ITOI
ダーリンコラム

<いちばん近くて遠いもの>

毎日新聞社から、『日本近代文学の名作』という本がでた。
吉本隆明さんが、日本の、
古典になっている近代文学の作家や作品について、
ひとつひとつ解体したり発見したりしながら
解説している、とても読みやすい本だ。

この本の市場プッシュを兼ねて、
毎日新聞に、作者インタビューを掲載することになってて、
ぼくが聞き手として訪問した。
毎度のことながら、素人のままで聞き手をするので、
その日も、専門の方々から見たら
非常識な対話が行われたのかもしれないが、
そんなことは、しらねぇよ。と。

今日の本題は、その日の話がヒントになってる。
新聞に掲載されるときは、どんな言葉遣いになってるか、
想像するしかないけれど、
こんなふうに、吉本さんは言った。

『あの、いちばん、さ、離れてるってのは、
近いようでいて、こう、いちばん遠いってのはさ、
文学の批評家とか評論家ってやつと、
文学者っていうか、作家ってやつなんでさ』

ひょっとしたら、そうかもしれないと思ってはいたけど、
あらためてそう聞くと、
いろんな謎が解けたような気がした。
しばらく、その話の続きを聞きながら、
ぼくは、言ってしまった。
「要するに、“すっごい女好きと、女”ってのは、
いちばん近くて遠いってことですね」
まるまる同じことだとは言わなかったけれど、
吉本さんは、ざっとそういうことでいいんじゃないの、
という表情で、「そうですね」と。

そうなんだよ。
研究家と研究対象の関係って言い方をしたら、
もっとよくわかるんだけど、
違うからこそ理解しようとする。
理解すればするほど違いが極まっていく。

吉本さんのあげた例としては、
中上健次さんのような頭のいい人が、どうしても
文芸評論の領域でも高いところに行こうとしてしまって、
作家性から批評性のほうに軸足を移してしまったこと。
これが、作品としてはそれまでの中上作品のなかで、
とてもつまらないものになっている、ということだ。
作品を読んでいないぼくが、それについて
「そうですね」と相づちを打つわけにはいかないけれど、
言われていることはわかるような気がした。

その後、ああこういう例があるじゃないかと、
自分で気がついたのは、
経営者と経営評論家との関係だった。
ビジネスについて、どうやったらいいとか、
どこがまちがっているとか、こういう理論があるとか、
評論したり指導したりする人はたくさんいる。
しかし、そういう先生方が、はたして、
経営者になって成功したという例はあるだろうか?

アメリカの経営学の教授が会社の指導的な役割をしている
という場合もあるらしいけれど、
たいていの経営書の作者は、経営者ではない。
とても例外的に邱永漢さんという人がいるけれど、
邱さんも、新しい事業を起こしては
経営を続けるのではなく経営を人にまかせて、
また新しい事業のほうに移っていくらしい。
まるで、実験をくりかえしては証明したがる
研究者のように事業をやっているようだ。

自分のことを考えてみて、なんとなく、
そのあたりを取り違えているかもしれないなと思った。
ビジネスというものをちゃんと考えないと、
おもしろいことをやり続けることができない。
と考えたからこそ、あちこちのサンプルを観察したり、
批評的にながめたり、自分なりに実験をしてみたり、
いろんなことをするけれど、
研究者なのか、研究対象になる者なのか、
立っている場があいまいなままだったと思うのだ。

それは、実はぼくばかりの問題ではない。
考えたいのか実現したいのかでは、
大きな違いがあるのだと思う。
むろん、「考えなしの経営者」がいるはずもないだろうが、
「実現を考えない評論家」は、いくらでもいる。
なんのためにそういうことをしているのかが、
見えにくすぎる。
「いつも正しそうなことを言う商売」というだけでは、
おもしろくないと、ぼくは思うのだ。
それはそれでビジネスとして成り立つ
とは思うんだけれどね。

かつて、「ほぼ日」で、
『まず自分の歌を歌え』と書いたことがある。
いい歌だの、音程が外れただのと言ってるよりも、
まず自分がどんな歌を歌いたいのか、
歌って、どうしたいのかこそが問われているのだと思う。

インターネットという新参者のメディアに関わっていて、
実働と評論がわけにくいという事情もあったけれど、
歌う場所にいるのだ、という気持ちを忘れずに、
いようと、あらためて思った。
ビジネスの世界の情報をよく知っていることが、
ビジネスをうまくいかせることでもなければ、
自分のためみんなのためになることでもない。
こりゃ、大きな問題でっせ。

すっごく女好き、の方向ではなく、
女そのものにならなくちゃ、ね。
あ、かえってわかりにくいエンディングになっちゃったか?

2001-04-23-MON

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