BOXING
私をリングサイドに連れてって。

技巧派セレスTKO負け!
ベネズエラの秘密兵器ベールを脱ぐ。


21戦21勝21KOで23歳。
パーフェクト全KO勝ちレコードの挑戦者。
もしも自分が戦うとしたら、
この戦績をどう捕らえるだろう。
もちろんどうやって勝つかをイメージするだろうが、
やはり恐怖を強く感じ、そして自分が負ける姿が
一瞬は頭をかすめるのではないか?

しかし数字が完璧を表すとは限らない。
それが数々の名勝負を生み出してきた
ボクシングというスポーツでもある。
完璧なシンデレラ・ボーイほど危機に脆いものだ。
特にスタミナ、経験の違いを見せつければ
若い選手ほどペースが狂い、崩せる。
それがボクシングの世界タイトルマッチの持つ
能力絶対主義が当てはまらない
スリリングな楽しみの要素の一つだ。

WBA世界S.フライ級タイトルマッチ
「セレス・小林対アレクサンデル・ムニョス」
春を思わせるような好天の中、
4月には桜の名所となる千鳥ガ淵を望む
日本武道館で行われた。

パーフェクトな1位のベネズエラの指名挑戦者に対し、
セレス小林はデビュー戦で判定負け、
それでも努力を重ね日本チャンピオンになり、
その後も巧みなペース運びで国内の強敵をねじ伏せてきた。
瞬間的な力強さではなく、理詰めで相手を追い詰め
血祭りにあげる。
うなってしまうような玄人好みの上手さに
独特のキャラクターからついたあだ名が
「日本のサラゴサ」。
40歳手前まで世界王座についていたメキシコの技巧派
ダニエル・サラゴサにそっくりというわけだ。
そして迎えた念願の初世界戦では無念のドロー。
2度目の世界挑戦で悲願の王座に輝いた、
私としては非常に気になる、好きなタイプの
叩き上げのボクサーである。

最強の挑戦者を迎え、最大のピンチであるが、
「経験」の違いと挑戦者の「若さ」が
今回のセレス小林勝利へのキーワードであった。

試合開始。

1Rから褐色のムニョスが意外にも粗く強引に攻める。
予想以上に伸びるワンツー、天井を突き破るような
モーションの大きいアッパーカットとキレの良さに
大会場の武道館の観衆がどよめく。
恐らく2階席からみてもムニョスのパンチが描く
流線が見えるのだろう。
それほど大きいどよめきだった。
そして全てのパンチが力強く、
綺麗過ぎるほどの孤を描き、セレスを襲う。
1分過ぎにすでにセレスの顔面が紅潮した。

2Rセレス得意のボディブローが決まる。
このボディでこれまで強豪を突き崩して
世界の頂点に立ったといってもいい
セレスならではの地味ながら代表的なパンチだ。
しかし若いムニョスは止まらない。
打ち合いで左フックを食いダウン。

深手を負ったが、まだセレスは生きている。
黙ってなすがままに傷ついてゆくわけにはいかない。
手負いのベテラン王者が勝負に出た。

ここから軽量級ではまれに見る
打撃戦が展開する。

距離が一気に縮まる。

セレスは劣勢を挽回するため、必死に打ち返し
時折クリーンヒットも見せる。
そして必殺のボディブロー。
ムニョスの動きが止まってきた。
しかしムニョスも大振りが目立つものの、
角度を変えたアッパーやストレート連打など
南米独特の手の出し方でセレスを着実に捉えていた。
若い挑戦者にパワーがある分、
ダメージの蓄積は大きかった。

6R強引過ぎるストレートのラッシュで
セレスたまらずダウン。
7Rにはパンチをもらい、一瞬、間を置いて遅れダウン。
これはディレイドリアクションと呼ばれ
ダメージ蓄積が赤信号となって出てくる現象で、
非常に危険な状態である。
通常の選手はこの状態になる手前で
倒れているはずだ。
それでもセレスは執念で立ち上がる。
しかし残念ながらパンチダメージの蓄積は大きく
8Rセレスは燃え尽きた。

恐らく8R開始時点で
すでに戦える状態になかったのだろう。
しかし最後まで勝負を捨てていないセレスは
ただの技巧派ではなかった。
やはり日本が世界に誇れるチャンピオンだった。

倒れこみ、しばらく立ち上がれない状態から
立ち上がったセレスは、地元岩井市からバス15台、
住んでいる荒川区からの応援も含めると
約1500名にものぼる私設応援団に向け
両手を合わせ頭を下げた。
これまで幾多の劣勢を跳ね返したセレスに
勇気をもらってきた応援団は、本当に暖かく、
痛んだ体と、苦しい心を包み込むような
拍手を送った。

結果としてみればムニョスは非常に良い選手だった。
体の柔らかさで微妙にパンチを逃し、
さらに若い体が持つ回復力も抜群だった。
今後世界を舞台にさらに伸びていくに違いない。
実力の差といえばそれまでだが、
そんな簡単な言葉では表せない。
この敗戦もまたセレスにとっては良い経験として
リングに戻ってきて欲しい。

ただチャンピオンと敗者が決まるのが
ボクシング世界戦である。
若い力に押されてベテランがトップから転がっていく。
どのスポーツにもあることだろう。

予想を不利とされ、実際の結果もその通りとなった。
しかしその予定調和に反抗し続け、
若いパーフェクトな数字を持つ挑戦者を
苦しめ続けた王者セレスのパフォーマンスと心意気を
存分に見ることができた。

たとえ勝ちが遠ざかっても1%を求め、
諦めず敵に立ち向かう。
私たちはリングの中から本当に様々な
ボクサーのメッセージを受け止める事ができる。
それは決して言葉でこそないが、
ボクシングの最大の魅力の一つに違いない。
敗れはしたが、世界王者セレス渾身の
メッセージは本当に素晴らしかった。

WOWOW 小田真幹


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2002-03-12-TUE

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