ITOI
ダーリンコラム

<新庄投手の練習について>

阪神タイガースの新庄選手が、
野村新監督の指示で、ピッチャーの練習をしている。
外野手をやっている選手は、もともと肩のいい人が多い。
それに、ほとんどのプロ野球選手は
プロに入る前は、投手をやってきているのだから、
まるっきりカタチにならない、ということはないはずだ。

当然、キャンプでの新庄選手の投球練習も、
「冗談」に見えるはずはない。
シーズンが始まってから、どうなるかどう見えるかは、
まったくわからないが、少なくとも、
キャンプで練習している状態や、
オープン戦のショートリリーフ的な起用なら、
十分に「本気」に見えることだろうと思う。

しかし、おそらく、ぼくの予想では、
シーズンが始まってからは、新庄は外野手に戻るだろう。
投手というのは精密機械だ。
どんな大投手でも、フォームのちょっとした狂いで、
打者の餌食になってしまうし、
精神的な迷いが投球の組立てまで変えてしまう。
ずっと(試合に)参加性のうすい外野手をやっていて、
数ヶ月の練習で投手として成功できるほど、
プロ野球は甘いものではない。
そのことを、いちばんよく知っているのが、
実は、新庄に投手の練習をさせている野村監督である。
オールスターゲームで、
イチローに投手をやらせた仰木監督を批判して、
打者の松井を、投手の高津に交代させるという抗議行動を、
誰も忘れてはいないだろう。
野村監督は、永年の阪神タイガースにたまった
「虎の垢」を落とすために、
前代未聞の奇策を発明したのだと思うのだ。

新庄外野手に、投手としての練習をさせると、
どうして「虎の垢」が落とせるのか。
整理して考えていこうと思う。

1.まず、もっとも単純に考えて、
野球センスのいい新庄が、
投手としてワンポイントでも使えれば、戦力がアップする。
しかし、これは、宝くじを買うような「遊び」である。

2.野村の考える「考える野球」「目的のある野球」を、
急激に、人気球団タイガースにやらせようとしても、
必ずついてこられない選手が続出する。
特に、阪神の人気のシンボル的な存在である新庄が、
新しい野球スタイルに反撥した場合には、
「もめごと」としてマスコミに大きく取り上げられる。
(新庄は、野球界を引退するとまで言ったことがある男だ)
このことが、他の選手たちに及ぼす影響が大きいのは、
言うまでもない。

野球というゲームで、いちばん責任が重いのは、
試合の半分を担っているとも言われる投手である。
1球1球が、ある意味で試合を決定するわけだ。
この、1球の責任、大事さを、
新庄は、投手の立場で(フィールドで)学べることになる。
(屋内でベンキョウとして学ぶことについては、
新庄はすでに消極的な発言をしていた。
座学の「ミーティング」で、野球を考えることを
教えたら、新庄はモチベーションを失ってしまうだろう)

投手が打者を抑えるために考え練習していることを、
打者である新庄が理解すると、
あの「才能を無駄にしているかのような凡退」
が激減するだろう。

3.新庄投手という、意表をついた「ワープ的アイディア」が
成功すると、いままでの練習方法に行き詰まっていた
他の選手たちにも、
「俺も、なにかブレークスルーできる道がある」と、
希望が感じられるようになる。
(新庄が投手として成功できなくとも、
打者として進歩すれば、それでいいのだ)
この奇策の主役が、よそから連れてきた選手や
外人選手でなく「阪神育ち」の新庄だったというところが、
他の選手への影響の大きいところだ。

4.敵チームは、新庄投手の対策を
「いちおう」考える必要がでてくるので、
そのための情報対策コストがかかってくる。
特に、野村監督は「古田にぶつける」などという発言で、
無視しにくいように物語をつくっている。
隠すべき情報に向かうべき注意を、そらせてしまうという
陽動作戦としての効果もあると言えるだろう。

ここまでは、野球のゲームとしての戦略だ。
さらに、「プロ野球」というビジネスの戦略が加わる。

5.去年まで不安定だが人気のある打者を、
投手兼用に使うというわかりやすいアイディアを、
マスコミやファンが放っておくはずがない。
うまくいっても、ダメでも、
スポーツ新聞の見出しになるネタなのだ。
しかも、大型新人をとるような資金も必要ない。

阪神ファンにとっての「新入り」である
野村克也という監督が、
「なにかやってくれるリーダー」というイメージを
獲得できるわけだ。
地道に基礎をつくっていくだけでは、
たとえ少しずつ強くなっていっても、
浪速のお客さんたちにアッピールせえへん、のや!

だいたい、こんなところだろうと思う。
ポイントは、うまくいかなくても
収穫の多い作戦であるということと、
まったく金のかからないプランだということだ。

新庄選手は、今日も喜々としてして、
去年の2倍の練習をやっているようだ。

阪神ファンの方、野球ファンの方々、
いかがでしたか?

1999-02-15-MON

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