池谷裕二(いけがや・ゆうじ)

東京大学大学院薬学系研究科講師
科学技術振興財団さきがけ研究員

1970年生まれ。1998年、東京大学にて薬学博士号を取得。
専門分野は大脳生理学、神経薬理学。
海馬の研究を通じて、脳の健康や老化について探求している。
2002〜2005年、コロンビア大学へ留学。
主な著書に『海馬』(新潮文庫、糸井重里との共著)、
『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス)、
『進化しすぎた脳』(朝日出版社)など。
近著に『脳はなにかと言い訳する』(祥伝社)。

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── まずは、この『三位一体モデル』の
率直なご感想を、
お聞かせいただけますでしょうか?
池谷 はい、そうですね‥‥。

読みながら、なにか
金づちで打たれたかのような
衝撃を受けました。

── 具体的には、どのように?
池谷 つまり、新しい「分解のしかた」、
ということでしょうか。

ものごとを理解するためには、
昔から「分解して解析し、真実に迫る」、
というのが、人文系・理系問わず
学問に共通の姿勢だと思うんですけれど、
そのとき、この「三位一体」という考えかたが、
真実を分解するための工具‥‥
つまり「ドライバー」のようだと、思いました。
── ドライバー、ですか。
池谷 はい。

三位一体モデル、
それ自体の起源は純粋に宗教、
具体的にはキリスト教ですよね。

でもそれを、「ツール」として考えたとき、
「真実を分解するための工具」
みたいなものだなぁ、と思ったんです。
── ほおお。
池谷 たとえば、プラスのドライバー。
これは、すごく汎用性がありますよね。
身のまわりの、いろんな機械が
プラスのドライバーで分解できるはずです。

同じように、この「三位一体」という
考えかたのツールを使うと、
身のまわりのいろんなものを
分解して解析できるんだ、
ということに、衝撃を受けたんですよ。
── なるほど、なるほど。
池谷 あるいは、いままで
まったく別々のものだと
思われていたものが、繋がっていく。

芸術や宗教、そして経済。

「三位一体」という考えかたを軸にして、
そういったものの関係性が見えてくるというお話に、
とっても驚きました。

そして、もうひとつ、
おもしろいなぁと思ったことがあります。

それは、
「三位一体」で説明できないものもあるんだ、
と中沢先生がおっしゃっていること。
── はい。
池谷 説明することが、できない。

この本のなかで触れられている
例を挙げれば、
たとえば、イスラム教ですよね。
── だからこそ、「三位一体」で考える
キリスト教とは対立するんだ、と。
池谷 ええ。

あるいはまた、「三位一体」で考えると
どうも、うまくいかないケースがある、とも。

ですから、
この本の最後の「座談会」のところにある
「三位一体モデルに
 あてはまらないケースを考えることで、
 足りないものが見えてくる」
というくだりは、なにかを考えるときの、
とても大きなヒントになりそうです。
── 理系の分野でいいますと、
「なになにの公式」だとか
「だれだれの法則」みたいなものが
たくさんありますよね?
池谷 ええ、ありますね。

でも「三位一体モデル」は
それらのいろんな公式や法則を
くし刺しにして、
貫くような考えかただと思うんです。

個々の現象に対する公式や法則は
それぞれありますけれど、
「三位一体」のように、ひとつのモデルで
いろんなことを説明してやろうというものは、
あまり聞いたことがありませんね。
── しかもそれは、
科学だけじゃなくて‥‥。
池谷 はい。

本のなかでも触れられていますけど、
ビジネスから私たちの実生活の問題にいたるまで、
有用なツールとして、考えられそう。

先ほども言いましたけど、
「分解して解析する」だけじゃなくて、
仮に「三位一体」のバランスが悪かったとしたら、
「それじゃあ、いま、なにが足りないのか」
ということに、気づくことができると思うんです。

そういった、欠陥を治癒するような
「治療方針」としても使えるというところが、
僕にとっては、相当おもしろかった。
── ひとつひとつの問題に対して、
まずは「三位一体」の図を描いてみたら
なにかヒントが得られるかも、ということですよね。
池谷 そうですね。

また、たとえ話もできますし。

「つまり、三位一体で考えるとね、
 ここの部分が弱いから、
 こんなことが起こってるんじゃないか?」

「他のケースでは、ここが足りなかったから、
 今後、こういうことがあるかもしれないぞ。
 じゃあ、どうしたらいいんだろう」

そういう、ある種の比較論。
分野を超えた比較論で
ものごとを考えることも、できそうですよね。

── ご自身のことに引き合わせて
「三位一体」を考えてみたりとか、
なさいましたか?
池谷 ええ、もちろん。

科学者って、かっこよく言ってしまうと
「真実に仕える身」だと思うんです。
つまり「三位一体モデル」にあてはめると、
「子」の立場ですよね。

そして、「真実」が「父」。

そこで、「増殖する霊」とはなにかと考えたら、
それはたぶん、「知」ですよね。

「知」はアンコントローラブル、
つまりコントロールできないものなので、
これはまさに「聖霊」ではないかと。
── なるほど。
池谷 「父なる真実」を
実験や試行錯誤をつうじて伝える
「子=科学者」たちによって、
「知」が「知」を生んで、増殖してゆく。

もちろん、われわれ科学者が
間違うことだって、あります。

ですから、
「子」であるわれわれ科学者には、
「父なる真実」に従いつつ、
どうやって「知」を増殖させるか、
というテクニックが
重要になってくるんだと気づいたんです。
── そのお話は、池谷先生にとっての
「仕事論」のようにも、聞こえます。
池谷 ええ、そうですね。

科学者として
どのようにふるまうのか、
どういった努力をしていくべきなのか
ということも、改めて考えさせられました。

<続きます!>

2006-11-22-WED