海馬。
頭は、もっといい感じで使える。

第10回 刺激があるから生きられる


『海馬/脳は疲れない』の限定冊数を
かなり追加いたしましたが、この週末で、
もしかしたら、在庫ぎりぎりになるかもしれません。
おおぜいの方が「ぜひ読みたい!」という
メールをくださっていることを嬉しく読みながら、
今日のこのコーナーを、お送りいたします。

今回は単行本からの抜粋紹介をお届けします。
第9回にお届けした、
ストッパーをはずすという話題のつづきですよ。
「この人をとめないでおきたい」という言葉も出現します。
ぜひ、楽しく読んでくださいませっ。


(※残部はわずかですが、ぜひ、
  こちらの限定先行発売のページにも、
  お寄りくださいね!!!)








<※『海馬』 第1章より抜粋>


糸井 いま、池谷さんとお話した
「ストッパーをはずす」という内容とは逆に、
ストッパーのがっちり効いている状態、
「動くな」と言われる状態を考えてみましょうか?

池谷 そういう実験は、過去に
たくさんの人が試みているんです。
ネズミだけではなく人間でもやった例があって。
白い壁で何にも刺激のない部屋の中に閉じこめて、
食べものだけを与えるという残酷なものが。

糸井 こわい。
池谷 そうなると、二日めや三日めに変化が出ます。
脳はもともと刺激を欲しているから、
自分で刺激を作り出してしまうんです。
つまり、幻覚や幻聴が出てくる。

糸井 あぁ、なるほど。
だから刑務所はつらいんだ。
ごはんは食べられるし寝られるし、
生活には問題がないのにつらい。

新しい情報と遮断されることは、
きっと人にとって、
そうとうつらいものなんでしょうね。

孤独のあまり独房で思わず歌をうたってしまうとか、
幻聴が出ちゃうのとか、みんな、
「刺激がなくて耐えられない自分を
 助けるためのしくみ」みたいですね。

池谷 ええ。脳に快楽を与えるということになります。
糸井 つまり気持ちよくないと、
生きることがとても難しい?

池谷 はい。
糸井 いま、
「刺激が多いと頭がよくなるのか」
というように考えてみたんだけど、
これ、そうでもないですよね。
赤ん坊のことを思ったんです。

赤ちゃんの場合は、
実際に処理できる情報も手段も
ものすごく少ないんだけど、
情報を増やそうという意志があるから
輝いてみえるんじゃないかと。

その逆に例えば三八歳の会社員がいたとして
「私に決して刺激を与えないでください」
という態度でいたとしたら、
それには、魅力がないじゃないですか。

赤ん坊以上に情報を処理しているはずなのに、
三八歳会社員のほうには
「なさけない」とすら思ってしまう。
つまり、次に向かうベクトルがあるかないかが、
すてきだとか頭がいいとか思う
境界線なのでしょうか?

頭がいい、すてきだ、かっこいい……
そうほめる時って、何か、
「この人を、とめないでおきたい」
って思っているような気がするんですよ。

池谷 「とめないでおきたい」って、いい表現ですね。
糸井 リーダーシップを取る時には、
チームをとめる必要もあるけど、
その場合でさえ先があって、
次に何かをするためにとめるんだと思う。
自分が誰かに対して「バカ!」と怒る時のことを
ふりかえってもそう思う。

ぼくはいつも、物事を枠内に封じ込めて
考えをとめようとしている人を
「頭がかたい」「わからずや」
って言って憎んでいるような気がします。

一緒にどこかおもしろい所に行けるかもしれない、
と思えるような人が、
頭がいい人なんじゃないかなぁ。
ぼくとしては、
「もっといいものなら取り入れる用意がある」
っていう人と話していると、気持ちがラクなんです。

だから成長しようとしている赤ん坊が
ヒントを与えてくれるわけだし、
「刺激は要りません」な人がイヤなんですよね。

池谷 なるほど。
糸井 人間はきっと、
ベクトルが前や上に向いている人に
好意を覚えるのかもしれない。
あ、でも、なんでも「やだ」って言う
女の人も好きなのは……?

池谷 (笑)理不尽です。
糸井 まぁそれも、無理に説明すれば、
「それさえものりこえてあいつを好きな俺」
みたいな話なのでしょうかねぇ。

池谷 脳そのものは、さっき言ったように
「無刺激に耐えられない」
っていう性質を持っているかぎり、
本能的にはより刺激があるほうに向かいますね。
それは装置としてそう備わっているわけです。

糸井 本能としては、刺激のあるほうに向かうのか。
だとすると、
「安定していて安心よ」みたいな人は、
別の場所でストレスを感じているかもしれない。
知らないところで
とんでもないヨコシマなことを考えているとか……。

池谷 「人間あるところ歌あり」も気になりますが、
同じくらいすごいなぁと思うのは、
「人間あるところ宗教あり」なんです。
ぼくとしては、宗教は
「人間が関係性を欲しているから」
存在していると思っています。
何かに依存するというかたちで
他人と交わったり話したりすると言いますか。

糸井 他人とのコミュニケーションで言うと、
「狼に育てられた少女」のように、
コミュニケーションがなくなると、
どうなるのですか?

池谷 えーと、次のような実験もあるんです。
人間だとなかなかできないんですけれども、
サルなんかだと、親から離して、
刺激もぜんぜん与えないで、
暗い小屋とかで人間からの刺激もないように、
エサも遠くからチューブで与えるとか、
そうやって育てると……。

糸井 (笑)やなことするねえ。
池谷 そういうことをすると、
やっぱり長生きはしないです。
トローンとした顔で欲がなくなってしまう。
外に行くことを欲することすらなくなるのです。

糸井 あ、やっぱりそうなんですか。





(※こちらの先行販売のページにも、
  ぜひ、お立ち寄りくださるとうれしく思います)

2002-05-24-FRI

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