『みんなCM音楽を歌っていた。』書籍もくじ
「ほぼ日」立ち読み版でお読みいただけるのは「◎」の章です。
プロローグ
第1章 三木鶏郎の弟子として
■CMソングの誕生
・三木鶏郎という傑出した存在
・“冗談工房”への参加
・“詩”ではなく“詞”の誕生
■三木鶏郎事務所からの独立
・ラジオからテレビへ
・サウンドロゴCM
・インフォマティブ・ソング
・映像化時代と資生堂のCM
・ブレーン・JACK設立
■ビートルズ以後の新しい波
・ブレーン・JACKからの独立
・「MG5」、クニ河内、岡林信康
◎新旧の才能の両立【←立ち読み版第1回】
◎名作「三ツ矢サイダー'73」のCM【←立ち読み版第2回】
■タイアップ戦争の渦中へ
・「はっぴいえんど」の大瀧詠一との仕事
◎CM音楽と山下達郎【←立ち読み版第3回】
・CM音楽のレコード化
◎CMソングからイメージソングへ【←立ち読み版第4回】
■タイアップ戦争の終焉
・「もうここまでかもしれない」
◎資生堂と宇崎竜童&阿木燿子【←立ち読み版第5回】
◎キャロルからの脱皮、矢沢永吉【←立ち読み版第6回】
・「君の瞳は10000ボルト」の堀内孝雄
・南こうせつと阿木燿子という異種交配
■理想のタイアップとは?
・注視箱
・玉置浩二のメロディの行方
・「ワインレッドの心」
・「理想のタイアップとは?」への答え
第2章 CM黄金期へ
■地殻変動の時代
◎YMOそれぞれのメンバーとの仕事【←立ち読み版第7回】
◎“知る人ぞ知る”糸井重里の作詞【←立ち読み版第8回】
・西武百貨店のCM
■プロデューサーの時代へ
・演出家の役割、川崎徹の場合
・MTVの登場と既成洋楽曲の使用
・“海外”には保守的だった
・「禁煙パイポ」の作詞家は吉岡治
■広告音楽制作者の第二世代、吉江一男
・目標
・作曲者、まぶたひとえ
・専属性・著作権・スタジオ
・鶏郎賞
■日本広告音楽制作者連盟、二代目理事長、横倉義純
・1971年、JAM設立
・プロデュース・メインの発想
・異業種とのコラボレーションの結果
■広告音楽作曲家としての鈴木慶一
◎ミノルタの「今の君はピカピカに光って」【←立ち読み版第9回】
・推理と匿名性の面白さ
◎三木鶏郎との縁【←立ち読み版第10回】
第3章 CM音楽史のキーパーソン達
■鶏郎の継承者──いずみたく
・永六輔、野坂昭如との仕事
・明治製菓CM「世界は二人のために」
・師・鶏郎との共通点と相違点
■鶏郎の継承者の三代目──小林亜星
・レナウン「イエイエ」誕生
・「ダサい音楽を全部書き換えてやる」
・「この木なんの木」「ダーバン」「酒は大関こころいき」etc
■大森昭男との長いつきあい
・演出家の役割──結城巨雄の場合
・演出家の役割──今村直樹の場合
・言葉が伝わる歌、槇原敬之と宮沢和史
■レコード音楽にないCMソングの面白さ
・「島唄」と佐藤剛
・「いつでも夢を」と渡辺秀文
・コカコーラ「I Feel Coke」と小池哲夫
■同期の桜──作詞家・伊藤アキラ
・サントリー「純生」と浜口庫之助
・「VIVA純生」のキャッチフレーズとトリロー手法
・ターニングポイントの人──糸井重里と佐藤雅彦
■二人のエンジニア
・フリーランス第一号、伊豫部富治
・“作る”ではなく、“録る”。
・独学のもう一人のエンジニア田中信一
・ミキサーは職人。だけど精神はアーティスト
第4章 クリエイターの肖像
■才能を育てる──井上鑑
・“素人”との出会い
・“師匠”、大滝詠一を紹介
・ジャズでもクラッシックでもない自由さ
・30年間CMに関わって思うこと
■天才音楽家の独自性を楽しむ──樋口康雄
・“天才少年”を紹介される
・映像があったからこそ面白かった
・大森のみを窓口にしたCMの仕事
・趣味で音楽をやりたかった人
■作家性と職人魂──矢野顕子
◎糸井?矢野コンビの発案者【←立ち読み版第11回】
◎西武「不思議、大好き。」【←立ち読み版第12回】
・並外れた集中力
・天才の職人仕事
■CD「斎藤ネコCM作曲集」
・1986年JALでの出会い
・ペンネームの由来
・ふたりの実験精神
・「CMは卒業」の意味
■映像に内在する音楽──操上和美
・写真家が演出家になる
・エンカ──VANのCM
・操上和美と杉山登志の美意識
・「自分の生理が拒否したら辞めればいい」
■染まらない、汚れない、流されない──大貫妙子
・デビュー30周年
・シュガー・ベイブのメンバーとしての出会い
・ボーカリストと作曲者と
・JR東日本のCM音楽「美しい人よ」
第5章 再び三木鶏郎のこと、そして未来へ
■三木鶏郎企画研究所にて
・再評価の動き
・「三木鶏郎と異才たち」というライブイベント
・三ツ矢サイダーCM第一号
・73歳の鶏郎とマック
■1973年という年
・ビートルズの出現
・断筆宣言の頃
・最後のCM、アサヒビール
・糖尿病と仕事
■トリビュート・コンサート
・いまでも古くない。
・1954年のヒット曲「田舎のバス」を、
1972年生まれの畠山美由紀が歌う
・デジタル・データで再現された「クラリネット五重奏」
・「はるか遠くまできたようで、いまのようでもある」
■社会的影響力──坂本龍一
・初のCM作品「丸井のメガネ」
◎デビュー前の起用【←立ち読み版第13回】
◎CM音楽の黄金期、80年代←立ち読み版最終回】
・アーティストの生き方が問われる時代
第6章 三ツ矢サイダーでの出会いから「熱き心に」まで
対談 大瀧詠一VS大森昭男 (司会・構成 田家秀樹)
・「はっぴえんど」を解散した翌年の1973年、大森と出会う。
・「サイダー'73」に始まり、「サイダー'74」に終わった年
・「サイダー'76」のCMが山下達郎のアカペラになった理由
・大瀧のテレビ出演が予定されていた「サイダー'77」。
そして幻の「サイダー'79」。
・AGFのCM「熱き心に」で小林旭という大きな存在に出会った。
エピローグ
大森昭男制作CM全作品リスト 450
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