp@tomato.co.uk
こちらまでお問い合わせください。

【今回登場する人】



Steve Bakerさん

イギリスはロンドンに拠点を置く
クリエイティブ集団トマトの
マネージング・ディレクター。
今回はテレビ朝日の
新ロゴをトマトが
製作したことを期に来日。
インタビューの際、
何かと本コンテンツ担当である
AOR西本の名刺を
いじっていたのが
印象的であった。


感心力の男

本コンテンツ担当のAOR西本の
結婚披露宴において
PowerPointを駆使した
プレゼン形式の新郎新婦紹介を披露した
感心力の男。
「さすが代理店のマーケ担当」
と、いえる内容に感嘆した
出席者の中からは
「あの人とウチの娘を
見合いさせたい」
という
かなり真剣なオファーが
出るほどであった。
今回は2度目となる
海外からのお客さまへの
インタビューとなった。



第1回 クリエイティブ界の人気ブランド。


4ヶ月ぶりのまったり更新、おひさしぶりです。
感心力リローデッドであります!
大げさ気味の出だしついでに、
まずは、感心力レボリューションズしておりましたと、
近況報告させていただきますね。

じつは、わたくし、禁煙運動にいそしんでおりました。
そのきっかけは、
忘れもしません5月のある日。
出先のとても禁煙なミーティングルームで
長い長い会議を終えたわたくしは、
路上禁煙区域なる千代田区を急ぎ足で駆け抜け、
ニコチンニコチンとつぶやきながら、
眼についた喫茶店に入ったわけです。
椅子取りゲーム並みの俊敏さで席に腰をおろし、
たばことライターをにんまり取り出したところ、
こんな店内表示がっ。
「健康増進法により当店は全席禁煙とさせて・・・」
なに〜〜、ここは喫茶店じゃないのかあ!!!
衝撃映像でしたね。
そんな頼みもしないのに周りで盛り上がる
「喫煙の不自由」に業を煮やし、
「ええい、このさい止めてしまえ!」と、
5月31日の世界禁煙デーから
律儀な禁煙者に成り果てたのであります。

この間、
体の調子がいいからちょっとむせてみたいとか、
阪神優勝記念に一本吸ってやろうかとか、
再煙をきつく思ったり願ったりもしましたが、
おかげさまで、
禁煙者としてすっかり安定期に入りました。
「あとは産むだけ」って、
妊娠したわけではないですからね。
いや、ものの弾みですよ。
ともかく「健康が増進中!」と
思い込むようにしています。

そんなこんなでしばらくの間、
禁煙にのたうちまわったり、
阪神の優勝に浮かれたりしていたのではあるのですが、
小刻みな感心もしておりました。
先月、仕事でヨーロッパのデザイン会社を
まわっておったのですが、
その訪問先のうちのお一人が
今回のインタビューのお相手なのです。
イギリスはロンドンに拠点を置く、
トマトというクリエイティブ集団の
マネージング・ディレクター、
日本で言うなら
営業統括責任者というところでしょうか、
そのスティーブ・ベイカーさん。

いま「トマトというクリエイティブ集団」と書きました。
「トマト」とは「tomato」と書く、
野菜を名前にした会社名でありまして、
http://www.tomato.co.uk/
そして、
「クリエイティブ集団」の意味するところですが、
とにかく何でも広範にクリエイティブする人たち、
といったところです。
グラフィックデザイン、音楽、映像、広告、
それからドキュメンタリーフィルムに、Web、写真、
インテリアデザイン、建築などなど、
よく言う「多岐にわたる」わけです。

そう、「ほぼ日」読者のみなさんも、
必ずやこのトマトの作品に
出会ってらっしゃるはすですよ。
一番人気のところですと、
トマトのメンバーの二人は、
あのテクノグループ、
アンダーワールド(underworld)のメンバーであります。
また、身近なところを挙げますと、
SONYのすべてのテレビ広告の最後に
1秒ぐらい流れる
ごちゃごちゃっとした映像ありますよね。
あれです。
こんな説明でいいのか不安ではありますが、
みなさまに思い起こしていただけたことを祈念しつつ、
最近の例ですと、
テレビ朝日の新しいロゴマーク。
あの毎度毎度色や動きが忙しく変化するやつですけど、
一連のデザインはトマト社謹製であります。

で、そんなトマトのスティーブ・ベイカーさん、
ロンドンでビジネス話をしてしばらくも経たないうちに、
テレビ朝日の新ロゴ導入で来日する機会に、
折り入って、ひとつ話をしたいことがあると、
連絡が入ったのでした。
なんでも仕送りを増やして欲しいとか
そういう話なはずもなく、
今あたためている構想、
「クリエイティブ・センター」の話をしたい、
とのこと。
よくわからないままに、
感心の予感がしたわたくしは、
AORに転身した西本乗組員に声をかけ、
この感心力インタビューと相成ったのでありました。

それでは、さっそくスティーヴ氏の話から。

スティーヴ この10月にアメリカ、ドイツ、日本を結んで、
3ケ所同時にクリエイティブ・ワークショップを
することになりました。
http://www.tomatoworkshops.com/
今まで、東京やニューヨーク、ベルリン、台北など、
世界の各都市で
単発のワークショップを行ってきたのですが、
グローバルに連動したものは初めての試みです。
田中 トマトで行われるクリエイティブ・ワークショップとは、
どんなものなんですか?
スティーヴ 言ってみれば、
「クリエイティブの学校」のようなものでありながら、
ちょっと「学校」とは違うものなんです。
われわれトマトのクリテイティブスタッフが課題を出し、
参加する人たちが
よりクリエイティビティを発揮するために、
自分が創りたいものを創り、実験する。
それをわれわれが導いていく場が、
クリエイティブ・ワークショップなわけです。
学校でいう「先生と生徒」という
「教える」「教えられる」関係というよりは、
お互いに刺激を与えあい学びあう関係なんです。
田中 そのクリエイティブ・ワークショップの延長線上に、
クリエイティブ・センターというものをお考えなのですね?
スティーヴ そうなんです。
ESIN(エシン)というプロジェクトネームで
呼んでいるのですが、
クリエイティブ活動のためのセンターを構想しています。
われわれが使う「クリエイティビティ」という言葉は、
広く取っていただいてよくて、
例えばグラフィックデザインだとか、
そういうことに捕われない、
とにかく「創造性」ということです。
すでに今までワークショップに参加した方の中には、
建築家もいれば宝石のデザイナーもいるし、
ミュージシャンもいるし、
プロダクトデザイナー、映像作家、ウェブデザイナーなど、
いろんな方がいらっしゃるんですね。
ですから、仮に生徒と呼ぶんですけれども、
そのセンターに参加する人たちっていうのは、
お金を払って、
その場にいる権利を
獲得するわけなんですけれども、
同時に自分の作品を
そこで創ることになるわけなんですね。
その作品の著作権は、その創った本人が持ちます。
だから、そのクリエイティブ・センターがすることは、
その創られた作品とビジネスの世界の橋渡しをすること。
ですから、その創られた作品は、
展示会で発表されたり、出版されたり、
いろんな形で世間の目に見てもらうことになりますし、
同時にクリエイティブ・センターを通して、
ダイレクトに企業と結びついて、
それが商品化されたり、
他の企業の活動に使用されたりということをする。
田中 クリエイティブをビジネスにしていく試みとして、
とても興味深く感じます。
その作品にまつわる様々な権利の売買については、
どう考えていらっしゃるのですか?

感心力インタビューの図。
やりとりは、英語にて 。
スティーヴ このようなクリテイティブの育成機関となるような、
学校だとかワークショップの場合、
参加者の作品の権利が
組織に移ってしまうっていうところも
たくさんありますけれども、
私はそんな考え方には反対です。
作品の著作権っていうのは、
あくまでもアーチストに帰属すべきである、と。
その作品がどういう形であれ、
使用されたり販売されたり流通されたりとか、
っていうことがなされた場合には、
その間に入ったトマトが
コミッション(手数料)を取ると考えています。
使用許諾のコミッションですよね。
実はトマトという会社もそういう形を取ってるんです。
田中 えっ、トマト自体がトマトのスタッフに対して、
コミッションを取っているのですか?
スティーヴ ええ。
トマトは、
フリーランスのクリエイティブのネットワークです。
トマトは、
お客様から彼らに対して払われるフィー(報酬)から
コミッションを取るんですね。
そういうふうにトマトという組織が、
成り立ってるんです。
田中 はぁ〜、その仕組みはおもしろいですねえ。
トマトという組織自体が、
個人個人が集うクリエイティブの工場でありつつ、
出来上がった作品の販売代理店でもあるわけですよねえ。

<ワンポイント考察>
みなさん、
じぶんの勤める会社に手数料払ってますか?
この直前のくだり、
サラリーマン業を営んでいるわたくしには、
たいへんおもしろい働き方、給与体系であることよ、
と思うのです。
でも、ひょっとしたら、
次の時代の会社と人の関係とは、
こんな姿かもしれない、とも思うのです。

人間の労働、働きってことは、
思いきって原点に立ち返って考えると、
ひとがなにかに対して働きかけて、
何かの報酬を得るということで、
たぶん狩猟採集で、もろ肌出してた時代から
綿々と続いていることだと思います。
矢尻で鳥を落として、食料にするみたいな
労働の原始性みたいなものは、
今でいうと、
完全フリーランスの働きですよね。
フリーとも言えるし、
明日の仕事の保証がない、とも言える働きです。

一方で、日本的な「サラリーマン」は、
明日だけでなく、
場合によっては、
一生の仕事さえ保証されていたわけです。
会社に集うみんなが一致団結して、
同じものをできるだけ長くたくさんつくる、
ということは、
できるだけ同じことを繰り返すことで、
成功してきたから実現できた働き方、
つまり雇用のかたちだったんでしょうね。

この両極の中間として、
これからの働き方と
その対価の得かたが生まれそうに思います。

トマトの取っている
売り上げの再分配の仕組みとは、
自分の働きがそのつど他人に売れないことには、
金銭という報酬を手にすることができない、という
シビアなものです。
しかし、それは、
いつも違うものを、異なるものを創り、
伝えつづける
個人のクリエイティビティを
ベースにした働きにとってみれば、
自然なことなのかもしれないなと思ったのです。
つまり、繰り返しが効きにくい
個人の能力をテコにして、
リターンを得ることですからねえ。

このトマトのような
会社と働くひとの関係は、
トマトがクリテイティブ界の
人気ブランドたりえているから
成り立つわけですよね。
トマトに所属することで
いい仕事を成し遂げる
チャンスが多そうと思わせる可能性に、
優れたクリエイティブスタッフが引き寄せられ、
また、それがいいプロジェクトを
呼びこむことにつながります。

いい仕事を得るための手数料を会社に払って、
できるだけ大きな仕事や
じぶんを成長させる仕事を得ていく。
今でも、美容師さんとか、
吉本興業の芸人さんとかの歩合制は、
これにあたりますよね。

社会が、クリエイティブな働きを
重視すればするほど、
ひとりひとりの力量が問われ、
個々人の出来高性ベースにした
クリエイティブ・サラリーが一般的な世の中が、
ひょっとするとやってくるのかもしれません。
そのとき、会社という存在は、
個人のエージェント化していくんでしょうね。

あ、思わず長い考察になってしまいました。

「ほぼ日」のみなさんは、会社に対して、
「時間」を売っていますか、
それとも「仕事」を売っていますか?
こんなじぶんへの問いかけが、
じぶんの仕事のクリエイティブ度を
図ることなのかもしれません。
 
ではでは、次回に続きます。


第2回 クリエイティブを実業にする挑戦。




スティーヴ クリエイティブ・センター構想の背後には、
現実的に世間がどう動いているか、
っていうことへの関心があります。
例えば、今の教育の制度っていうのは、
若いクリエイターが学校に行って卒業しても、
ビジネス的な文脈の中でモノを創って売る、
そういう経験が
まったくない人でしかないんですよね。
そういう若いクリエイターの多くは、
自分が受けた教育っていうのに
何かだまされたような気がしてしまう。
卒業した時に非常に孤独に感じるし、
まわりに自分と自分のやりたいことと
社会を結んでくれる経験を
サポートしてくれる人が
誰もいないって感じる。
だから、多くの若いクリエーターが、
トマトの
ワークショップに来るんだと思うんですね。
このワークショップの一部は、
クリエイティブビジネスについての
セミナーっていうのもやるんですけれども、
そこでクリエイティブの会社を
始めるにあたっての
基礎知識やノウハウの話をするんですね。
ほとんどの人は
そういうことにまったく何の知識も持っていない。
その作品をどういうビジネスの文脈の中で、
お金にしていくかというあたりの
実践的な知識っていうのも
このワークショップの一部となっています。
クリエイティブ・センターが受け止める
一番のニーズっていうのは、
今言ったような
若いクリエイターの方が持ってるニーズです。
田中 なるほど、
クリエイティブの
ビジネススクール的な機能も
備えていらっしゃるんですね。
スティー ヴ そして、もう一つのニーズは、
地方自治体が持っている経済の活性化、
クリエイティブを利用した経済の活性化のニーズ。
いろんな地方自治体で、
一次産業が衰退して、
街の経済が不況になっているというところが
たくさんあって、
そこがどうにかして
今までとは別のやり方で
活性化したいと思っています。
例えばスペインのビルバオに建った
グッゲンハイム美術館みたいなのが
非常によい例で、
http://www.guggenheim-bilbao.es/idioma.htm
死んだに等しかった町が
あれで生き返ったわけですよね。
グッゲンハイム美術館は
ただ単なる美術館というギャラリーですけれど、
そこでクリエイティブなものが
生まれているわけではありませんけれども、
それでも都市に与えた影響は
ものすごく大きかったわけなんですよね。
で、それを見たいろんな地方自治体が
何か自分たちも
クリエイティビティというものを
うまく都市活性化に
使えないものかと思っている。
でもどうやったらいいのかが
さっぱりわからないというのが現実で。
田中 その通りですね。
うまく出来そうでも、
方法論が無いんですよね。
スティーヴ 実は札幌で2001年、2002年と
ワークショップをやっていることもあって、
札幌市の方とはもうお話をしてるんですね。
このインタークロス・
クリエイティブ・センターというのが、
そもそも札幌市の経済局が
やってるものなんですけれども。
http://www.icc-jp.com/
田中 ええ、サイトを見ました。
自治体にしては野心的な試みですよね。
スティーヴ で、プロジェクトの中心が、
文化の部署じゃなくて、
財務局だっていうところが
キモなんですけども。
田中 計画がすぐに予算化されやすいというのが、
やっぱり大事なんでしょうね。
スティーヴ ええ。
ですから商業的なコンテクストへ
直接結びつくっていうところで、
札幌市の方は
非常に興味を持ってくださっています。
田中 イギリスの場合、
クリエイティブ産業を
国として活性化しようという
国策としてやってるじゃないですか、今
で、実際のところ、うまく行ってる例って、
イギリスにあるんですか?
スティーヴ 政府がイニシアティブを取っている
プロジェクトっていうのは
いろいろあるんですけれども、
目立って成功しているものはないんですね。
政府がやることの難しさは、
減税措置をするとか免税措置をするとか
そういうことはできても、
クリエイティブ自体に刺激を与え、
活性化するってことはなかなか難しい。
で、政府がイニシアティブを取った
プロジェクトっていうのが
非常に物議を醸すものだったりすると、
とたんに選挙に影響が出てくるとか
っていうことがあって、
冒険ができないわけですよね。
こういうクリエイティブ・プロジェクトと
政府っていうのは、
そこそこ距離を置いて付き合う関係を
作らないといけないと思います。
田中 日本でも、いわゆる公共投資の発想で
道路を作るとかダムを作るみたいな計画で
やってしまうと
失敗するんだと思うんですよね。
そのあたりどのように成功を導いていくか、
スティーヴさんの考えるポイントを
聞いてみたいんですが。
スティーヴ 一つは国際性ですね。
今回のワークショップもそうなんですけれども、
3都市を結ぶってことが重要なんです。
クリエイティブ・センターも
世界中から情報がやって来て、
そして世界中に情報が出ていくイメージです。
常にクリエイターは
同世代の世界各地のクリエイターたちと
ネットワークをし、
情報をやり取りしながら
仕事をする環境をつくることです。
それともう一つは
ローカルの地元経済に
直接与えるベネフィットです。
というのは、
このクリエイティブ・センターで
出会った人たちっていうのが
2人か3人で一緒に何か仕事を始める、
事務所を始める、
建築の事務所を始める、
商品を作る、
そういう
スタートアップカンパニー(新興企業)が
センターの周りにできるわけなんですね。
それから、
いろんなイノベーションとか
クリエイティビティが
会社の繁栄にとって非常に重要となる、
たとえばソニーやキヤノン、
トヨタのような会社の
支社や出張所が周りにできて、
そこがスタートアップカンパニーと
交流しながらアイデアを吸収し、
それを製品に反映させていく。
ですから私たちは
地方自治体のベネフィットを
持って来てあげますとお話しています。
ですから、代わりに何をしてくれますか
という話になります。
土地の提供なのか、何かはわかんないですけど、
そういうギブ&テイクの関係をつくれれば
理想的です。

ですからニーズの一つは、
若いクリエイティブが
自分のクリエイティビティを
発揮できる場所を持つというニーズ。
もう一つはクリエイティビティを通じて
そのローカル経済を活性化させるというニーズ。
もう一つは企業にとって、
クリエイティビティを
その企業に反映させるというニーズ。
その3つですね。
世界中の企業の多くが自分たちの社員の
クリエイティビティを
いかに活性化する必要があるかってことに
気がつき始めていて、
例えば日産が一例ですけれども、
クリエイティビティを研ぎすますことで、
その会社の経営状態が
好転するっていう例があるわけで、
自分の会社のクリエイティビティを
いかに発展させるかってことが
重要になってきています。
くり返しになりますけれども、
その3つのニーズっていうのがあって、
その真ん中にクリエイティブ・センターがあって、
それはその3つを適当な距離に保ちながら、
その3つが
ゴッチャゴチャになってしまうのではなくて、
でも3つがそれぞれにお互いに刺激を得あって、
商業的な利益を生むための
エネルギーの通り道、
となるというイメージなのです。

<ワンポイント考察>
スティーブさんの熱い語りに
すっかり引き込まれ、
ひたすら感心にふんふんと
スティーブさんが外人であることも忘れ、
日本語でうなづいておりました。

よく企業ブランドを語る際に、
将来どういう姿に成りたいのか、という
ビジョン(目標像)、
そのために何をすべきなのか、という
ミッション(使命)、
そして、それを実現していくために
強めていくもの、という
バリュー(価値)の、
この3点セットで整理されますが、
スティーブさんが、
実にくっきりとした
将来イメージをお持ちなので、驚きました。
とくに行政を巻き込んで、
クリエイティブの経済効果を
高めようというあたり、
実に目線が高い考えだと思いました。
クリエイティブの経済性や社会性を高めるために、
クリエーター、行政、企業の
ニーズをうまく合致させる。
そのために、
クリエイティブの価値を高める、
クリテイティブセンターという拠点をつくる。

たいへん論理的にも
整理された構想だと感じました。
ただ、そこで志されているのは、
鉄鋼業や自動車産業のように、
クリエイティブは実業になれるのか?、という、
大きな挑戦です。
おそらくそれが成し遂げられた時には、
商業高校があるように、
一般の学校でも
「クリエイティブ」に特化した学校ができたり、
授業科目に「クリエイティブ」が
入ったりするんでしょうねえ。
「札幌クリエイティブ実業」なんていう高校が、
甲子園に出場する時が来たりして。
 


あと一回、トマトインタビューは続きます。


第3回 ワークショップスタイルという働き方。


田中 クリエイティブセンターの
立地条件ってあるんですか?
スティーヴ ある場所を再活性化させるっていう
モチベーションはあるのですが、
どこか特定の場所にこだわってはいません。
ただ、インターナショナルなリンクが持てる、
貼れるってことは必要ですけれどもね。
もう一つ重要なのが
クリティカルマスということで、
クリエイティブのエネルギーっていうのは
近くの範囲内で
いろんなことが起こっているっていうことが重要で、
それがお互いにフィードしあって、
そのエネルギーが増していくってことがあるので、
都市と呼べるところじゃないと
ちょっと難しいかなと思っています。
理想的には
東京でできれば申し分ないんですけれども、
土地の値段が非常に高いですから、
起業した小さな会社が事務所を構えるとか
そういうことが難しいので、
東京ではちょっと無理かなと思っています。
札幌は人口280万人くらいとされてますから、
まあそこそこそれくらいいれば大丈夫かなと。
田中 ゆくゆくのクリエイティブセンターに向けて、
ワークショップの他になされている活動は
ありますか?
スティーヴ 今しなくてはいけないことっていうのは、
トマトっていうのは
この今月札幌で行うワークショップでも、
トマトのブランドというのを
利用してるわけなんですよね。
トマトの名前があるから
世界中から生徒が集まって来るわけなんです。
このワークショップは
クリエイティブセンターに向かっての
非常に重要なワンステップなので、
機材を提供しますよとか
そういうレベルでのスポンサーシップよりも、
そこから一歩進んで
このプロジェクトが
おもしろくて意義のあることであると思うから、
自分達のブランドと
このクリエイティブ・プロジェクトを
結びつけたいと思う人や企業を見つけたいと。
田中 このプロジェクト自体発展させるために
3つくらいポイントがあるかなあと
今、お話を聞いていて思っています。
その1つが、
最初に参加者にクリテイティブな刺激を与えるって
おっしゃってましたけど、
どうやってクリエイターを
刺激して行くのかっていう
刺激の仕方が、
このプロジェクトのエネルギーを決める核ですよね。
そのために人が集まって来る。
そこにスティーヴさん独特の考え方とか、
クリエイティブを刺激するための
哲学とかはあるのですか?
スティーヴ

クリエイティブ・ワークショップでの
方法論というのは、
要するに課題を与えて作品を作らせるんですよ。
それもすごく頭を使わせるというか、
いっぱい宿題をあたえて、
ものを創らせて、
それをみんなで見せあって、
それに対して講評をし、
対話をしながら
また次の課題をそれによって設定する、と。
例えば、まず7つ言葉を持ってこい、と。
その1つ1つの言葉について
写真を1枚撮ってこい、と。
それから今度はその写真について、
それぞれの写真について1センテンスを書け、と。
それを今度映画にしろ、と。
そういうふうに巻き込んでいったり、
床に座って絵を描いたりとか、
粘土をいじったりとかいろんなことをします。
ワークショップの10日間ならば、
その10日間中、参加者は、
ものすごくいっぱい
いろんなことをさせられますね。

田中 プロジェクト成功のための
2つめのポイントとして思ったのは、
クリエイターがいて、企業がいて、行政がいて、って、
3つの関係者がいるわけですよねえ。
それぞれみなさんの動機が違ったり、
利害関係みたいなのがあって、
その関係をうまくマネジメントするっていうのは、
大変だろうなと思うんですよね。
その辺のクリエイティブの
マネジメントのポイントというか、
スティーヴさんのコツみたいなものがあれば、
それをお聞きしたいなと思います。
スティーヴ 何がなされなくてはいけないか、っていうことの
理解を全員が持つ、
そのためのコミニュケーションを持つ、っていう、
そのことがやっぱりキーだと思います。
企業は、クリエイティブが物を作っている現場に
首を突っ込んではいけないし、
それはなぜ首を突っ込んでは
いけないかっていうことを
ちゃんと理解できてれば
そこに問題は起きないはずだし。
それは、だから、
何のために何がされなくてはいけなくて、
そのためにそれぞれが
何をしなくちゃいけないかっていう、
その辺のコミュニケーションを
きちんととるっていうことだと思います。
それは、
もちろん企業が理解しなくちゃいけない
だけではなくて、クリエイティブも
クリエイティブだから何をしてもいい、
クリエイティブなら何でもいいっていうわけでは、
決してなくて、
何が求められているのか、
企業はなぜあるものを求めているのか。
それを理解したうえで、
商業的なリアリティとなりますよね。
それを理解したうえで、
クリエイティブは作業しなきゃいけない。
ですから、
コミュニケーションとか理解っていうのは、
全員に当てはまる。
企業にとっても、クリエイティブにとっても、
必要であるっていうことです。
あとはクリエイティブと言われる人々を
マネジメントするっていうのは、
それ自体が立派な一つのスキルだと
思っているんです。
わたしのバックグラウンドは、
ミュージシャンのマネージャーで、
音楽業界ではクリエイティブであるアーチストを
マネージする人たちっていうのは、
非常に確立された職業としてあるじゃないですか。
田中 はい。
一方、アートの世界では、
そういうのあんまりないですよね、まだ。
スティーヴ ですから、
このクリエイティブ・センターの
プロジェクトにおいては、
そういうスキルも勉強することもできるようにして、
アートをマネジメントする人たちを
育てるっていうこともしたいと思っています。
田中 ああ、非常におもしろいですねえ。
プロジェクトが発展する3番目のポイントとして、
活動を広めていく広報と
おっしゃってましたよね。
どれだけこの成果が
パブリシティに乗って評判が高まるかって、
プロジェクトを大きくしていく上で、
すごく大事なポイントだと思うんですけど、
このワークショップ自体の評判を上げていく、
つまりトマトのブランド力を
あげていくっていうことで
何か考えてらっしゃることってあるんですか?
スティーヴ 今の時点では、
今年のクリエイティブ・ワークショップは、
構想している長期的なプロジェクトの考え方が
通用するものであるかどうかの
試金石だと思っているんですね。
ですからこのクリエイティブ・ワークショップで
生まれてきた作品をできるだけ世に出す。
どれだけいろんな形で世に出せるか、
っていうことが重要だと思うし、
もう一つは長期的なビジョンについて、
できるだけ多くの人に話をして、
その中で、どういう人から賛同を得られるか、
ってところがキーだと思っています。
田中 今トマト自体の活動は
どういうことをされてるんですか?
スティーヴ 2004年に行われる
バルセロナでの
「バルセロナフォーラム2004」っていう
一種の万博みたいな大きな催しがあって、
それの26面用のフィルムっていうのを
トマトが作っていたり、
それからフレッシュキルってご存じですか?
田中 いや、知りません。
スティーヴ グランドゼロの瓦礫を運んだ場所なんですよ、
ニューヨークの。
そこがフレッシュキルと呼ばれているところで、
そこの再開発というか、
再利用計画の中の公共の施設になるので、
そこのブランドアイデンティティーとか
インタラクティブのインスタレーションとか、
コミュニケーション戦略立案をやっています。
それからロンドンの広告代理店の
クリエイティブ局のアドバイザーとして、
今契約で仕事をしています。
本の出版の準備が3冊ほど進んでいます。
あとアメリカでコマーシャルを2本撮りました。
そして、エレクトラグライドっていう
いわゆるレイヴイベントですね。
毎年やってるんですけど、
幕張メッセで17000人とか2万人とか、
それくらいの人数が入るんですけれども、
今年の主役がアンダーワールドで、
トマトがビジュアルをやります。
あと、ドイツのベントレーの
ショールーム用のデザイン。
それからファブリカとコラボレーションで
ベネトンのショップ内の
インタラクティブな
インスタレーションの開発もしてます。
田中 本当にいっぱい仕事されてますねえ(笑)。
今お話いただいたようなプロジェクトは、
それぞれのクリエイターの人たちとは
契約の形で、そのつど契約されてるんですか?
スティーヴ トマトのクリエイティブの
メンバーっていうのは、
全員株主なんですよね。
田中 ふーん。
スティーヴ クリエイティブはフリーランスで、
トマトはエージェントであり、
プロジェクトの進行の管理もしますので、
トマトの社員っていう
制作進行管理をする人たちっていうのも
いるんですね。
人数は少ないですけど。
ただクリエイティブは同時に株主、
つまり会社の持ち主なので、
自分たちのすることが、
つまり会社の利益になるように動く。
ただ、トマトっていう名前で
仕事を受けたとしても、
お前やれっていうふうな指図は
決してしないんですよね。
だから自分がやりたい仕事しかしない。
仕事が来ても、
クリエイティブがやりたいって、
手を挙げなければ仕事は受けないんですよね。
田中 最初にスティーヴさんに
仕事の引き合いが来て、
「こういうプロジェクトがあるけど
誰かやる人いる?」って、
多分社員であり、
株主でもあるクリエイティブディレクターに
声をかけるわけですね。
スティーヴ ディレクターっていうより、
クリエイティブ全員ですね。
田中 で、それぞれ社員であり、
クリエイターであり、
株主でありっていう人は、
それぞれのプロジェクトで
他のアーチストまで呼んで来たりっていうことは、
ここは自由にやってるわけですね、きっと。
スティーヴ そうですね。
田中 非常におもしろい会社の形態ですよね。
スティーヴ ですから新規取り引きで口座を開いてもらうときに、
困るんです。
会社としては赤字なんですよ。
会社として利益のでない形態なんですよね。
こんな赤字の会社と仕事していいものかって、
取り引き先で問題になるらしいですよ(笑)。
田中 あはは。
会社としては、
いわゆる固定費みたいなところが
出て行くだけの会社なわけじゃないですか。
スティーヴ それをカバーするだけの
コミッションはとるんですけどね。
田中 それは最初におっしゃってた
コミッションの話ですよね。
フィーで、あとはみなさんに分けるんですよね。
スティーヴ そうです。
だからクリエイティブの懐に全部入っちゃうんで、
会社としては全然儲からないですよ。

<ワンポイント考察>
あらかじめ答えの無い問題を解き続けるという、
クリエイティブの精神が、
トマトの経営から作品から、仕事っぷりまで、
すべてに行き渡っているのが、
面白いですよねえ。
今回は、トマト主催のワークショップについて、
話を聞くというのが目的だったのですが、
つまるところ、
トマトというクリエイティブのブランド自体が、
なにかとワークショップスタイルと言えそうです。

仕事場がワークショップだと考えることで、
毎日の仕事の見え方が変りそうでもあります。
そもそもワークショップって、
「作業場、工場」という意味ですが、
英語を分解して解釈すると、
「仕事を売っている場」とも考えられますよね。
会社というエージェントを通じ、
ひとつひとつ仕事を買うことが、働くことになる。
そんな会社と働き手の関係や個人の働き方が、
次の主流になるかもしれませんねえ。

ちょうどこの原稿を
まとめている際に読んだ新刊が、
こういったテーマと響きあう面白い本でしたので、
推薦しておきますね。
西村佳哲『自分の仕事をつくる』(晶文社)



働く「ほぼ日」のみなさんは、
いい仕事を買ってますか?、ってことで、
トマトの回はおしまいです。
なんだか、次回はほうれん草ですとか
書きたくなりますが、
では、また!
 


おわり。