ITOI
ダーリンコラム

<どういう人間になってほしかった?>

「立派な子になってほしかった」と、母は言った。
たまたま見ていたテレビ番組のなかでの会話だった。

親に施設に預けられて、ほっておかれたこどもが、
青年になって、母や兄弟を訪ねて行くという構成だった。
自分を手放してしまった母は、自分に、
どういうこどもになってほしかったのか、訊きたいと、
青年は思ったのだという。
母のほうは、施設に預けた息子たちに
連絡をすることもなく、その間、
結婚と離婚を2度ほどくりかえしていて、
たまたま流れ着いたある土地で、
近所の人たちの世話になりながら生活していた。

青年は、よほど訊きたかったのだろう、
「お母さんは、オレに
 どういう人間になってほしかったの?」と、母に訊ねた。
アルコール中毒の後遺症もでているという母親は、
そんな質問に答えるような用意をしていなくて、
しばらくは、まず沈黙するしかなかった。
息子である青年は、素直に、質問の答えを待っていた。
母は、その質問に答えられるものと信じているのだ。

他人であるぼくは、テレビの画面を見ながら思っていた。
「そんなむつかしいこと、答えられないよ」と。
しかし、母親は、答えるのだった。
「立派な子になってほしかった」と言うのだ。
他人であり、おやじであるぼくは、
なんていい加減な答えだ、と思ったりもする。
ぼくがその息子だったら、そんなむつかしい質問をしない。
さらに、もし訊いたとしても、
「立派な子になってほしかった」などと答えられたら、
怒りだしたかもしれない。
なんだよ、立派って?!
立派って、どういう意味だよ?
考えもしないで口からことばを発しないでくれ、
というような苛立ちを、直裁にぶつけたかもしれない。
ごぞんじの人はごぞんじしょうが、
ぼくは、実はわりと怒りっぽい人間なのでして。
この番組のなかの母親にさえ、怒りかけたのだった。

ところが、青年は、そうじゃなかった。
「立派な人か。俺、あんまり立派じゃないけど」と、
そんな意味のことを言うのだった。
「もっと立派になるよ」というのだ。

この青年は、きっと、本気で期待されたかったのだろうな。
立派な人間というものが、どういうことを意味するのか、
深く考える必要なんてまったくない。
いま現在の多少のだらしなさ、いい加減さについて、
それじゃだめだろうと感じられるような
目標がほしかったのだろうと思った。

番組のなかで、その後の青年は、
それまでよりもしっかりした人間に変化していた。
「立派な子になってほしかった」と、
そういうふうに願われた自分、
だということを知っただけで、
彼の生活は、様変わりしてしまったようだった。

あらゆる親がこどもを持ったときに、
どういう人間になってほしいという期待を持つかどうか、
ぼくにはわからない。
だが、なんでもいいのだ、
何かしらの望みをかけられているということは、
きっととても大事なことなのだ。
これまで、親の図々しい期待に
圧しつぶされそうになっているこどもについては、
よく語られてきたと思う。
しかし、親に忘れられて、
何を望まれているかも知らずに生きてきたこどもは、
何かを望まれている、何かしらの期待をされていると
知るだけで、生きるはりあいになるのだ。
ぼくには、そんなふうに見えた。

しかし、ぼくら、もうオトナになったら、
親の期待を探り出してもしょうがない。
自分でどういう人間になりたいのかを
考えなきゃならない。
どうなってもいいよ、と自分に言うのもいいけれど、
やっぱり、はりあいがない。
どういう人間になりたいのか、
ぼく自身、けっこう長いこと考えていて、
自分に多少の期待もしているのだけれど、
なかなか、いまでもわからないままでいる。

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2004-02-16-MON

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