キャスティングの よろこびを。  映画と演劇、現場のお話。
第3回 糸井重里が役者になれない理由

糸井 あのですね、
ぼく自身の恥ずかしい話なんですけど。
何回か映画に写る役でお誘いを受けたときに
ぼくはバカだから、
「おもしろそうだな」と思って、
「できるんじゃないか」と思って、
何度かのこのこ出かけて行ってるんです。
それで、いっつも、どん底までいっちゃう。
一同 (笑)
北村 え? それは、できない?
糸井 できないんです。
その「できない」ってことについて、
ぼくは一生の課題として、
「いつかできるんじゃないか?」
と思ってるんです。
思ってるもんだから、誘われるとまた行く。
そしてそのつど、
まっくらやみになって帰ってくる。
一同 (笑)
糸井 ですから、北村さん、杉野さん、
自慢じゃないですけど、
「2度目を頼んできた人」はいないんです。

北村 ええー?(笑)
杉野 そうなんですか(笑)。
北村 自分の演技の望みが高すぎて
そこに行けなかったっていうことじゃなくて?
糸井 そういうケースがあるということは、わかります。
でも、そんなことではないんです。
ぼくは、
「できない」んです。
北村 そんな(笑)。
糸井 なのに「今度こそできるんじゃないか?」と。
一同 (笑)
糸井 この話はいろんな人にしてるんですけど、
いまだに自分最大の謎なんです。
かみさんなんかは
「なんで引き受けるの?」って。
一同 (笑)
北村 引き受けちゃう(笑)。
糸井 だって「できたい」んです。
大好きなんです。
北村 やりたいと思うんだ。
糸井 弾けないギターを持って
バンドに入っちゃってるみたいな状態。

北村 うん、それはひどい。
糸井 弾けっこないじゃないですか!
一同 (笑)
杉野 はははは。
糸井 「ほんとはコツがあるんだよな」とか。
「おれを見つけてくれる監督がいるんじゃないか」
とか、すぐに思っちゃう。
杉野 ははは。
糸井 いろんな監督にしゃべりましたもん、
そのことについて。
北村 見つけてもらえるかもしれないから(笑)。
糸井 このまえ、西川美和監督に言ったら、
「うん、無理かもしれない‥‥」
北村 言われた?
糸井 きっぱり。

一同 (笑)
糸井 やっぱりちゃんとしたことを言う監督ですから。
北村 うん、美和さんはねぇ。
糸井 とってもすっきりしました。
ただ、おれは美和さんに捨てられても‥‥。
北村 やりたい。
糸井 いや、「やります」とは、
いまは言えなくなりましたね。
死ぬまでにできるようになる可能性が
ある条件の中でなら、あるかもしれない。
そう思っているだけです。
──でも、さっきの北村さんの話でいうと、
舞台はぜったい、ないですね。
映像としてなら
ギター弾いたふりくらいのことはできるから
そこにいられるかもしれないけど、舞台は‥‥
北村 ありえない。
糸井 ありえないですね。
猫や犬のほうが、まだできると思う。
北村 そんな(笑)。
糸井 映画のキャスティングをやってらっしゃる
杉野さんからしたら
ほんとにできない人を連れて来るわけにはいかない
っていうのは、思ってますよね?
杉野 まぁ、そうですね。
ほんとにできないと、
やっぱりしんどいと思いますけど。
北村 うーん。
糸井 いや、恐ろしいことですよ。
できないやつが現場に立つっていうのは。
みんなは笑ってるけどさ、
夢で見たことがあるんですよね。
大型トラックを運転してる夢を。
免許がないのに。
一同 (笑)
糸井 まっくらやみの坂道をね。
北村 おおー。
糸井 自分が大型トラックを運転‥‥。
杉野 (笑)。
糸井 それと、おんなじような気持ちになるんですよ。
北村 恐ろしいですよね。
杉野 うーん。
北村 ‥‥いや、でも、やっぱり撮り方だと思う。
ふつうに生きて、普通にしゃべってて、
それを切り取ればいいだけですから。
糸井さんがすっごい浮いてて
おかしな人なら別ですけど、ふつうですよね?
それを切り取る監督に、
まだ出会ってないんじゃないですか?
糸井 それはですね北村さん、
切り取ってくれる監督は、
自分も含めて、いないです。
一同 (笑)
糸井 突拍子もなくダメなんです。
その理由をほんとに知りたいわけで。
‥‥あの、ごめんなさいね、
いまこんな話をついしてしまって。
ほんとはキャスティングの話を
ちゃんとするべきなんですけど。
北村 (笑)。


糸井 なにか理由があるんですよ。
「文章書くのができません」
っていう人、いっぱいいるじゃないですか。
そんな人はいるはずがないんですよ。
文章を書けないなんて人が、いるわけない。
北村 うんうん。
糸井 だけど、書けないって言ってる人の文章みると、
ああ、書けないんだなぁ‥‥って。
杉野 ああー。
北村 はい、はい(笑)。
糸井 納得できないくらい書けない人はいますよ、
やっぱり。
北村 そうかあ‥‥。
糸井 それとおんなじようなことが、
演技をしようとする自分の中に
たぶんあるんでしょうねぇ。

そういう「できる」「できない」があって、
ひとまず「できる」人の中での上手下手とか、
合ってる合ってないってところを見すえて、
キャスティングってことをやるわけですから。
ほんと、ねえ。
簡単な仕事じゃないと思いますよ、
キャスティングっていうのは。
  (つづきます)
2010-03-12-FRI

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