好きな人の言葉は、よく聞こえますか。
補聴器って、あるのは知っていたけれど。

今日から、スタートする
この企画について。

やたらと耳の大きなおサルをキャラクターに、
4年前の今日(1998年6月6日)、
「ほぼ日刊イトイ新聞」はスタートしました。
耳の大きさは、聞くことを大切にしようという考えから。
「見ザル・言わザル・聞かザル」という彫刻があるけど、
その、「聞かザル」の逆の、
とにかくよく聞くサルをシンボルにしたんです。
(ついでみたいですけれど、おサルの耳のなかには
 6月6日の「6」の文字が隠れてるでしょ)

そして、創刊日の今日、

というキャンペーンを始めます。
なんと、「補聴器の日」というものがあって、
それが、「ほぼ日」とおなじく「6月6日」だったんですよ!

さぁ、「ほぼ日」は「補聴器」といっしょに、
何を始めようとしているのか、
まず、darlingにインタビューしました。





「補聴器っていう名前は、字画が多くて
 親しみにくいから、何かいいネーミングを考えてほしい」
っていう仕事の依頼が来たんですよね。

目が不自由っていうことについては色んなところで、
周辺の情報がなんとなく入ってくるんだけど、
耳に関してはあんまり入ってないなぁと思ってた。
ほら、目のほうについては、
道路とか自動販売機の前に鋲がうってあったり、
切符を買うときに点字があったり、
盲導犬の話があったりしてね。

たまに僕が書いた本を、目の不自由な人たちの
ライブラリーに入れたいから
「音読テープをつくる許可」の申し出が来たりして、
それも思えば「目」なんですよね。

補聴器の話がきたときに、
そう言えば、
「見える見えない」ってことばかり考えてたけど
「聞こえる聞こえない」って
もっと意識してみたほうがいいなぁと思った。

だからって、
補聴器っていう言葉を何か別のものに変えたら
みんなが補聴器をつけて、よく聞こえるようになって、
コミュニケーションがうまくいくようになるか
って言っても、「そうはいかないもんなんだよ」って思った。

しかし、もともと「ほぼ日」は、
「よく聞くこと」をテーマにしてきたなと。


「ほぼ日」の準備中時代のメモにも、
「新聞=new hear」って書いてた。

「ほぼ日」でインタビュー記事がすごく多いのも、
耳からの言葉をすっごく重要視しているから、なんですね。

耳で聞いてるように読むっていうことを、
うちは、とても大事にしているわけです。
書き言葉で理解しにくいことでも、
しゃべり言葉での情報は理解できたりする。
さらには、発言者のほうも、
しゃべってわかるような考え方の組み立て直しが、
要求されるから、おおぜいの人に通じる可能性が増す。
そんな意図があるんですよね。

そういうことのシンボルとして、
耳のでかい「ほぼ日」のおサルの絵があるんです。



あるところにいる一人の人が、
いろんな人の話をたくさん聞くっていうかわりに
「ほぼ日」を読んでほしい。
ぼくが聞いた話を、
みんなにも聞いてほしいっていう気持ちでやってます。

結局たくさん聞いた人から、
たくさん発信されるんじゃないか
っていうことですね。

補聴器って、医療器具であることと同時に
コミュニケーションのサポートグッズでもあるし、
うちとものすごくつながりがあるなと思った。

さらに、偶然にも今日、
6月6日は、
「ほぼ日創刊日」であり、
「補聴器の日」でもあったんです。


仕事として、
「はい、これが答えです」って出すんじゃなくて、
読者もまきこんで、
うちのスタッフもみんなまきこんで
「聞く」っていうことをとらえなおしてみようって、
やってみようって思いました。

そういう仕事の仕方でやっていいですかって話を
相手(補聴器メーカー協議会)に返したわけですね。
そうしたら、とてもよく理解してもらえて、
この話が始まった。

「聞く」っていうコミニュケーションについて
一緒に考えていきましょうっていう場を
つくろうと思ったんです。



実際、それから「聞く」っていうことを
すごく意識するようになりました。
目でばっかり情報を追ってるように思うけど、
実は耳でもすごく情報を入れてて、
そのことに気づいてないくらい、
聞こえることは当たり前になってる。

人の言ってることが
仮に3分の1聞こえなくなるだけで、
相手がしゃべってることが
うまく理解できないですよね。

受け手が理解できないことで、
話しかける側もあきらめてしまったり、
コミュニケーションが面倒になったりしてしまう。
それはとてもサミシイことです。

人が話しかけていることを
わかってあげられないっていうことは、
「その人のことを、わかれない」
っていうことなんだろうなぁ。
けっこうこれ、キツイです。

最低、単語をつなげるだけでも
コミュニケーションはできるんだけど、
それはじれったいですよね。

一番短いコミュニケーションは、携帯のメールですよね。
あれに比べて普段、人と人が会うときっていうのは
言葉が、ニュアンスにとんだ
気持ちのこもった声として出てくる。

意味がとれるだけじゃ、やっぱり親しみとか出てこない。

だから補聴器って
「親聞器(しんぶんき)」だなって、
親しく聞くためのサポートグッズだなって思いました。

耳を通じてのコミニュケーションって
その人の「人となり」が出てきやすいものだと思うんです。
深いコミュニケーションに必要なのは、
「声」なんじゃないかなと思う。

だけど、メガネほど補聴器をつけてる人はいない。
なんでかなぁ、ということもここから考えていかないとね。
「こんなに簡単なことだったら
 早く補聴器を使えばよかった」って
思ってもらえるきっかけになるといいなと思って
このキャンペーンを始めたいと思います。

俺が補聴器をするようになったら、単純に、
「かっこいい補聴器」が欲しいなと思います。

隠す補聴器じゃなくて、
見えててかっこいい補聴器がほしいなあ。
補聴器してるの、かっこいいだろって見せたくなるような。





このキャンペーンについて、
みなさんはどう思われますか?

私たちも、このキャンペーンを
今日、始めたばかりです。
こちらから何かをお伝えする、というよりは、
皆さんからご意見や感想をいただいて、
一緒に「聞く」コミュニケーションについて
楽しく考えていければいいなと思っています。

aid@1101.comまでメールを頂ければ嬉しいです。
耳を大きくして、お待ちしていますね!

次回は、もう少し具体的な話になっていきます。

2002-06-06-THU

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