坊さん。
57番札所24歳住職7転8起の日々。

第38回 東京には行けず。

ほぼにちは。

ミッセイです。

今日は「スピリチュアル・ケア・ワーカー」講習の日です。
でも僕は今、栄福寺です。

出発前日の夕方、本堂も閉めて
後は翌日早朝の出発を待つばかりでした。

なんせ
会社を辞めて初めての遠出です。
しかも「明るいビル」にも行くことになってる!
イトイさん達へのお土産は
「学業成就 交通安全」のランドセルのお守りに決定!

しかし電話が鳴る。
母が取る。

2、3語聞いて「だめかも」と思う。

母の目を見て
「だめなんだ。」と思う。

「ミッセイさん、お葬式。」

密成、生涯初めての導師としての葬儀です。
(檀家さんが亡くなった。)

葬儀の日は講習の日であり、
夜は「明るいビル」に行く日でした。

全部キャンセル。

選択肢はない。

自分の部屋に戻り
椅子をちょっと蹴ってみるけれど
僕は坊さんだ。
誰も悪くない。僕が望んだ。でも、つらい。

まずは、いろんなキャンセルから始める。

「ほぼ日」から。

メールで伝える。

“僕は坊さんです。”

でも今回は「声」でも伝えるべきだと思って
時間調整をして下さった
通天閣あかりさんにも電話をする。

イトイさんから数分後、返信。

“「何があっても参加」すべきことがあるのは、
 とてもいいことだと思います。”

本山(高野山)にも電話をしなきゃ。
担当者は既に東京出張中。

「栄福寺と申しますがホテルのキャンセル料等は
 また請求して下さい。」

「お名前よろしいですか?」
「白川密成です。」

「“ほぼ日”読んでますよ。」
「えっっっ。」

ちょっと笑顔になりました。

航空会社、ホテル、会う予定だった人
みんなに電話をする。ゴメン。

そして遺体が自宅に戻った
連絡をうけて“枕経”(まくらぎょう)に向かいます。

亡者の唇に樒(しきみ)という木の葉で水をつけて読経。
24時間以上経過しないと火葬にできないので
夕方以降に亡くなった場合、
葬儀は「あさって」になります。
今回は「友引」でもあったんですが。

初めて「戒名」
(正式には「法号」。“戒名”は“法号”の一部)
をつけました。
じいちゃんが入院してから直接、
指導してもらったり
本をじいちゃんから貰って、
勉強はしていましたが
実際の場面は初めてです。

亡くなった方の生前の人生から色々な
「言葉」「文字」「イメージ」を探します。

この方は農家で趣味は農作業という人でした。

僕が選んだ「文字」の1つは「雲」です。

彼は農作業をしながら人生の中で
何度、雲を見上げただろう?

時に雨雲を待ち、時に晴天を願った彼は
何度、雲を見上げただろう。

寺の総代も務めた信仰深い方だったので
「空 海」といつも一緒にいてください。
というイメージもありました。

もう一つ選んだ言葉は「覚純」(かくじゅん)
という言葉です。

この人は誰に聞いても
「おだやか」で「いつわりのない」人でした。
「純」という文字にも、そういう意味があります。

たぶんそういう感情を獲得するのって
簡単な事じゃない。

彼は「純」という“やさしい”感情を悟ったんだよ。
という意味で「覚」を置きました。
(「ブッダ」を和訳すると
 「覚者」で“悟った人”という意味です。)

戒名が決定したのは深夜4時でした。
でも、次の日、朝一番で他のお坊さんに
戒名を確認して頂きました。

「うん。いい戒名だと思うよ。」

その日の夜は通夜です。

帰った後も
葬列で使う「幡」(はた)の文字を書いて
トウバを書いて
位牌を書いて
葬式で読む文章(諷誦文“ふじゅもん”)を書いて
大忙し。

あまり睡眠時間をとれないまま
じいちゃんの写真に合掌して葬儀へ。

久しぶりの御自宅での葬儀。
(葬儀場も多いです。)

心を込めて引導を渡す。

今日の葬列は僕の書いた四本幡(しほんばた)が
風になびく。

“寂滅為楽”

ホントかな。
そうかもね。

昨日の天気が嘘みたいに晴れ上がっている。

“雲”ひとつない。

“是生滅法”

僕は人が
生き死んでいく事に関わった。

「落ち込んだりもしたけれど、 私は元気です。」

ミッセイ

2002-03-08-FRI

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