BOXING
私をリングサイドに連れてって。

世界重量級の壁 保住何もできずTKO負け

WBA世界ミドル級タイトルマッチ
「ウイリアム・ジョッピー×保住直孝」

プロボクシングはミニマム級(105lbs、47.6kg以下)
からヘビー級(191lbs、86.6kg以上)まで17の階級がある。
世界的にみれば日本人は小柄な部類なので
中量級、重量級の世界挑戦は当然少ない。

今回保住選手が挑むミドル級は160lbs(72.57kg以下)。
実は日本ではランキングが存在している最重量級となる。
それ以上のクラスは極端に選手層が薄いため、
競争原理が働かないのだ。
しかし欧米諸国では平均的な体型。
それは選手層が厚く、サバイバル戦を重ね
やっと頂点への道が開けるという
厳しい実力者揃いの階級ということを意味する。

元日本王者、東洋太平洋王者とアジアの代表である
保住選手に世界挑戦の資格はあるが、
実力的には非常に厳しい試合となることは
容易に想像できた。
しかし日本には1995年に過去一人だけ
このような予想を覆し、ミドル級で大番狂わせを演じ、
日本初のミドル級世界チャンピオンになった選手がいる。
それは現在「ガチンコ」の鬼トレーナーでお馴染みの
竹原慎二だった。
この勝利は新聞社でも政治や事件の緊急ニュースと同等に
配信されたというエピソードも残っている。

もう少し現在のWBA世界ミドル級について紹介したい。
実はこの階級にはチャンピオンの上に
スーパーチャンピオンなるものが存在する。
現在のスーパーチャンピオンは、
バーナード・ホプキンスである。

ホプキンスとはあのトリニダードをリングに
屠ったまさにそのホプキンスなのである。

つまり今回の王者ジョッピーは
ホプキンスの下のチャンピオンということなので、
実際にはサブのチャンピオンともいっていいのである。
ため息が漏れてしまうが、これが世界の重量級の層の厚さ、
スーパースターたる所以ともなるのである。

ジョッピーにつけ込む隙があるとすれば、
約1年振りとなる試合勘の欠如、
世界14位という保住選手に油断しての調整不足や
試合中防御を怠り、ポカをやる場面くらいだろうか。

しかし重量級の魅力はなんといってもパワー。
パンチ一発で大逆転もあり得るのが最大の魅力だ。

保住選手が勝てば大番狂わせとなる試合のゴングが
いよいよ鳴った。
しかしそこで展開されたものは予想以上に高い世界の壁、
重量級の壁、そして圧倒的な能力の差であった。

まず、ジャブの速さ。フットワーク。さらに手数。
そしてリスクは冒さないヒット&アウェー作戦。
保住は構わずにどんどん向かっていく。
しかしパンチが当たるか、当たらないかの
微妙な距離でのコントロールは
全てジョッピーが優っていた。
絶妙に前後に出入りして、
確実に自分のパンチをヒットさせる。
その瞬間に保住はパンチを狙う。
しかし頭を動し、ガードを固め、
スッと下がる等の動きを駆使し、
保住のパンチはことごとく空を切っていく。
そして保住がふっと息をつき、止まった瞬間に
いきなり距離を詰めて、
鋭い円を描く右アッパーを飛ばしてくる。

余力のあるうちに一発入れ局面を変えたい保住。
4R必死のチェイスを仕掛けボディーを中心に狙うが、
ジョッピーは保住のペースで距離が詰まるのを避け、
まるでメリーゴーランドのように
リングをくるくる小走りでまわる。

両国国技館の観衆も、前に出ては打たれる保住、
絶妙に逃げていくジョッピーという展開に
焦燥感よりもあきらめ、さらに同情に近い感覚さえ
覚えてしまったのではないか。
それでも保住はひたすら前に出て「世界」を狙い続ける。
そのひたすらな姿勢には哀しさも含まれるが
感動さえ覚える。
「せめて見せ場は作って欲しい」

そんな展開でもまだ「一発当たれば」という
一縷の望みもあった。
しかし世界は甘くないと改めて指摘されたような、
絶望的な声が耳に入った。
それはジョッピーのセコンドのアドバイスだった。
そのフレーズは「Keep Box」、
つまり距離をとって決して打ち合わず、消耗させ、
ジャブを中心に当ててポイントは取ろう、
ということなのだ。

技術、実力、攻撃、防御で優るチャンピオンが
中盤でもなお安全策をとったら、
一縷の望みさえも、保住が追えば追うほどに、
1秒1秒消えていくような、残酷な展開になってしまう。
しかし実際ジョッピーセコンドのプラン通りに
試合は展開してゆく。
終盤9R、あまたのパンチに耐えて前に出ていた保住に
明らかに疲れが見える。
パンチがスローモーションのように見え、
上体も微妙に左右し始める。
この様子を見てジョッピー陣営がGOサインを出す。
レフリーも保住しか見ていない状態だ。
そして10R、動きが緩慢になったところへ
顔面に連打を受ける。
顎が跳ね上げられ上体がグラグラになったところで
レフリーが試合を止めた。

一体保住は何発のパンチを喰らったのだろうか?
それほど圧倒的なジョッピーのパンチ数だった。
絶対的優位に立っても絶対に油断する事なく、
敵を冷静に見つめ、勝つ可能性をさらに高めていく。

そんな絶望的な状況でも敵に向かっていった保住。
実力以上の頑張りを見せたと思う。
ただ残念なのは「勝利」は
試合のどの時点でも見えなかった事だ。
ジャブ、フットワーク、スピードで
すでに大きな差があったので
期待していた混戦へは持ち込むことができなかった。

試合は無謀であったかもしれないが、無駄ではない。
今回のような試合を踏まえ、
一気にジャンプアップを図らず、
技術、能力など一つ一つのポイントを的確に補強し、
日々臨んでいけば
第二の竹原慎二、そして、さらに上の階級でも
「日本初」が誕生する事は
単なる夢ではなくなる日がくるはずである。


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2002-10-13-SUN

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