自転車思想。
チャリンコは、未来そのものの顔をしている。

第21回 クリティカルマスってなんだ? その2

こんにちは〜。
日本全国今が一番っ! ってくらいに寒いですね。
自転車乗るのを挫折してる人も多いんじゃないかな?
ま、それもアリです。
冬が本格的になると、僕の知ってるメッセンジャーは、
細いアルミ魔法瓶の水筒に、コーヒーや紅茶を入れてます。
ディスカウントショップで千円くらいの安いモノですが、
スポーツタイプの自転車にはたいてい付いている
ボトル(水筒)ホルダーに挿して使えるんです。
ちょっとしたことで、真冬の自転車も楽しめるものです。
ただし、凍結した路面には要注意!

前回と少し内容が重なります。
数年前のある夜のことです。
ボケ〜っとテレビを見ていたら、
よくある海外情報番組で、
サンフランシスコの様子を取上げていました。
(番組名が思い出せないのが非常に心苦しいです…。)

レポーターのうじきつよしさんが自転車に乗って、
クリティカルマスなるものに参加していました。
画面のいたる所に自転車と、自転車乗りが映っています。
何百人いるんでしょうか?
ちょっと想像もつきません。
うじき氏もあまりの状況に、困惑の表情をしていました。
ルートとか、方向なんか関係なく走る自転車。
中には、自転車を担ぎ上げ、
自動車に向かってアピールしてる人もいました。
単なる自転車ライドなのか?
デモ行進のようなものなのか?
そういうカテゴリーにすら収まりきらない現象なのか?
僕はテレビ画面にクギ付けでした。

単に、大勢の人が自転車に乗っている。
でも、その大勢というのが数百から千の単位で存在すると、
すでにその空間は、何か普段と全く別の様相を表します。
政治的でいて、祝祭的。
そんな空間が自転車によって作られている。
この日から、自転車というシンプルな乗り物が、
僕にとって、素晴らしく刺激的なものになったんです。

説明するまでもなく、世界最大の物質文明国アメリカ。
その中でも、さまざまなモノや、現象の発信地で、
ある意味、一種の聖地と呼んでもいいかもしれない街、
サンフランシスコ。
そこで、自転車がキーワードとなって何かが起こっている。
環境や、都市交通、
そして何より、人々のライフスタイルに対する
問い直しが始まっていると感じました。
大好きな漫画家、西原理恵子女史の言葉を借りれば、

「うおおおお
 どえらいことになっとるがな」

(『むいむい』小学館刊 p.59より)

まさに、という感じだったのです。
クリティカルマス、という言葉は
僕の脳にくっきりと刻まれました。

その時、同時に思ったのは、
クリティカルマスという現象はいかにもアメリカ的だなぁ、
ということでした。
日本に比べて、はるかに日常での自転車利用率が低いので、
交通手段としての自転車をアピールするためには、
このような方法しかないんだろうか?と。
そして、このような方法しかないからこそ、
おおぜいの人が集まるんじゃないだろうか?、と。

というわけで、クリティカルマスという現象を知った僕は、
まず最初、
「日本じゃ無理。」
と簡単に結論付けてしまいました。
でも、やはりこの刺激的な現象を見てみたい、体験したい、
と思い続けていました。

それから何年かたった1998年夏、
僕は念願だったメッセンジャー世界大会に参加するため、
アメリカはワシントンDCに行きました。
そして、そこで行われるイベントの一環として、
メッセンジャーだけのクリティカルマスがあったのです。



ちょうどその頃、クリントン大統領が不倫疑惑が真っ盛り。
CNNなどのテレビ局の車が何十台と街に溢れてる中、
約600人のメッセンジャーたちが街を走り出しました。
だいたいにおいて、
メッセンジャーというのは、荒っぽい人達なので、
この日のクリティカルマスもけっこう激しいものでした。
まず、信号なんて関係なし。
自転車の列がずぅ〜っと続くから、車も待つしかない。
もちろん、怒ってクラクションを鳴らす人もいますが、
開放的なアメリカ人、声援を送ってくるドライバーも、
これまた多いのが非常に羨ましい感じでした。

一応コースは決まってるらしいのですが、
それもいつの間にかアヤフヤになって、
集団がいくつかに別れてしまいました。
現地の地理に疎い僕たちは、何とか現地のメッセンジャーと
くっついて、どことも知らないゴールに向かったのです。
約1時間程走り、川沿いのヨットクラブの敷地まで行って、
このクリティカルマスは終了、その後はパーティーでした。

これが僕のクリティカルマス初体験。
その印象は強烈でした。
それだけに、より一層日本とアメリカの違いを感じました。
どっちが良い、悪いではなくって、
国というもののあり方が違うような感覚です。
(このことをある程度理解するには、
 その後2回アメリカを旅行する必要がありました。)
だから、日本でクリティカルマスというのは、
難しいんだろうなぁ、と改めて認識したのです。
それが、’98年夏の僕でした。

日本に帰っても、クリティカルマスのことは気になります。
その頃は、いったんメッセンジャーを辞めて、
アパレルの会社で輸入関係の仕事をしていました。
普段の自分と自転車の関係が弱まっていたので、
何かはけ口を求めるかのように、
ネット検索にハマっていたのです。

そこである一言を発見しました。
"There is no leaders!"
この言葉を読んで、僕はクリティカルマスに対して
改めて切実な興味を覚えたんです。


ちょっとお知らせ。
SPUTNIKというホームページご存知ですか?
刺激的な人のインタビューが載ってるこのサイトの中に、
何と友人であるニューヨークのメッセンジャー、
ケビンのインタビューを発見しちゃいました。
このケビンは、そう
あのケビンなんですよ!

それでは。

Ride safe!

2001-01-28-SUN

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