BOXING
私をリングサイドに連れてって。

期待の佐藤修空転!初防衛逃す

ボクシングは単なる力による殴り合いではない。
非常に高度な技術と体力。そしてメンタル的充実、
戦術を持って臨まなければ勝てない
トータルスポーツである。
ましてそれが世界戦となれば、である。

WBA世界S.バンタム級タイトルマッチ
「佐藤修×サリム・メジクンヌ」戦
まさにその典型的な試合だった。

下馬評では佐藤有利だった。
引き分けに終わったホーリン戦、
逆転KOでタイトルを取ったヨーダムロン戦で
無尽蔵なスタミナと手数でファンを獲得、
最近ではパワーも身に付け、
25歳、チャンピオンになりながらにして、
将来性を、成長性をさらに見込める年齢も好材料だった。
そのためには難しいとされる初防衛戦はなんとしても
クリアしたい関門だ。

相手のメジクンヌは世界1位ではあるが、
世界的にはこれまで地味で無名に近い存在。
30歳という年齢からも上積みはもうない。
事前の情報ではパンチをまとめてくるが、一発はなく、
どちらかといえば今回は汲み易しの空気が流れていた。

そしてその評価は間違いなくその通りだったと思う。

リングに上がった両者を比較してみる。
メジクンヌは体の線が細く、パンチ力もなさそうだ。
巧者そうなサウスポーだが、それだけだ。
強打を当てれば容易に倒すことができるだろう。
そんな様子だから佐藤のKO防衛予想さえも
視野に入ってくる。

そこに今回の大きな落とし穴があった。
というより、まんまとはまってしまった、と
言ったほうがよいだろう。

1R開始から、メジクンヌは足を使い常に動く。
立ち上がり動きの少ない佐藤との関係は
まるで太陽と地球のようだ。
腋と肘をしっかりと閉め、顎と頬を両手で覆い隠している。
明らかに打たれ脆いことが良くわかっているのだろう。
そして長めの距離。
予想したよりもメジクンヌの左ストレートは
思いのほか伸びて佐藤にヒットする。
しかしパンチは軽く見える。

佐藤のスロースターターぶりは周知の事実。
回を追うに従って、無尽蔵のスタミナを駆使し、距離を詰め
連打と得意の左で、か細いフランス人を捉えるだろう。
立ち上がりから手を出さないといけないが、
悪い癖が治らないなぁと、
会場にいるほとんどの人間が
まだ不安には思っていなかったはずだ。

2Rめからは佐藤も距離を詰めにかかる。
しかし、常に動き回るメジクンヌを捉えることができない。
さらに佐藤の動きが止まった瞬間や
前に出た瞬間に軽いが的確なパンチが佐藤を捕らえる。

中盤になってもか細いフランス人の足は止まらない。
手数と的確さでペースをさらわれた佐藤のパンチが
明らかに大きく、一発狙いとなっている。
そこに面白いように小さく、細かなパンチを当て
そしてするすると佐藤から逃げていくメジクンヌ。
観客もこの展開に明らかな不安を感じ出した。
「手をだして!」「ボディ!」との声をあげている。

終盤になると恐れていた事態が起こる。
佐藤がガンガンと突っ込んでいくために
メジクンヌの軽いパンチが、全てカウンターとなって
想像以上のダメージを被ってしまっている。
打ち合いで危険な状態になるのはタフな佐藤の方だ。
さらに佐藤の顔面が鮮血で染まる。
しかしそれでも持ち前のスタミナを使い、
愚直なまでに前に出ていく佐藤。
大歓声が後押しするが、
序盤からの流れを変えることは不可能だった。
無情にも12R終了のゴング鳴った。

判定は予想通り、3-0で挑戦者の勝利。
両者の実力以上に結果が離れてしまった。

世界戦初防衛は難しいと言われるが、
まさにその難しさを見せられた試合だった。
非力で逃げていく相手を必要以上に追っていってしまった。
そして「KOできる」から「KOしよう、しなければ」と
思ったに違いない。
その気負いが全て悪い方に出てしまった。
挑戦者であれば今回のようなボクシングでもしょうがない。
勝たなければならないのだから。
しかし今回はチャンピオンというメリットを利用できずに、
正面から勝ちにいってしまった印象が残る。
悠然と構え、引き分けでも防衛なんだというメリットを
したたかさに変える戦いをできなかった。

逆にメジクンヌは非力のボクサーが能力を最大限に使い
勝利を手にするお手本のような徹底した戦いだった。
徹底的に足を使い、12Rまでガードは落ちてこなかった。
パンチを打ったあとの腕の戻し、
さらに常に頭の位置を変え、ボディワークを駆使して
佐藤得意の至近距離での連打は
絶対喰わないという戦術が徹底していた。
そしてマラソンランナーのようなスタミナ。
クリンチを使わず、最後までフットワークで佐藤を
捌いた戦い方は見事だった。

世界チャンピオンになると環境は全て変わる。
マスコミ、周囲、関係者、期待、重圧、
追われる者としてのプレッシャー等、
世界という名声と栄誉の反面、
有形無形のプレッシャーに打ち勝つことが要求される。
単に「勝つ」ということから「勝ち方」へと
完璧を要求されることが多くなり、
ミスやポカは許されない。
今回はその状況で「気負い」が「KO狙い」となって
でてしまったのではと感じた。

まだ25歳。佐藤選手には痛いほどつらい経験だろうが、
この経験は将来に活きるはずであり、
それを活かせた時には
一皮向けた佐藤修を見る事ができるだろう。


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2002-10-11-FRI

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