ITOI
ダーリンコラム

<女のコっていいな>


十年かに一度くらいの感じで、
「このセリフのなかには、恐ろしい真実がこめられている」
というような、オソロシイ言葉を聞くことがある。

前に紹介したことがあったと思うけれど、
漫画家の根本敬さんの
「ああ、オレが買うのか!」というのも、すごかった。
知らない人のためにあらためて紹介します。
根本敬さんは、廃盤レコードを収集しているわけです。
世の中には、どうしてこんな楽曲が発売されたのか、
誰にもわからないようなレコードってものがあります。
それを集めているわけ。
ある日、いつものように、彼はそういう店で
レコードを探していたのでした。
どんどんどんどん、見ていきながら、
「誰がこんなレコードを買うんだ?!」と、
強く思ったらしいのです。
そして、その瞬間、
「ああ、オレが買うのか!」と気づいたということです。
・・・・スゴイです。
この話は、いつまでも忘れないと思う。
「ああ、オレが買うのか!」なんですよ。

ま、そういうことの例としてはまずいかもしれないけれど、
「ほんとに、こんな男、誰が好きになるんだろう?!」と、
つくづく思った女性は、その男に惚れています。
そういうふうに強く思ったところで、
「ああ、ワタシが好きになるのか!」ということなのです。

この根本さんの発言は、『タモリ倶楽部』のなかで、
なんとなく語られていたんですけれどね。
ほんとにスゴイ。

で、これ以来のスゴイ言葉を耳にしちゃったわけです、最近。
それが、
「女のコっていいな」だったのでした。
なんでもないようにさらっと言われたんだけど、
さぁ、これも状況をお話ししましょう。

ぼくは、毎月一回、青山ブックセンターに集まって、
本を買っては、「どうしてこれを買ったか」
というたのしい仕事をしているわけです。
アッキイ画伯もメンバーで、雑誌『ダ・ヴィンチ』の企画ね。
それぞれ買ってきた本を、
近くの軽いイタリア料理屋のテーブルに広げて、
理由を言いあったりしているんですよ。
その場で、出たのが、上記のセリフ。

けっしてふざけた人が言ったんじゃない。
『ダ・ヴィンチ』の編集長が、
ミステリーのアンソロジーを紹介して、
もう一冊、という感じで、出してきたのが
『リ チェリーコーク』
おおた うに著(ベルシステム24 刊)という大判の本。
ファッションイラストレーションというような感じで、
色は水性ペンなのかな、とにかくレイアウトもテキストも、
ぜんぶひとりでフリーハンドで描いている本です。

ぼくは、この「おおた うに」さんという人を
まったく知らなかった。
ただ、この本には気がついていた。
本の帯に「他人と同じオシャレじゃイヤ!」とあって、
ああストレートないいコピーだなぁと思ったのだ。
けれど、本を買うまでにはいたらなかった。
きっと若い女のコたちには、人気あるんだろうなと
漠然と通りすぎてしまったのだ。
それを、編集長氏は、買ってきたのだった。

「こっち方面まで、詳しいの?」
「まぁ、知ってはいましたけど。
もともと『チェリーコーク』ってのが売れて、
それの増補改訂版みたいなことで出版されたんですよね」
「すごいなぁ、さすがだねぇ。
やっぱり、こういうのも知っておかないと
『ダ・ヴィンチ』の編集長はつとまらないってことかね」
「それは、ないと思いますけど」
「じゃ、どうして買ったの。
もう、自分がまるまるこの世界の人だったってこと?」
ぼくと、アッキイは、次々に質問したね。

「いえ。
 これ、なんか・・・・。
 女のコっていいな
 と、思って」

楽しそうに、オシャレについて、
生活のアレコレについて、くったくなくぺちゃぺちゃと
おしゃべりしているような本。
そして、それを隅々まで読んでいる女のコたち。
そういうものが、「いいな」なのだ。

ぼくには、そのときの
「女のコっていいな」という言葉が、
しばらくは人生の大テーマになりそうだと思うくらい
ずきーんと響いてきた。
そうなんだよ。女のコっていいな、なんだよ。
女のコたちの、いまを、今日を、
小鳥のようにたのしんでいる様子が、「いいな」なんだ。
その「いいな」が、パラパラめくったこの本のなかに、
いっぱい詰まっているようだった。
この本のなかにあるおしゃれっていうのは、
大人たちが「ブランド」の価値観から自由になれないのと
まったく違っていて、
高い安い、誰かが着ていた着ていなかったなんていうことと
ぜんぜん無関係に、
かわいいもの、好きなものについて、
心の底から自由に思いをめぐらせている。
それは、本のなかだけでなく、
街を歩いている女のコたちにも感じる空気だ。

「女のコっていいな
と、思って」
そうそう。ぼくも、そう思っていたんだ。
そういうストレートな言葉で、その気持を表現することが
いままでできなかったんだと、
聞いて初めて気がついた。

いままでも、大人たちが眉をひそめるような
女のコたちの馬鹿らしいとさえ言えるようなファッションを、
遠慮がちにではあったけれど、庇ってきた。
ルーズソックスも、ヤマンバも、
「いいじゃないですか」と、言ってきてはいた。
アフリカとか、南米の民族衣装とかだって、
同じじゃないですか、という気持があった。
しかし、それは、
大人として弁護人の役をやっているというだけのことだ。
「女のコっていいな」のほうが、ずっと
ほんとの言葉だと思う。

そういえば、編集長氏は、ちょいと太り気味で、男だけど
「クラシックバレー」を習いはじめたという人だ。
いいな、と思った世界まで、
その間に河があろうと、ズボンの裾をまくって、
歩いて行こうとするタイプらしい。

「じゃ、いつか、そのいいなと思ってる
女のコの世界に、行っちゃってもいいと思う?」
と、あえて突っ込んでみた。
「ああ、そうですねぇ。
いいですよね」
そうか。そう言えるあんたもたいしたもんだ。

ぼくがあんまり「女のコっていいな」に感心するもんだから、
その場の人たちが、その説明を聞きたがっていたようだった。
「なんだか、わかったような気がしたんだよ、その言葉で。
ぼくは、とにかく、自由が好きなんだよ。
で、いままで、『女のコっていいな』と、
心のなかでは思っていたわけさ。
だけど、それを言わせない何かにしばられてたんだ。
『〜っていいな』って、大人とか、男とかは、
言わないようにして生きてるんだよ。
思っていること自体を、あいまいにしてるんだよ。
それに、気がついちゃったんだ」

いくらでもしゃべったような気がする。
「この夏、ヨーロッパに行ったときさ。
 同行のともだちに、かなり強引に誘われて、
 飛行機をファーストクラスにしたんだよね。
 それまで、ぼくは、
 自慢じゃないけど、一生ファーストクラスには
 乗らないだろうって、決めていたような気がする。
 だけど、いざ、乗ってみたらさ。
 いいんだよ、ファーストクラスって。
 だから、ほんとは『ファーストクラスっていいな』って、
 言ってもよかったんだよね。
 そんなのたいしてよくないやい、って、
 口には出さないけれど、思っていたんだよ、実は。
 よくないんじゃないんだよ。
 いいんだよ。いいけれど、いいって言わないんだよ。
 それ、変だと思わない?
 いいけど、乗れないって、言えない自分。
 いいけど、乗らないって、言えない自分って、
 ダメだよねー」
というようなことを、話した。

もともと、ぼくは、周辺の女性たちのなかに、
ときどき「女のコ」の面を発見して、
うらやましいなぁって思ってはいたんだった。
そういうことも、たっぷり思い出した。

けっこう熱心に、しばらくその場で
お茶を飲みながらその話を続けていたけれど、
ぼくは、この日のこの衝撃は、かなりこれからも
大きな問題として考え続けたいことだと思っていた。

2002-12-08-MON

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