感心力がビジネスを変える!
田中宏和が、
感心して探求する感心なページ。



第十一回
美の基準が唾液の邪魔をする



佐藤 「唾液を出させるデザイン」はね、
追究しはじめると深いんです。
田中 それは、単に食の領域だけでなく、
たとえば人間を突き動かしていくような
エロスも対象に入っていきますよね(笑)。
佐藤 んー、そういう展開もありますよね。
結局、“シズル感がある”なんていう言葉ね、
あれ、面白い言葉ですよね。
もともと、
肉をジュージュー焼く音を
表現する英語でよね。
それが、肉だけでなく、
唾液を出させる要素にまで
意味が、広がってきて、
最初は、食べるものまでだったんですけども、
日本においてはさらに広がってきて、
たとえば“車のシズルがよく出てるね”なんて
いう言い方まで。
「シズル」っていう言葉は
日本で勝手にどんどん進化してますよ。
田中 英語では通じないぐらい
拡大解釈されてますよね。
佐藤 外国では通じないと思うんですよ。
でも、日本で独特の進化をしているというのが、
面白いですね。
車のシズル出てるね、ってね、
車の撮影で言う時には、
なんていうのか、
車の味わいを言おうとしているのか。
田中 走行感であるとか
ボディへの風景の映り込みとか含めて、
「車のシズル」を表現しようとしますよね。
あの「シズル」って何だ?、って
気がしますね、すごく。
佐藤 まあ、「らしさ」ですよね。
だから、その「らしさ」を、
どうしたら受け取る側の脳から
引き出せるかっていうことですよね。
あくまで受け取る側から引き出なければ
意味がないっていうね、ことですよね。
田中 送り手である作り手は、
受け手にあるものを
見つけることになりますね。
佐藤 そう、作り手がいくらこう唾液を出してたって、
受け取る側が、
「らしさ」を感じないとね。
だから、
普遍を探すっていうことなんですよね。
多くの人が共通に持っている、
経験、記憶、体験っていうものが、
どのへんなんだろうかっていうものがわからないと、
引き出せないんですよ。
田中 たとえば牛肉販売のチェーンで、
牛肉のマークで、
牛のイラストがあっても、
牛を扱う場所だとは伝わっても、
美味しそうには見えないですよね(笑)。
あれはやっぱり食べるっていう本能とか、
生理とかとは別のところで成り立つ
デザインになってますよね。
佐藤 その通りですね。
でも、たとえば牛のイラストでも、
いろんなイラストがあるじゃないですか。
田中 ああ、そうですね(笑)。
佐藤 やっぱり、なんか田舎のね、
素朴な紙質に素朴なタッチで、
もしかしたら描いてあったら、
別の意味で、なにかシズルが、
沸き上がってくるかもしれない。
田中 あ、自然に放牧されて、
伸び伸び育ったんだみたいな
牛の美味しさ感とか。
佐藤 ちょっと遠回りだけど、
そこから、いい肉だな、質のいい肉だって
いう方向へつながっていってね。
で、唾液へつながるってこともあるかもしれない。
だから、いろんな可能性があると思うんですよ。
それをいろいろ探すわけですよね。
で、そのときに、デザイナーが陥りやすいのが、
美しいということなんです。
美という基準が邪魔をするんですよね。
田中 あー!
佐藤 われわれが持ってる美っていうのは、
モダンデザインをベースに教育をされているので、
その基準が刷り込まれているんです。
で、デザインをするときにね、
どうしてもそのモダンデザインの美の基準で、
つくろうとするわけですよ。
デザインが唾液を出させないといけないときに、
美っていうのは、
対極に近いものであったりすることが
多いんですよね。
あの、美って、
右脳で判断してるように思われますけどね、
世の中の美ってね、
意外と左脳で判断してるんじゃないかって。
美しいものはこういうものだっていう
概念に照らし合わせて
「美しい」って言ってることって、
意外に多いんですよね。
田中 はぁ〜。
モダンデザインの基準だと、
ついついシンプルであったり、
なんか均等なバランスを求める方向に
行きますよね。
たとえば大阪の鶴橋の焼き肉屋が
持ってるような、
街ごと唾液が出るような環境みたいなものとは、
まったく違いますね。
佐藤 そうそう!
ぜんぜん基準が別なんですよ。
小汚いラーメン屋のほうが唾液を出せるとか、
いわゆる飲み屋なんてそうですよ。
田中 そっちのほうが、
ついついお酒が進んだりするわけですもんね。
佐藤 で、そういうところはほとんど語られずに、
われわれは美の教育を受けてるわけです。
だけど、実際に口に入れる、飲んだりする
食べるものっていうのは、
食べるということに対する本能に、
どう訴えてくるかなんですよ。
だから、ある意味では、
習ってないぞ、っていう(笑)。
ところが、習ったことで、
みんなやろうとするわけですよ、どうしてもね。
田中 教科書に出ているデザイン論はあっても、
唾液を出させるデザイン論は
できてないですよね(笑)。
佐藤 ない、ない。私はそれを作りたいぐらい(笑)。
脳の問題とか、
経験とか記憶とか体験とか、
そういうことまで含めるんで、
すっごく深いことになると思うんですけど。

ワンポイント考察

デザイナーとは、
美しいものをつくる人のことだ。
こういう決めつけは、
どうやら違うようだと、
ここまで連載を読み続けていただいた方には、
おわかりいただけるかと思います。
美しいものが
問題解決に役立つ場合もあれば、
そうでない場合もあるわけで、
もし森三中が美人トリオだったなら、
笑いも起こりにくかろうという
実存的な議論にもなるわけであります。
ま、だいぶん話はそれましたが、
ものの姿かたちの美しさには
それぞれのものに
ふさわしい程度が
あるってことでしょうか。

「シンプルが美しい」っていう風潮も、
教育や時代的な思い込みのせいかも
しれませんね。
安土桃山時代の
トラック野郎的過剰な装飾性が
ブームの頃に、
あえて利休の侘び茶が生まれた、
大きな反動の流れに
洗練を尊ぶ価値観は
成り立ってるのかもしれません。
「シンプルは地味で貧乏くさい」と
思ってる人も
根強くいるでしょうし。
美の基準ってぶれが大きいですね。

2004-05-21-FRI

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