シルク・ドゥ・ソレイユからの招待状6  ZEDがはじまる。  〜稲垣正司への取材〜

第2回	ゆっくりでいい。
糸井 演技をつくるためにやり取りするなかで、
怒ったり、いら立ったりしませんでした?
稲垣 うーん‥‥怒るっていうか‥‥
ぼく、じつは、
モントリオールで5回、泣きました。
糸井 ああ、怒るんじゃなくて‥‥。
稲垣 泣きましたね。
なんていうか、やっぱり、
「伝わってないな」っていうのと、
「このまま続けてていいのかな」
っていうのと、あとは、
バトンをよく知ってる人が観たときに、
「さすがシルク・ドゥ・ソレイユが
 プロデュースしたバトンだな」
っていうふうになってほしいと
ぼくは思ってたんですけど、
「それにはまだまだほど遠いな」って
そのときは思っていたので‥‥。
糸井 なるほどね。
稲垣 いろんなことが最初はうまくいかなくて。
あと、環境的にも、
日本人のパフォーマーはぼくひとりでしたし、
まわりはフランス語と英語ばっかりで、
いっぱいいっぱいになってた
というのもありますけど。
糸井 それを乗り越えられたのは
どうしてでしょうかね。
だって、稲垣さんは、
何度となくバトンの世界チャンピオンに
なってる人ですから
(日本チャンピオン20回、
 世界チャンピオン23回)、
キツい練習や環境なんて
とっくに経験してきたわけでしょう。
その稲垣さんが泣くなんて、
やっぱり、そうとうなことですよ。
稲垣 そうですねぇ(笑)。
糸井 やめたいぐらいまで思った?
稲垣 うーん‥‥いえ、やめたいとは、
思わなかったですけど、うーん‥‥
「早く帰りたいな」と思いましたね(笑)。
糸井 ああ、そういうものかもしれないですね。
モントリオールで過ごしたのって
どのくらいの期間だったんですか。
稲垣 えっと、去年の12月9日に入って、
4月27日までいましたから、
だいたい5ヵ月くらいですかね。
糸井 ああ、じゃあ、悩んでたころは、
外は雪景色ですね。
稲垣 はい。とくに今年は、
モントリオールの人がびっくりするくらい
よく雪が降ったんだそうです。
糸井 ぼくも1月の終わりに取材に行きましたけど、
あの建物って、ほんとに雪の中ですよね。
稲垣 そうなんです。外に出ようにも、
雪がすごいんで出られないんですよ。
糸井 つまり、変化の少ない、
真っ白な毎日が続いていくわけですよね。
で、やることといったら
バトン以外にないわけだし。
稲垣 そうですね。
糸井 煮詰まりますよね。
稲垣 煮詰まりますね(笑)。
糸井 助けてくれたのは、なんだったんですかね?
稲垣 そうですね‥‥。
一度、バトンをやってる友だちが
モントリオールを訪ねてくれたんです。
で、ぼくの演技を観て、
「もっと自信持ってやっていいよ」
って言ってくれたんですよ。
糸井 はー。
稲垣 「すごくいいから自信を持って。
 コリオグラファーの彼を
 もっと信じてやった方がいいよ」って
その友だちが言ってくれたんです。
当時、ぼくはまさに
コリオグラファーとのやり取りに
不安を感じていたところでしたから、
それを言われてから、
「あ、もうちょっと信じてみよう」って感じて。
糸井 飛び込んでみようみたいな。
稲垣 そうですね。
そういうふうに思えてからは、
しっかり噛み合うようになったというか。
もともと、ジャンジャックという人は
すごく心の大きい人なので、
話せば、よく聞いてくれるんです。
糸井 うん。
稲垣 あと、もうひとつ、大きかったのは、
幸いにも、シルク・ドゥ・ソレイユの人たちが
ゆっくり時間をかけて
ものをつくるタイプだったということです。
それはほんとうに助かったというか、
あれでこう、日本の人みたいに、
ちゃちゃちゃーっと進行させる感じだったら、
もっと煮詰まってたと思いますね。
糸井 あーー、なるほど。
稲垣 モントリオールでは、
スケジュールにも余裕があって、
ゆっくり時間をかけられたんです。
これは、フランソワ・ジラールが
よく言っていたことなんですが、
「全部をいま決めてしまいたくない。
 可能性を縮めたくないから、
 もっと時間をかけて、
 どう成長していくかを見たい」
というふうによく言われていたんです。
それは、とっても助かりましたね。
糸井 ああ、すばらしいですね。
稲垣 はい。
ゆっくりな環境というのはよかったですね。
糸井 そういう仕事の仕方を
それまでにしたことはありましたか?
稲垣 いや、どっちかというと、こう、
急いで、ダーッと進める感じで。
糸井 それもわかるんですよね。
なにかを突き詰めていく人って、
性急にじゃないと
できないところもありますから。
稲垣 そうですね。
糸井 だからこそ、
「ゆっくりでいい」っていうのは
新鮮ですよね。
稲垣 はい。
(つづきます)


2008-10-02-THU



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