ITOI
ダーリンコラム

<アイラブユーと言えないこと>

自分の好きな人に向かって、躊躇することなく
「アイラブユー」なんて告白できる人って、
けっこうたくさんいるものなのだろうか?

「アイラブユー」と、当の相手の「ユー」に向かって、
はっきりと「ラブ」を伝えることで、
ひょっとしたら世界がひっくりかえるかもしれないのだ。

相手は、「アイラブユー」を言われることを、
嫌がっているかもしれない。

あなたと相手の人とは、
「アイラブユー」を確認しあった瞬間から、
愛し合っている者たちとして、
新しい毎日をはじめることになる。
その準備はあるのだろうか?

相手には、あなたを愛するわけにはいかない事情があり、
あなたの「アイラブユー」は、
告げられた瞬間から相手を困らせるかもしれない。

ひょっとしたら、「アイラブユー」と言いたいのは、
あなたの一瞬の気まぐれで、
あなたのほうが、相手を好きでなくなるかもしれない。

別に、暗いことを考えるわけでもなく、
あなたが「アイラブユー」と
相手に面と向かって言えない理由は、いくらでもある。

そんなこと考えてないで、
積極的に「告白するべきだ」という助言をくれる人は、
これまたいくらでもいるものだ。
だけど、まだ見ぬ瞬間を怖いと思わないわけにはいかない。
告白しろとけしかける人たちでも、
おそらく、さんざんドキドキした経験があって、
後で振り返ってみたら、あんがい平気なものだった、と、
思えるようになったんだと、ぼくは想像する。

なかには、「アイラブユー」を言いまくって、
なんの逡巡もなく、成功したり失敗したりということを
くり返す人もいるのだろうけれど、
それは「ゲーム」なのだから、別物だ。

音楽の世界にも、無数の「アイラブユー」がある。
「おまえが好きだ」「あなたを愛してる」と、
歌の主人公たちは、いくらでも言う。
強く、弱く、やさしく、なにげなく、叫ぶように、
泣きながら、吠えるように、紳士的に、乱暴に‥‥。
いろんな歌の主人公が、目の前のあなたに、
「アイラブユー」と言っている。

おそらく、歌は、歌で、夢を売っているのだ。
そんなに「アイラブユー」を言えないのが現実だから
(だいたい、そういう相手がいない場合だって多い)、
歌という夢のなかの人たちが、
現実のあなたの代わりに、「アイラブユー」と言うのだ。

ぼくは、思えば、ごくふつうの
「アイラブユー」と言えないタイプの青少年だったと思う。
そんなにみんな、簡単に「アイラブユー」と言えるのか?
言える人たちも、きっといっぱいいるんだろうな。
そんなふうなことを、漠然と思っていた。

ビートルズにであったのが、中学3年生のころ。
「She loves you(シーラブズユー)」というのが、
はじめて買ったビートルズのレコードだった。
「彼女はおまえを愛している」というタイトルは、
そのときにはうまく説明できなかったけれど、
なかなかひねったものだと言える。
歌っている本人は、いったいどういう立場なんだ?
「おまえの友人」なのか、
そして「おまえ」と同じように「彼女を愛しているもの」
という人間なのか、それともただのメッセンジャーなのか。
このタイトルのなかから、
そのあたりの詳しいことはわからない。
「アイ」と「ユー」の間にある「ラブ」でないかたちの、
「ラブ」の歌はぼくには新鮮だったのだと思う。

やがて、「And I love her」という歌も発表される。
「そして、ぼくは彼女を愛している」と直訳できる。
「アイ」が「ラブ」しているのは「ユー」じゃなく、
「ハー(彼女)」なのだ。
目の前の相手に向けて、心情を吐露しているのではなく、
遠い見えない場所にいる彼女に向けて愛を語っているのだ。

「P.S.I love you」という歌もあったっけ。
「アイラブユー」と言うにしても、
この場合は、「あ、それと‥‥愛しているよ」と、
まるでついでのように告げるのだ。
これも、ずいぶんと消極的な、というか技巧的なというか、
まっすぐじゃない愛の告白だと言える。

率直に「アイラブユー」と言うことって、
とてもうらやましいことなのかもしれないけれど、
率直に「アイラブユー」と言えない気持ちも、
若々しくて新鮮な音楽になるんだと、
ぼくはビートルズの歌によって教えてもらったと思う。

ロックンロールの世界にいながら、
率直に「アイラブユー」と言わない人たちを、
歌の主人公にするということを、
ビートルズはやっていたわけだ。
オトナたちから、うるさいばかりの不良の音楽、と
言われていたバンドが、
実は率直になれないタイプの男や女のコたちのことを、
詩のテーマにしていたのだ。
たぶん、ぼくの推量では、
ジョン・レノンという人の性格が表れたのだと思うけれど、
あの「斜め」に描いた恋愛の世界というのは、
ほんとうに新鮮な驚きに満ちていたなぁ。

好きになった人に、屈託なく「アイラブユー」なんて
言えるようなタイプの人は、
たぶん、現実にはそんなにたくさんはいないんじゃないか?
だいぶんオトナになってから、
そんなことも思えるようになったわけだ。

今週は、何が言いたいのかわからないけれど、
ひょっとしたら、また
「ビートルズっていいなぁ」というようなことが
言いたかっただけなのかもしれない。

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2004-06-21-MON

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