ITOI
ダーリンコラム

<冒険と平凡>

たとえば、料理を仕事にしている人が、
「とってもおいしいんだけれど、辛すぎる」というような
新しいメニューを考えたとする。
周囲の人に食べてもらったり、
自分でもあれこれ考えたりして、
この新しくできたおいしいメニューを、
どういうふうに発展させていくか決めることになる。

これ、ふつうの展開としては、
「とってもおいしいんだけれど、辛すぎる」の、
「辛すぎる」という部分を弱めて、
「とってもおいしくて、やや辛いかな」
という料理として完成させるのだと思う。

きっとそれは正しい道なのだ。
答えはそれでいいのだと思う。
無理やりに、「辛すぎる」を残したとしても、
お客さんたちに「辛すぎる」と言われて、
注文も少なくなってしまうだろう。
だから、きっとそれでいいのだ。

「辛すぎる」だとか「派手すぎる」だとかの、
とんがった部分をなくしてしまうから、
よその似たような商品と区別がなくなって、
つまりは、個性ってものが失われて、
平凡なあまり売れないものばかりになってしまうのだ、と、
冒険的で威勢のいい演説をするつもりはない。
そういうことばかり言っている人でも、
自分で店を経営したら、
とたんにつぶしてしまうか、
他と同じような安全で平凡なことをするものだ。
当事者意識のない人が、いくら冒険的なことを語っても、
なーんにも意味はない。
競馬の予想屋が、馬券を買って大金持ちになった
という話は聞いたことがないもんね。

だから、「辛すぎる」を「やや辛め」にすることを、
ぼくは否定するつもりは全然ないのだ。
ないのだが、こればっかり続けてると、
手堅くやってじわじわ敗けていく野球みたいに、
気持ちもよくなければ、勝ちもしないことになってしまう。

じゃ、どうすりゃいいのだ、と言われそうだけれど、
問題は、やっぱり道筋なのではないかと思うのだ。

「辛すぎる」を「やや辛め」に変更するときに、
「辛すぎる」を、いつの段階であきらめるか?
そこに次の一手の可能性が見え隠れしている。
つまり、「辛すぎる」のままでやっていくことを、
真剣に考えて、その末に
「やや辛め」という選択をするべきではないか
ということなのだ。
しつこく、同じことを言う。
「とってもおいしいんだけれど、辛すぎる」という
特長のある料理を売って商売をしていくために、
どうしたらいいのかいったん考えて、
そこで出てきたアイディアをどれだけ捨てて、
「やや辛め」に落ち着けたのか、問題はそこだと思う。

あんまり小うるさいことを考えずに、
とにかく、いっぱい考えることが大事なのだ。

・店のコンセプトを、
「辛すぎるけれど、うまい」に変えて、
 辛いものを好むお客さんを呼べるようにする。

・そのために、他のメニューも辛いもので揃えて、
 特長をはっきり表現する。

・「辛すぎる」を消し去るようなデザートを考える。

・「辛すぎる」のさらに上を行く「激辛」をつくり、
 相対的にはガマンできる辛さなのだとイメージづける。

・辛さを増量できるようなスパイスをテーブルに置き、
 辛いのを食べるのが「自慢」になるような演出をする。

・「うま辛祭り」のような期間を設けて、
 その間に評判情報を収集し、最終的な辛さを決める。

・店舗の改装をして、このメニューを人気にするための
 きっかけづくりをする。

・いままでの店のメニューを、ぜんぶなくして、
 「とってもおいしいんだけれど、辛すぎる」料理だけで、
 一気に専門店として勝負する。

なんてことを、とにかくたくさん真剣に考える。
考えるのは、タダだ。
真剣になることにもコストはかからない。
これは、無資本でできる投資なのだとも言える。
金もヒマも、協力してくれる人間も、
ぜんぶがあったら、どういうことをしたいのか、
それがすべての原点になるのだとは思う。
いちばん理想的な姿を想像しなければ、
ただ単に「しょうがないからこうしました」と、
夢も希望もない状態にしかならない。

いいと思ったら、できると思ったら、やればいい。
できない理由があるのなら、やめればいい。
安心できる「やや辛め」に結論が向かっても、
それはそれで正しい道なのだから。
でも、たくさんのアイディアを考えるとき、
たくさんのアイディアを吟味するとき、
たくさんのアイディアを捨て去るときに、
「ほんとうは自分は何をするべきなのか」が見えてくる。
ぼくは、そう思うのだ。
これは、冒険ではない。
まだ賭けですらない。
しかし、冒険や賭けをしたいとき、できるときのために、
こうした助走がなによりの役に立つのだ。

やめたものと捨てたものの質と量が、
成功をつくるのではないだろうか。

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2004-05-31-MON

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