BOXING
私をリングサイドに連れてって。

「怒り」は何処へ!タイソン衝撃のKO負け!

想像していなかった映像が展開された。
タイソンがルイスの右を喰って崩れ落ちる。
レフリーのカウントに反応するのでなく、
すでに本能のみで立ち上がる、
しかし無情にもカウントは進み8RKOで試合は終了した。

WBC・IBF世界ヘビー級タイトルマッチ
「レノックス・ルイス対マイク・タイソン」
エルビス・プレスリーの故郷
テネシー州、メンフィス、ザ・ピラミッドで行われた。

両者の報酬が最低で17.5million(約22億円)ずつ
アメリカでのPPV視聴料金$54.95(約7千円)で60万件予約が
あり、最終的には100万件を越えると想定され、
リングサイドチケットが$2400(約30万円)。
究極のマッチメイクだけあり、他の世界のトップスポーツと
比較して見ても天文学的な金額が並ぶ。

さらには4月の試合が延期になった
事前会見での乱闘もあり、直前の会見(タイソンはせず)、
計量とメディアに対する事前イベントも
全て別々に行われるほどの厳戒態勢だった。

両者の入場。
タイソンは集中しているが落ち着いている。
ルイスはレゲエの独特なテンポにのりゆったりと
入場するが目が泳ぎ気味でうつろに見える。
ビックマッチだけに相当緊張している。

今回、私の試合予想はタイソンのKO勝ちだった。
体を振って相手の懐に飛び込む攻めが身上のタイソンを
アウトボックスするルイスが止めきれないと考えていた。
タイソンの踏み込みはいまだに世界トップレベルで
その電光石火の必殺の左フックに期待していた。
ルイスはクレバーさがあだとなり、ずるずると下がり
猛攻を受けてしまう、そんな展開を描いていた。

日本時間12時27分27秒。
運命の1Rのゴングが鳴った。
いきなり攻めていくタイソン。
頭を左右に振り、ダブルジャブを使い
危険な距離に飛び込み左フックを狙っていく。
予想通りの攻めだ。
ルイスは及び腰になり上体が立ってしまい、
真っ直ぐに非常に危険な下がり方をする。
たまらず196cmの身長を使い、
180cmのタイソンを上から押さえつける。
ルイスほどの選手が1Rからクリンチを使うとは
異常な恐怖を感じていた証拠だろう。

しかし次の2R、この試合の大きな流れを決めてしまった
場面に遭遇する。
踏み込んだタイソンにルイスの右アッパーが炸裂する。
やはりルイスは非常に優れたボクサーだ。
ホリフィールドやタイソンといったファイタータイプには
接近してきた瞬間のアッパーを武器とし、
距離を取るボクサータイプには長いリーチを活かした
ジャブとワン・ツーで的確に追い詰めていく。

アッパーを喰らったタイソンの動きはパタッととまり、
それ以後は何かを考えているように一瞬遅く、
迷ったような動きを繰り返す。
それからはラウンドを追うごとに
ルイスのリズムが良くなる。
タイソンはルイスの正面に立ち、戸惑っているうちに
ルイスの攻撃をもろに受け続けてしまう。
196cm、113kgのジャブを喰い続けるダメージは
想像以上であろう。
タイソンはなすすべがなく、彷徨うように
ルイスのジャブと右をもらい続ける。
これまでのタイソンであれば危機的状況を脱出するために
多少でもルールすれすれの行為を
試みることもあったのだが、今日は全くない、
むしろ逆でクリーン過ぎて
もろにダメージを受けている。

ルイスも慎重だ。
タイソンの乾坤一擲、逆転を狙うパンチを恐れ、
深追いは絶対にしない安全運転で、
ロングのジャブ、右とカウンター、アッパーで
タイソンをいたぶるように叩き続ける。

6Rすでにタイソンはダメージで足がふらついている。
ジャブでよろけてしまっていては、
得意の踏み込みも強烈な左フックも繰り出せない。
左右の目尻をカットし、左瞼大きく腫れて、
鼻からは血が滴り落ちている。
そして運命の8R。
ルイスの鋭いアッパーで一度目のダウン。
さらに頭を左に避けるように動かした瞬間
ルイスの右のロングフックを顎にもろに受けた。
瞬間、顔が反対方向に捻じ曲げられ、
タイソンは静かに崩れた。

世紀の一戦としては予想外の
ルイスの一方的な試合となってしまった。
ルイスは、体躯の大きさとパワー、
そしてフットワークを使った
完成された自己スタイルそのままで完勝した。
名実ともにヘビー級最強となったルイスだが、
圧倒されるような存在感を感じることができず、
満足感も満たされることがないのはなぜなのだろうか。

タイソンの敗因はスピードやスタミナという
シンプルな要素はもちろんであるが、
一番の要因は精神と肉体の不一致と思う。
体のコンディションはある程度出来ていたと思うが、
精神の準備が整っていなかったのではないだろうか?
試合後のインタビューでも、
「あと2、3試合してからルイスと戦いたかった」
「挑戦を受けてくれたルイスに感謝する」
などこれまでのタイソンからは想像できない
優等生発言に終始した。
エキサイトマッチ解説の俳優、香川照之氏も
「タイソンは野性味、闘争心を置き忘れて
リングに上がったみたいだ」と表現していた。
私も全くの同意見で
これまでの「怒り」がどこにも見られなかった。
相手をねじ伏せようとする強引なまでの迫力と
異様なまでの興奮が、
この日のタイソンからは消え去ってしまっていた。
試合後勝ったルイスが引退の可能性を示唆した、
と知り合いの新聞記者から連絡があった。
恐らくタイソンに勝って
全てを達成したと考えているのかもしれない。
やはりタイソンの存在はどの選手にとっても大きかったのを
ルイスの「引退」という言葉が皮肉にも立証した。

ヘビー級では小さな体の35歳のタイソンが、
スピードを使えずパワーで圧倒された形となった。
この試合内容で「落日」「無残」「惨敗」と
さまざまな形容詞が今後のタイソンにはついて回るだろう。
確かに年齢から来る肉体の限界とこの試合内容では
今後は非常に厳しいものになることは間違いない。
しかし「怒りの精神」さえ取り戻し、
完全なるトレーニングを積めばまだまだチャンスはある。
パワー重視の現代重量級ボクシングに
スピードという稀有の能力で対抗してきた
タイソンの最後の踏ん張りを期待したいと思う。

怒れタイソン!


6月22日、ラスベガスで注目のメキシコ決戦、
WBC世界フェザー級タイトルマッチ
「エリック・モラレス対マルコ・アントニオ・バレラ」
が行われます。
この期待を裏切らない白熱の打ち合いを
ラスベガスからレポートしたいと思います。

試合は6月24日(月)午後11時から
WOWOWで放送いたします。
お楽しみに。


ご意見はこちらまで Boxnight@aol.com

2002-06-11-TUE

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