ITOI
ダーリンコラム

<落語やなんかの世界に住む人々>


人間と人間の関係についての身も蓋もない現実を
車寅次郎は、
『早いはなしが、俺が芋を食ってお前が屁をするか?!』と
短くまとめてくれた。

そうなんだよなぁ。
つい忘れちゃうんだけれど、
そーーーなんだよな〜〜〜〜〜〜〜・・・・・。
ぼくは、正直に言えば、
映画「男はつらいよ」のシリーズは
あんまり好きじゃないんだけれど、
フーテンの寅さんの「芋と屁」の名セリフは大好きだ。

他人の痛みを理解するだとか、
弱いものの立場を考えるとか、
口ではいくらでも言えるんだけれど、
言うだけに終わっちゃうことがほとんどなんだよねぇ。
一方で、言うだけではいけないと、
必死で命がけで「その人のために」とがんばるのが
ほんとにいいかというと、
これまたそうとも限らなくて、
本人が「もう下りたい」と思っているのに
周囲の人が「まだまだがんばろう!」なんて
本人を下ろさせてやらないなんてことだって、
おおいにあるわけでさ。

と書いていると、これまた客観主義だとか、
価値相対主義に陥っているとか、
言われちゃいそうなんだけれどさ。
そう「責め」の方々には、
俺の一生をどうしろっていうんだ!と、
沈黙の口ごたえをしたくなるなぁ。

ちょうど、いま、
しばらく前に『週刊プレイボーイ』で連載していた
吉本隆明さんの人生相談のページを
単行本にする仕事が進行しているんだけれど、
そのなかで吉本さんが、親鸞の言葉を例にひいて、
語っているところがあるんだよね。
詳しくは本が出てから読んでもらうとして、
要するに『縁』だ、と。
親鸞さんは、そう言っているというんだ。
いくら人を殺そうと思っていても、
縁がなければ実際に殺すに至らない、と。
逆に、人を助けよう救おうとどれだけ思っても、
同じ人間どうしでは、とうてい救いきれるものではない。
そういうようなことを、
鎌倉時代の親鸞さんという人が言ってるというわけだ。
むろん、異論も反対意見もいくらでもあるだろうけれど、
これは、ぼくにとっての大きな意見だった。

どんなことでも、
あちらを立てればこちらが立たず、になる。
なにもかもがうまく収まって、
みんなが納得することや満足することなんて
絶対というくらいにありえないものだ。
そういうことが、大人になるにしたがって
怖いくらいにわかってくる。
どんなに強大な力を持った人間でも組織でも、
すべてを満足させられることなんて、
歴史的にもできたためしがない。

「できるもんじゃねぇよ」という
人間の小ささのほうをこそ、
ぼくらはもっと知る必要があったのではないかと、
いまさらのように、思うのだ。
そのためには、「できること」と「できないこと」の
違いをわかる必要がある。

いろんな人々が、
「これこそあらゆる人間が考えるべき
最重要の問題なのだ」と、
現代社会が抱えているさまざまな問題を、
「お前も考えるべきだ!」と、
次々に突きつけてくるのだけれど、
そのすべてに付き合っているうちに、
ぼくら個人個人の寿命は尽きてしまうだろう。

いま、現代社会に生活している人々のすべてが、
「ほんとうに考えるべきことを考えていない」と、
責められ続けているように見える。
環境、景気、家族、国際化、犯罪、モラル、
差別、不公平・・・いくらでもあるのだけれど、
そのうちにどれかひとつに本気で取り組むだけで、
一生を費やしても足りないくらいに
コストのかかることばかりだろう。

もういろーんな立場の人が、いろーんな警鐘を
がんがん鳴らしているんだけれど、
それ、鳴らしている本人でさえ、
他の警鐘に耳を傾けている時間や労力なんかないでしょう。
どの問題も、いかにも大事ですって顔して、
ちょっとしたコメントを出し続けていれば、
それはそれで済んでしまうんだけれど、
たいていの人は、そんなに器用に生きられないもんだよ。

ごく普通に、それなりに一所懸命に生きている
おおぜいの人が「間違っている」と
責められるようなことは、
やっぱりなんかヘンなのだと、ぼくは思っている。
どんな問題についても深くて正しい考えを持っていて、
いつでも的確な判断ができる人間なんて、
ほんとはいないでしょう。

ぼくがそういうことを思うときに、
いつも基準にしているのが、落語なんだよなぁ。
落語の世界に住んでいる住民たちが、
ああでもないこうでもないと責められるとしたら、
そりゃ、責めている側がお門違いなんだろうと、
考えることにしているんだ。

「他人の苦しみや悲しみを、
本人のように感じることができるなんていうのは、
思い上がりの嘘つきじゃねぇのかい?」
フーテンの寅さんの「芋と屁理論」は、
そういう痛いことを言っているんだろうと思う。

最愛の人が亡くなった後にも、腹が減る。

んじゃ、また来週。

2000-06-26-MON

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