海馬。
頭は、もっといい感じで使える。

第4回 脳にとっては、「好き=必要」


今回と次回の『海馬』ページは、
ちょっと前回までとは異なったかたちでお届けします。

いよいよ発売が迫ったこの単行本の冒頭の会話を、
『海馬/脳は疲れない』のイントロダクションとして、
すこし長めに抜粋して紹介していきたいと思います!

では、いきなり本文に入ります。お楽しみくださいね。






<※『海馬』 第1章より抜粋>


糸井 頭がいいという言葉ひとつにしても、
いろいろな使われ方があります。

池谷 ええ。たとえば、
「学校のテストをやらせると、
 ものすごくいい点数を取るけれども、
 決して頭がいいとは思えないような人がいる」
と、ぼくは感じています。

糸井 はい。ぼくもそうです。
池谷 それから、一方では、
「物理の法則なんて知らなくても
 運動神経がすばらしい」ということについては、
頭がいいことのひとつじゃないかと思うんです。
難しい放物曲線の計算ができなくたって、
いつもボールを特定の場所に投げられることを、
ぼくは「頭がいい」というように感じます。

糸井 その気持ちはとてもわかりますし、
ぼくもそう思います。
一般的には「頭がいい」ということと
「ものしり」とを重ねて言う人も多いでしょう。
「……あぁ、あの人は頭がいいから、
 それはあの人に聞いてみなよ」とか。
それじゃあ、
百科事典がわりじゃないか!というようなね。

ぼくにとっての「頭がいい」って
何だろうと考えると、
そういうことではありません。
自分が「これは好きだ」と思ったことを
充分に汲みとってくれる人
がいますよね?
たぶんそれが、ぼくにとっての
「頭がいい」という人なのかなあと思います。

映画や本を鑑賞していて
「よくわかる、おもしろい!」
「この監督は頭がいい。すごい」
と感じる時があるけど、その時にはきっと
「伝える側と受けとる側がうまく交流できた」
という状態になっているような気がする。

作り手が「通じなくてもいいや」と考えながら
発表している芸術作品というのを、
ぼくはとても苦手なんですけれど。
そういうものの何が嫌かと言うと、きっと
「情報の送り手と受け手の
 コミュニケーションがあまりないから」

なんですよ。

受け手と交流しながら、
送り手が新しい問題を投げかける。
そしてその問題の答えを受け手が待つ……
そんなふうに時間を共有できるもののほうが、
おもしろいですよね。
映画にしてもテレビ番組にしても本にしても、
ほんとうに、人と人とのつきあいに似た
おもしろさを感じることができますから。

今ふと思ったんだけど、
ぼくは人と話をしている中で
「こいつ、大っ嫌い」と思うことと
「頭が悪いヤツだなぁ」と思うこととを、
かなりイコールで結んでいるみたいなんですね。
……思えば、もうほとんどイコールですよ。

「あいつ、頭がいいけど嫌いだわ」
って言っている場合は、ほんとは
「あんなやつ、バカだ」と思っていますね。

池谷 それはおもしろいです。
「頭のよし悪し」の基準を
「好き嫌い」だと考えるとすっきりしますし、
当たっている気がします。

根拠もあるんです。
脳の中で「好き嫌い」を扱うのは
扁桃体という所でして、
「この情報が要るのか要らないのか」
の判断は海馬という所でなされています。
海馬と扁桃体は隣り合っていて
かなりの情報交換をしている。
つまり、
「好きなことならよく覚えている」
「興味のあることをうまくやってのける」
というのは、筋が通っているんですよ。
感情的に好きなものを、
必要な情報だと見なす
わけですから。

糸井 なるほど。
だとすると、思い切って
「ものや人とコミュニケーションが
 きちんと取れている状態」を、
「脳のはたらきがいい状態」と
言ってしまってもいいのでしょうか?

池谷 いいと思います。脳のはたらきは、
「ものとものとを結びつけて
 あたらしい情報を作っていく」

というのが基本ですから。

生活していると、既に出会ったものに
もう一度触れることも多いけれども、
それでも、
あたらしい状況に出会ったりすることが、
多かれ少なかれ何かしら毎日あるわけですよね?

そうした中で出会った新しい情報が
どういうものなのかを分類しておける、
そして何かを解決したい場面になったら、
一見まったく関係のない情報どうしを
とっさに結びつけられる。

そういったことができるというのは、
脳がきちんと働いている状態なのだと思います。

糸井 それはすごく納得できます。
つまり、相手の気持ちをわかってあげられる人も、
センスのいい趣味を持っている人も頭がいい。
運動が得意なプロ選手も、
独創的なアイデアを出す人も頭がいい。
みんな、脳のはたらきがいいという素敵さは
変わらない、という気がするんです。

池谷 まさにそうです。
糸井 何かと何かをタイミングよく結びつけられることが
「脳のはたらきがとてもいい」ということなら、
ぜひ、自分の脳のはたらきをよくしたいと思う。

コミュニケーションの能力を高めるには
どうすればいいか、という観点から
池谷さんの話をお聞きしたいです。

池谷 なるほど。糸井さんの脳に対する興味の方向は、
よくわかりました。
なかなか形而上的な内容が含まれていますね。
脳の仕組みについては、
ぼくはお役に立てる限りお話しますけれど、
発想するとか企画を思いつくとか、
実際に頭をどう使うかという
実践そのものに関しては、
その道の先輩である糸井さんに伺いたい、
と思って今日はここにやってきました。






(※つづきは、あさって木曜日に更新いたしますよー!)

2002-05-14-TUE

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