海馬。
頭は、もっといい感じで使える。

第13回 科学者が「海馬」に惹かれる理由


みなさん、こんにちは!
まずは、2点のお知らせがありますっ。

1)『海馬』『調理場という戦場』を
 ご注文くださった方々、ありがとうございます。
 みなさんへの発送は、いよいよ来週からはじまりますよ!
 一般発売よりひと足はやいお届けですので、
 どうぞ、楽しみに待っていてくださいね♪

2)そして両方の本ともに
 「売り切れて買えなかったよぉ」という方にも
 ちょっとした朗報が、あるんですよ。
 こちらは先行発売とはちがい、「予約」ですから、
 7月10日の本当の発売日以降のお届けになるのですが、
 インターネット書店上での、
 『海馬』『調理場』予約発売が本日よりはじまりました。
 よろしかったら、こちらのページから
 リンクしている各種書店で、ぜひご予約くださいませ。


では、今日の内容を、お届けいたします。

……お気づきの方も、いらっしゃるかもしれません。
実は、みなさんが何度も文字では見かけたはずの
脳の中の「海馬」という部位、
このページでは、まだ本格的に登場していないんです!

単行本『海馬』のなかでキーになるのは、
この不思議な記憶の中枢「海馬」が、
いかなる役割を果たすのか、
また、この「海馬」が、工夫次第で
いかに年齢と関係なく鍛えられてゆくか、
という事実なのですよー。

今は、先行発売に申し込んでくださったかたにとっては
いよいよ読書の時が近づいている、という時期です。
そして、一般発売もあと1か月ほどに迫った時期です。

今回のこのコーナーでは、その革新の
「海馬」が単行本上で登場しはじめるところを、
抜粋紹介で、お届けいたします。
まるで、本を読む前準備のように、お楽しみくださいね!







<※単行本『海馬』より抜粋>


池谷 脳の記憶の仕方にとって、
とても大切な特色は「可塑性」なんです。

糸井 「可塑性」……かたちが粘土みたいに変わること?
池谷 ええ。ボールは、指でグッと押して変形させても、
指を離すとまた元に戻りますよね。
それは「弾性」と言って変化しないんです。
でも、粘土はギュッと押すと手を離しても
形が変わったままですよね。
それを可塑性って言います。
脳には、まさにこれがあるんです。

脳は変化したものを
変化したままにしておくという……
まさに、それこそが記憶です。
だから、「可塑性」は大きなキーワードだと思います。

糸井 つまり、いったんある情報を受け入れて、
それに対応するような回路がつながると、
それはそのまま残ってしまうのですね?
池谷 そうです。残らなければいけないんです。
糸井 たとえば、「ヘビは怖い」という記憶があると、
これをなくすことができないと言うか、
「怖くなくなるためには、別の刺激を加える」
ということですか?

池谷 はい。ヘビはこわいという回路を残したまま、
その上から「こわくない」という回路を作ります。
つまり、ある時に
突然また怖くなってしまう危険性もある。

昔の記憶が戻ってくることってありますよね?
それも可塑性の豊富さがなせるわざです。
書きこまれたものは残ります。
糸井 赤ちゃんに近いときのショックは
戻りにくいと言われますよね。
トラウマもそれに近いのかなぁ?

池谷 ええ。トラウマもそうです。
糸井 衝撃を受けるとひとつひとつ変形していき、
その変形を抱えながら生きるというわけですね。
傷かもしれないし変形なのかもしれないけど、
それを抱えざるをえないんだ。
……健康なままで、
その傷を「なし」にすることはありえない?

池谷 ええ。
「なし」にするというのは、
赤ちゃんに戻すということですから。

この可塑性は、動物の中でも、人間の脳に
いちばんたくさん与えられているんですよ。
そうじゃないと環境に適応できないです。


可塑性とはつまり
「記憶しているということ」なんです。
その記憶を扱っている部位が、
脳の中で海馬と呼ばれているんです。
人間の脳の中で
最も可塑性に富んだ場所が海馬なんですよ。

糸井 おぉぉ。
その、海馬ってものが
なぜ重要なのかを詳しく伺いたいです。
研究分野として重要性があると思われるのは、
どのような理由からなのですか?

池谷 脳は事実、記憶するわけですから、
可塑性がそこにあるということは
以前から明らかだったのですが、
可塑性に満ちた部位がどこなのかを
発見することができなかった。

また、以前の科学では
今ほど技術が発展していなかったので、
神経ひとつひとつの意味までを
調べることができなかったんですよ。
しかし、現在では
驚くほどテクノロジーが発展したおかげで、
可塑性に満ちた部位が海馬だとわかった。

だとすると、可塑性を特徴とする
海馬の性質を解明すれば、
脳のはたらきもわかるのではないか
という潮流ができたのです。

そこで一時はネコも杓子も
海馬を研究するようなことになりました。
ぼくが薬学部に進んだ時(一九九〇年ごろ)も、
海馬はいわゆる「流行している研究分野」でした。

糸井 なるほどなぁ。
以前は神経を調べる技術や機械が
発達していなかったので、
海馬にアプローチできなかったのか。

池谷 海馬を調べる実験を続けると、
ぼくも可塑性の奥深さが
見えるような気がしたのです。
無根拠な確信ですけれども、
それにとりつかれて
今も研究をやりつづけているような気がします。

糸井 漠然と見えるその
「可塑性の奥深さ」ってどういうものですか?

池谷 神経細胞の動きを知る直接の道具は、
脳の動きを電圧で計る
オシロスコープという機械なんです。

つまり研究者がたよりにできるのは、
神経細胞の中における電気の活動だけです。
電気の波だけでしかわからないところで
可塑性を調べているのですが、
実感ではない波だからこそ、
余計に神秘的なものを感じてしまうかもしれません。
まずその時点で、研究に
ロマンを求めてしまうことはあるかもしれない。
奥深さを感じるというのはそういう意味もあります。

また、オタクだと言われてしまうかも知れませんが、
ネズミの中の神経細胞に、
僕自身が自分の手で刺激を加えると、
可塑性がおこったという波が、
実際に目の前のオシロスコープにあらわれる。

……なんというか、自然現象という
偉大で神秘的な存在に、ほんの少しでも
自分が変形を加えたという痕跡が感じられるというか。
ささやかな制圧の快感。
他者に影響を与えることで、
自分という不確定な「存在」が確認される安堵。
そこに妙にぼくの情熱をかきたてるものがありまして。

それは研究対象が「可塑性」だからこそ可能ですよね。
考えてみれば、粘土工作が楽しいのも、
まさに粘土そのものが可塑的だからですよね。
粘土が弾性だったら、つまらない(笑)。
いくらやっても、もとに戻るんですから。






(※「海馬」って何なのか? 単行本をお楽しみに!
  インターネット書店予約へのリンクは、こちらです)

2002-06-13-THU

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