Drama
長谷部浩の
「劇場で死にたい」

高度3600mの都市(その6)

日経のコラム「文化往来」に掲載されたレポートです。


この夏、東京の劇団ク・ナウカが、
チベットで泉鏡花の『天守物語』を
野外劇として上演した。
世界の屋根といわれるヒマラヤに位置し、
空は澄み渡って高い。
首都ラサでは、
歴代ダライ・ラマが離宮としたノルブリンカの門、
南に200キロ下った山南地区ツェタンでは、
広場に面した映画館を背景に、
大正時代に書かれた戯曲が、人々の目を驚かせた。
8月29日、31日の朝から、
好奇心にあふれた観客が詰めかける。
ツェタンでは、その数、1500人をこえた。
日本語での上演にもかかわらず、見渡す限りの人が、
宮城聡の斬新な演出にまっさらな心を開いた。

1990年に設立されたク・ナウカは、
『王女メディア』、『エレクトラ』で洋の東西を問わず、
古典を独自のスタイルで取り上げてきた。
これまでも西欧ばかりではなく、
インド・パキスタン公演を行い
アジアにも目を向けてきた。
今回、チベットは海抜3600メートルの高地にあり
酸素が薄く、
公演は困難との見方があった。
高山病も心配された。
到着後、静養日を設け体調を整え、予防薬を服用したが、
小走りになっても息が切れる。
それにもかかわらず、スタッフ・キャスト
ひとりの脱落者もなく、
舞台では敏捷さ、力強さばかりが目立った。

姫路の白鷺城を舞台とし、
天守にすむ夫人富姫と若き鷹匠の恋を描く『天守物語』は、
華麗な修辞と幻想的な設定で知られている。
宮城演出は、語り手と動き手を分け、
ひとりの登場人物をふたりの俳優が演ずる。
パーカッションやポップソングを使った音楽、
鯉のぼりをはぎあわせた衣裳など、
先進的な試みで、純粋な恋を描く物語の骨格を
現代に甦らせる。
公演に先だって、粗筋をチベット語中国語で説明。
要所要所に、中国語のナレーションをかぶせる。

細部まで理解するのは難しいとしても、
伝統的な語りの手法と、斬新なヴィジュアルを
評価する声があがった。
異なる文化の土地でも、安易な同化をはかるのではなく、
異なる存在として観客の前に身をさらす。
その決意が劇団員のすみずみまで
いきとどいていたところに、
今回の公演の意義があったように思う。

1999-10-25-MON

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